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異世界居酒屋「のぶ」 作者:蝉川夏哉/逢坂十七年蝉
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たこわさ(前篇)

「トリアエズナマ、もう一杯おくれ! いや、面倒だ。二杯まとめて持って来てくれ!」

 上機嫌でラガーを頼みながら、ゴドハルトは肴を前に掌を擦り合わせた。
 今日の注文はウナギ尽くしだ。
 ウナギのカバヤキにウナギのシラヤキ、卵で巻いたウマキと、キモスイまである。

 最近は居酒屋ノブでのウナギ人気は少し落ち着いてきたが、代わりに屋台や煮売り屋でウナギの魚醤焼きというメニューが流行り始めている。
 部下に買わせてみたが、ゴドハルトに言わせればまだまだだ。
 それでも色々な店が競って工夫しているので、最近ではそこそこ食べられる味のものもできつつある。

 何と言っても嬉しいのが、古都に住むどこの誰がウナギを売っても、結局はゴドハルトが儲かる仕組みになっているということだ。
 古都での水利権は今や、ゴドハルトが握っている。

「金の心配はいらんから、どんどん食べろよ」
「は、はぁ……」

 目の前で小さくなる振りをしながらも意外と厚かましくシラヤキでアツカンを呑んでいるのは、ラインホルトだ。
 ゴドハルトと同じく水運ギルドのギルドマスターだが、ここのところはあまり目立った儲けがなく、ギルド自体も弱体化している。
 そのラインホルトのギルドから巻き上げるような形で手に入れた水利権によって、今のゴドハルトは潤っているのだから、ほんの少しだけ後ろ暗さのようなものがある。

 騙し取ったわけではないが、手に入れる前と手に入れた後で水利権の価値が大きく変わってしまったのだ。
 今や、古都の人間でウナギを雑魚として扱う者はいない。
 居酒屋ノブがなければ、ウナギなんてゼリーで寄せて食べるだけの雑魚だったのだから、時代も変われば変わるものだ。

 シノブが運んで来るビールが待ち切れず、ウマキをフォークで口に運ぶ。
 口の中でとろとろの玉子とウナギのタレが程よく絡まり合って、絶妙のハーモニーを繰り広げる。
 これだ。これが、ウナギだ。

「はい、生二丁お待たせしました」

 ちょうどいい具合にシノブの運んできたラガーでカバヤキを食べる。
 これも、良い。
 居酒屋ノブの鰻はふんわりとしてそれでいて力強い美味さがある。
 秋になって脂がのって来たのか、夏前に食べた時よりも更にゴドハルト好みになっていると言っていい。

「ラインホルトさん、ウナギっていう奴は実に美味いもんだなぁ。オレはこれなら毎日食べても良いと思っているんだ」
「ゴドハルトさん、声が大きいです。他のお客さんもいることですし。それに毎日だと飽きちゃうと思いますよ」

 他の客と言われて見回すと、確かに今日も居酒屋ノブには客が多い。知った顔では衛兵コンビと助祭と片眼鏡の徴税請負人。ゲーアノートは今日もナポリタンを食べている。他にも見知らぬ顔がちらほらと。大入り満員大繁盛という奴だ。
 皿洗い担当のエーファという女の子も、衛兵隊の中隊長の若奥さんも斬りきり働いている。

「全く大したもんだ。まだ店を構えて一年経ってないっていうのにな、ラインホルトさん」
「それだけお客さんに評価されているということでしょう。飲食店にとってはとても大事なことですよ」
「水運ギルドにも、な」

 これほどラインホルトと気安く口を利けるようになったのは、水利権の一件で規模の差が大きくなり過ぎたからというわけではない。
 単独での商売ではどうにもならないと判断したラインホルトが、最近ではゴドハルトの下請けのようなこともしてくれるようになったからだ。

 水運ギルドと言っても、仕事にはそれぞれ得意分野がある。
 古都の水運業界で一番の老舗というだけあって、ラインホルトの下に残っているギルド員たちの技術力は高い。
 ラインホルトの協力が得られれば、以前には請けられなかったような仕事も請けられるようになるという寸法だ。
 組んで仕事をするようになってから、主な依頼先の船主や商会からの評判も良い。それで最近のゴドハルトは機嫌が良いのだ。

