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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

2章・開扉の刻

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2章・開扉の刻(3)

 ヴァルハナ市はカランダ市と並ぶアルカーティスにおいて最重要都市の一つである。
 人口四万七千はカランダ市に並んでカランダ王国第二の都市であり、交通の要所と言う地の利を活かして商業を中心に栄えている。なおこの数も市民権を得た人口であり、やはりカランダ市と同じく二万人を越える難民、流民を抱えていた。
 だがリヒャルト三世の統一事業の影響で、カランダは空前の好景気に涌いている。
 人口の半分近い難民も貴重な労働力の足しとして重要な存在だった。
 難民が難民としてでも生きて行けれる理由はそこにある。多数の人は半奴隷的であったとしても死よりは生を選んでいるのである。
 そこには特殊な組織が存在していた。

 その組織の名は「フェンリル」。



 ラルフ達がカランダ市へ入ってほぼ時を同じくして――。

 セレナを保護しつつ街道を北上し、アーディルはヴァルハナ市へと到着していた。
 旅馴れぬセレナのためにライゼルからは二十三日間の時を要し、秋は本番を見せ始めている。
 ヴァルハナ市はアルカーティスの東南岸一面を覆うオリハ海に望んでいる都市だ。
 オリハとは古代語で「太陽」を意味し、オリハ海は太陽の昇る海と言う意味を持つ。
 荒れることが少ないオリハ海はm満月の夜にその海面一面が銀色の金属のごとくとなり、それがプラチナすなわちオリハルコンに酷似しているから、オリハ海と言う名が着いたとも言われているが、どちらが真実なのかは誰も知るところではない。

 またヴァルハナ市は後背になだらかなヴァルハナ山脈を一望できる。どの峰峰も二〇〇〇メートルを越さない山脈だが、北部の標高一八六〇メートルのオレル山は冬にはその山頂に雪を戴く。温暖なアルカーティスでは雪の降る地域は少ない。雪の積もる地域とは、カランダ北部の山岳地帯に限られていた。
 一三〇〇年前氷河期が終わり、それ以来大陸は緩慢に徐々に温暖、乾燥化へと向かっている。



 夕暮れにヴァルハナ市に入ったセレナ達はその足で一晩の宿を得た。
 アーディルなどは直接フェンリルの本拠へ向かっても良かったのだが、旅馴れぬセレナの体調を考えるとまずは一晩ゆっくりと休息を得るべきと考えたからだ。

 翌朝、早い時間帯に朝食を取った二人はすぐに宿を退き払って行動に出た。
 セレナは旅装束の上にくすんだ外套で身体を包み、フードも深々と被って外からその素性を悟られないようにしていた。

 セレナは見れば見るものが振り返るような美少女だ。
 それに初夏の浅緑を思わせるような緑の髪は神秘的な魅力を秘めている。
 それだけならばよいが、その緑の髪はあまりに特異な存在だった。ガイアの一族については、一般人は知らぬ者が多いがそれを知る者に出くわしたときには厄介になる。

 アーディルは旅の占い師を装った服装をセレナに着せていた。深々とフードを被って街中や街道を歩いていてもそれほど怪しまれるような姿ではないからだ。その側に寄り添うアーディルも線はやや細いが、しなやかな筋肉は猫科のそれを思わせ、十分用心棒の剣士に見えた。

 二人は繁華街を抜けて、裏路地へと足を運んだ。無論、アーディルの先導でである。やや貧相な町並みに出て行くと、その街に合わせるようなガラの悪い連中もしばしば視線に入ってきた。
 アーディルはさっそうとセレナを誘導し、その貧相な街には不釣合いなやや大きめの宿屋の裏口へと回った。

「ここだ」
 アーディルは極最小限の言葉で説明した。そして、開けっ放しの裏口へと入っていく。

 その瞬間だった。
 大柄の鷲がアーディルに襲いかかった。いや、セレナにはそう見えたのだ。
 が、その大鷲はアーディルに襲いかかる寸前にその勢いを弱め、彼の肩にゆっくりと止まった。

