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異世界居酒屋「のぶ」 作者:蝉川夏哉/逢坂十七年蝉
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船上の密談(後編)

 葦原から水鳥が飛び立つ。
 何処かで白狐が悔しそうに鳴いた。狙った獲物に逃れられたのかそれとも別の理由があるのか。
 黙りこくった三人の中で、最初に口を開いたのはゴドハルトだった。

「会場はどうする。警備の問題もある」
「宿は既に参事会の名義で上から順にいくつか押さえた。どこを選ばれても問題はない」
「いくつも、というのは?」

 我ながら間の抜けた質問だと思いながらも、ラインホルトは問わずにはいられなかった。この件については、どんな些細なことも知っておきたいという気持ちになっている。

「警護の問題だ。会場が複数あれば、目くらましになる」

 酔いが醒めたのか素面の口調でゴドハルトが答えた。

「ゴドハルトさんの言う通りだ。今回は警護を厳重にしなければならん」
「誰か、狙ってくる可能性があると?」
「ラインホルトさん、考えてもみてくれ。皇帝陛下には直系のお子がいない。このまま結婚しなければ、数十年後には選帝選挙だ。子や孫を立候補させたい有資格者は片手で足りまいよ」
「それだけじゃないぞ。東王国も一枚岩ではないから奇譚拾遺使は出張ってくるだろうし、連合王国の<外套と短剣>、そして聖王国の<法主の長い手>」

 マルセルが真面目腐って挙げた名はどちらかといえば冗談として受け取られる名前だ。少なくとも公的な場所で莫迦正直に議論をするようなものではない。

「噂話ではないのですか。騎士物語とかそういった類いの」
「ま、備えて備え過ぎるということはないさ」

 はぐらかしたのかラインホルトに同意したのか、ゴドハルトが無理矢理話をまとめる。胸にわだかまりが残るが、ここで問うても詮無いことだろう。

「いずれにしても、準備は進めなければならない。参事会にもいずれは伝えねばならんが」
「“噂話とベルフラウの流れは塞き止められない”だな」

 意外にも文学に明るいゴドハルトがディースターヴェクの一節を引くと、ラインホルトもマルセルも頷かざるを得ない。暫くは参事会でも信頼できる人間、つまりは旧バッケスホーフ派を除いた人数で動かねばならないだろう。

「エレオノーラ、ゲーアノート、ホルガー、ローレンツ辺りだろうな」
「あまり気は進まんがノルンハウゼンとケッペンも加えないと多数派にならんだろう」
「アルヌの若殿にも話を通しておいた方がいいのでは?」

 指折り数える参事会の面々を思い浮かべると、どうしても居酒屋ノブのことが思い出される。たまたまだろうが、あの店にはよい出会いを引き寄せる魔法でもかかっているのだろうか。
 そんなことを考えると、ラインホルトの腹が鳴った。

「……すみません」
「いや、若くて結構。しかし腹ごしらえをしようにもここではな」

 思案顔になるマルセルに、ゴドハルトがにんまりと笑みを浮かべた。

「こういう時の備えはちゃんとしてある」

 背後から葦を編んだ大ぶりの手提げを取り出すと、中身を船底に並べる。

「居酒屋ノブに頼んでな。弁当を拵えてもらった」
「居酒屋ノブか」

 マルセルの表情が憮然としているのは、なかなかノブへ行けていないからだろう。
 大市での一件以来すっかり多忙になってしまったマルセルは自由に飲み歩くこともできないらしい。前任のバッケスホーフが奢侈に過ぎる生活を送っていたことを考えれば、随分と生真面目だ。
 目の前に並べられたのは、オニギリだ。ラインホルトも何度かノブでヤキオニギリは食べたことがある。密談の会場は、瞬く間に遅い昼餐会の会場になった。

「米を握ってあるのか」
「マルセルさんも米をご存知で?」

 持ち重りを確かめるようにオニギリを両手に持つマルセルの表情はこれまでラインホルトの見たことがないものだった。

「こう見えても、参事会の議長になってからは古都の物流全体に目を通しているのだ。アイゼンシュミット商会がササリカ米を扱い始めたという報告も受けている」
「随分と勤勉ですな。前任のバッケスホーフでは考えられない」
「そうは言うがな、ゴドハルトさん。これが当たり前の議長だと思うのだよ」

 照れ隠しなのか自嘲気味にそう呟き、マルセルがオニギリに齧り付く。一口二口と食べ進めるうちに、その目が大きく瞠られた。

「おい、中に何か入っているぞ」
「でしょう。ただ米を握ったわけではありませんよ」

 まるで自分がそう指示したかのようにゴドハルトが豪快に笑う。ラインホルトも自分の分を齧ってみると、中に入っていたのは鮭だった。塩がきいていて、なんとも美味しい。
 冷めた米というのはどうなのだろうと食事前は思っていたが、いざ食べ始めてみるとなかなかどうしてこれが美味い。

「これはなんだろう。辛いが美味いぞ」
「ああ、それはメンタイコですよ。酒のつまみにもいいですが、オニギリにも合うもんでしょう」

 いい大人のマルセルとゴドハルトがオニギリの具で子供のように喜んでいる。
 船頭にもオニギリは分けてやりながら、ラインホルトは付け合せにも手を伸ばした。
 卵焼きと小さな腸詰。
 卵焼きには砂糖でも入れてあるのか、ほのかに甘い。
 甘い玉子など食事としてはどうかと思うのだが、オニギリの具に濃い味のものが多いので、これが不思議と調和が取れている。

 腸詰はさっと炒めてあるのか、これもオニギリによく合う。いくつでも食べられそうだ。
 あの店のタイショーのことだ。味の構成を全て考えてオニギリに何を握りこむかを決めているのだろう。大したものだ。

 皇帝と王女摂政宮の見合いを、居酒屋ノブでやってみてはどうか。
 その奇策を、ラインホルトは言い出せずにいた。
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