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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

2章・開扉の刻

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2章・開扉の刻(4)

「たしかに……緑の髪だな」
 金色の髪を短く刈り込んだ壮年の男がセレナの髪を見つめてつぶやいた。セレナはその声に不安と不満の表情で応えていた。
「いや、すまん。我々は君を特別扱いしない事を約束しよう。なに、悪の権力者から、かよわき乙女を守る騎士になるのも悪くはないさ」
 三流の冗談を放って和ませたのは、フェンリルの指導者、リヒター・ラインバイトである。

 リヒターはしゃくれた顎とたくましい体躯が印象的な三十代中盤の男だった。彫りの深い奥にはときどきぎらりと光るオレンジ色の瞳を有しており、その眼光は見つめられたものの蔵腑を貫くかのようだった。

「それで、私は何をしていればいいのですか?」
 セレナはややリヒターの威圧に怖気付きながら質問を投げかけた。セレナはそれほど人見知りをする様な人間ではなかったが、さすがにリヒターの威圧感の前に十七の少女に平常を保てとはやや無理だったと言えるのだろう。

 それに気付いたのか、リヒターは小さく苦笑し、低い地声だが、なるべく柔らかくセレナに諭した。
「まあ、あせることはない。もちろん、フェンリルの一員として働いて貰おうと思う。我々もさほど余裕があるわけでもないんでね。とりあえず、今の所、君のことはアーディルに任せるとするよ」
 リヒターはセレナの横に控えていたアーディルに視線を向けて言った。アーディルはその言葉に無言だが頷いて応えた。



 アーディルはセレナを連れて、その建物の地下へと向かった。
「リヒターって男はどうも俺は苦手だな。あの瞳の奥を覗くことができねぇ。何か、裏がありそうな男だ」
「え?」
 セレナはアーディルの意外な言葉に目を丸くして聞き返した。

「セレナは知らないだろうけど、フェンリルは三人の指導者から始まったのさ。まあ、十年くらい前の話だから、俺もよくは知らないが。そいつらのひとりだったんだよ、リヒターは」
「じゃあ、後の二人は?」
「カゼルって言う人と、あのジルのじいさんさ。その中でも実質的なリーダーはカゼルだったんだ」
 アーディルは瞳を細めて過去を見た。
 アーディルはその自分自身の姿を見たならば、皮肉を言ったに違いない。
 過去がよく見えるときの現在は現在が思わしくないと。

「三年ぐらい前かな。俺がフェンリルに入ってすぐだったよ。カゼルとリヒターに意見の食い違いが生じたのさ。結局は、カゼルがフェンリルから去った。カゼルを支持していたジルも高齢を理由にして一線をしりぞいちまった。で、リヒターが残ったってことさ」
「どうして、リヒターさんをよく思わないの? ちょっと怖いけど」
「別にそういう訳じゃない。リヒターは悪い男ではないと思うが、ただ……なんとなくだ。実際フェンリルの数は減っている。カゼルのような求心力がないって言うかな、リヒターは大将の器じゃないかもしれないな、と思うだけだよ。ま、誰にも言うなよ。俺の立場も危なくなるからな」
 少し冗舌になったな、とアーディルは苦笑いをして、地下室へと足を運んだ。

 地下室はただ広いだけの無機質で無愛想なホールだった。
 ただ、壁の一部は地上に出ているのだろう、たくさんの小窓があって、人が生活するに十分な光を確保していた。

「ジーク。頼み事がある」
「おや、アーディルか。久しぶりだな。いつ帰ってきた?」
「今日だよ」
 壁に背を預け、セレナの肩までぐらいはありそうな大剣を手入れしている男がいて、彼にアーディルは親しげに話しかけた。
 黒髪と赤銅色の肌で覆われた、精悍な顔立ちの男だった。端正ではないが、アーディルにも劣らぬ位の魅力を秘めていた。特に、ラベンダー色の澄んだ瞳がセレナの印象に残った。

「おや、また引っかけたのか?」
 男は苦笑いをしながら立ち上がった。大きい。小柄なセリアはそれだけで圧倒されて、見上げた巨人は天井を突きそうにも見えた。

「あのな……どうしてお前らは俺をそっちの方向にもって行こうとするんだ。よく見ろよ」
「ふむ、なるほどな。ガイアの一族か」
「ああ」
 アーディルは目の前の大男がセレナにとっての禁句を言ってしまったので、チラリとセレナの感情を表情から読み取ろうとした。が、彼の心配も杞憂に終わった。セレナは大男のたくましさと巨大さに圧倒されていて、それどころではなかったのだ。

「ああ、セレナ。この人はジークフリート・ハノヴァー」
「よろしく、セレナ。ジークって呼んでくれ。みんなもそう呼んでる」
「あ、はい」
 セレナはやっと落ち着きを取り戻したらしく、ぎこちなく返答した。

 そんな彼女をアーディルとジークは苦笑した。
 とは言え、ジークは二メートルを越えそうな長身の男である。無駄のない筋肉で覆われている大男は十分に見た目だけで人を驚かせるに足りていた。

「ジークの剣の腕はフェンリルでも一番だ。そこで、ジーク、セレナに剣を教えてやってくれないか?」
「え?」
 異口同音が見事に重なって二人の口からでた。見事なハーモニーにアーディルは思わず噴出したが、続けた。

「とりあえず、セレナは俺が責任をもって守るつもりだ。けど、それも限界がある。俺が常にセレナの側にいられるわけじゃないし、一人で自分を守らなきゃいけないときがあるだろう。その時に、まるっきり何もできないんじゃ困る。せめて半人前の剣術ぐらいは心得て貰わないと」
「なるほどね。じゃ、おまえが自分で教えればいいじゃないか」
 ジークは一応は納得してみせたが、まるで厄介物を他人に押し付けるような口調で言った。それがセレナにはあまり快くない。

「俺の剣は我流だし、全うな使い方をしてないだろ。人に教える剣じゃない。それよりもジーク、あんたのほうが剣術の知識は豊富だから、セレナにもぴったりの剣術を教えることが出来るだろう?」
 アーディルの正論に、ジークは反論が出来なかった。

 ジークは現在二十六歳でもうすぐ二十七回目の誕生日を向かえることになっている。
 フェンリルへ入ったのがアーディルとほぼ同時期であったが、それまではフリーランスの冒険者として各地を放浪しており、実戦経験も豊富で、判断力と剣術に長ける男だった。
 傭兵界隈では彼の名はすでに天下に轟く、程ではないが、そこそこの有名さである。

「仕方が無いな。女の子に教えるのは苦手なんだよ……」
 ジークは無造作に後ろ髪をかき回しながらぼんやりと訴えた。
「まあ、よろしくたのむよ」
 アーディルは小さく微笑むと、二人に背を向けて、地下室から去ろうとした。

「あっ! アーディル。何処行くの?」
 唯一にして絶対の親密と信頼を置いている青年が去ろうとすると、セレナは慌てて彼を捕まえて、不安げな声でつぶやいた。
「って、俺もおまえのおもりだけが仕事じゃないからな。ジークがいるじゃないか」
「でも」
「心配するなよ。そうだ、耳貸せ」
 アーディルがニヤと笑うとジークに一瞬視線をやって、セレナだけに聞こえる声で言った。
「俺はおまえを俺が信頼している人間にしか預けねぇ。ジークはその中でも最高級品だ。ただし、これは言うなよ。あいつがつけあがるからな……」
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