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異世界居酒屋「のぶ」 作者:蝉川夏哉/逢坂十七年蝉
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隊長の凱旋(後篇)

「弁当とは…… 考えたな」

 ベルトホルトの見ている前で、ウナギの弁当が次々と売れていく。
 ヘルミーナの発案で始めたウナギ弁当は初日から大盛況だ。ノブの前にできた行列は最後尾が次の区画まで伸びていた。

 店の前に設えられた販売用の台では、ヘルミーナとエーファが売り子をしている。売り子用のお仕着せはシノブが選んだものだ。白を基調とした愛らしい衣装で年若い二人によく似合っている。

 弁当の中身はタレをかけたごはんの上にウナギを乗せたものと、うまき。それに漬け物が入っていた。
 食べやすいようにと木匙を付けているのも人気の秘訣だ。
 弁当箱と木匙はハンスの父親の伝手を辿って木工ギルドに格安で作って貰っていた。春先に見習いが何人か入って来たばかりらしく、その練習台にうってつけだということで快く引き受けてくれた。
 たまにおかしな形の弁当箱が交じっていることもあるが、気にする客はいない。

 昼に食べる弁当としては少し割高の値段設定にしてあるが、それはシノブの発案だった。胸を張って売れる物にはそれなりの値段設定が必要だし、何よりも用意できる数に限りがあるからだ。

 街ではウナギ弁当のことは瞬く間に噂になっている。
 水運ギルドのゴドハルトやエレオノーラ、市参事会のゲーアノートが部下に買いに活かせているというのも人気に拍車をかけた。
 美食で知られる人々が食べたがるものだ。少々懐が寂しくなっても食べてみたいのが古都の人々である。

 特にゲーアノートは一人で三人前も頼むほどの入れ込みようで、ウナギ弁当が冷めないうちに手に入れるために売り始める時刻のかなり前から部下を並ばせているほどだ。

 真似をする店も現われたが、タレの問題はどうしようもない。
 仕入れたウナギをどうすることもできず、ゼリー寄せにして売り出す店まで出ているという。当然、評判はあまりよくない。

 大盛況の居酒屋ノブだが、夜の居酒屋では絶対にウナギを出さない。
 客からの批難は当然出た。だが、どれだけ粘っても一切出てこないのだから客の方が折れるしかない。
 暫くゴタゴタするかと思われたが、ウナギが食べたければ昼間に来ればいいと言うので意外にも数日で事態は落ち着いた。

「エーファちゃん、うちのヘルミーナはちゃんと役に立ってるかい?」
「はい、ヘルミーナさんってお金の計算も早いし、凄いんですよ!」

 客に釣銭を手渡しながらヘルミーナが頬を赤らめる。
 大人しいヘルミーナが接客なんてできるのかと心配していたが、とんだ取り越し苦労だったようだ。
 夫のベルトホルトとしてはあまり認めたくはないのだが、客の中にはヘルミーナ目当てで弁当を買いに通っているものまでいる。

 新居への引っ越しはあと数日で何とかなりそうな気配だったが、少なくともこのウナギ騒動が終わるまではノブで働きたいというのがヘルミーナの願いだ。もちろん、ベルトホルトもそれには賛成だった。
 家庭にいて欲しいという思いもあったが、ヘルミーナ本人が望むようにしてやりたいのだ。

「ウナギ弁当お一つですね、ありがとうございます!」

 朗らかに弁当を手渡すエーファも活き活きとしている。
 店の中ではタイショーとシノブがウナギ弁当作りと夜の仕込みに追われているはずだ。

「はい、ベルトホルトさん」

 客が途切れた隙を見計らって、ヘルミーナが弁当を手渡してくる。
 これはウナギ弁当ではなく、お手製の愛妻弁当だ。漁師町の娘らしく、ヘルミーナは料理も得意だった。
 朝ノブに出勤すると、ここの厨房の一角を借りてベルトホルトのために弁当を拵えるのだ。タイショーから色々と料理も教わっているらしい。

「ありがと、ヘルミーナ。今日は少し早く帰れそうだ」
「良かった。それじゃ、ここでベルトホルトさんを待ってます。宿に帰る前に何か食べて行きましょう」
「ああ、そうしようか」

