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異世界大陸幻想譚アルカーティス 作者:水夜ちはる

プロローグ

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プロローグ(1)

 森は燃えていた。
 風と水と大地が何百年という果てしない歳月をかけておりなす豊壌の緑は人間の炎という力に一夜にして灰塵に化そうとしていた。その炎が闇夜に照らす陰影は悲惨たる殺戮の現場を刻み込んでいる。漂うのは鳴咽感を漂わせる死臭。そこに狂気はあった。

 名もない山村にアルカーティスの東北部の雄、カランダの兵士三〇〇名が急襲したのは夏も終わりかけた深夜であった。
 森で覆われたティルス山脈のなだらかな東中腹に位置するその村は人口一〇〇人足らずの小さな村で、林業、農業を中心に、ほとんど外界との交流のない自給自足の山村だった。そこにカランダ王国の精鋭が夜襲を行ったのである。三方から火を放ち、混乱した村人達をカランダの兵士達はためらう事なく切り捨てて行った。


「セレナ! ここから絶対に出ないのよ!」
 村中に怒号と悲鳴がこだまして恐怖の騒音は森中を駆け巡っている。森は炎の力に屈し、山火事のごとく漆黒の闇夜をおどろおどろした朱に染めていた。
「かあさん! かあさんまってよ! 何が……いったい何が?」
 その村の一角にある倉庫に放り込まれた少女は、恐怖に彩られた表情で彼女の母親に訴えた。美しい顔立ちだ。美少女と呼んで語弊はない。そして目につくのは長いエメラルドの髪だった。その鮮やかさは他に例を見ないものだった。

 突然の事に彼女は事態を把握していなかった。彼女の脳裏には恐怖と混乱で支配されていた。
「あなたは……絶対に生きるのよ。何があっても、ね」
 少女の母は彼女を落ち着かせるように、ゆっくりと、微笑みながら諭すように少女に言った。
 少女は訳が分からず、紫紺の瞳を小刻みに揺らしているだけだった。
 その反応を見て彼女の母は目を細めてやはり紫紺の瞳を揺らしたが、悲壮な光をみなぎらせ、その倉庫から駆け出した。
「かあさん! かあさんっ!」
 少女は愕然としてその扉を叩いて絶叫した。だが、その扉は厚く、鍵がかけられてしまって、中からは開くことが出来ない。

 少女は絶望に膝を落とした。状況は飲み込めていなかった。だが彼女と彼女の家族、そしてこの村に破滅的な不幸が訪れていることは分かった。
 山賊の襲撃などではない。彼女はここに来るまでに村人に乱暴を働く兵士らしき姿を見た。どこかの兵士が村を襲ったのだ。しかし腑に落ちないのはこんな山村を攻めた軍である。戦略的にも、資源的にもなんの価値もないこの村を。

「緑の髪の娘を出せ! この村にいることは分かっている! 出さねば、皆殺しだあっ!」
 密室となったこの蔵にもカランダの兵の絶叫が聞こえてきた。
 その声を聞いて、少女は愕然とする。

 緑の髪!

 この村で緑の髪をしているのは彼女だけである。緑の髪をしている人間など、彼女は自分自身意外知らない。村の皆も、たまに訪れる行商人も他に彼女のような髪の人間を知らないと言う


「私はここよ! 出してっ、出してえぇ!」
 少女は絶叫した。何故、軍が自分を狙っているのか、何故、自分が希有な緑の髪をしているのか、そんなことを彼女は全く知らなかったが、それが原因で村人が皆殺しにされるのは耐えられなかった。
 外からの反応はなく、彼女は二、三度扉に体当りし、四度めに彼女の願いは達せられ、彼女は粉砕した扉と共に、外に転がり出た。

「私はここよーっ! 村の人達を殺さないでぇっ!」
 少女の絶望的な金切り声が狂気が乱舞する村中を走る。村の建物にも火は移っていた。広場にはいくつもの死体が丸太のように無造作に転がっていた。