「ラインホルトさん、お前さんとは過去に色々あったが、今はお互いに上手くやれている。水に流して貰えるとありがたい」
「こちらの方こそ、ゴドハルトさんから仕事を回してもらえるようになって一息つけました。改めて、ありがとうございます」

 ジョッキと猪口で乾杯すると、二人とも一気に飲み干す。
 美味い肴に美味い酒。
 仕事疲れの身体にこれ以上の幸せはない。

「それでラインホルトさん、今日は折り入って話があるそうだが」
「ああ、そうですね。それではそろそろ、その話を」

 話の内容までは分からないが、商売の話だということは分かっていた。
 以前からコツコツとラインホルトが北の漁村と打ち合わせをしているということは掴んでいたのだ。
 大抵の事なら受け容れよう、という気持ちが今のゴドハルトにはある。
 だが、とんでもない大博打なら逆に止めてやらねばならないという思いもあった。

 父親から受け継いだ水運ギルドをラインホルトは若いなりに上手くまとめているとは思うが、それでもやはり経験不足は否めない。
 酔いを過ごして自分の頭が回らなくなる前に一つ、若者の思い付きとやらを聞いてやろうという格好だ。

「ゴドハルトさんもご存知の通り、我がギルドは古都の水運だけでは規模を維持するだけで精一杯です」
「そうだな。エレオノーラの所もある」

 三つのギルドがこれまで併存できたのは、それぞれが抱える人夫の数が少なかったという事情がある。
 ところが最近では、周りの農村から次男坊三男坊が次々に古都にやって来るので、人夫は少し余り気味だ。当然、それを取り仕切る水運ギルドも利害がぶつかる部分が出てくる。

「だから、新しい商売を始めようと思うのです」
「新しい商売か。思い切ったな」
「うちのギルドが一番小さいですから、身軽だということもあります」

 それでも、ラインホルトのギルドは一番古く、由緒もある。小さいから身軽だと言い切るのは、忸怩たる想いがあるだろう。
 だが、それを指摘するほどゴドハルトも野暮ではない。ラインホルトが悩んで決めたことだ。応援してやりたいという気持ちがある。

「穀物の売買をしているアイゼンシュミット商会が、最近北に販路を開いたらしいのです」
「ああ、ヨルステン麦を扱い始めたんだったか。バッケスホーフがいなくなったから、結構な儲けが出たと聞いているが」

 居酒屋ノブを自分のものにしようとしたバッケスホーフ商会は、ラガー密輸の疑いで解体された。その余波は、今もあちらこちらに残っている。

「その販路に一枚噛ませて貰うという話です」
「一枚噛む、か。簡単に言うが難しいだろう」
「ええ、今まで古都で取引されていなかったような特産品を、商会に買いつけて貰うのです」
「その資金を貸して欲しい、ということか」

 なるほど、筋は通っている。
 商売そのものは商会の領分だが、ラインホルトはそこに出資する形で相乗りするのだろう。
 その資金の一部をゴドハルトのギルドから借りて出すというのは少々博打だが、それくらいしてやる義理はある。

「大変申し訳ないのですが、貸して頂けませんか?」
「額や期間の事もあるからここではいそうですかとは、言えん。だが面白そうな話だとは思うよ」

 それが今のゴドハルトに言える最大限の言葉だ。しかし、気になることが一つ、いや二つある。

「でだ、ラインホルトさん。二つ聞きたいことがあるんだが」
「何でしょうか?」

 真面目くさった表情でラインホルトが応えた。

「一つ目は、何をアイゼンシュミットに商わせるつもりなのか。そして二つ目は……カウンターの下に置いてある、その、時々動いている妙な壺は何かということだ」

 先にラインホルトが来ていたので聞き辛かったのだが、彼の足もとには妙な壺が置いてあり、ずっと小さく動いているのだ。

「それは、二つとも一緒にお答えできます」

 ラインホルトが床から壺を抱え上げ、おもむろに蓋を取った。
 辺りに磯の香りが漂う。

「これが、我がギルドの将来を担う特産品……タコです」
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