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宜しくお願いします。
美咲
作:しん太



「智君、今すぐ来て!」
 受話器の向こうで美咲が叫んだ。
「どうしたの?何かあったの?!」
 智弘は動揺する心を必死で抑えて美咲に尋ねた。
「いいから、早く来て!」
「わかった。すぐに行く!」
 智弘は車に乗り込み、猛スピードで夜の闇の中、美咲の住むマンションへ向かった。
 

「美咲ちゃん、何かあったの?」
 智弘は美咲の部屋のドアをダンダンと叩いた。
 かちゃ。
 ドアを開けて美咲が出て来た。
「智君、いらっしゃい。あがってちょうだい」
 美咲は薄っすらとした笑みを浮かべてそう言った。
「一体、どうしたの?美咲ちゃん……」
「いいから、あがって」
「わかった」
 智弘は美咲の後について美咲のリビングルームへ向かった。
 リビングルームに着くと、美咲はソファーにドカッと横たわった。
「美咲ちゃん……」
「え?」
「……」
「ああ。ちょっとここ見てちょうだい」
 美咲は自分の足の先を指差した。
「爪。ずいぶん伸びているでしょう。切って欲しいの」
「ええ?」
「切ってちょうだい」
「……」
「切ってよ」
「……」
「切ってちょうだい!」
「うん……」
「爪切りはテレビの横の箱の中に入ってるから」
 智弘は爪切りを取りに行き、再び美咲のもとに戻って来た。
「ありがとう。智君……」
 美咲は目を閉じた。
 智弘はかがんで美咲の足の指の爪を切り出した。
「ごめんなさいね。まるで、私にひざまずく奴隷みたいね」
「はは……」


 二人が付き合い出したのは半年前だが、その当初から美咲の我がままは増長の一途を辿り、今では智弘の心を侵食し、支配しようとしている。
 智弘の心を挫き、その挫いた部分を自分が侵食する度に美咲は満足を覚えた。


「智君って、最初はもっとかっこよかったよね」
 美咲は言った。
「そうかな」
 智弘は美咲の爪を切りながら小さく呟いた。
「そうよ」
 智弘はそれには答えず黙って爪を切り続けた。
「ずいぶんと情けなくなっちゃたわね」
 そう言って美咲は大声で笑い出した。
 智弘は爪を切りながら小さく笑った。

「ありがとう。智君……」
 美咲は爪を切り終わった智弘を見つめて言った。
 そして、頭を撫でた。
 美咲は起き上がり、ソファーにきちっと座り直した。
「智君……、ここに座ってちょうだい」
 美咲はソファーの自分の隣をポンポンと叩いた。
 智弘は立ち上がり、美咲の隣に座った。
「テレビでも見ましょうか」
 美咲はそう言ってテレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。
 しばらくチャンネルをまわしていたが、バラエティー番組のところでリモコンをテーブルに置いた。
 美咲は右腕を智弘の首にまわした。
 美咲の目はテレビの画面を見つめていたが、意識は全く別の所にある様だった。
「面白いわね……」
 美咲は無表情に言った。
「そうだね」
 智弘も小さく呟いた。
 美咲は左手で智弘の体を触り出した。
「ちょっと痩せたんじゃない?」
 彼女は智弘の胸から腹の部分を何度もさする様に触りながらそう言った。
「変わってないよ」
「そうなの?」


 
「智君……、お願いがあるの」
「何?」
「私ね……」
「何?」
「私ね……」
「……」
「ちょっと待ってて」
 美咲はそう言って立ち上がり、何やら押し入れでごそごそとやり出した。

「私……、こんなの買って来たの……」
 そう言って美咲が手にしたのは、一体、どこで買って来たのか、人間につける首輪だった。
「これを智君につけさせて欲しいの……」
 彼女は顔を赤くしてそう言った。
「美咲ちゃん……」
 智弘は美咲を見つめた。
「お願い……」
「……」
「智君……」
「……」
「お願い……」
 美咲はにっこりと微笑んで智弘を見つめた。

 智弘には最初から選択肢などなかった。
 智弘の首に首輪をつけ、もう片方を柱につなぐと美咲は満足そうに彼を見つめた。
「ありがとう……。智君……」
 彼女は目を輝かせた。
 智弘は不甲斐なく笑うしかなかった。
「智君……、ワンって言ってみて……」
「ええ?」
「お願い……」
「……」
「智君……」



「ワン!」



 
 智弘は大きくそう叫んだ。

「ありがとう……。智君……」
 美咲の目はますます輝きを増していく。
 智弘は情けなく笑った。
「何か食べたいものない?智君」
「え?別に」
「お願い。何でもいいから言ってみて」
「……」
「お願い……」
「じゃあ、パン……」
「わかったわ!」
 美咲は立ち上がり、赤いコートを羽織り、マンションを出て行った。
 智弘は黙って一点を見つめていた。


 しばらくして、美咲は両手に買い物袋を持って騒々しく帰って来た。
「ただいまあ、買って来たわ。智君」
 二つの買い物袋には、ありとあらゆるパンが大量に入っていた。
 美咲はパンを一つ取り出すと、袋を開けた。
「はい、あーんして。智君」
 智弘は恥ずかしがりながらも口を開けた。
「美味しい?」
「うん……」
「どんどん食べてね」
 彼女はパンを次から次へと智弘の口へと詰め込んでいった。
「もう食べられないよ」
「お腹いっぱいなの?」
「うん……」
「じゃあね、最後に……」
 美咲は買い物袋に手を入れた。
「これを食べて欲しいの……」
 美咲が取り出したのはドッグフードだった。
「ドッグフード……」
 智弘は呟いた。
「お願い……、智君……」
 彼女は智弘を見つめた。
「……」
「お願い……」
「……」
「智君……」
 美咲は目に涙を溜めて、哀願した。
 智弘は床にドッグフードをばら撒いて、顔を床につけて食べ始めた。
「ありがとう……。智君……」
 美咲は智弘のその様子を微笑みながら見つめていた。



「智君!」
 美咲は智弘を鋭い口調で呼んだ。


「ワン!」





おわり


読んで頂いてありがとうございました。
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