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ホリビリス 作者:たこ
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第十一話

二人が飛び始めて数分。ラルヴァは風圧でろくに目も開けられない中で自分達の下に開けた地表があることを見つけた。恐らく、件の依頼の村だろう。自分を抱き締めるディアの肩を叩き、合図を出す。

「ディア!真下だ!」
「了解!」

ほぼ九十度の角度でディアは真下に旋回する。体にのし掛かるGは凄まじいもので、ディアのように高速飛行は出来ても『飛ぶ』こと自体に不馴れなラルヴァは体を持っていかれないようにディアにしがみつくので精一杯だった。やがて米粒ほどだった景色の全てが肉眼で捉えられる大きさまでになっていき、ディアが翼を収納した。

「お願い!」
「ぬおおっ!」

空中で器用に回転しながらディアをお姫様抱っこしたラルヴァは一発、地表に向けて足から炎を噴射した。その衝撃で膝が軋んだ音が聞こえたがお陰で空中で一瞬制止するほどに落下のスピードを殺すことに成功した。そして再度ディアが翼を展開し、安全圏までスピードを殺しながら村外れにあった小さい野原に着地した。

超高速飛行からの紐無しバンジーを経て、二人は地面に足がついた瞬間大きな息を同時に吐き出し、そんなお互いの顔を見合せた。

「なんであんなに加速するわけ!?」
「お前がやれって言ったんだろ!大丈夫だからって!」
「限度ってもんがあんでしょ!」

飛び立ってすぐにディアがこう言い出した。もう少し早くならないのか?と。ラルヴァは勿論全力ではなかったがそんなスピードを出してお前がコントロール出来るのか?という質問にディアが自信満々に答えたからこそ更に加速したわけだったが、案の定二人はコントロールを失いあわや依頼の場所を通りすぎるところだった。

「あんたがさっさと推進力切れば大丈夫だったのに」
「大丈夫大丈夫っつってたのお前だろ!結局どこ飛んでるか分からなくなりやがって」

ディアは服の乱れを直しながら、ラルヴァは途中風圧で飛んでいった為に新しい煙草を咥えながらぶちぶちと文句をぶつけ合っていた。しかし数分言い合っていたら流石に飽きたのか、また大きく溜め息をつきながら周囲を見渡した。

「村はどっち?」
「ああ……あっちから飛んできたから向こうだな」
「じゃ、さっさと行きましょうか」
「そうだな」

二人は荷物を担ぐと、野原を抜けて森に入った。すると不幸中の幸い。入ってすぐに恐らく村に通じているのであろう、人に踏み固められた剥き出しの道があった。それを頼りに進んでいるなかでディアはそっとラルヴァの左腕を抱いてすり寄った。

「どうした?」
「いいえ?まあでも、さっきの謝っておこうかなって」
「は?」
「謝罪よ謝罪。あんたも悪いけど、調子に乗った私も悪かったわよ」
「…………どうした。風邪でも引いたか」
「あんたね……」
「馬鹿!冗談だおい!」

自らの肘をへし折らんばかりに抱き締めてくるディアにラルヴァは早々に音をあげた。そして珍しく、それはもうレアモンスターの出現よりも珍しく殊勝な部分を見せてきたディアの旋毛をを未だに信じられないような目で見下ろしながら視線をさ迷わせた。

よくよく考えると、単純に謝罪しているだけなのにこんなことを言うラルヴァも酷いと言えば酷いのだがそう思わせるほどの物があった今までのディアもディアだ。ディアが謝るという行為を本当に久しぶりに見たラルヴァはなんとも言えない気持ちになりながら、掴まれている腕をほどいて軽くディアの肩を抱き寄せた。

「まあ、俺も悪かったよ」
「……」
「だから気にする……おい。お前笑ってるだろ」
「ふ、ふっふふ……ぷぷ、ぷっふー!あんた本気で謝ってるー!あんた本当にちょろいわね!昔っからちょっと涙見せられると弱々しくなっちゃって!ろくな女性経験ないの丸わかりー!」
「てめえゴラアっ!!」

キャーっと見た目不相応に可愛らしい悲鳴をあげて駆けていくディアをラルヴァが全力で追う。こういうところがあるからディアの謝罪などは色々な人物から信じられないのだ。そして十年戦争前から同じネタで色んな人にからかい続けられているラルヴァもちょろすぎるのだった。

「誰がちょろいだ!ろくでもない女の筆頭がぁっ!!」
「いやーん。ハゲに犯される~~」
「ハゲじゃねえ!刺青のために剃ってんだよ!!ってお前知ってるだろうが!」

微笑ましさなど欠片もない全力疾走での追いかけっこは結局、森を突き抜けて村につくまで続いた。そして村人に聞いて依頼主である村長の家を見つけたのだが、汗だくで現れた大柄な男女に目を点にして驚いていた。だがこんな辺境の村のお陰か、おおらかな彼らに大した詮索もされずに二人は家にいれてもらうことができた。