 終わった後の予定が決まると、午後からの仕事に張り合いも出る。
 ベルトホルトがいない間に怠けていた部下たちの鍛え直しも順調に進んでおり、多少の余裕も出てきた。
 北方のいくつかの領邦が傭兵を雇い入れたり食糧の買い増しをしたりと妙な動きをしているのは相変わらずだ。だが、今のベルトホルトにはどうすることもできなかった。
 相手が古都に襲い掛かってでも来ない限り、衛兵隊の出る幕ではない。
 何にしても、今は腹ごしらえだった。

 まだ開店前の硝子戸を引き開ける。
 売り子をするヘルミーナの声を聞きながら、ノブで弁当を食べるのがベルトホルトのここ数日の密かな楽しみになっていた。
 タイショーとシノブへの挨拶もそこそこに、手前のテーブル席を一人で選挙する。これもちょっとした贅沢だ。
 さっき手渡されたばかりの弁当の蓋を、慎重な手付きで開けてみる。

「おっ、これは?」

 入っていたのは、ただのご飯だった。
 売り物のウナギ弁当にも使われているタレが掛かっているが、肝心のウナギの姿が見えない。

「こりゃ一体どうなってるんだ?」

 木匙を持って途方に暮れていると、カウンターの内側からタイショーとシノブの忍び笑いが聞こえる。
 どうやら二人とも弁当の中身を知っていたらしい。

「おい、何がおかしいんだ。新婚ほやほやで弁当がタレごはんだけなんて…… 夫婦の危機だぞ!」
「いや、試しにちょっと食べてみてくれよ、ベルトホルトさん」

 タイショーに促され、木匙をご飯に差し入れた。コメしか入っていないかと思えば、思わぬ手応えがある。少し崩すようにコメをどけてみると中から少し崩れたウナギが顔を出した。

「中からウナギが?」
「まむし、って言うんだ。昔は鰻をご飯の間で蒸したらしいんだが、なかなか洒落てるだろう?」
「そうならそうと先に言えばいいってのに」

 悪態を吐きながらもベルトホルトは木匙を使う。
 ウナギの美味そうな香りに食欲が刺激され、胃が痛いほどだ。
 しっかりと炊きあげられた米にタレの味が染みている。隠れていたウナギもほろほろと崩れる柔らかさだ。

「美味い。さすがタイショーが焼いただけのことはある」
「そんなこと言うとヘルミーナさんに失礼ですよ」

 料理の下拵えをしながらシノブが口を挟む。

「えっ、ウナギってヘルミーナにも焼けるもんなのか」
「まぁ本当はほとんど俺が焼いたんだ。でも、ヘルミーナさんにも手伝って貰ったのは間違いない」
「何にしても嫁さんの作ってくれたもんだ」

 まむし弁当を噛み締めていると、どうしてウナギが上に乗っていなかったのかがだんだん分かって来た。形が崩れているのだ。
 タイショーはああ言っていたが、ヘルミーナが自分で焼くと聞かなかったのだろう。
 結局ウナギは身が崩れてしまったが、それでも美味しそうに見える知恵を借りたという訳だ。
 そう考えるとただの弁当でも一口一口が愛おしくなってくる。

「美味い。こんな美味い弁当が食えるってことは幸なことだな」
「そういうことは作った人に行ってあげて下さいね」

 からかう様に言いながら、シノブが湯気の立つ椀を持って来た。

「しじみの赤だしです。これもヘルミーナさんと私で作ったんですよ」
「へぇ、こいつはありがたい。昼から汁物にありつけるなんてな」

 古都で当たり前の弁当と言えばパンとチーズくらいなものだ。
 そう考えるとノブのウナギ弁当が流行るのも無理はない。
 椀に口を付けて一口啜る。
 熱い汁が口から喉、そして胃の腑に流れていく。午前中の訓練でたっぷりと汗をかいていたからか、濃い味付けの汁が有難い。

 汁とまむし丼を交互に食べる。
 額から汗が噴き出してくるが、どういうわけかそれが堪らなく心地いい。
 コメの一粒まで綺麗に平らげ、ふぅと大きく息を吐く。傭兵時代には考えられなかった幸せだ。

 かわいい嫁と気の良い部下たち、それに美味い飯と酒。
 こんな日々がずっと続けばいい。面倒事は真っ平ごめんだ。
 そんなことを考えていると、不意に古傷が痛んだ。
 慢心は怪我の元。戦場では油断した奴から駄目になる。
 ただ、それでも今はこの幸せをもう少し堪能していたかった。
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