 少女はその光景を目の当たりにして、全身の力が虚脱して行くのを覚えた。ふと気付けば、足元からうめきが聞こえる。
「かあさんっ!」
 視線を足元にやって少女は驚愕する。そこには、彼女の母が血塗れで横たわっていた。

「……セレ……ナ。逃げなさい……早く……逃げ……なさい……」
 彼女の母は、息も絶え絶えに必死に叫んでいた。だが、その叫びも弱々しく、重くかすれて、喧層がこだまするこの状況の中では少女の耳にやっと届く程度であった。

「かあさんっ! しっかり、しっかりしてぇ!」
 いつの間にか溢れたのであろう、少女は涙で頬を濡らしながら、自らの血でまみれた彼女の母を抱き抱える。

「逃げ……なさい。早……く……」
 だが彼女の母からこぼれ落ちる鮮血の量は決して少量ではない。時ともに瞳の光は失われて行き、声は低く沈んで行く。少女はその母を抱きながらも、ただ鳴咽しながら彼女の死を待つしかすべが無かった。

「緑の髪の娘を見つけました!」
 生気を失って行く母をだかえたまま、うずくまっている少女の背後で無骨な声がする。その声の主である兵士は、うずくまる彼女の長い髪を無造作に握って立ち上がらせた。

「いやああっ!」
 必死で彼女はその兵士を振り切ろうとしたが、所詮は少女の力である。大人の男の力に勝てるものではない。彼女は簡単に二の腕を捻り上げられ、抵抗が出来なくなる。

「よし、でかしたぞ」
「これは、ハインリッヒ様!」
 少女を捕らえた兵士は、右腕一本で略式の敬礼を向ける。その敬礼の先には若い青年が立っていた。他の兵士とは違う、立派な鎧と外套でその身を包んでいる。大柄ではないが、威風は十分に備えた風貌だった。

「いやあっ! はなしてっ! どうして……どうしてこんな事を!」
 少女は髪を振り乱し、涙で顔を汚したまま混乱のそのままに、絶叫をハインリッヒにたたきつける。だが、当のハインリッヒは小さく唇を歪めただけで表情すら変えない。

「ふっ……落ち着きたまえ。この村が焼かれた原因は君にあるのだよ」
「私に? 私が、何をしたと言うのよ」
「その髪だ。君が緑の髪をして生まれたときに、この村は焼かれると運命付けられたのだよ、遠かれ、早かれ、ね」
 ハインリッヒはわずかに微笑みを浮かべながら、少女に近寄り、左腕の自由を奪われたままの少女の髪を撫でた。そんなハインリッヒの行動すら少女は忘却し、彼の言葉に愕然としていた。

「私が必要なら、もう抵抗しない! 私を殺したいなら、抵抗しない! だけど、だけど、村の人には手を出さないでぇっ!」
「ほう……気丈な娘だな。その心構え、気に入ったぞ。殺しはせぬ」
 ハインリッヒは恍惚そうな微笑みを浮かべて、涙にきらめく少女の顔を見た。気丈そうな発言とは裏腹に、その瞳には強い光が漲ってはいない。ただ、絶望だけが揺らめいていた。

 ハインリッヒの言葉を受けた少女は、がっくりと力を抜く。全ての未来を放棄したのだ。それくらいの絶望が彼女にのしかかっていた。
「よし、村を焼け、一人も逃がすな。女も、子供だ! 全ての痕跡を焼却せよ」
 ハインリッヒの次なる命令を聞いた少女は、愕然として彼を見上げる。

「いやああっ、どうしてっ? お願い、止めてぇっ!」
 少女は絶叫した。髪を振り乱して、兵士を振り切ろうともがくが、そう簡単に脱出できるものではない。

「わからないか? 小娘一人手に入れるだけで村を焼いたのだ。それが、正規のカランダの軍だと世間に知れ渡ったらどうなる……口封じだ」
 ハインリッヒは余りにも冷徹に述べた。妖しく輝くプラチナの瞳が少女を捕らえる。
少女は全身に悪寒が広がるのを覚えた。

