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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

2章・開扉の刻

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2章・開扉の刻(7)

 ラルフ達は宿を引き払わずに金貨を二枚置いて部屋を出ていた。これから起こることを考えると、足を少しでもごまかしておいたほうが良いと判断したからだった。

 ラルフがカランダ城に忍び込んだ次の朝、ファティマと会話があった。
「ラルフさん。昨日はいったい何処へ?」
「うん、ちょっと王城へね。そこに依頼主がいるんだ」
 ラルフはまるで友人の家を訪れたかのような口調でつぶやいた。ファティマもそのせいか、瞳を少し驚かせただけだった。

「で、その依頼って何なんです?」
「うーん、作戦名は『結婚式をぶち壊そう大作戦』さ」
 ラルフは胸を張って言ったが、それは余りにも文学的にも芸術的にも響きのよい代物ではなかったので、ファティマは唖然として二の句が告げなかった。

「ううん、まあそれは冗談として、もう少し人手がいるな。なにしろ、城に幽閉されている御姫様を救いだし、逃避行を演じなければならないからな」
 自らの言葉に恥ずかしさを感じたラルフはせきばらいをしてごまかすとと、もっともらしい表情でファティマを見つめた。

「それで、その救出する御姫様というのは誰なんです?」
 ファティマは懐疑的な表情で応対した。

 その質問の回答がファティマに強烈な衝撃を与えようなどと、彼女は彼女は想像すらしなかった。
 ラルフから返された固有名詞は、ルシア=フォルグルト=アムル。
 その名はファティマの人生において最も重要な名の一つであった。



 ラルフは流れ者や傭兵達が集うギルドに顔を出したが、これと言って腕の立つ者が見つからなかったので、少し気落ちしながら通りで待つファティマの元に帰っていた。

 と、聞き覚えのある声が二人にかかり、若い女性の声であったので僅かにラルフの方が速く振り向いた。その声の主はシレーヌだった。彼女とはこのカランダ市までは同行していたのだが、この街で仕事を見つける、と彼女は二人の元を去っていたのである。

「やあ、余り景気は良さそうじゃないね?」
「そうそう、こんな大きな町だから、何か面白い仕事があると思ってたのに……つまんないものばかりよ」
 ラルフの意外な洞察にシレーヌは少し驚いたがそぶりはみせず、ため息混じりに愚痴をこぼした。このとき、ラルフの言葉にファティマが英明に彼の意図するところを察知し、シレーヌを巻き込もうとしていることが分かった。

「じゃあ、私が面白い仕事を持っている。受けてみないか? まあ、少し危険な仕事だけどね」
 ラルフが微笑んでシレーヌに語った。シレーヌは少し考えるそぶりをしたが、彼女の記憶層にはノープルの街でのラルフとの会話を鮮明に記憶しており、その事情と仕事の内容が容易に察することが出来た。

「いいわよ。面白い仕事に危険が付きまとうのは当然ね。報酬と、私の好奇心が満たされれば、受けてあげてもいいわ」
 この場合彼女の好奇心は満たされているのだろう。瞳が爛々と輝いている。ラルフはしたたかなシレーヌに苦笑を浮かべたが、正当な報酬を払うことを約束して、そのかわりにシレーヌと言うきわめて有能な剣士を味方にすることが出来た。



 ラルフがルシア救出に使った作戦は実に巧妙な心理作戦で、作戦形式事態は実に単純なものだった。
 とは言え、実行段階ではラルフの隠密行動力がきわめて優れているためであって、その能力に欠如した者ならば、その作戦は決行以前に断念する必要があっただろう。

 その作戦とは、ラルフが城内に気付かれないように侵入し、ガルドとルシアに脱出を促す。

 その後、頃合を見てラルフはわざとへまをやらかし、警備兵に見つかるのだ。

 それでも彼は王宮の奥へ侵入しようとする。
 そのため宮殿に配備された兵士はラッツウェルら要人の護衛と、侵入者を捕らえることに集中することになる。結果ルシア達はいつもの数倍の薄さの警備の中をゆうゆうと脱出することができた。

 「暗闇のラルフォード」と言う名が指すようにラルフにとって闇は味方である。
 ルシア達が逃げ出したであろう頃合にラルフは警備の包囲網を難なく抜け出して、城壁の近くへと走っていた。
 もう、離脱は造作もないことだった。

「暗闇のラルフォードの名は錆びてはいないと言うことか」
 妖艶な声が闇に響いてラルフの足を止めた。
 聞き覚えがある。その声はラルフの記憶層の奥に封じられたものだった。
 愕然としてラルフは振り返った。

