挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

2章・開扉の刻

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

12/58

2章・開扉の刻(5)

 厳然たる雰囲気がその一室を支配していた。
 そこにはカランダ王国の重臣の貴族達や、軍の幹部達が集い、全く娯楽性に欠けた表情をしながら向かい合っている。そして彼らを統率する位置にあるのが、国王ラッツウェルであった。彼だけが、優美なその姿で殺風景なその場を彩っていた。引き締まった二十八歳の男性的な美しさは名工の彫刻を思い出させる。

「やはりここはフェンリルとか名乗る反乱分子を大きくならぬ内に、壊滅的な打撃を与えた方がよろしい」
 そう提案していたのはカランダ宰相ラウグル・フォン・オーベルハイム公で、アリアの父であり、このままラッツウェルがアリアと結婚をするならば、外戚となる人間だった。
 初老を越え、老いがその表面を覆っており、刻まれたしわや色が落ちてきた髪は狡かつな印象を与えている。
 現在の所このオーベルハイムがカランダの国政の主導していると言ってもよい。
 彼と、彼に組する勢力の力には誰も対抗できるものはいなかった。彼に逆らって没落した貴族は数多い。

「この意見に賛成の方はご起立願いたい」
 基本的にカランダの政治方針は専制君主政であるが、こう言った評定の場では民主政治に酷似した光景がみられる。この場合国王、ラッツウェルは立たず、諸候の意見をまとめる最後の役割として鎮座が義務とされる。貴族的民主政治の議会の議長たる存在だった。

 小さくざわめきが起こり、皆が次々と立ち上がった。だれしもが危険な男の激鱗を剥いて中の肉をかき回し、怒り狂う竜となすことを恐れたのである。
 が、それは一人を除いてであった。

「む。卿はなぜ立たぬ?」
 それはいささか妙な質問であった。オーベルハイム公の視線の突き刺さる方向には、くすんだブルーの髪の青年が静かに座っていた。まだ若く、ラッツウェルよりも若いだろう。せいぜい二十代半ばか。

「妙な質問ですね、オーベルハイム公爵。公は『賛成の方はご起立願いたい』と申されたはず」

 青年は静かだが意志の強そうな灰緑の瞳をオーベルハイム公へ向けていた。若く活力に満ちたその視線は、自らの権力に溺れつつあり、自制をややうしないつつある老いたオーベルハイム公を狼狽させた。

「ハインツ伯か。それともハインツ中将と呼ぶべきか? 卿には何か意見がありそうだな。申して見てくれぬか」
 ラッツウェルが興味の視線をその青年へ投げかけた。

 彼の名はグスタフ・フォン・ハインツ伯爵。と言うよりは彼は貴族と言うよりは軍人と呼ぶにふさわしく、今回の評定にも軍幹部として参加している。若くして中将と言う元帥、大将に並ぶ地位を得ているのはやはり家柄を武器にしたところがあるが、他の貴族将官と異なるところはその軍事的才能だった。

 彼の父は先王リヒャルト三世に仕えた良将でその時、彼の血族は爵位をリヒャルト三世から賜っている。ハインツの父は戦術、戦略に長けた軍人でリヒャルト三世の覇業も、彼を除いてはなしえなかったであろう。
 だが彼もオーベルハイム公の奸計によって死を与えられた者の一人だった。彼の軍事的有能と名声は将来的に政敵となると見たオーベルハイム伯は辺境で起こった反乱に対し過小な兵力を彼に与えて、討伐軍としたのである。

 そこでハインツの父は戦死を遂げた。
 だが、瓦解した討伐軍の敗残兵を纏め上げ、たった四百の敗残兵力で三千を数えた反乱軍を鎮めたのが、グスタフ・フォン・ハインツだった。
 時に彼は二十二歳であった。

 その非凡たる才能を見た軍務卿ゼフルト元帥は彼を少将に昇進と共に、三個師団一万二千の兵を与えて王都中央警備隊指令官に命じていた。
 それより三年の時が流れてハインツは中将に階級を上げている。特に功績を立てた訳ではなかったが、王都を過不足なく治安の維持したことにより階級を一つ上げていたのだった。