「お前、後で覚えてろよ……」
「ふふっ」
「何を笑ってやがる」
「いやはや、やっとギルドから人がまわってきたんですな」

村長は二人の喧嘩など全く知らない。二人の間に流れる険悪な空気など全く気にしませんとばかりにお茶を出す。それを見て二人も流石に大人げないと(ラルヴァだけ)怒気を納めて村長に向き直った。そしてギルドから持ってきた依頼書を差し出した。実はこの二枚の依頼書、出した時期が若干違うだけで依頼主はどちらもこの村長だった。

「村長さん。この依頼を出しましたね?」
「そうなんですよ。一度は入り口に出たパリアントだけで良いと思ったんですが、よくよく考えるとこの機会にもう一体も退治してもらおうと思いまして。依頼書が二枚になってしまって申し訳ない」
「いえいえ。それは良いんですよ。それでパリアントの詳しい位置なんかは分かりますか?」

と、ラルヴァが話している途中でバタンという大きな音と共に家の奥から少年と少女が出てきた。少年は見た限りやんちゃそうな肌の浅黒い子だったが、少女の方は反対に色素が薄く大人しそうな印象を受けた。二人は村長の膝元に抱きついてせがみ始めた。

「じいちゃん!遊んでよぉ」
「これこれ、ロジ。今お客さんと話してますからマーロと奥で遊んでなさい」
「だって家の中だけじゃつまんないんだもーん!」
「ごめんね、お兄ちゃん……。マーロ、体が弱いから……外出れなくて……」
「えっ、違っ!マーロは悪くないって!」

必死で妹を励まそうとしている兄を微笑ましく見ていたラルヴァだったが、いつの間にか村長が自分を見ているのに気づいた。いや、正確には見ていたのはラルヴァの煙草だった。

少女の様子を見れば煙草の煙が決して益にならないことは分かりきっていた。だが能力を使ったばかりで吸わないわけにもいかない。仕方なくディアに目配せをして出ていこうとしたラルヴァだったが、それをディアが制止した。

「ラルヴァ。あんたが話を聞いて?ねえ村長さん。良ければお孫さんを預かってましょうか?」
「ええ?」

二人の孫をあやしていた村長は驚いてディアを見た。それに答えるようににっこりと笑うとディアはロジとマーロの側にしゃがみこんだ。それでも大分見上げなければならない程に大きいディアに驚いたようだったが、ディアがにっこりと笑うとロジは顔を赤くして見惚れていた。

「大丈夫。奥の部屋で遊んでるだけ。あなたも集中できないでしょ?」
「ああ……まあ。それは有り難いがしかし、お客さんにそんなことをさせるわけには……」
「良いのよ。子供は好きよ。さてロジ、マーロ。あなた達が嫌じゃなければ、どうかお姉さんと遊んでくれないかしら?」
「あ、え、ああ、うん。いいよ!」
「うん……いいよ……」

ディアはその返答ににっこりと笑顔を返すと、そして二人の誘導で奥の部屋に消えていくと、残った村長はラルヴァに頭を下げた。

「いやはや、お連れの方は優しいんですな。気を悪くされるかもしれませんが、少し冒険者は粗暴だという印象があって……」
「いえ。ラッシュのギルドに一歩でも入ったら、そこで連中に混じって食事をすればその印象が間違いでないことがすぐわかりますよ。あいつは特別、子供が好きってだけなんです。それじゃあ話を戻しましょうか」
「そうですな。詳しい位置に関してはうちの村で一番若く勇敢な猟師を案内役につかせましょう。ですが、もう一方の森の奥にいる方なんですが」
「なにか問題が?」
「問題、といいますか。奥地に行けば行くほど魔物もモンスターも強くなりますので問題は猟師の方なんですが……。山道を歩けばそうそう出くわさない筈ですが」
「ああ、なるほど。それは確かに危険ですね」
「ですが心配はありません。一匹目に合間見えるまでは森林道を歩くでしょうが、その先にある緑色の川を伝って上流に行けばそれは綺麗な湖があるんです。奴はそこにいます」
「緑色の川……歩きで行くと何時間かかります?」
「そうですなぁ……往復するだけなら山に長けた者で、今から出たと仮定して日没までには帰ってこれましょうな」
「それを聞いて安心した。ちょっとした事情で今日中にラッシュに帰らなくてはならなかった。じゃ、村長さん。後は任せてください」
「ええ。今日中にとは、なんとも剛毅ですが。頼みます」