「カーミラ……君がどうしてここに?」
 暗闇のラルフォードと時を同じくして、その闇世界に名を轟かせた暗殺者の名がある。それが幻妖のカーミラ。その実力は甲乙つけがたいと言われていた。
「私は現王ラッツウェルに仕えることにした」
 カーミラはそう言いながら懐の短刀を取り出した。銀の刃が闇の中で一つ筋の輝きを放つ。
「何? 君が王に……」
 暗殺者は騎士ら違って、特定の主人に使えることは通常ない。
 彼らは常に中立であって、金銭的な、時に政治的な利益と交換にその凶刃を振るうのだ。

 ラルフは油断なく構えた。
 額に汗がにじむ。焦りであった。
 それはかつての彼にはない感情だった。
 今の彼は実力の著しい低下と、そして死んではならぬ、彼の帰りを待つ者のために、脱出を急がねばならぬと言う使命感があった。

「私は王に危害を加えにきたわけではない。君が王に仕えるというのであれば、今君と私が戦う理由はない」
 ラルフの言葉をカーミラは一笑した。
「命乞いか、ラルフォード。貴様も落ちたものだ」
 カーミラは挑発的に言った。だがラルフは自尊心よりもこの場は戦いを避けるべきだと思い、離脱を最優先とする体勢をとった。
 その気配を感じたカーミラは小さくため息をついた。

「戦う理由がない、か。だが、私にはある。我が師よ」
 カーミラは皮肉をこめた口調で言った。

 ラルフとカーミラは暗殺者の組織に属していたとき、師弟関係にあった。ラルフが師でありカーミラが弟子。
 ラルフは暗殺と戦闘に関わる技術をカーミラに厳しく指導した。それは苛烈を極めるものであったが、そのかいあってカーミラはラルフに肩を並べる実力者となった。

 しかしそれはあくまでラルフの次ぐ実力者、と言う評価であった。
 カーミラはラルフに挑み続けた。
 だが彼女は彼に勝つことは出来なかった。
 その一方でラルフは一番の実力者であることを誇示しなかったし、興味を示さなかった。
 それがカーミラの自尊心を傷つけていた。
 そしてカーミラがラルフを超えることが出来ないまま、彼は忽然と暗殺者の世界から姿を消したのである。

「衰えたな。今の貴様は私の足元にも及ばぬ」
 カーミラは呟いた。その声には僅かながらに寂寥があった。

 暗殺者の使命は対象を殺すことにある。どんな手段を用いようが、相手を殺すことが暗殺者としての実力だ。
 暗殺者を引退し、力の衰えたラルフを殺したとしてもカーミラはラルフォードを殺した暗殺者としてその世界に広まるだろう。
 だが、彼女はそれを善しとしなかった。

「今夜は見逃してやる。次に会うとき、貴様が今の貴様のままであれば、私は貴様を殺す。私が超えたかったものはあのときのラルフォードだ……」
 カーミラはそう言うと剣を収め、闇に溶け込むようにその気配を消した。

 ラルフはひとまず胸を撫で下ろしたが、じっとカーミラが消えた闇を見つめ続けた。
 今の彼は鍛錬もろくにしていない。カーミラの言うとおり衰えは隠せず、カーミラとまともに打ち合うことは無理だ。
 もっともカーミラに打ち倒されることで死ぬのであれば、それも仕方がないと思う彼である。無数の命を奪ってきた彼は、そう言う最後があっても仕方がないと割り切っていた。
 だがその割り切りも今は揺らいでいた。
 なぜなら彼には守るものが出来ていたからだ。
 彼には彼の帰りを待つものがいる。
 帰らなければ、きっと彼女は泣くだろう。彼は彼女の涙を見たくなかった。



 宮殿を脱出したルシア達はそこで待ち受けたシレーヌと落ち合った。彼女は二人を連れて、あらかじめ確保した経路でカランダ市を包み込む城壁へと走った。
 そこではファティマが待ち受けていて、脱出の準備をしているはずだった。
 市内はこの時間、外とは門で閉ざされている。
 脱出の方法は高い城壁を越えなければならないのだ。

「シレーヌさん!」
 ファティマの声がしてシレーヌは声がしたほうへ駆けた。
「ごくろうさん。後はラルフね」
 闇夜でもファティマの顔が確認できる距離につくと、シレーヌは一息ついてそう言った。
「すまない。遅れてしまったようだね」
 その直後、気配が感じられてそこにはラルフが立っていた。
 僅かに微笑みを浮かべて、たたずんでいる。
 おとり役を演じなければならなかったラルフを一番心配していたファティマは安堵の吐息をついた。

