「じゃあ、行ってくるよ」
そう言って玄関の扉を開く。
見送ってくれているのは私の妻だ。
「父さん、帰ってきたら勝負だからな。逃げるなよ」
奥のリビングから遅れて走ってくる一人息子。
名前は一稀だ。
私に似て正義感が強く、負けず嫌いな子だ。
「帰ったら勝負してやるから、せいぜい練習でもしておくんだな」
息子の言葉に返事をした後、妻に、行ってくると言い残し、ドアを閉めた。
外に出ると、澄みきった青い空が広がり、今日も良い天気だと感じる。
空港には30分もあれば着くだろう。
そうして、道でタクシーを拾い、空港へと向かった。
『アテンションプリーズ……』
急激にスピードを上げ、ゆっくりと離陸していく飛行機。
再び陸に降りればゆっくりしている暇など無くなる。
今の内に体を休めておこう。
そう考え、私はゆっくりと目を閉じた。
あれからどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
急に胸騒ぎがして眠りから覚めた。
ふと外をみると、下に分厚い雲が一面に広がっている。
ああ、下は天気が悪いのだろうか。
そんなことを考えていた矢先、突然機体が激しく揺れた。
なんだなんだ?
何が起きたのか予想しようとしたが、直ぐに浮遊感に襲われる。
――墜ちる
直感的にそう感じた私は、案外冷静だったのだろうか。
何も出来ないまま、ただ家に残してきた愛する妻と、息子を思い出していた。
ああ、一稀との約束を守れ無かったな。
私の最後の記憶は、目の前が真っ白になったことを認識したところまでだった。
ふと、自分がまだ思考できることに気が付いた。
『目が覚めましたか。青葉和人。貴方は白の守護者に選ばれました。』
白の守護者?
「それはどういう意味でしょうか。それに貴方は…」
『私は創造主。貴方には創造の世界と呼ばれる場所、そちらの言葉を借りるならば、現世とあの世の境の世界。そこで迷える魂を救って頂きたい。』
現世とあの世の境?
私は死んだのではないのか。
『貴方の命は確かに終わりました。ですが、貴方の想いを受け、この世界の守護者に適していると判断し、この場合に再び命を宿したのです。この使命、受けて頂けるでしょうか』
私の想い…か。
再び生きられるとは思ってもいなかった。
ましてや、こんな世界が存在するとは。
「守護者とは、私は何を守れば良いのですか」
『貴方方にはこの世界に迷い込んだ魂を無事に現世に戻してあげるのです』
現世に戻す。
「無事にとはどういう意味でしょう。何故守る必要性が生まれるのですか」
私の問いに目の前の女性の姿をした光は、淡々と答えていく。
『この世界には黒と呼ばれる者達がいます。彼らはその魂を殺そうとするのです。こちらで死んだ者は現世に帰ることは出来ません。それ故に白の守護者が守るのです』
つまりはボディーガードみたいなものということか。
「守ると言われても、どうやって…」
『戦う術は貴方の中に在ります。戦うことを受け入れ、念じるのです。それは、自ずと形となって現れるでしょう』
念じる…漠然とし過ぎていていまいち理解に苦しむが、つまりは自分の気持ち次第なのだろう。
『青葉和人よ、この世界の秩序の為に』
その言葉を最後に、白い光が辺りを包み込み、私は意識を飛ばした。
ここは…
ふと気が付くと今度は天井らしき物が目に入った。
どうやら建物の中みたいだ。
そして自分はッドの上に横たわっているようだ。
「目が覚めたか。新しき仲間よ」
突然の声に反応して、その音源の方を見る。
そこには凛とした態度で立っている男と、その横にちょこんと立っている少年とも少女とも取れる人が。
「俺は四大聖天使が一人、國山 惇、横にいるこいつも同じく聖天使の谷口 凛だ。この聖白園を管理している」
「よろしくね♪」
威厳のある声と、幼い声。
ここがさっき聞いた白の場所か。
「私は青葉和人。私が出来る限りのことをする所存です」
「そう改まらなくても良い。後で他の二人も紹介しよう。この部屋は君の物だ。自由にしてくれ」
「急なんだけど、明日に認定試験っていうと〜〜っっっても面倒なものがあるから♪」
「凛!」
「おっと、つい本音がポロリと…僕のポロリは貴重だよ♪」
「…出ていけ!!」
な、なんなんだこの人達は…
本当に偉い方なのかを疑ってしまう。
「こほん…すまない。認定試験についてはそこの紙に記載してあるので確認するよう。では失礼するよ」
そう言って男の人、國山さんは部屋を出ていった。
「凛!ふざけるのもいい加減にしろ!」
「うるさいハゲ親父!惇は威張りすぎなんだよ〜だ」
「聖天使たる者が……」
「ま〜たお堅い話を、惇は堅いの好きだねぇ。マシュマロよりもせんべいか!焼いたマシュマロを舐めるなよ!ん〜よし♪食べに行くぞ〜」
「人の話を聞け!」
「いざ行かん、食は本能に在り♪」
こんな会話をBGMに私は机の上の紙に目を通していた。
明智の名言もあの娘にかかれば形無しなのだな…
改めて思うが…本当に偉いのだろうか…
重大なことだと気を引き締めていたが、いきなり足をすくわれた感じだ。
この世界とは何なのだろうか…
世界についての使命感も、あの人達のお陰で違う意味での不安と疑問に変わっていた。
「はぁ」
「和人、ため息とはよくないな」
「いえ、ただここに来た時のことを思い出しまして」
おれは高村隊長と共に呼ばれ、聖天使様のところに来たのだが…
相も変わらずここは非常に煩い。
「凛!いい加減書類を出せ」
「ヤダ、あんな面倒なこと僕がすることとは思えない」
「思え!」
「ぶぅ〜…あっ♪亮がしてくれるって」
「何!?人にやらせるな」
「仕方ないじゃない、凛は字が書けないんですから」
「そうそう♪僕は…って麻美!僕はそんなバカじゃない、それは惇だ!」
「違うわ!」
「やはりそうだったか…」
「亮?それはどっちへの納得?」
「凛…世の中には知らなくても良いことが…」
扉を開けた瞬間に、というよりも、この部屋に近づくと聞こえてくる会話はとても上層部のものとは思えない。
おれ達はこんな人達の下でよくやっていけていると、この部屋の近くを通る度に思う。
「おっ♪高村隊長じゃぁござぁせんか♪」
「谷口様、我々第十手を呼び出したのは…」
「おうおう、青葉さ〜ん。そんな堅苦しい話し方していると惇みたいにハゲるよ♪」
「ハゲてはない!」
あぁ…また始まった。
この谷口凛という人物のお陰で話し方から考え方まで変わってしまった気がする。
案外面倒見が良く、この世界のことや戦い方を教えてくれたのだが…まさか話し方まで矯正されるとは
いつの間にかおれなんて言っている手前、その教え通りというのは否定出来ないが。
「ワカメでも食べてろ♪んでね、高村さん達には転生者の保護に向かって欲しいんだ」
また突然の話題転換で
「保護…ですか?」
「今回はイレギュラーで、違う場所で目覚めたみたいだ。黒に狙われる前に保護して欲しい」
「わかりました。和人行くぞ」
「おう!」
そうしておれと高村隊長は聖白園を後にした。
これが最後の仕事になるとは知るよしも無かった―― |