その後、心配性でお人好しの村長から森の中での食料の見つけ方や水源の場所、よく見かけるモンスターなどの情報を聞き取ったラルヴァは楽しげに遊ぶ声がする小さな部屋の扉を開けた。そこは言い方はかなり悪いが埃っぽくてとても体が弱そうなマーロに適しているとは言えない部屋だった。

とはいえこの世界この時代、公衆衛生だなんて概念が完璧に確立されているわけもなく銃や戦車なんかの科学技術は発達していても医療に関しては魔法が多く用いられ呪いも信じられている。未だに外科的な手術技術が確立されていない上に人体解剖学も稚拙なこの世界ではマーロのように肺炎になりかけている喘息患者も救えない。

無論魔法的な治療もうけることは出来るがそれには金がかかる。山間部や辺境の土地に生きる人間は民間療法に頼るしかないというのも現段階のみでは変えがたい事実である。

三人はラルヴァに気づいた様子もなく、ディアが見せる色々な芸に見いっていた。露店で買ったライターを着火しその炎を色々な形に変化させている。大きさはそこまで変えられないが燃料はディアの魔力だ。ある程度変形させることは出来る。

「ほーら。ウサギ」
「すっげー!どうなってんの!?」
「それは教えらんないわ。内緒。ネタばらしはしないの」
「ね、次は……ワンちゃん見せて……」
「いいわよ」

ライターを華麗に操るディアとそれをキラキラとした目で見つめている二人に少しばかり悪い気はしたが、元はと言えばディアが今日中に終わらせるという迂闊な約束をしたのが悪いのだ。壁を数回ノックすると三人は弾かれたようにラルヴァを見た。

「ディア。仕事の時間だ」
「ああ、そう。じゃあロジ、マーロ。また後でね」
「うん……」
「分かった!またね!」

案外すっぱりとディアを解放した二人に見送られながら二人は村長の家を出た。その間、ディアはずっとマーロの方を見ていた。それは二人の姿が見えなくなった後でもだ。もうじき森の入り口というところまで来たというのにチラチラと村長の家の方角を見ていた。

「気に入ったからって、拐うなよ」
「そんなんじゃない」
「じゃあなんだ」
「あの子の病気が気になったのよ」

ポツリと呟かれた言葉に、ラルヴァは振り向いた。どうにも血色が悪いとは思っていたがやはり病を患っているらしい。ディアが見た限りでは肺を患っているかもとのこと。

「ならなんとかできるだろ?」
「まあそうだけど。でも私のじゃどうにもならないし」
「何はともあれ仕事が先だろ。行くぞ」

二人が気を取り直して森の入り口。その側にある小屋に達した時、一人の少年が走り寄ってきた。まだ15歳かそこらの少年は弓と短刀を担いでいた。その少年の装備から猟師だと気づいた二人は顔を見合せた。そして少年はまだ幼さの残る赤い頬を弾ませながら笑った。

装備は年期の入った立派な物を装備してはいるがモルスよりも童顔で未だに女も知らないであろう少年に二人は悪いとは思いながらも怪訝な表情を向けてしまう。

「あなた方ですね。冒険者というのは」
「ああ、そうだが……君が案内役か?」
「はい。メリーと言います」
「そうか、じゃあメリー。今から案内してくれる先にいる魔物のことはちゃんと知ってるよな?遠足じゃないんだぞ」
「はい。父からも何度も注意を受けました。身の程は弁えてます」
「……」

身の程を弁えられる人間というのは長生きをするものだ。分不相応なことはせず、きちんと自己を知って行動できるからだ。そういう人間は案外と少ない。

メリーの見た目から一抹の不安は残るが案内役は必要だ。結局受け入れた二人はメリーの案内にしたがって森に入ることにした。実際に入ってみれば彼の足運びや歩き方から随分と森に熟達していることが見てとれた。これなら大丈夫だろうと思いながらも、ラルヴァは気になっていたことをディアに聞いた。

「で?お前のパリアント捕獲の名案て結局なんだ?」

それを今待ってましたとばかりに小鼻を膨らませて、まるで子に諭すように計画を話始めた。

「簡単よ。いい?まず私の眷属を呼び出すでしょ?」
「ふん。まあ頼ることになるだろうな」
「その中には勿論魔法が滅茶苦茶得意な子もいる」
「ドラゴンだからな。まさかドヴァーネスを呼ぶのか?」
「ああ。なんか最近機嫌悪いしデカイからあいつはパス。で、呼んだ子に頼んでまずは魔法でパリアントを結界に閉じ込める。それでその中に催眠の魔法かなにかをかけて眠らせるっていう二つの段取りで作戦は終了よ」
「水を差すようで悪いが上手くいくのか?相手は木だぞ。眠らせるなんてことが出来るのか?」
「うちの子を舐めないでよ。今回はとっておきの子を呼んどいたからきっと上手くいくわ」
「そうか、そう願いたいね」

