第三.五話 日常 其之一
「すかー、すかー……」
あの琵琶法師の屋敷での夜から、二月ほど経った。
季節は葉月を跨ぎ、長月を越え、神無月。
立冬を過ぎ、小雪に近づいた。
そんな、ある日。
「すかー……、Zzz……」
居待は寝ていた。
壁の穴から覗く日の光が居待の顔を照らしている。
「Zzz……………………、……っぶし! ……んん、……あぁ」
居待は朝日と寒さで目を覚ました。
目を瞬かせ、体を僅かに起こす。
「ああー……。んんーー……?」
目に入るのは寂れたあばら家。
妖を倒し、少女を救った褒美として、安麻呂、不比等から貰った屋敷。
元・家鳴の館。現在・居待の屋敷。
安麻呂、不比等はもっと良い屋敷がある、といったが居待は「あんまり大きいと落ち着かないし、あばら家の方が落ちつく」と断った。
居待は床に茣蓙を敷き、体に着衣を掛けて寝ていた。
屋敷は最低限の改修しかしていない。
故に北風が壁の隙間から吹き込む。
埃が巻き上がり、彼は再びくしゃみをした。
鼻をすすり、髪を掻き回しながら欠伸をする。
「……ずず。…………ふあ」
立ち上がり、戸を開ける。埃が風に流され飛んでいった。
チチチ、と庭で雀が鳴いている。
「んんっ!」
背伸びをする。
素足のまま庭に降り、荒れ放題の庭の土を踏む。
彼が庭に下りると同時に、雀が飛び立つ。
空は突き抜けるような蒼穹。
寝起きのおぼつかない足で、井戸に向かう。
からからと縄と桶を手繰りながら、今日の予定を考える。
井戸で水を飲みながら、ふう、と一息。
ふと、手を見る。
二月前には無かった、擦り切れたような傷。
修練の痕。
己の弱さを知ったあの夜から。居待は一日の大半を費やして、修練をしていた。
(俺は“まだ”弱い……、だけど……)
ぐっと拳を握る。
「さて、今日も頑張りますか」
一日が始まる。
++++++++
気品のある屋敷。そこに二人の男が居た。
「―――以上をもって、報告を終わらせていただきます」
言葉を切り、安麻呂は執務室の上座に居る大伴御行に一礼をする。
御行は目を閉じ、何かを考えている様子だった。
安麻呂は立ち上がり背を向ける。
「安麻呂」
御行から声がかかった。
「……は」
振り返る。
「香具山に恐ろしい妖がでるそうだ」
急な御行の言葉に安麻呂の頭に疑問符が浮く。
「そのうち、その妖の討伐をしなければならない、……私の子飼いの術師が当たるが、少々心もとない」
御行は片目を開き、安麻呂を見据える。
「下町にとても腕の立つ、“高貴な顔立ち”をした少年陰陽師が居るそうだ」
「…………」
安麻呂は御行が誰の事を言っているのか、すぐ判った。
子供で有能な術師なんて一人しか思いつかない。
「っ! ……兄上が稚児趣味があったとは存じませんでした」
はぐらかそうと試し見る。
御行は目を閉じたまま安麻呂に問う。
「勘違いするな、その子供にこの仕事を頼みたいと思ったのだ。……その者について何か知らぬか?」
「……存じません。……それでは、失礼」
安麻呂は御行に背を向け、そそくさと執務室から出て行った。
暫く後、御行は安麻呂が出て行ったほうを見て頬を吊り、呟いた。
「……阿呆が」
++++++++
居待の一日は、単純である。
朝に起き、そのまま修練。
そののち、昼飯を食べたら、卸す用の符を描く。描き終わったら修練。または、藤原不比等の屋敷か大伴安間呂の屋敷に行く。
日がくれる頃までやったら、安麻呂や近隣の者から受けた、仕事に赴く。無かったら、そのまま修練。
宵の中までやったら、晩飯を食べて、室内で修練。
そして、明け方頃に泥のように眠る。
その繰り返しである。
修練の内容は、剣を振ったり、術を練ったり、筋肉を鍛えたり、弓を撃ったり、拳を硬くしたり、多種多様に鍛えている。
基本的に肉体を練る事の方が多い。
夜に受ける、妖退治も修練の一つともいえる。
今日も何時もと変わらない晩秋の一日。
………………
…………
……
日が天頂を射している。
「くぁ……」
居待は藤原不比等の屋敷の簀子縁に座り欠伸をした。
不比等の顔を見に来たのだが、部屋のに行く途中、妹紅に捕まり半ば強制的に遊びに付き合わされた。
遊びは年相応のもので、蹴鞠や鬼事など。
少しだけ付き合い、直ぐに不比等の下へ行くつもりが、思いのほか興が乗り全力で戯れてしまった。
