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17 : ゼロとイチに潜む真実
 間一髪で扉の中に滑り込んだコウは、一息ついてから、目の前の柵の向こうに、見た事もないような巨大な機械がある事に気付いた。
 心臓が鷲掴みにされたようにどくりと脈打つ。
 おそるおそる柵に近寄って覗き込んでみる。



――目眩がした



 自分たちが破壊しようとしているモノの、あまりの大きさに。
 まるで、人類が過去に何度も何度も創造を挑戦してきた宇宙船のように、その巨大な物体はコウの視線のはるか下から目の前を通り、さらに見上げるまで続いている。
 外装が有機的な何かだという事しか分からない。最下部が大きく広がった極端に先の細い円錐形をしている。その表面は決して滑らかではなく、コードや機器がむき出しになっている部分も多い。所々で起動を示すダイオードの光が点滅し、警告を発するかのように機械音を響かせる部分もあった。
 ミリアナに見せてもらった簡易設計図を記憶から呼び覚まし、この上部はほとんどが重力波の発生装置だという事を思い出した。中間部に瘤のように飛び出たのは、人体の素である素粒子の塊――俗にプラズマ、と呼ばれるモノの格納庫。
 そして、最下部に広がる裾野の部分が聖譚曲(オラトリオ)の中枢部、生体情報を読み取るユニゾン・システムと、その情報を元に重力波で素粒子を操り、生命体を生みだす核が並んでいるはずだ。
 コウは、迷わず近くのエレベーターに飛び乗り、下を目指す。
 ミリアナの認証コードで聖譚曲(オラトリオ)中枢部まで降下した。