あまりに簡単、というか楽観視しすぎている作戦とも言えないような計画を聞かされラルヴァはどっと肩の力が抜けた。しかし、ディアの仲間に頼るというのは確かに効果的だし実際そういうことが出来るドラゴンを呼んでいるのだろう。かつて一度だけ『かち合った』事のある古龍ドヴァーネスの力を知っているため、ことディアの仲間のことに関しては実力は信頼できるものがある。

そうして道中、いかに自分の仲間達が素晴らしいかという聞きたくもない話を聞かされ続けてうんざりしながら歩いていたラルヴァの目の前で艶々した黒髪を日光で照らしていたメリーが立ち止まった。まだ森に入ってから一時間と経っていない。森も深く、ここには村人も来ていないということが見てとれる。

弓を構え始めたメリーにいよいよ場所が近いということを感じながら確認のためにラルヴァは前を行く少年の背中に声を投げ掛けた。

「おい少年。どうかしたか?」
「はい。もうすぐです……」

なぜそんなに警戒している?とは言わなかった。例え襲わなければ襲ってこない、近づかなければ脅威にはなり得ない魔物だと知っていて言い聞かせていようと何かの拍子で傷でもつければ数秒ともたずにくびり殺されてしまう程に強い魔物への恐怖が、この少年の中で消化することができようか。

と、メリーが二度腕を振った。その方向に目をやると数百年という樹齢を感じさせる大木のすぐ根本にパリアントはしゃがみこんでいた。パリアントは植物系魔物だがその姿は木々の塊が人間の形を模しているというものだ。中には大きい個体で5メートルもの体長を誇ることや鉄板などを触腕の一振りでへし折ってしまえることなどが彼を恐怖の対象に押し上げている。

見て分かるほどに巨大なパリアントと、それと同じくらい見て分かる程に震えているメリーを見て、ディアはメリーの肩を後ろから掴んだ。それにすら驚き、飛び上がってしまいそうになるのをやんわりと抱き締めて止める。ディアとメリーの身長差だと、メリーはその頭をディアの胸に思いきり押し付けることになってしまう。

重量感がたっぷりとありつつ、しかし弾力性と包み込むような柔らかさを兼ね備えた生のクッションの存在に気づいたメリーは違う意味で飛び上がりそうになった。

「あっ?え、ああなに、なんですっ?」
「あなたはもう帰りなさい」
「はぇっ?」
「ここからは私たちの仕事。怖いのも、当たり前のことよ。だから、もう帰りなさい」
「で、でも……」

正義感か義務感か、震えながらも自分の仕事を果たそうと懸命な、そして見方によっては愚かなメリーに一瞬だけ慈愛の表情を向けるとディアは長い体を折ってメリーの耳朶に口づけした。

「いいのよ。ここまでで。あなたはもう案内の仕事は立派に果たしたんだから。戦うことは勘定に入ってないでしょ?いい子だから自分を擲つような真似はしないで」

そんなのは、もう見たくないの。

その言葉はディアの口から発せられることはなく消え去った。そしてメリーはディアの一言一句にまで込められた力に圧倒され、既に震えもなにも消えていた。身を任せるようにディアにもたれ掛かりながら上を向く。すると、ディアの慈しみに満ちた顔が見えた。

長い髪が垂れていてカーテンのようになり、メリーにはそれ以外はなにも見えなかった。やがてゆっくりとディアは顔を近づけて、左の眉に口づけをした。

「さあ、行きなさいメリー」
「……はい…………」

ディアがメリーを解放すると、そのまま彼は若干ふらつきながらも振り替えることなく元来た道を帰っていった。それを見送ったディアの背中にラルヴァは声をかける。

「チャームか?」
「魅了なんてしてないわ。単純に私の魅力よ」
「よく言うぜ……」
「サービスぐらいしてあげなきゃ。あの子、いい子なんだもの……」
「……確かにな」

ラルヴァはそれ以上なにも言わなかった。ディアが時おり生の感情を吐き出しているときは昔を思い出しているときだ。あの時、ディアの部隊の仲間は彼女を前に進ませるために自分達が犠牲になることを選んだと戦後に聞いた。だからこそ、それを思い出してあそこまでして助けようとしたのだろう。

彼は加勢することを善意で行おうとしていたのだろうが、ディア達のように中途半端に強くなってしまった身からすれば余りに悲しい愚かな行為だ。そんな人間を死なせたくなかったのだ。