今は縁側(簀子縁)に二人並んで座り、お茶をすすっていた。
和気藹々と世間話をしていると、徐々に妹紅の口数が少なくなってきた。
見れば、瞳は眠たげに閉じられ、首は舟をこいでいた。
「おねむか?」
「ぅん……」
声に力が無い。
「布団に連れて行こうか?」
「んんーー……、まだここにいる……」
妹紅の答えに居待は軽く笑う。
「なら膝貸すから、少し休め」
「んん」
ぽすり、と音を立てて、居待の膝に軽い重み。
すぐに小さな寝息が居待の耳をくすぐる。
少し乱れた髪を手櫛で梳く。
お茶を飲んで一息。
「ああーー、平和だねぇ……」
空を見上げながら忘我の境地。
半刻ほど、ぼうっとしていると、安麻呂がやって来た。
「居待」
「おう、久しいな、おじ」
言いかけて、安麻呂の足元に小さな影を見る。
言い直す。
「……お久しぶりです、安麻呂様」
安麻呂と居待が血縁関係にあるのは、秘事であるので事実を知っている者の前以外では、元・雇い主と元・護衛の関係になる。
「ほら、宿奈、挨拶」
安麻呂は足の影に隠れていた、小さい影を前に押す。
小さい影の名は大伴宿奈麻呂。
大伴安麻呂の息子である。
宿奈は小さく頭を下げ、再び安麻呂の影に隠れる。
「こら!」
「あぁ、いいって。しかし、でかくなったなぁ、この前見たときはまだ、まともに話せもしなかったのに」
「最後に会ったのは一年前だろう? 子供の成長は早いんだ」
ふうん、と居待は頷く。
居住まいを正し、安麻呂に問う。
「不比等様に御用で?」
「ああ、それとお前にも、な」
居待は首を傾げる。
「なら何故、宿奈を?」
安麻呂は言い辛そうに、頬を掻く。
「ああー、屋敷を出るときしがみ付かれてな……」
居待はふむと一つ頷き。
ぺしぺしと妹紅の頭をたたく。
「おきろー、もこ、おきろー」
妹紅は目を擦りながら、起きる。
「んん、なにー」
「俺、このおっさんと、不比等様んとこ行ってっくから、宿奈と遊んでて」
「わかったー」
妹紅は頭をぐらつかせながら、宿奈の手を取り、庭へ駈けていった。
それを見送り、居待は安麻呂に向き直る
「で、なんか悪い知らせか?」
「ああ、不比等様の所で話そう……」
居待は立ち上がり、不比等の部屋へ先導した。
………………
…………
……
「――と云う訳です」
「……なるほど」
「……」
安麻呂の言葉に不比等は頷き。居待は無言。
しばらくして居待は口を開く。
「……まあ、何時かは、ばれると思っていたんですが」
居待は上を向いて嘆息。
「それで、どうする?」
安麻呂が問う。
居待は頭を掻きながら
「しばらく様子を見て、刺客を本気で送ってくるようならば……」
「どうするのだ?」
「一つ考えがあります」
「聞かせてみろ」
「まあ、たいした策じゃないんですが…」
居待は話し始める。
………………
…………
……
「と、言う事です」
「無理だ」
安麻呂は居待の策を切って捨てる。
「まあ、そう言わないで。二人の協力が必要なんですから」
今まで無言を保っていた不比等が口を開く。
「儂は賛成だ」
「不比等様!?」
安麻呂は瞠目する。
不比等は安麻呂に手のひらを指し言葉を止めさせる。
「まあ、現実的な策ではないな、しかし!」
不比等は安麻呂、居待の順に顔を見る。
「面白い、居待、協力するからやって見せい!」
居待は笑う。そして立ち上がる。
「では、準備があるのでこれにて失礼」
居待はそのまま部屋から出て行った。
それを呆然と見ながら、安麻呂は不比等に問う。
「本気ですか?」
「居待なら上手くやるだろうよ、それに……」
不比等はにやりと笑う。
「あの、餓鬼が珍しく大人を頼ったのだ、手伝ってやりたくなるのも当然だろう?」
++++++++
「待兄!」
居待が部屋から出ると妹紅から声がかかる。
「お話は終わったの?」
「ああ、終わった」
「なら、三人で遊ぼう!」
少女の無邪気な言葉に居待は笑い
(この平和を護るために、俺は)
「待兄、早くー!」
「今、行く!」
(頑張らないとな!)
そう、強く決意した。
あとがき
野郎のセリフ率が異常。男だらけの東方二次、東方邪神京をよろしくお願いします。
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