「人でなしっ!」
 無力感と絶望に奥歯を噛みしめながら少女は強く言った。だが、ハインリッヒは表情をわずかにも揺るがさない。徹底した冷酷だった。
 少女は最後の抵抗と言うべき、言葉にならない声を力の限り振り絞った。もはや、どうしようもない無力な抵抗だったが、彼女に静観を望むのは酷な話だ。

「ちっ……やかましい娘だ。だまらせろ」
 さすがに少女の絶叫は耳にさわるらしく、ハインリッヒは忌々しそうに吐き捨てた。
 重い衝撃が少女の後頭部を襲う。剣の柄で殴られたのだ。

「ぁ……ぅ」
 絶望の吐息と共に意識が深く闇の中へ沈んで行くのが、不思議なことにはっきりと分かった。少女は意識が闇の中へ沈んで行くことに何の抵抗も見せなかった。絶望がすべての力を彼女から奪い去ったのである。その奈落へ彼女は堕ちることを拒まなかった。



 大陸アルカーティスはおおよそ「メ」の字をしている。
 その大陸の北東部をほぼ手中に納めているのがカランダ王国である。現国王ラッツウェルの先代リヒャルト三世は「征服王」と呼ばれる軍事の天才であった。彼が王座に就いた頃、大陸北東部の有力勢力の一つでしかなったカランダを一代で北東部の覇者にまで築き上げたのである。その偉業は彼の持つ天才的な軍事力とそれを支えた優秀な政治力によるものだった。希代の英雄と呼んでも語弊はない。

 だが、彼は四〇代前半という若さで死んだ。当時皇太子であったラッツウェルは未だ二〇代の若さである。英才教育を受け、才能も豊かな彼であったが、やはり「国王」という地位には余りにも若すぎた。

 新興国に若い王。この条件から生まれ来るのは重臣たちによる権力争いである。

 リヒャルト三世には三人の息子がいた。長男はラッツウェル。次男はラウエル。この二人はどちらも指導者として才能豊かな人物であったが、器量という点ではラウエルはラッツウェルに遠く及ばなかった。リヒャルト三世が世継ぎにラッツウェルを選んだのはこのせいであろう。

 そして、三男ミハエル。「愚鈍王子」の俗名を持つ彼は、誰からも軽蔑される存在であった。この三兄弟の物語はここでは一旦置くとしよう。

 リヒャルト三世が会得した新領土の内で、ライオット地方は大陸アルカーティスの南半分を支配するアステ・ウォール帝国に一番近く、カランダとアステ・ウォールを結ぶライゼル地方の要衝であった。そしてその領主はカランダ王国辺境伯ハインリッヒ・フォン・ライゼルであった。


 その部屋は限りなく密室に近かった。
 重い衝撃をわずかに後頭部に残した少女には、一つある小さな窓からの僅かな光が、屈折した太陽の光なのか、月の明りなのかも判断が付かなかった。ただ、冷たい石造りの城のさして広くない部屋にいることは分かっていた。
 その彼女は両腕両足を今座っている樫の椅子に縛られ、自由を奪われていた。そして、忌々しき事には彼女の正面にはハインリッヒが彼女をじっと見つめていた。

 少女は愕然としたまま、怒りに肩を震わせた。
 少女は憎悪に満ちた瞳でハインリッヒを睨みつけた。その瞳は十六歳の少女の物とは信じられないほど悪意に満ちている。もし視線で人が殺せるならば、ハインリッヒは一瞬にしてその命を失ったであろう。

「ふ、気丈なものだ」
 だが、ハインリッヒはその鬼気迫る視線にも動じず、彼女に近寄った。彼は知っていたのである。彼女がその憎悪と怒気を放っている裏に、膨大な不安が隠されていることを。

「私を……どうするつもり?」
 少女は低い声で尋ねた。その態度にハインリッヒは動じることもなく、冷笑を浮かべる。
「質問は私がするほうなのだがね。ガイアの娘よ」
「え? ガイア……の娘?」
「ふむ……やはり知らぬか。まあよい……ガイアとは『大地』を意味する言葉……おまえもアステ・ウォールにある『ガイアの塔』を知っておるだろう?」
 少女は表情を怒りから動揺に変えて頷いた。