ラルヴァは黙っていたが、ディアの肩を叩いてやった。その手にディアは軽い口づけをすると、気持ちを切り替えるように笑った。

「さて、じゃあ仕事しますか。メリーがいちゃ呼べなかったしね」
「ん?ああ、ドラゴンね」

ディアはともかくラルヴァ達も能力に慣れているからこそ普通にしているが一般人がドラゴンを目の当たりにしたら卒倒失禁物である。あの純朴そうな狩人なら尚更だろう。いや、逆に勇気を振り絞って挑んだろうか。

「じゃ呼んでくれよ」
「あら、もういるわよ」
「……?」

それは仕事が早いとラルヴァは周囲を見渡す。しかし前後左右、果ては上下まで見回してみてもドラゴンのドの字も見えない。しゃがんで雑草と同じ目線で探しても見たがやはり見つからなかった。

「どこに」
「近くによ。よく見なさい」
「見ろって……」
「じーっくり目に力を入れてみなさい」
「……?……っ!」

そういうことかと両目に力を込め、熱感知に切り替える。そして真正面に立つディアの熱源を感知したところで振り返った。すると、目と鼻の先、お互いの吐息すらまじわいそうな至近距離に、巨大な熱源が出現していた。

「うおっ……?!」

素早く退き、熱感知から通常の視界に戻る。しかしそこには熱源になるようなものはなく長い雑草が遠くで揺らめいただけだった。先ほどの熱源は確実にラルヴァよりも巨大だった。それがほんの一瞬、熱感知から通常の視界へ移行する瞬きよりも短い間に視界から消えるなど考えられない。

ラルヴァは気配を察知する能力はない。ディアの方を振り向けば、頬に手を当てて笑うのを堪えていた。その仕草がどこかムカつくのだがラルヴァはそれよりもさっきの物の方が優先だった。

「なんだ!さっきのは……」
「あなたも知ってる子よ。よーく思い出しなさい。そうしてもう一度見てみなさい」
「……」

半信半疑、いや、七割ほど疑いながらももう一度視界を変える。今度は驚くまいと振り向くと、変わらずそこには熱源を認めた。左目だけ通常の視界へ戻したがなにも見えない。もしやと思いそーっと右腕を熱源に向けて伸ばす。そして指先がじきに触れるという瞬間だった。

熱源が大きく動き、そして生暖かい感触がラルヴァの肘までを包み込んだ。人間、よくあることだが思いがけない事態や状況に追い込まれると一瞬思考が停止してしまうものだ。その停止している間、モゴモゴと動いていたその生暖かいなにかが指の間にまで侵入してくる不快感に脊髄反射で飛び退いた。

「おああっ!?」

引き戻した腕はぐっしょりと湿っていて所々にはなにかに吸い付かれたかのような痕が残っていた。だがこれが効を奏した。このいたずらというには余りに行きすぎていて心臓に悪いこれ。これを昔、色々な奴によくやっていた一匹のドラゴンの名前が自然と口から飛び出た。

「め、メタイスっ?」

その言葉を待ってましたとばかりに熱源は喜び勇んで躍り狂った。そして通常の視界ではなにも見えなかったそこに、虚空に色が撒かれたかのように白い物が出現した。陽光を反射させ並みの宝石など比較対照にもならないとばかりの鱗と見つめるだけで心奪われそうな青い目。その両方を携えたラルヴァの二倍以上の体躯を持つドラゴン、メタイスは上機嫌に喉をならしながらラルヴァの胸元に頭を擦り付けた。

『お久しぶりです、ラルヴァさんっ』

たおやかな女性を思わせるやや高めの穏やかな声がラルヴァの脳内に響いた。ここに来て完全に思い出した。彼女こそかつての三百人部隊のアイドルにしてディアが使役できる古龍のうちの一体、メタイスだ。

「ああ、そうか。お前だったのか!透明になれるんだったっけな」
『はい。しばらく会えなくて寂しかったです。ディアちゃんはお家に喚んでくれませんし、私のところへ来てもくれませんしっ。モルスさん達はお元気ですか?』
「モルスとレイノルズはな。元気だ」
『では、マッシーさんやヘルタースケルターさんは?』
「最近連絡を取ってなくてな。多分元気だろう」

ラルヴァとしてはかつての仲間にして、現在のかけがえのない存在である皆を信頼しての言葉だったが、どうやらドラゴン達の中でもトップクラスにディアや人間達が好きだったメタイスにはぶっきらぼうな言い方は不服だったらしい。ドラゴンの表情は人間ほど豊かではないが、それでも細められた目と雰囲気から『私、怒ってます!』と言わんばかりの物が感じられた。