 エレベーターの扉が開き、神に捧げる(カンタータ)が目の前に押し迫った。
 上から見下ろした時以上の威圧感に、さすがのコウも一瞬心を奪われる。
 それは理屈ではない。生物の根底にある、自分と違う世界に属するモノに対する畏怖が湧き出してくるのだ。
 鼓動が速い。
「シン?」
 そこへ澄んだ声が響く。初めて聞く声――よく通る男性のテノール。
 はっと聖譚曲(オラトリオ)から視線を戻すと、床が一段高くなっている場所に金髪の男性が立っていた。薄いレンズの向こうに、澄みきった碧い瞳。無造作に散らした金の髪が目を惹く。何より、そこには何か人を引き付ける絶対的な空気を感じる。
 纏っているのは薄汚れた、とは言わないまでも着込んでいるであろう白衣。
 それでもなぜか浮世離れした恐ろしさを感じた。
 そう、ちょうど、本気になったシンを目の前にしたような――
「ああ、違うよね。だってシンはちょうど今、帰ったところだし」
 帰った?
 その言葉を奇妙に思い眉を寄せると、男性の背後にバチバチ、と火花を散らすモニターが見えた。その中央には大きな穴があいている。
 よく見れば男性の握りしめた拳からはぽたりぽたりと血が落ちていた。
 彼がモニターを殴りつけて破壊したのは一目瞭然だ。
「君はシンのところの……コウ=タカハラ――『紅緋の消失領域(ポータブル・イヴィル)』」
 美しい貌に物騒な笑みを張り付けたこの表情には見覚えがある。
 そう、よく相棒のセイがキレた時に見せる表情だった。
 危険(ワーニング)
 コウの中の何かが叫ぶ。
「そう、君がシンの『切り札』か。赤い目の迷子係くん」
 シンは、最上階の倉庫からユニゾン・システムでアルトパルランテの回線に入り込み、この部屋の端末に辿り着いてこのボス――クライ=オメガ=アルト=アルトパルランテを説得する手はずになっていた。
 察するに、シンはすでにこの部屋の端末まで辿り着いていたのだろう。そして、クライと面会し、聖譚曲(オラトリオ)を止めるよう、ミリアナと二人で言い聞かせた。
 が、説得に失敗し、逆上したクライがモニターを破壊した。そう言う事だ。
 と、すればコウのとる行動は一つ。
 敵のトップを物理的に拘束、のち、聖譚曲(オラトリオ)破壊作業に入る。
 ずきり、と右足が痛む。先ほど無茶なダイブをしたせいだ。
「残念だけど、聖譚曲(オラトリオ)は破壊できないよ。核兵器でも持ってくるなら別だけど……凄まじいエネルギーが詰め込まれているからね、もし無理に破壊すればこのビル全体が吹っ飛ぶだけじゃすまない」
 クライの周囲を不可侵のオーラが取り巻いている。
 この威圧感を持つ人間に出会ったのは二人目だ。一人目は、自分を拾って育てた、現在の上司。
 彼には一生勝てる気などしないのだが、ここで敵のボス相手に退くわけにはいかない。
 コウは消失領域(オp-タブル・イヴィル)を解放した。
 この劣化した武器でどこまで戦えるか分からないが。
「そんなことはすべて承知です。でもボクは、それを破壊すると決めましたから」
 破壊を願う道化師、と名乗ったジニアと自分をどこか重ねていた。
 これを破壊すれば何かが変わる気がした。
 何しろ、これが自分を生み出したかもしれない機械なのだから。
 少しずつ芽生える感情と固まっていく何か――外れていたモノが自分の中に戻ってきて補完を始めたような不思議な感覚だった。
 緩慢な動作でクライが破壊されたモニターの横にあるパネルを操作する。
「残念ながら、僕は弱いからラスボスには向かないんだ」
 その間に、コウは相手との距離を詰める。
 余計な事を考えず、まずはクライを捕えてしまえばいい。
 コウは銀線を走らせた。
「でも、動かせる手足は多いんだ。僕は『ボス』で『科学者』だから」
 不気味な笑み。
 コウの手から放たれた血に濡れたワイヤーが彼に届く寸前で、横から漆黒の何かが割り込んできた。
「?!」
 思わずワイヤーを引くが、その漆黒を切断できない。
 このまま手にしているのは危険。
 そう判断したコウは一本のワイヤーを手放し、距離を置いた。
「今現在、僕が持つ『手』は4本、と操る方の手が2本。でも、君には2本しか腕がないようだ」
「……作業用のアームですか」
 クライを守るように頭上から降りてきたのは聖譚曲(オラトリオ)のように巨大な機械を組み立てる時に使う作業用のアームだった。人の手の倍ほどの大きさで、不格好なパイプをいくつも繋げたような形状をしていた。
 実際にパーツを掴む部分以外はむき出しで、動きは滑らかだが関節部の動きが手に取るように分かり、動く度にコードが撓むという簡素なものだった。
 そのうちの1本に、コウのワイヤーが絡みついている。あれをずっと引いていたら機械との力比べになり、負けて指を持っていかれていたかもしれない。
 どう考えても、コウが一番不得手とする相手だった。
 ワイヤーの裁断が通用しない、しかも腕力で勝てる筈はない。
「さて、どうしましょうか」
 アームを無視して操縦者本体に遠距離攻撃が出来るセイの拳銃や、アームさえも砕くジニアの傘があれば簡単だっただろう。
 しかし、ここには二人ともいない。
 何通りかの試作を脳内でシミュレーションし、コウは再びワイヤーを纏った。
「どうするのかな、『消失領域(ポータブル・イヴィル)』。このままやられてしまうつもりかい?」
 アームが迫ってくる。
 足の怪我とワイヤーの劣化具合を考えると、チャンスは一度だ。
 コウは複雑にくねくねとのた打つアームの動きに集中した。
 たん、と片足で軽く地を蹴った。
 襲いかかってくるアームの隙間を縫い、流れるような動作でふわりと避ける。指は、まるで綾取りでもするかのように優雅な動きを見せる。
 そして、なんのダメージも受けずにアームを通り抜けたコウは、最後に握っていたワイヤーの端をくい、と軽く引いた。
 4本のアームがぴたり、と動きを停める。
 いったい、この一瞬で何が起こったのか、と操縦者(クライ)が目を見張る間にアームは、断末魔の様な甲高い音を発しながら空中分解した。



