うちの庭にマンドラゴラ(萌え系)が生えた
――うちの庭にマンドラゴラ(萌え系)が生えた。
そんなメールが友人からきて、私は思わず真顔のまま顔を30度ほど傾けた。
差出人は清家。私や幼馴染の共通の友人であり、堅物が服を着て歩いているような男だ。
そんな男がマンドラゴラ(萌え系)が生えたとのたまっているわけだが、私はどこからつっこみを入れればいいのだろうか。
やはり(萌え系)だろうか。マンドラゴラも大概だが清家の人となりを考えればつっこみどころはむしろ(萌え系)だろう。
よし方針は固まった。待っていろ清家。今私がおまえにつっこみを入れてやる。
「……よく来てくれた国生。ところでこれを見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……萌え系です……」
しかし清家の家に行くなり始まったやりとりに、つっこむどころか乗ってしまった私を誰が非難できようか。
「……」
清家の家。ごく普通の一軒家の縁側にそいつは居た。
胸のあたりまで土に埋まり、能天気そうな顔でニパーッと笑うピンク髪のロリ少女。
それだけならちょっと頭のおかしい子が居るで済んだのだろうが、そいつは小さかった。もう妖精さんのような手乗りサイズだった。
なるほどこいつはマンドラゴラ(萌え系)だ。いやーまさか本当だったとは……ってちょっと待て!?
「何でマンドラゴラなのに髪がピンク色なんだよ!?」
「落ち着け国生。つっこみ所はそこじゃない」
現実逃避をしかけた私の渾身のつっこみにさらにつっこみを重ねてくる清家。
相変わらず冷静だ。でもそんな清家が困って私を呼ぶくらいこの状況は異常だ。
「……どっから拾ってきた?」
「拾ってない。ついで植えても無い」
そりゃそうだろう。何を植えたらこんなけったいなものが生えてくるのか。
相変わらず笑顔なマンドラゴラ(萌え系)は私と清家を見上げたまま動かない。いや動けないのか?
「……他の誰かに相談してみたか?」
「黒川にも相談したが『分かった。今度その伊達眼鏡にレンズを入れに行こう』と言われた」
伊達だったのか眼鏡。……いや、それはどうでも良い。
黒川は清家の恋人だが、清家とは別のベクトルでリアリストな理系女子だ。そりゃ信じるはずもないだろう。
「というか私にもどうしようもないぞコレは。体育会系にこの不思議生物をどうしろっていうんだ?」
「俺も工学系だから植物は専門外だ。……というかこれは植物に分類していいのか?」
「知らんわ。それこそ黒川に聞け」
黒川の専行は確か生物だったはずだ。生物の解剖実習で周囲がドン引きする笑みで牛の目玉を切り刻んでたから間違いない。
……私が言うのもなんだが、何であんな女と付き合ってるんだ清家。
「分かった。来てくれるように頼んでみる」
「そうしてくれ。正直私もどうしたらいいか分からん」
相変わらずニパーッと笑っているマンドラゴラ(萌え系)を見下ろしながら言う。
いや、マジで何だこれ。
・
・
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「……予想の範囲内ではあるな」
「マジで!?」
十数分後。
訪れるなりそう言った黒川に思わずつっこんだ。
コレが予想の範囲内って、おまえは普段どんだけ摩訶不思議アドベンチャーな世界に生きてんだよ。
何? まさか私が知らないだけでマンドラゴラってポピュラーなの?
「マンドラゴラ(萌え系)と清家が冗談を言う確率を考えれば、可能性は五分だった」
「おまえ自分の彼氏を何だと」
眼鏡をクイッと上げながら言い放つ黒川。
いやマジで何でこんな女と付き合ってんだよ清家。
「すまなかったな清家。レンズを買いに行くのはやめだ。でも伊達眼鏡はやめなくて良いぞ。似合うから」
「……そうか」
照れたように顔を背けながら伊達眼鏡をクイッとあげる清家。
というかおまえのせいかよその伊達眼鏡。どんだけ眼鏡好きなんだよ。
「しかしこれは本当にマンドラゴラか? 植物らしい部分も少ないし、妖精が地面に埋まっているだけではないか?」
「おまえ今さも当然のようにおかしな仮説ぶっ立てたの気付いてるか?」
「ああ、すまない。ここは日本だから妖精よりもコロポックルの可能性が高いな」
「根本がちげぇ!?」
コロポックルだって北海道産だろうが!?
誰だこいつをリアリストだとか言ったの!? ……私だ!?
「まあそう怒鳴るな。何はともあれ調べてみないと始まらん。というわけで清家。抜いてみてくれ」
「え? いや待て。本当にマンドラゴラなら引き抜いたら死ぬんじゃないか?」
「ハッハッハ。何を非科学的なことを。大丈夫だ。念のために清家の耳を国生が押さえておけばいい」
「それ私が死ぬじゃねえか!?」
というかこの期に及んで非科学的とかどの口で言う!?
もう一切の常識が破壊しつくされた後だっつーの!?
「まあこんなこともあろうかと耳栓を持ってきている。さあ引き抜け清家」
「分かった」
分かったのか。分かっちゃうのか清家。
素直に耳栓をしてマンドラゴラ(萌え系)を掴む清家。そして僅かな躊躇いの後、一気にそれを引き抜いた。
「……」
引き抜かれたマンドラゴラ(萌え系)
叫ばない。しかしその顔から笑顔は消え、次第に怒りと怯えの混じったしかめっつらへと変わっていく。
「やばい!?」
これは来る。そう判断しすぐに耳をふさぎなおす。
そして予想したとおりに、マンドラゴラ(萌え系)は悲鳴をあげた。
「いやーっ!? エッチ! 変態! ちかーーーーん!?」
見事な発声量だった。
もうそんな小さな体からどうやって出してんだという大音量だった。
「え、痴漢?」
「こっちから聞こえたわよね?」
「あら? ここって清家さんのおたくじゃない?」
そしてその声につられて集まってくるご近所さん。
予想外の事態に固まる清家の手の中では、マンドラゴラ(萌え系)が性犯罪にあった被害者のように叫び続けている。
……こうしてマンドラゴラを引き抜いた清家は、伝承通りに死んだ(社会的な意味で)