ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
21 : ゼロとイチへの帰還
 コウは歩けないセイを担いでプロトタイプに近寄った。
 クレーターの坂を下り、近寄って見ると溶けているように見えたのは突出部だけで、本体はほとんど傷ついていなかった。
 ほぼ正方形だが、レーザー銃のような射出口が二つ飛び出ている。
 完成版に比べるとあまりに簡素、としか言いようがない。
 コウの背のセイは懐かしむようにその表面に触れ、目を閉じた。
「なんとなく、思い出した。俺は、これ(・・)から生まれたんだ」
「……」
 コウには何も言えなかった。
 何より、セイが自らの出生を知っていた事に驚き、それでも変わらない笑顔を見せる事が酷く嬉しかった。
 例えそれが彼の「感情を学習出来ない」という能力を示していたとしても。
「うん、最初にシン兄を見た。それから、レイ。あと黒い眼のヒト……あ、あれ俺のオリジナルだ、マコトさん。それにあいつもいたなぁ、金髪のさ、そう、クライ」
「その4人が当時の主要メンバーだったからな」
 シンは珍しく邪気ない笑顔を見せた。そうするとやけに幼く見える。
「コウに会ったのも覚えてる……6年以上前のコウの記憶がないって、当たり前だよなあ。だって俺が生まれたのは6年前なんだから」
 そう言いながらセイは目を閉じてコウの肩に額を預けた。
 幼子のようなその行動は、6歳という年齢を示しているようにも見え、コウはあまりに弱々しい声と力ない体に不安を覚えた。
「コウ、あんまり近寄るなよ、まだスタンバイ状態だ」
「……そうですね」
 コウがプロトタイプを離れようとした時、端末からレイの切羽詰まった声が流れてきた。
「シン! 聖譚曲オラトリオを破壊できない!」
「何だと?!」
「?!」
 一瞬にしてその場に緊張が走る。
 端末のレイは頬を紅潮させ、必死で状況をシンに伝えた。
「プログラムがすべて凍結しているの! 見た事もないプログラムよ、ウィルスさえも取り込まれて働かないの! 聖譚曲オラトリオに絡みつくみたいにして増殖してるように見えるわ」
「増殖……まさか!」
 シンの眉が跳ね上がった。
「そいつは俺がさっき構築した増殖プログラムだ。気をつけろ、レイ! ハルカがその辺にいる筈だ!」
「ハルカですって?!」
 切羽詰まった事態だ。
 コウが口を開こうとし時、さっと後ろから影が飛び込んできた。
 何だ、と思う間もなく目の前が光に包まれる。
「僕の聖譚曲オラトリオ! 返せ! 今すぐ現実世界に戻せ!」
 振り向いたコウの目に飛び込んできたのは、顔を真っ赤に腫らしたクライだった。先ほどの熱風でやられたのだろう。
 クライは焦げた金髪を振り乱しながらプロトタイプの側面にある操作パネルに齧りつく。
「クライ! バカ! 逆だ! そっちは情報化の操作ボタン……」
 シンの言葉は途中までしか聞こえなかった。
 コウはセイを担いだまま、虚構タチェットへと吸い込まれていった。