宝石なんかよりも美しい目と鱗を持つ自らの頭をぐいっとラルヴァの頭にくっつけると、直接頭のなかに思念を流し込む。

『それじゃダメです!ちゃあんとお友だち同士連絡はとらないとダメですよ!お風邪でも召していたらどうするんです!?』
「いや、あいつらは風邪じゃ死ぬまいよ……」
『いいえっ!いいえっ!風邪を舐めたらいけません!私の子も風邪にかかって大変だったんですからっ』
「そうだろうなぁ……」

ドラゴンは滅多に病気にかからない。それはもう逆にかかったら珍しさのあまりわざと魔法で治癒を遅れさせ、治さずそのままでいるドラゴンもいるほどで、ドラゴンが1000体いてそれらすべてが1000年生きたとしてもその中から2,3体病気にかかるかどうかという割合だ。ちなみにドラゴンの病を人が受けたらまず間違いなく即死である。

『お仕事で呼んだとの事でしたが、終わったらちゃんとお手紙出してくださいねっ!?』
「ああ……分かった。分かりました、はい」

強制的に約束を取り付けられたが、ラルヴァ達を除く残り五人のうち手紙を送ってもちゃんと届きそうな人も、また読みそうな人も少ないし何より詳しい住所を知らないので送りようがないということは、それこそ龍の逆鱗に触れたくないので黙ることにした。ドラゴンにしろ人間にしろ、優しい者が怒ると怖いというのは共通だ。

そんな二人のやり取りを側で見ていたディアは助け船を出すように手を叩いた。ちなみにディアはドラゴンを使って年に数回程度は連絡というか雑談はしている。なので飄々としながらメタイスの頭を撫でてやりながらパリアントを指差した。

「見える?あれなんだけどどうにかなりそう?」
『はい。パリアントでしたね?でしたら、ここまで誘導していただいてよろしいでしょうか?』

ここまで、と尻尾で地面を指しているのでそこを見るとおよそ人の言葉ではないであろう文字でなにかが書き込まれていた。蛍ほどの淡い光を放つその文字列から異様なまでの魔力を感じ取ったラルヴァは反射的に踏んではならないと理解し、後ろに下がった。

「これは?」
『踏めば発動するようにしかけた魔法です。ディアちゃんのいう通りに仕上げておきましたよ』
「さすがメタイス。仕事が早いわねぇ」
『いえいえ。当然ですよ』

サイズは小さく気性は穏やか。それはそうでも実際は単体で街一つ消し去れる古龍の端くれ。しかも年上のドヴァーネスよりも魔法には長けているのだ。ここまで準備しているのなら、なんの憂いもあるまいとラルヴァは足元の石を拾い上げた。

「どういう風な魔法かは知らんが取り合えず踏ませばいいんだよな」
『はい』
「じゃ、やるか」

ラルヴァは一流ピッチャーのようになかなか堂に入った仕草で振りかぶると、炎を吹き出して石に纏わせた。そしてその大柄な体を鞭のようにしならせて一撃必殺の一球をパリアントに投げ込んだ。

「ヌンッ!」

気合いと共に飛来した石は、丁度人間でいう脇腹の部分に突き刺さり炎が延焼した。そして流石は上位の魔物。今まで隠れていた目には敵対者と相対したときに宿る紫の光が灯り、つんざくような絶叫と共に立ち上がった。触腕を動かし自らに突き刺さった石を排除する。今まさにパリアントの中にあるのはこんな舐めたことをする何かを抹殺することだけだった。

4メートル近い背丈からの広い視点で、離れた場所に立つラルヴァとディアを見つけるのには大した時間は必要なかった。彼はあくまでも植物だ。人間の脳に値する部分はない。だが長い期間の魔力の蓄積と生命の強化によってまるで知性があるかのような動きをする。

パリアントは二人を見つけた瞬間に体の木々をざわめかせ、地面を踏み鳴らしながら特攻した。パリアントの体には高密度の魔力が保存されているが知性がないので魔法は使えない。それを見越して、ラルヴァ達は触腕が届かない場所まで走った。

「これでいいんだろ!?」
「そうよ!あとちょっと!」

パリアントは歩幅も広い。全力ではないとはいえみるみる二人に迫ってくる。それは罠にも近づくということで、まっすぐその足はメタイスの罠に向かっていた。そしてあとちょっと、あと二歩。ラルヴァとディアはしめた!と感じたが、この時点で完全に思い違いをしていた。

歩幅が大きいのだ。二人より大きいメタイスよりもだ。そしてそんな小さい存在が書いたさらに小さい文字を踏まなければならないのだ。つまりどういうことかというと、パリアントはひょいっいう擬音が聞こえてきそうな、あまりにも楽勝といった感じで文字を踏み越えた。