「カトゥルじゃねぇか。久しぶりだな。ジークはどこだ?」
 アーディルは親密な者だけに見せる青年のさわやかな笑顔を見せてその鷹に話しかけた。

「アーディル……それ」
「ああ、大丈夫。こいつは人には襲いかからねぇよ。敵と見なさない限りな。大丈夫、おまえも敵とみてないよ、こいつは」
 狼狽するセレナを見てアーディルは鷹を撫でながら笑った。

「カトゥル? カトゥル?」
 裏口の奥から音楽的な美しい女性の声が聞こえてきた。
 それに数瞬遅れて一人の女の子が飛び出してきた。年の頃はセレナと同じくらいだろうか。十七、十八と言ったところだ。
 特徴的なのは、動きやすいように施された腕や腿の露出する服で、その露出した部分は、元は白い肌なのだろうが、日焼けしてきれいな小麦色をしていた。
 そして活発さを誇示するかのように赤みがかった茶髪はポニーテールでまとめられていた。

「あれ? アーディル!」
 その少女は瑠璃色の瞳を一段と輝かせると、突然アーディルに飛びついて抱きしめた。驚いたカトゥルはアーディルの肩から急速発進を強いられた。

「アーディル! アーディルだよね! ひっさしぶりっ! いつかえってきたのよ!」
「おい! よ、よせよ。ミナっ」
 その少女、ミナはさして大柄ではないが、しなやかな筋肉が健康肌の裏側にあるらしく、勢いが感じられた。
 その勢いに、ろくな身構えをしていなかったアーディルもふらつく。アーディルがたしなめるが、ミナは歓喜にはしゃぐのを止めようとしない。

「アーディル……その人は?」
 セレナの普段よりもやや低めの声が、大ではないがアーディルの耳に飛び込んだ。
 明らかにそれには嫉妬の色が浮かんでいたが、セレナ自身がそれに気付いていなかった。アーディルも彼女と同じである。意外にもそれを敏感に感じたのはミナだった。

「ああ、こいつはミナ。ジルの孫に当たる。一応フェンリルの一員だ」
 アーディルは無理やりミナを引き離すとため息をつきながら行った。
「んで、アーディルの恋人なんだよね」
 ミナはいたずらっぽく微笑んでアーディルの方を向いた。
 ただし、視線だけはセレナの方へ向けて。セレナの反応を楽しもうかと言う、彼女の性格の屈折した部分が出たものだったが、深くフードに包まれたセレナの表情は読み取ることが出来なかった。

「誰の恋人だって? 勝手に言ってやがれ……」
 アーディルはいささか僻易として額を左手で抑えた。いつものミナの気まぐれであることを彼は知っている。悪気はないのだが、人の反応に異常な好奇心を抱いてしまう彼女の悪癖なのだ。はた迷惑な悪癖ではあるが。

「で、誰? まさか引っかけた女じゃないよね? 新入りには見えないし……」
 ミナがアーディルに問いかけた。
 何処までが冗談で、何処までが本気であるか察することの出来ない声だった。
 実際、彼女はアーディルの恋人になれるならまんざらでもないと思う。その声には嫉妬の感情が僅かだが含まれていた。

「ああ……セレナ、もういいよ。大丈夫、ここには、おまえをどうこうしようって人間はいないさ、特にコイツなんかはね」
 やや忌々しそうな視線をミナに送って、セレナを促した。

 セレナは数瞬をためらいに費やしたが、アーディルを信じて恐る恐るそのフードを外した。

 ミナは思わず飲まれた。
 フードの陰から現れたセレナの素顔とは、彼女の想像した物をはるかに凌駕していた。
 それも、正の方向に。紫紺にライラックを重ねた深く澄んだ瞳。適度な高さと細い形のいい鼻梁。薄く、女性的な膨らみを持つ桜色の唇。それだけで非凡たる美形であるのに、卵型の顔を包むのは浅緑より鮮やかなエメラルドの髪。

 ミナは同姓愛好の趣味はなかったが、それでもセレナの美に息を飲まずにいられなかった。いや、同姓であるが故だろう。常識を越えた美には異性よりも同姓の方が敏感である。

 更に彼女は緑の髪の意味を知っていた。
「あなた、ガイアの一族?」
 雰囲気に飲まれてしまったミナの声はいつもの音楽的な美しさを失って、僅かにかすれかかっていた。嫉妬を越えた何かを彼女は覚えていた。