「おや? ロープがないように見えるけど……」
「目立てば巡回の兵に怪しまれるでしょう? それっ」
 ファティマは壁を調べて何かを引っ張るような仕草をした。すると、不思議にもロープがするすると降りて来る。マジシャンよろしくファティマはロープを天から降らしたのだ。

「すごいな。どうやってやったんだ? 魔法かい?」
「ちがいますよ。ほら、よく見て下さい。釣り糸です。あらかじめ城壁の上にロープを用意しておいて、釣り糸を引っかけて垂らすんです。そうすれば巡回の兵に見つかることもないでしょう?」
「へぇ、なるほどね。ファティマ、さすが! 」
 シレーヌが感心して声を上げた。
 その声に弾かれたのはルシアだった。 

「ファ……ティマ? ファティマ?」
 壊れたオルゴールのようにルシアはファティマの名を連呼した。
 そして夜の闇の中をゆっくりとした歩調で彼女に近付いて行く。足取りには異常な緊張感が漂った。
 ファティマはそのルシアを見て戸惑ったように視線を逸らした。彼女の表情もラルフでさえ見たことがないほどに緊張していた。
 が、彼女は意を決して視線を戻し、ルシアの美しい顔を直視した。

「……姉さん」
 ファティマその声はか細く、小さなつぶやきでしかなかったが、その言葉に見えない雷に打たれたかのようにルシアは弾かれた。

「ファティマ? 本当にファティマなの?」
「そう……姉さん。もう会えないと思ってた。会うことなんてないと思ってた……」
 ファティマの声は震えていた。嬉しさや懐かしさ、そして困惑。彼女の胸のうちは様々な感情でごった返していた。

 彼女の声に一番の戸惑いを見せていたのはラルフかも知れない。
「ファ、ファティマ?」
「ごめんなさい……ラルフさん。私……私……」
 ファティマは悲しげな視線をラルフに向けた。今まで黙秘を通した彼女の出生とはそれだったのである。

 八年前、国外追放に遭った幼きアムル公国第二公女――その名はファティマ・フォルグルト・アムル。

 ファティマは国外追放になり、アムル公国が滅んでからその出生を語ることを避けた。
 その血筋を知られることになれば、アムル公国復興への御輿にされかねない。
 それは国を出る前に母に諭された言葉であり、幼いながらもファティマはそれを理解し、かたくなに守ってきたのだ。

 ルシアは緩慢な動きから突然はじかれたようにファティマを抱きしめた。、二度と放さぬかの強く、強く抱きしめた。漆黒の瞳から涙が止まること知らないように溢れ出ていた。
「ごめんね、ごめんね、ファティマ。本当なら合わす顔なんて無いよね。私の代わりに、追放にあったんだものね。辛かったでしょう? 憎んでいるよね、私の事。ごめんね……ごめんね……私何を詫びたらいいの?」
「姉さん、それは違う……確かに辛いこともあったけど、それは姉さんも同じ……私が追放されなくて、奴隷にならなかったらラルフさんに会えることもなかった。こうして、また姉さんと会えたんだもの……もう、過去なんて関係ない……ね」

 ファティマは涙ぐみながら、身体を小さくしてファティマの小さな胸の中で泣くルシアを優しく諭した。ファティマは少し気兼ねしてラルフを見たが、ラルフはファティマの黙秘を当然として微笑みで許容していた。確かに、驚きは隠しきれていなかったが……

「感動の再会の途中でお二人さんには悪いんだけどさ。時間が押している。早いこと脱出してしまわないとまずい」
 シレーヌが二人に声をかけた。せっかくの空気を濁したくなかったが、追っ手に見つかればそれどころではない。

「え、ええ。ごめんなさい。さ、行きましょう。で、ラルフこれからは何処へ逃げるの? やっぱりアステ・ウォールへ?」
「ええ、まあ最終的にはそうなるでしょうけど、まずはフェンリルへ身を潜めます」
「え? まさか、フェンリルにそれほどの力が……」
「無いでしょうね。けれどアステ・ウォールも同じです。むしろ、あなたがアステ・ウォールへの逃亡が公然となればカランダは良き口実を得ます。今のアステ・ウォールには統一してカランダに対抗できる力はないでしょう」
「それならば、フェンリルへ……ね」



 ルシアはカランダからの離反した。
 このことが時代の扉を開くことになろうとは、当のルシアもラルフも知る由が無い。
 偶然か、必然かは時の神のみが知ることであろう。この件をきっかけに、カランダ王国の歴史は堰が切られたように大きく流れ始めるのである。


2章・開扉の刻<了>
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