 大きな音を立てながら床にぶちまけられたアームの残骸を見て、クライは肩を竦めた。
「やれやれ、なんてことだ。僕は君を甘く見過ぎていたようだ……まさか、関節の継ぎ目を狙われるとはね」
「あれだけ狙ってください、と言わんばかりに動いていれば誰でも対処法は分かります」
「細いワイヤーでそこを正確に切断するのは並みの技術じゃないよ。一歩間違えば、自分の武器で指を落とすかもしれないんだ」
「ボクはそれほど間抜けではありませんよ」
 コウは最後に残ったワイヤーでクライを縛り上げた。
 一つ目のミッション、完了。
 シンに報告すべく、破壊されたモニターの隣にあるサブモニターのスイッチを入れた。何度か砂嵐のような横線が入ったが、すぐに画像が安定する。
 間をおかず、画面に煙草をくわえた青年の姿が映った。
 上司の姿を確認するや、コウは報告を行う。
「クライを拘束しました。これから破壊作業に移ります」
「ああ、了解……セイとジニアはどうした? 一緒じゃないのか?」
「ビアンカ、ジュラ両名と戦闘中です。ボクだけが先に内部へ侵入しました」
「ビアンカとジュラ? あいつら、戦闘力なんぞゼロじゃねえか。なんで瞬殺出来なかった?」
 不思議そうなシンの声に、一抹の不安がよぎる。
 その不安を冗長するかのように、縛り上げたクライが乾いた笑い声を上げた――喉の奥から、絞り出すように。
「彼らは生まれ変わったんだよ、この聖譚曲(オラトリオ)によってね」
「何だと?」
 モニターの中のシンが眉を寄せ、すぐにはっと目を見開いた。
「まさか、あの二人の情報体を操作したのか?!」
「ああ、そうさ。彼らは力を欲しがった。だから与えた。強いよ、彼らは前人未到の領域に踏み込んだんだ」
 どういう事だ?
 一瞬、眉を寄せる。
 情報体の操作、生まれ変わる、力を手に入れた――
「クライ、お前はつくづく救えねえやつだな。それだけは、絶対にやってはいけなかったんだよ……人体に手を加えることが、どういう事か分かっているのか?!」
 途中から激しい怒りをあらわにしたシンは、蒼炎の瞳で縛り上げられたままのクライを睨みつけた。
「もちろん分かっているよ! これは人類の革変だ。素晴らしい第一歩! 人類はとうとう神に並ぶ英知を手に入れたんだ!」
「バカやろうっ! 情報操作で創ったモノなんざ、人間なんかじゃねえっ! 頭冷やせ、このバカ!」
 彼らしくもない激情で罵ったシンは、怒りに肩を震わせていた。
 それに対し、クライは先ほどのうすら寒い笑みを仮面のように張り付けている。
「人間じゃない? おかしなことを言うね、シン。君だって『創った』じゃないか。コードネーム『ゼロ』――情報体、つまりゼロとイチのみから構成された生命を! 人間ではないと言いながら、それをソルディーノの一員に迎え入れ、人間として扱っているのはシン、君じゃないか!」
 クライの言葉に、今度はコウが絶句した。
 心臓が抉り取られる感覚が襲う。
 創られた生命体。
「聞くなコウ、クライの言う事に耳を貸すな!」
 シンの叫び。
 ああ、やはり本当だったのだ――思考が麻痺した頭で、コウはぼんやりと思う。
 無から作られた生命体「ゼロ」。それは、プロトタイプで偶然創り上げられた「創りモノ」。人間ではない、ただの素粒子情報体。
 青い顔をしたコウを見て、シンもさらに眉を吊り上げた。
「それ以上余計な事を言うんじゃねえ、クライ!」
 が、興奮状態のクライはさらに続けた。
「それにこの『消失領域(ポータブル・イヴィル)』もそうだ……こいつだって、破壊された情報体を復元して人間に押し込んだ、いわば人造人間じゃないか!」
 その瞬間、すべての時が停止した。




 呆然となったコウの思考が、少しずつ回転し始める。
 いま、クライはおかしな事を言わなかったか?
――それにこの『消失領域(ポータブル・イヴィル)』もそうだ
 コウ自身も、ということは、別にもう一人存在するという事だ。
 それより何より、クライの話しぶりからすると、まるでコウとは別に「ゼロ」が存在するような口ぶりだ。
 まさか自分は「ゼロ」ではないのか?
 混乱する。情報が錯綜している。
 分からない。分からない。ワカラナイ分からないワカラナイ――
「シン!」
 気づけばコウは、腹の底からその名を叫んでいた。
「教えてください」
 まるで、助けを求めるかのように。
「『ゼロ』は、誰ですか――?」
 ずっとわだかまっていた心の隅。相棒に負い目を感じてまで隠した「ゼロ」の資料。
 コウの紅緋がシンの蒼穹を貫いた。
 モニターの中のシンは、一瞬迷ったように見えたが、すぐにコウを見つめ返した。
「俺やミリアナ、それにクライが6年前に偶然創りだしてしまった生命体『ゼロ』は――セイ=オルディナンテ、お前の相棒だ」






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空想科学祭   cont_access.php?citi_cont_id=896006263&size=88




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