「え……ええ」
 ガイアと言う単語を聞いたセレナは途端に瞳を曇らせた。視線を地面に落とし、表情に影が差し掛かる。彼女は過去のコートを脱ぎ捨てるにはまだ外界は寒すぎる。

「あ」
 ミナは自ら放った言葉の意味に、ようやく気付いて右手を口に当てた。ガイアの一族は過酷な宿命を背負って生まれて来ることを、彼女は知っていたのだ。少なくとも、フェンリルのような地下組織を頼らねばらならいセレナはすでに何かのトラブルを抱えているに違いないのだ。

 だが彼女の口からは謝罪の言葉は出なかった。謝ったところでセレナの心が癒えるわけでもないし、陳腐な同情ぐらいにしかならない。そう言ったものをミナは好きではなかった。
 ミナは深く澄んだブラウンの瞳をセレナに向けた。やや釣り上がりがある彼女の瞳は、勝気な彼女の表情を引き締める役割を持っている。そして彼女は不意に微笑んだ。

「あなた、名前は?」
「え? えっと、セレナ・アスリード」
「セレナね。私はミナ・リニファ。で、ちょっとちょっと」
 ミナはセレナの外套を掴むと、半ば強引に無造作においてある荷物の影へ連れ込もうとした。

「あ、おい。なにするつもりだよ?」
 アーディルが慌ててミナを制する。ミナのいたずら癖には僻易とさせられている彼故にセレナのみを心配したのだ。

「あ、ダメダメ、アーディルは向こう行っててよ。女の子だけのナイショ話なんだから」
 ミナはいたずらっぽい微笑みを浮かべて、指先でアーディルを追いやるような仕草をした。
 アーディルは呆れと驚きを抱擁させた表情で、頭を掻くと、二人から離れた。

 ミナが親しくしようとする人間は、本当に彼女が気に入った人間でしかないのだ彼は知っていた。人はそれを我がままとも言うが。
 ともかく、ミナは直感的にセレナを気に入っていた。論理を越えたそれだ。

「ねぇねぇ、あなた、アーディルの事好きでしょ?」
 ミナは声のトーンを落としてはいたが、余りに単刀直入な言葉にセレナは返答に窮した。ただただ狼狽して言葉を捜すが、慌てているので、それもうまく行かない。

「やっぱりね。そーだと思った。アーディルってなかなかもてるからね。まあまあ美形だし。ま、アーディルの恋人だって言うのは冗談よ。でも、私もアーディルが好きなの。ライバルね。でも、あなた気に入ったから、仲良くしましょ」
「それって矛盾してる」
 セレナは唖然としてミナを見た。

「そうだけど、私はアーディルが好き、でも、あなたも気に入った。正直、自分でも変だと思うけど、別にいいんじゃない? 自分に正直ならね。恋敵は友達。両立できないものかしら?」
 ミナは笑った。

 セレナも思わず苦笑せざるを得なかった。破綻をきたしたようにも思える彼女の性格は、実際の所は自分に正直な子供のような性格なのだ。「アーディルが好き」と正直に言えるそれはセレナに取ってうらやましかった。
 すなわちミナは恋敵である。セレナは正直に「アーディルを好き」とは言えなかったが、確かにアーディルに思いを寄せている。だが、ミナにはありとあらゆる憎悪を向けても、すぐに受け流されそうな気がした。それも出来そうにないセレナだったが。

「わかった……でも、譲らないからね」
 セレナは微笑みながらミナに手を差し向けた。ミナもそれに応えて握手をする。
「やっぱりね。思った通りだよ。いままで同年代の女の子がいなくて、困ってたの。よろしくね」
 いささか妙な形ではあるが、二人の間は急激に親密になっていた。その不思議な会話は長く将来に渡ってセレナとミナの友情の根底となるが、そのだしに使われたアーディルがその会話を聞いたら、どんな表情を見せるだろうか。しかしアーディルはこの先その会話の内容を知ることなかった。
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