「メタイスぅぅぅっ!!」

思わず叫んだラルヴァだったが、その横を何かが通っていった。目には見えないがその何かは確かにパリアントに向けて飛んでいった。もしやと熱感知に切り替えると、一つの熱源がパリアントに向けて高速で接近していた。それは勿論、姿を消したメタイスだった。

『はっ!!』

攻撃の掛け声にしてはあまりにも可愛らしい声と、それに反比例して聞くだけで背筋が凍る轟音と共にメタイスは尻尾を振った。魔法で肉体を強化されたその一撃は、鉄の武器すら通さないパリアントの体を簡単に砕いてしまった。総重量は100㎏200㎏では到底きかないパリアントの体は紙切れのように舞い、文字の上に倒れた。

それと同時に半透明の球体が出現しパリアントを包み込んだ。肩口辺りの木々が吹っ飛んだパリアントは必死で脱出しようとしているが文字通り歯も立たず中でどんなに暴れても音すら響かない。そんなパリアントの真上を飛んでいたメタイスが自信満々な顔で言った。

『どうです?計画通りですよっ』
「……」
「もうこいつだけでいいんじゃないか……?」

その後、球体の中に閉じ込められたパリアントはメタイスの呪いによって生命力をギリギリまで奪われ、大人しく寝込んでしまった。ラルヴァの想像していた『眠らせる』とは大分違ったが、しかし結果さえきちんと出ていればなにも文句はない。それに今回は一から十までメタイスの力なのだから感謝こそすれ文句は筋違いだ。

本来ならドラゴンがここまで人間に親切に手を貸してくれるなどあり得ないことだ。大概は大きな代償を求められる。だがそれすらなく纏めあげている(というには語弊があるが)ディアはやはり只者ではないのだ。

そして、もう一匹のパリアントはこれまた簡単に捕まえることが出来てしまった。人間は学習し進化し、そして他の生物よりも閃きに優れている部分がある。一匹目の経験を元にラルヴァとディアで考案した作戦はパリアントのすぐ目の前に透明化したメタイスが文字を配置して、そして回り込んで後ろからメタイスがぶん殴って文字の上に倒すというものだった。

作戦というよりは殺人犯か通り魔的発想だったが、この世界の偉人の言葉に『時には策より拳。語るより動く』、つまりぐだぐだ考えるより単純な方法を取る方が効果があるという言葉もある。メタイスの力に物を言わせて大人しく湖の側に佇んでいたパリアントを襲った彼らにピッタリの言葉だった。

「いや、本当にパリアントって触れなけりゃなにもしてこないんだな」
「ええそうね。それにほとんど無傷だしこの分なら樹液も大量に確保できるでしょ」

二つの巨大な球体の中で生命力を吸い取られたパリアントは大人しくぐったりしている。メタイスはその二つの球体を浮かせながら自分が役に立てたのが嬉しくてくるくると回っている。

「じゃ、そろそろ村に帰るか」
「そうね。家具屋の前にギルドにも行かなきゃならないし。夕暮れまではまだ時間はあるけれど、お金稼ぎって時間がかかるのよねぇ」
「メタイス。お前はちゃんと透明になっとけよ」
『大丈夫です。安心してください』

あの村人達ならドラゴンを見た瞬間いきなり殺せ、等と言い出すことはないだろうが逆に恐れおののいて全員が逃げてしまうかもしれない。いくらメタイスが(比較的)大人しく美しいといえどもそれはドラゴンとの触れ合いに慣れたディア達の価値観。一般人からすればドラゴンというだけで十二分に恐怖の対象だ。

なので万全を期して帰らなければならない。メタイスに球体ごとパリアントを担いでもらい、さあ後日没まで数時間という時間になった。急ぎ帰ろうとしたその時。ラルヴァは視界の端をよぎった物に違和感を覚えて、反射的にそちらを向いた。

ラルヴァ達からかなり離れた場所に、一人の男が立っていた。ぼんやりとした目でどこを見ているかは定かではない。その上ラルヴァの目には黒い霧のようなものを纏っているように見えた。だがそんなものより今疑問に思ったのはなぜこんなところで、たった一人で丸腰の男が立っているのかということだった。

「ラルヴァ、なにしてんの?」
「いや、あそこに人が」
「…………どこ?」
「見ろ。あそこ……だ……?」

自分よりも視力がいいはずのディアの言葉に焦れて、手を引いて指を差したがそこにはすでになにもいなかった。周囲を見渡しても、さっきの男性を見つけることはできなかった。