 ユニゾン・システムとは違う感覚で虚構タチェットと現実がリンクした。
 頭の中身をすべてさらけ出されたような感覚と突然小さな部屋に押し込められたような感覚が一度に襲ってきて、目眩がした。
 が、それも一瞬で。
 気がつけば二人は漆黒の虚構タチェットに放り出されていた。
 慣れた疑似重力に、コウは頭を押さえながら起き上る。
 すぐ隣に倒れているセイの無事を確認してから、コウは落ち着いて自分の状況を確認する。
「今のは、プロトタイプでボクとセイが情報化されたと見ていいんでしょうか。現実世界に生体は……残ってないんでしょうね」
 まず、スコープを構築し、周囲の解析を行う。
 が、すぐにコウは愕然となった。
「これは……聖譚曲オラトリオ?!」
 目の前に立ち塞がっていたのは、さきほどまで現実世界に存在した巨大な情報化装置の姿だった。天を衝く円錐形の黒々としたボディ。
 ところが、様子がかなりおかしい。
 装置の周囲を囲むようにして緑色のモノが生い茂っている。
 よくよくみればそれは蔦のようなもので、今も上に向かって伸び続けているようだ。最下部はほぼ蔦に覆われ、緑に変色していた。
「セイ! コウ!」
 情報空間なのに突然名前を呼ばれてびくりとする。
 が、その相手を見て納得した。
 息せき切って駆けてきた金髪の少女に、蔦に覆われた聖譚曲オラトリオを指しながら問う。
「レイ。これはいったい……?」
「さっきセキュリティを破る時にシンが構築した増殖プログラムらしいわ。今は、聖譚曲オラトリオを守る最高の防御壁と化しているけれど」
 つまり、あの増殖プログラムを何とかしない限り、聖譚曲オラトリオを破壊する事が出来ないというわけだ。
 これで失敗すればこれまでの事が水の泡になりかねない。
 動揺を悟られないよう、出来る限り冷淡な声を出す。
「……なぜシンのプログラムが、ということはさておき、ボクはどうしたらいいですか?」
「あなた、情報戦と解析のどちらが得意かしら」
 レイの質問は唐突だ。
「どちらかというとボクは解析の方が専門です」
 答えると、レイはちっと舌打ちして腰に手をあてた。
「いい、じゃあこの増殖プログラムを解く手立てを考えなさい。あたしはその間にこれを使った奴を倒してくるから」
「分かりました」
「頼んだわよ!」
 レイはそう言って去っていった。
 仕方がない、ここまで来たらやるしかないだろう。
 コウは周囲に光文字のパネルを巡らせ、目の前の増殖プログラムを解析した。
 さすがはシンの組んだプログラムだ。即席で作ったとは思えないほど骨格がしっかりしている。ちょっとやそっとでは崩せそうにない。
「周囲の小さい情報を取り込んで成長するようですね……なんて非常識なプログラムですか」
 皮肉にもレイと同じ台詞を吐き、コウはさらに解析を進める。
「絶対量の上限はないようですが、一度に取り込める情報には限りがあるようですね。と、言う事は大量の情報を一気に流し込めば活動は少なからず停止させられるでしょう」
 そこへ自己破壊フィーネプログラムを打ち込めば仕留められるはずだ。
聖譚曲オラトリオを放り込んで共倒れをお願いしたいところですが、そううまくはいかないでしょうね」
 大量の情報を流しこむ。
 さらに自己破壊フィーネプログラムを打ち込む。
 もう時間はない。すでにかなりロスしている。このまま長引けば聖譚曲オラトリオを破壊できないうえに全員が脱出の機械を失う事になってしまう。
 焦るな、焦るな。
「大量の情報……大量の……」
 その時、コウの脳裏にふっと浮かんだ。
 大量の情報。
 それならある、ここに、ある。
 生体情報・・・・だ。
 複雑な元素配列とエネルギー値を持つ人体は相当な情報量だ。
 ああ、そうか。

――創られたモノにはそれに相応しい末路が用意されているのか。

「少しは変われるかと思ったんですが」
 未だ眠り続けるセイの腰から血のついた銃を引き抜く。
「借りますよ、セイ」
 情報空間内において、弾切れと言う事はあり得ない。
 自己破壊フィーネプログラムをセットし、コウは馴れない手で銃を構えたが、どうもしっくりこない。構えもどこか不自然だ。
 それでもコウは唇に微笑みを浮かべると、聖譚曲オラトリオに向かって歩き出した。