「恐れながら申し上げます。小官が愚考致しますにはフェンリルはあえて泳がせ、その存在を存続させる方がよろしいかと」
 ハインツはオーベルハイムの毒入りの視線をすずやかな表情で受け流し、否、意識の外へ迫害してラッツウェルを直視した。

「ほう、その意義とは?」
 ラッツウェルはこの若者に興味を持って身を乗り出した。
「はい。最も大きな理由として反乱分子は目に見えぬように細かく砕くよりも、多少大きくとも目に見える大きさにして置くのが管理がしやすいかと」
 ハインツは自分の言葉にも大した興味を示さぬような口調であったが、その言葉によどみはなかった。

 会議の場が動揺して波のごとくざわめきたった。ハインツの意見に感銘して、ではなく彼がオーベルハイムに異論を唱えたことに彼らは狼狽し、愚かな小羊を遠巻に、ある者は心配をし、ある者は嘲った。

「一理はあるが、もしフェンリルを野放しにすることによって、フェンリル事態が肥大し、我らの手に負えぬようになったらどうするのか?」
 これはオーベルハイムの質問をであった。口調はどうにか感情を抑制し切れていたようで、僅かに怒りに振るえていただけで、明敏な者で無ければ気付かなかったであろう。
 が、その明敏たる者の一人であるラッツウェルはオーベルハイムの不快を読み取っていた。その上で、にやりと笑みを浮かべてハインツを見た。

「その点の心配はございませぬ。フェンリルは反乱分子。ただし、その勢力は王国に脅威を与えるようなものではございません。それは将来的にも変わらないでしょう。理由はこうです。陛下が善政を続け賜る以上、我らが手を焼くほど肥大することはありえません。……ただし、陛下が政治の情熱を失い、民を思う心を忘れ去られることになるならば、今の内にフェンリルを叩いて置いた方がよろしいでしょう。もっとも、これは国政を司る、全ての者に言えるでしょうが」
 一同がざわめきは大きくなった。彼らの狼狽した視線がハインツの若々しい身体を串ざしにする。王を批判する、ハインツ自身の言葉に彼らは雷に打たれたかのように硬直したのだ。

 ラッツウェルは驚愕に瞳を揺らした。ここまで物事を直接口にするものは少ない。なぜなら、そのような者は常に周りから粛正される立場にあるので、絶対数が増えないからだ。だが、ハインツは澄ました顔でラッツウェルの瞳を直視していた。

 ラッツウェルは無言で頷いた。
 このとき、ハインツの真意を悟れた者はラッツウェルただ一人であったであろう。
 彼はハインツと言うこの厚顔な青年に興味を持たずにいられなかった。

 だが、確かに厚顔でも彼は無恥ではあるまい。
 ラッツウェルはこの青年の存在意義の大きさを無意識に悟っていた。

「よく分かった。余も卿の意見には賛成をする。余は余のできうる限りは善政をしき、民のためにつくすつもりである。それならばフェンリルは生かしておき、その勢力を見張りながら、衰弱死させるのが良案だと言うのだな?」
「御意」
 ハインツは恭しくラッツウェルの理解に敬服の意を表した。

 おそらく、ハインツはラッツウェルの気性を知っていて、無謀とも言える発言をしたのだろう。もし、ラッツウェルが器量の狭く、偏狭な視野しか持たぬ王ならば、このような発言は控えたであろう。
 だが、ラッツウェルは違った。部下の正しい意見を受け入れるだけの器の持ち主であった。

「余はハインツ伯爵の意見を用いたい。誰か反対するものはおらぬか」
 ラッツウェルが発言した。それは質問ではなく決定の意を表した言葉だった。
 諸貴族達はオーベルハイムの陰謀と権力を恐れる余りに彼を支持しているが、その支配もラッツウェルの意志力が通った言葉の前にこのときばかりは力を失っていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