 ガイアの塔とはハインリッヒの言葉の通りアステ・ウォール帝国の領土内にある巨大な古代遺跡塔である。かつてこのアルカーティス全土を支配したアステ・ウォール第一王朝は、今では伝説と化した「ガイアの力」を擁して、この地を平呑したのである。その伝説は地方によって多少の違いはあれど大陸全土に広がっていて、辺境の山村育ちの少女もそれくらいは知っている。

「それが……それが何か私と関係があるの? そんなの人違いだわ!」
「人違い? それはない。ガイアの一族であることはその緑の髪が証明している」
 ハインリッヒの言葉に少女は愕然とした。可愛らしい眉間を不安に曇らせる。
「私の……髪が?」
「そうだ。ガイアの一族とはかつて、アルカーティスを支配した一族の事。ガイアの一族七〇〇年もの昔、その種が絶えたと伝説では語られるが、そうではない。ガイアの一族は小数だが、子孫を残している。その緑の髪だ。ガイアの一族の者はすべて緑の髪をしている」
「うそ! そんなの知らない! だってとうさんもかあさんも緑の髪をしていなかった。でも、実も娘だって……私はそんな話とは関係ない!」
「ガイアの一族は何世代かに一度、その力が発現するように秘術を仕掛けたと言う。今では失われた秘法『隔世遺伝の法』を用いてその力を子孫に託したのだ。彼らが有していた魔法文明は現在の我々のそれをはるか上に行く」
 ハインリッヒは少女の緑の髪を見つめて言った。
「その魔法文明が、どう言った伝説を残しているか……それはお前も知っているだろう?」
 ハインリッヒの言葉に少女は慄然とした。

 ガイアの一族は、驚異的な魔法文明の力を軍事力に活用し、その力と恐怖で大陸を支配した。それが伝説にのこるガイアの一族の姿である。

「でもっ! でも、わたしそんなこと何も知らないもの! あなたたちがガイアの力をほしがってても、私、そんな力無いもの! 私、何も知らないもの……」
 少女は涙をこぼしながら項垂れた。涙に冷たい石造りの床がゆがんで見える。だがハインリッヒは更に冷酷に続けた。

「わかっている。その態度を見ればな。だが、おまえの意識の深層にはその記憶が受け継がれている。私は以前おまえと同じガイアの一族の娘を捕らえたことがある。その娘も同じことを言ったが、その娘は自分の知らないことまで答えてくれたよ」
「そ、その人は?」
「死んだ。もう、ずいぶん昔の話さ。ガイアの一族は肉体的、精神的に苦痛を与えその限界点に達すると、その意識の深層が表に出る。私たちは、ガイアの一族についての正確な情報が知りたい……」
「まさか……その人を……」
「そうだ。私はしくじったよ。彼女からはたくさんの事を教えて貰ったがね」
 少女の瞳は恐怖と悲痛に見開かれた。

「ひとでなしっ! そんなこと……そんなことが許されると思っているのっ?」
「ふ、過去に失われた命を哀れむより、自らを哀れむべきだな、君は。いや……その呪われた運命を哀れむべきかな」
 ハインリッヒは冷酷な微笑みを浮かべて、抵抗の出来ない少女の絶妙なラインを描いた顎に手をやった。
 直視に絶えかねた少女は視線を逸す。まるで醜いものから視線を外すように。その態度を見たハインリッヒは不幸な少女に僅かながら同情したが、計画を変えるほどではなかった。

 部屋で唯一の扉が開き、ハインリッヒの部下である兵士がいろいろな機材持って表れる。金属がかち合う音に少女の不安は絶頂に達した。
「な、なにをするの?」
 少女は震える声で尋ねた。ハインリッヒはちらりと彼女の方へ視線をやると、多種多様な機材を品定めする。
「想像はつくだろう? 私もあまりこういったことは好きではないのだがね」
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