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琉金殺し
作:まったりorz


 むせ返る七月の熱気が、濃い緑に夕陽を反射させて慌しく色めいている時分、有子は、友人と地元の夏祭りに居た。その町を流れる一番大きな川の土手で、毎年開かれる納涼祭は、二十あまりの出店と花火五百発だけが見所の小規模なものではあるけれど、地元の人間で、それなりの賑わいを見せる。子を連れた家族や、中高生のグループなどが群がる出店の一番端には、定番の金魚釣りがあり、小さな子供が群がっていた。

【琉金殺し】

 有子は、小さな子供に交じって一匹の緋色の金魚を釣った。威勢のいいオジサンがビニールにその金魚を流し込みながら、

「おじょうちゃん、一匹じゃ寂しいだろう。もう一匹サービスだ」
と言ってプラスチックの容器で、水槽の中から、小さな金魚を一匹を掬っていれた。

 二匹の金魚を手に家へ帰ると、母が呆れたように言う。

「お祭りにある金魚なんて、すぐに死んでしまうのよ」

 別に有子はそれで構わなかった。金魚が欲しかっただけで、金魚を飼いたいと思っていたわけではなかったのだから。
 とはいえ、母は、その翌日に水槽や餌、ポンプや石、おおよそ金魚の飼育に必要なものを買ってきてくれた。有子は新しく住処を手に入れた金魚を、夏休みの研究課題として、毎日、ノートにその姿を写生した。
 緋一色の小さな二匹は、窓から差す光を浴びて動く度に、水をきらきらと彩った。その絶え間なく変わる色と、小さな尾びれが透けるように小刻みに動くせいで、写生は思うようにいかない。それを描ききれないうちに、一匹は病気になった。洗面器に移し変えられたそれは、鱗がすべてささくれ立っていて、腹が奇妙に膨れていた。それでも表情一つ変えず、洗面器を泳いでいる金魚に、有子は何とも言いがたい気味悪さを感じた。一匹になった水槽はやけに広く感じた。有子はその一匹を丹念に描いた。丸みを帯びた体に、その体と同じ程の大きさの尾びれがゆるやかに水の中を漂う様が美しい。緋色の淡く透明な尾ひれは、ずっと見ていても飽きなかった。
 病気の方は、しばらくして死んだ。水面に腹を上にして浮いたまま動かなくなっていた。母は「やっぱり金魚すくいのはだめねぇ」と言っただけだった。有子は動かなくなったそれが死んでいるようには見えなかった。目は開いたまま、表情も変わらないのだから。
 一日経ってもそれはやはり動かなかった。早く埋めてやりなさい、とせかされて、それを水から出した。どこか生温いその金魚の体は、有子の小さな手のひらの上でも十分すぎるほどに小さかった。それでも醜く開いたままの鱗は、夕陽を浴びて美しく光った。
 金魚は最後までぴくりともしなかった。諦めて琥珀色に輝く腹から土をかける。そこで金魚の目は白く濁っている事に気がついた。金魚の目蓋は白くて不透明なものなのだ、と有子は思った。それは初めて見た表情の変化だと思った。そう思うと、何だか寂しいような気もした。
 

 水槽に残された方は、元気に泳いでいた。水面に指を近づけるとそれを餌だと思って口を寄せてきた。指と触れ合った瞬間、はじかれたように金魚は水中へと戻った。退屈な夏休みの時間を、そうやって紛らわした。金魚は琉金と名付けられた。何の事はない、金魚に詳しい兄が、
「これは琉金型だね」
と言ったからだ。琉金には夏の暑さも、外敵のおそれも、たまにやってくる季節外れの台風も関係なかった。空調の整った有子の机の上にある水槽の中だけが、琉金の世界なのだ。有子はたまに琉金の本来居るべき世界を想像してみたりした。この色鮮やかな緋色の魚が、川や池に居るのは、不似合いだと思った。緩慢に泳ぎ、自分が指を近づけると警戒もなく寄ってくる琉金は、やはりこの水槽の中にいるのが自然だと思う。
「琉金はそういう運命なんだよ」
 有子は、限られた水の世界を泳ぐ小さな美しいその魚に、そう呟いてみた。

 その夜、いつものように有子は琉金を眺めていた。
琉金は水槽の底に敷かれた小石を口に含んでは吐き出し、また別のを含んでは吐き出し、を繰り返していた。有子が水槽の壁を指でつつくと、琉金は尾を翻して、指の所に近づいた。ふと有子は悪戯心が起きて、机の引き出しから、色とりどりのビーズをとって、一つぶを水槽にいれてみた。

 薄青の小さなビーズは、水の中ゆらゆらと沈んでゆく。琉金が、何のためらいもなしにそれを食んだ。あ、と思ったときには、それは、吐き出され、水の底に沈む。有子は面白くなって、またもう一つ、もう一つ、とビーズを落とす。
 琉金は、その度にそのビーズを飲み込んでは吐き出した。底の小石の上は、淡い青やオレンジのビーズで彩られた。琉金は、何でも一度は受け入れるのだ、そして自分に必要なものだけを体へと入れるのだ、有子は少し誇らしげにそ思った。

 翌朝、有子は琉金を描いていた。朝の光を受けて、琉金の鱗と水底のビーズが夢のように輝いた。琉金は表情一つ変えずに、その世界をゆらゆらと漂う。有子は、夏休みの前に理科の授業で習った、呼吸について思い出した。琉金は魚だから、エラ呼吸だ。呼吸するには、泳ぎ続けなければいけないはずだ。琉金が、水槽の中を漂うのは、呼吸するためなのだ。そう考えて、有子はどうしようもない、と呟いた。琉金が優雅に柔らかな尾びれを動かすのも、水の中を泳ぐのも、自由なのではない。そうしないと死んでしまうからなのだ。生きる事に自由なんてものは、存在しないのだ。有子は半ば自分の事のようにそれを思った。水槽の中は、生きる事に関しては、とても都合のいい世界だろう。
 
 琉金は、何と言うでもなく、水の中で揺らめいている。与えられた世界の中で。
有子はまたビーズを落としてみる。淡い桜色の粒が、一つまみ、雪のように水の中を沈んだ。ちらちらと舞う中の一つを琉金が食んだ。それは、吐き出されなかった。

 あぁ、有子は、何の感慨もなく、ただそれを見つめて声を出した。














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