 ところが、そのコウの腕を後ろから掴む手がある。
 血に染まったその手は青白く、とても力強いとは言えなかった。
 コウは冷たい声で言い放つ。
「放してください、セイ」
「……いやだ」
 苦しそうな息で、それでも行かせまいと掴んでいる手の力は本物だった。
 とても動けるような状態でないのは分かっている。もしかすると、すぐに戻っても間に合わないかもしれないくらいに。
 だからこそ、急がなくてはいけなかった。
「分かるでしょう、もう時間がないのです」
 微かに震える声。
 それは消滅の恐怖を知った人間のモノだった。
「……」
 返答はない。
 相手は手負いなのだから、と無理に振りほどこうとした瞬間。
 突然、セイが触れた部分が酷く熱くなった。
「熱っ……!」
 振りほどけない。
 そう思って見ると、なんとセイの手がコウの腕の中に溶け込んでいた。
「セイ、勝手に防御を解きましたね?!」
 常に生体情報を包んでいる防御がいつの間にか二人とも取り払われている。
 思わず声を荒げたコウは、自らの声に揺さぶられ、頭痛を誘発する。全身を貫く感覚に抗えず、思わず呻いた。
 セイの手がり込んだ腕は燃えるように熱く、痺れるほどの共鳴を伝えている。
「頼むコウ、俺を忘れないでくれ」
 手から腕へ、腕から胸へ、セイの情報がコウの中に流れ込んでくる。
 熱い。全身が、熱い。
 それより何より、理屈でない衝動がコウの中を駆け巡っていた。
 二人の境界は曖昧になり、触れたところから溶けあって沈んでいく。
「……ぁあっ!」
 声を挙げればその分だけ背筋を貫くような衝動が駆け抜けるだけだ。
「俺は消えるけど、俺を忘れないで欲しい。俺は創りモノだけど、確かに存在したって覚えていてくれ。コウは消えるな」
 ゼロとイチの集合体は、崩れるように重なり合って、混ざり合って、蕩けていく。
 コウの意識とセイの意識が、二人の持つ記憶が浮遊して、一つになる。
「やめ……セイ……! キミ……は……!」
 その意識からセイの考えを読み取ったコウは、必死に止めようとするのだが、その意志よりも強い快楽の波に押し流されて、動く事が出来ない。
 止められない。
 コウの代わりに消滅しようとしているセイの意志は絶対だった。
 そこに、恐怖はない。
 あるのはコウを消させないという強い思いだけ。
「これは俺のだから返せよ。使いたかったら練習しろよ、コウ」
 ゆっくりと混ざり合ったモノが別れていく。
 永久とも思えた交わりが終わる。
 初めて経験したルバートにそのまま倒れたコウ。
 セイはいつものようににっと笑って左手で銃を構えた。まるでそれが自分の一部であるかのように。
「さよなら」
 くるりと背を向けて、聖譚曲オラトリオに向かって行くセイ。
 その背は決意に満ちていた。
 ルバートの余波で動く事の出来ないコウは、ただそれを見送ることしかできない。
 声を出すだけで焼け付くような熱さが全身を駆け抜ける。
 それでも。

「セイ――!」

 精いっぱいに叫んだ声が情報空間内に響き渡り、セイは一瞬だけ振り返って微笑み。
 そして。
 聖譚曲オラトリオの中へと、消えていった。

 同時に聖譚曲オラトリオを包んでいた蔦が霧散し、後に残っていた黒々とした本体も、まるで天へと召されていくように音もなく消え去っていった。
 すべて「ゼロ」と「イチ」に還元され、すべては幻だったかのように。
 後に残ったのは、静寂だけが支配する虚構タチェットだけ。
 セイと名付けられた生命体がいた証は、それらと共にすべて消え去ってしまった。


 情報空間で崩れ落ちたコウは、シンによってプロトタイプで現実世界へと引っ張り戻された。
 どさり、と地面に投げ出されたが、抵抗する気も起きずにそのまま転がる。
 肩や足がかなり痛んだが、どうでもよかった。
「起きろ、コウ! プロトタイプを破壊して脱出するぞ!」
 シンの声でのろのろ、と起き上がる。
 力が入らない。
 これまでにない喪失感が全身を覆っている。
 感情と共に思考も停止してしまったようだ。
「コウ! 目を覚ませ!」
「でも、セイが」
「いいからお前はポイントAでジニアと合流しろ」
「一人で行けというんですか?」
「しっかりしろコウ!」
 必死でコウの肩をゆするシンの頭上から、か細い声が降ってきた。
「…………どいて」
 その言葉通りにコウの手を引いて飛び退ると、ふわりとスカートの少女が降りてきた。
 閉じた傘をプロトタイプに向け、どん、と突くと、一瞬にしてプロトタイプは灰燼と化した。
「ジニア、先に行けと言ったはずだが?」
「……心配で……戻ってきた」
 ジニアはつかつかとコウの目の前に立ち、すっとその小さな手を差し出した。
 コウの真紅の瞳からは幾筋もの雫が流れていた。
「…………約束、破らないで。私はまだ貴方の話を聞いていない」
 少女の声は静かに響いた。
 少なくともたった今相方を失くしたばかりの少年の心のどこかには触れることに成功した。
 恐る恐る少年は少女の小さな手を取り、足を前に進める事が出来た。



◆◆参加作品です◆◆
空想科学祭



cont_access.php?citi_cont_id=896006263&size=88