第五話 暮れる居待、昇る計都 其之壱
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―――とある集落の山。
暗く、不可思議な世界だった。
天候は常に土塊のような曇。月光も星光も差さない。群雲の上で月だけが朧に蠢いている。
その日は異様に静かな夜だった。蟲の声、獣の嘶き、風の音、木々のざわめき、“何一つ”無い。
まるで、闇が山の全ての命を隠し尽くしたかのように。
「――かぁ……」
その様な空間の中で男は一人闇を振るわせるように大きく息を吐いた。
(月に群雲、か……)
男は嗤う、己自身を。
「隠されているのは月か、それとも……」
くく、と喉奥で笑う。
この世界に生命は存在しない。
この世界に在るのは唯人柱の神である。
彼はその昔小さな里の守護神であった。
そして、それは順わぬ神でもあった。
唯、それだけだ。
仔細は省くがそれだけで彼は葦原の国から放逐され、天津神に封印された。
力でいえば旧き神等を殺戮することは余りに容易かった。彼にはそれだけの力が有ったし、それを活用する知恵も有った。
が、彼はそれをしなかった。
確かに天津神を殺し、国津神を纏め、地に蔓延る魑魅魍魎を率い、七貴神も皺首を刎ねる事は容易い。
だがそれだけだ。彼に国を治めるられる器は無い、それこそ自分で判るほどに。
(もし、俺が戦っていれば十中八九更なる不和が訪れただろうな……)
故に彼は動かなかった。
だが、もし戦っていたら――――。
彼は顔を朧月に向け問うように語りかける。
「そこのとこ、あんたはどう思う?」
「さぁてねぇ、少なくとも俺ぁ戦っていただろうよ」
「――!」
唐突に声が響いた。
「確かに手前ぇが戦って国が悪くなる可能性が有るなら、あんたが選んだ道も悪くはねぇ。つーか、上の者としちゃあかなり普通の選択だ」
「ッ! 何者だ!」
声は彼を嘲る様に続ける。
「だけど、神はその道を絶対選らばねぇ。――何故なら」
ザ
ン
と。
「神様ってのは手前ぇの信仰者に見栄張るもんだからよ。こう、この俺様が負けるわけねー! みたいな」
虚空から異様な少年が現れた。
美しい、と言える顔立ちをしている。が、その口元を覆う邪悪で好戦的な笑みと身体に纏う瘴気がそれを台無しにしている。
いでたちは随身姿であるから官位にある者なのだろう。が、燃えるような女物の赫い衣を肩に突っかけ、それがさらに異様な雰囲気をかもし出している。
担ぐように構えた異国風の漆黒の斧槍と錆びて刃の欠けた小太刀がさらに少年の雰囲気を混沌とさせていた。
「それも、大いに結構。大した生き様、いや、死に様かな? 己に殉ずる生き方は美しい」
少年は男の瞠目も気にせず、愉快そうに続ける。
「逆もまた然り。己を殺し強者に媚を売り、自分の身内と立場を守るのも大した生き方だ」
ここで男は我に返り、少年に詰め寄るように吼える。
「答えろ! 何者だッ!」
これは失礼、と軽く礼をし。
「俺の名は居待」
少年は柔らかく邪悪に笑むという器用な表情を見せ。
「早稲月弾正佐居待。――――ただ、の邪神だ」
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――大極殿、殿上の間。
「居待よぉ、お前やりすぎ」
「はぁ」
帝の呆れ混じりの言葉に居待は気の無い返事をした。
臣下の不遜な態度にも気にせず大和の王は言葉を進める。
「……居待」
「と、申されましても、私は自分の仕事をやっただけなのですが」
居待は言い訳するようにいうが帝は真顔で続ける。
「お前、半年前の官位は何だった?」
「初位下」
「今は?」
「一応、従五位下ですが、権限は尹(従三位相当、官史への監察組織の実質トップ)はありますね。今、家の組で私より上の者も居ませんし」
「うん、朕はわかってるよ。お前が仕事をしただけってことは……」
帝は頭を抱えた。
「けど、まさか上の方が穴だらけになるほどしょっ引くとは……」
「公卿も殿上人も半分になりましたからね」
横で侍っていた不比等が苦笑いを浮かべる。
「笑い事じゃあないんだけど……」
帝は絶望的に落ち込んだ。
「俺としては大伴御行殿に不正が無くてしょっ引けなかったことが残念ですけどね」
「ねっ、じゃない!」
帝は吼えた。
居待は飄々と続ける。
「しかし、それだけ、血税を無駄にする糞共が居なくなったことは善い事じゃありませんかね」
「ああ、そりゃそうだ、朕もそう思う……。けどよ、殿上人七十人、公卿にいたっては九人も居なくなるとは……」
ちなみに殿上人は百人ほど公卿から上は二十人ほどしか居ない。
「ま、それはいい。良くは無いけど良いという事にする。てか、居待の諜報っぷりと容赦の無さに朕は恐怖を覚えました」
「能力全開でやりましたから」
居待は誇るように言った。
そんな居待をスルーして帝は気を取り直して言う。
「それはさて置き、上が足りてねえのはかまわねえ、下の人間で優秀な奴を出世させれば良いだけだからよ、――不比等、選別を頼む」
「はっ」
「でだ、居待」
帝は不比等から居待に向き直る。
「なんでしょうか」
居待はそこはかとなく嫌な予感がした。
「現時点で人が足りてないのは如何ともしがたいからよ、官位を兼任させようと思う」
「はあ、あまり、権力の集中はよろしくないんですが……。兼任させる人を選べと?」
「違う。お前一人がやれ」
「……まあ、自業自得に近いものがありますからある程度はやりますが」
「よしじゃあ、まず神祇の小副と太政の少納言を兼任しろ。中務の卿も」
「官省(政治を行う人)の人間足りてませんからね」
居待は疲れた顔をして受け入れたが帝の言葉は続いた。
「式部、民部、治部、兵部、刑部、宮内もな」
「……」
「大舎人、図書、内蔵、縫殿、内匠、大学、雅楽、玄蕃、諸陵、主計、主税、木工、兵庫、あと、左右馬も」
「…………」
開いた口が塞がらないとはこの事だった。
「ああ忘れてた、陰陽、大飯、主殿、典薬、掃部、斎宮、近衛、衛門、兵衛もね。全て五位より上の権限で」
中央官制ほぼ総ざらいだった。
「………………マジで?」
「マジ。よかったね、これで、権限は一の人どころか朕より大きいよ!」
帝は居待を指差して哂った。
「いやです」
「勅命。ふはは、文官山ほどしょっ引いて、朕の仕事を従来の数十倍にした罰だ。ザマァw」
そういうことになった。
閑話休題。
帝は厳粛な雰囲気を取り戻して言う。
「まあ、冗談はともかく」
「ああ、冗談だったんですね」
「いや、本気でやってもらう。――眠れぬ夜を過ごすがいい」
「……」
居待は絶望した。
そんな居待を気にせず帝は続ける。
「官の話は兎も角。どーも西の方の雲行きが怪しいみたいなんだよね。…………居待、頼めるか」
「反乱でしょうか」
「鮫が出たらしい」
「漁師の仕事でしょーが」
居待は呆れたが帝の顔は真面目だった。
「その漁師が山ほど食われたらしい」
居待は再び、嫌な予感を感じながら。
「……じゃあ神祇と陰陽寮の仕事ですね」
しかし帝は無表情で。
「がんばってね」
「いやあの、忙しいんですけど」
「がんばってね」
「……あの」
「がんばってね」
「…………」
「がんばってね」
「………………御意」
………………
…………
……
「……正直言って。都からあんまり離れたくないんですよ」
帰りの道程。不比等の牛車に同乗した居待はそう切り出した。
「最近妙に御行殿から送られてくる刺客の質が上がって来てんすよね」
「ふむ、派手に動き回っているようなのだから別の者からなのではないか?」
それに居待は首を横に振り。
「そりゃ有り得ません。“恨みが残す様な真似は一切していませんから”俺に刺客を送ってくる人間は限られています。嫌がらせの報復もきちんとしていますから。俺の報復を受けて、それでも突っかかってくるような気概を持った奴は御行殿以外は思い当たりませんし」
はあ、と不比等は嘆息をし。
「怖いのう。居待は御行殿を恨んではいなっかたのではないか?」
「無論恨んではいません。ただ来るなら来るそのように対処すればいいだけのこと」
居待はクク、と小さく笑った。
「しかし、戦場で鎬を削る戦いも悪くないですが。こう、裏方で権謀術数を駆使し敵方の力を殺ぎ喰らう戦いも、こう、胸に来るものがありますね」
「(怖っ)」
暗く笑う居待に不比等は慄いた。
「し、して居待よ。都から離れたくない理由は何なのだ?」
微妙に居待から引きながら問う不比等に居待はやや苦い顔をして答えた。
「先ほども言いましたが、最近、刺客の質が上がってきてんですよね」
「? 事実お前を討てて居ないのだから、より強い者を送るのは当然ではないか」
「そんな、与力を残させてませんよ」
「……」
さらりと言う不穏な言葉に不比等は沈黙した。
居待は続ける。
「だから、不安なんですよ。……資源も終きかけた炭鉱から黄金が出てきた気分ですよ」
「……なんか嬉しそうな言葉だな」
「ええ、正直言って胸が躍りますね。――こういう不確定要素が有るから文官はたまらねぇ……」
居待は口から瘴気が噴出しそうなほど邪悪に笑った。
「(本気で怖っ)」
再び慄く不比等は話題を変えようと口を開いた。
「そういえば居待、お前、役行者を見つけたそうだな」
不気味に笑っていた居待は顔を上げて、ああ、と。
「御行殿がなんか暗躍してたから、俺の周囲でうろついてた間諜を拷問……ではなく話をしてみたら、俺と役小角をぶつけて共倒れさせようって話があると聞けたので、功だけ奪って偽報を掴ませたんですよ」
手柄、丸々独り占めです、と笑う。
「……」
あまり話題は変わらなかったようだ。
が、不比等は諦めなかった。
「……居待よ、お前巷でなんて呼ばれてるか知ってるか」
「男前の無駄遣いですか」
「そうだ。…………ん? いや、違う。というか、自分で男前とか言うな。お前そんな風に言われてるのか?」
不比等の突っ込みに居待は笑いながら。
「ではなんと」
「弾正佐ではなく蠅声頭と陰で言われてるぞ」
蠅声とは悪神、若しくはそれに順ずるさまである。
「……俺に相応し過ぎる名ですね。今度から弾正佐でなく其方で名乗るとしましょう」
不吉な、と不比等は苦く笑った。
………………
…………
……
牛車から降りて居待は旅支度の為に己の屋敷に向かって脇道を歩いていた。
と
「…………あぁん?」
静かだった。
異様なほどに。
時分は夕暮れ、人通りが少ないとはいえ家々の生活音すらしないのはおかしかった。
逢魔ヶ時。
居待は刺客かと一瞬警戒したが、知っている気配だったので小さく舌打ちをした。
「ッ……八雲紫、手前ぇか」
ずろり、と。空間の隙間から金髪の少女が現れた。
「お久しぶり、というほどじゃないわね」
「いや、俺にとっては半年というときは“永遠に等しい”」
微妙な言い回しを気にせず紫は続ける。
「私は思ったんですよ」
ふわり、と少女は地に降り立つ。
「あなたの“あれ”は限定空間でのこと、不意打ち気味に私の結界に引き擦り込めば勝てなくはない、と」
そして傘の先を向けて言う。
「チェックメイトよ、居待」
「………………一つ提案して、二つ、いや三つ言いたい事がある」
紫は艶然と笑った。
「ふふ、命乞いかしら。安心して、殺しはしないわ。唯、少々私に逆らえなくするだけ……」
「では、提案だ。俺が勝ったら幾つか命令を聞いてもらう」
紫の話を遮り居待は言った。
やや、機嫌を損ねたようだったが、紫は頷いた。
「勝てるものならね。…………それで話の方は」
その言葉に居待は人差し指を立てて。
「この状態はチェックメイトではなく、唯のチェックだな。――なぜなら」
二本目の指を立てる。同時に“吐き気を催す極彩の混沌”が居待から噴出す。
「“これ”は一度出したら常時展開型なんだよ」
「……えぇ。なにそのチート」
紫は小さく呟く。
そして、居待は人の形を失った手で三本目を立てる。
「俺の名は早稲月蠅声頭居待。――再び、惑え。小娘ぇ!」
彼の腕が膨張し、紫を飲み込む。
少女は掠れた悲鳴を上げた。
あとがき
どうもお久しぶりです。駱駝です。
お待たせしました、五話です。
PCが壊れた時って、朝起きたらPCが直ってた
夢を見るもんなんですよね。
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