「何かの見間違いじゃないの?」
「いや、確かに人だったような……」
「でもいないじゃない」
「ううむ……」

熱感知に切り替えてみたが虫や小動物の熱源まで見えてしまうのでどれがどれか分からない。

『ラルヴァさん。どうにもこの周囲に人間はいませんよ』
「分かるのか?」
『ええ。私、すごいんですよ?』

そんなことは知っている。メタイスは自分達より数倍優秀だ。それがいないというのなら、誰もいないのだろう。どこか釈然としない気持ちになりながらも諦めて溜め息をついた。

「……帰るか」

それからはメタイスがいるので一っ飛び。村に帰るのも簡単だった。村長の家の前にパリアントの入った球体を置き、挨拶をすると村長共々村人達も腰を抜かして驚いていた。遠目に見た人はいるだろうが、こう大きな魔物を至近距離で見るのは初めてなのだろう。

何度安心だから離れている必要もないと説明しても決して近づこうとしない。反対に好奇心旺盛な子供の方が物珍しさに近づこうとして親に止められている。確かにこんな巨大な魔物などそうそう見る機会もないだろうしそうなるとどんなに言葉を尽くしても不安を完全に消すことは難しいだろう。

そしてご多分に漏れずビクビクしていた村長だったがラルヴァとディアが終了報告をしに行くと安堵したように大きく息を吐いた。そして二人の手を握り上下に振った。

「いやあ、まさかこんなに早く終わらせていただけるなんて!流石は冒険者殿ですな!」
「ああ、いえいえ」

約9割がメタイスの力によるものだがそれを言ったところで仕方がないことだろう。こいつのお陰なんです!とメタイスをカミングアウトすればどうなることか。そんな二人の内心を知らない村長は村の危機が(実際にはそんなことないが)去ったことが純粋に嬉しいのだろう。何度も二人の手を握り返しながら、懐から箱を取り出した。

「ギルドの方にもう報酬は送っておりますが、これはほんの気持ちです。受け取ってください」

ギルドで受ける報酬は一部は依頼者、そして他の部分をクエストの内容によってギルドが負担してくれる。そして依頼者に終了の報告をしたときこういう別途の報酬を戴くことも冒険者の世界ではそこまで珍しいことではない。

村長の差し出してきた箱を開けると、そこには宝石らしき物が埋め込まれた3つの指輪が入っていた。これは何?とディアが言いかけた時、メタイスが後ろからディア以外誰にも聞こえない声で耳打ちした。

『木精霊の結晶です。精霊は死んだ後結晶化するんですが、すぐ土に還っちゃうんです。これくらい大きい結晶はなかなか残らないんですよ』
「へえ……木精霊の……」

その言葉に村長が反応した。

「いや、やはりお詳しいようで。その通りでございます。売ればそれなりの値段にはなるかとも思いますので、お好きなように」
「あなた達はいらないの?」
「はい。なにせこんな山奥の村ですから、宝石商などありません。近くの町に行くにも、馬車も通れぬ険しい山道ですから。有効に活用できる方にお渡ししたかったんです」
「ふーん。なら貰っておきましょうか」

ディアは箱をラルヴァに投げた。目の前で貰ったものを投げつけるなんてどんな神経をしているんだと爪先でディアの足首を小突いた。それを無視したディアは代わりに一つの小瓶を村長に差し出した。並々と注がれた赤い液体に一瞬面食らったが、それでも受け取った。

「これは?」
「うん。お薬よ。マーロに飲ませてあげて」
「薬……薬ですと?」
「そう。あと……5つほど渡しておくから誰かが病気にかかったらコップ一杯に3滴垂らして水と一緒に飲んで。二日朝昼晩と飲めば良くなるでしょう」

ディアは胸元から瓶を更に渡した。それを信じられないような表情で受けとると震える手で落とさないように掴んだ。

「ほ、本当にこれでマーロは?」
「ええ。治るどころか、暫く生きていけるでしょうね。多分二度と病にはならないと思う」
「おお……!宜しいのですか?そんな貴重な薬を」
「いいのよ。腐るほどあるし」

後ろで見ていたラルヴァの耳元でメタイスがぼやいた。

『あれ私の血なんですよっ?さっきいきなり尻尾を切ったと思ったら思いっきり絞ったんですからっ!痛かったです!』
「……御愁傷様」
『全くもうっ。全くもうっ!なんであんなに偉そうなんですかっ』

背後でプリプリ怒っているメタイスを宥める。ディアが偉そうなのは記憶に有る限り最初からだ。ディアは村長と二三言葉を交わすと、二人の元へ帰ってきた。

「話は終わったか」
「ええ。帰りましょうか」
「あの子達に会わなくていいのか?折角お前……っていうかメタイスのお陰で元気になるんだ。挨拶ぐらいしていけばどうだ?」
「必要ないわ。大事なのはあの子達が元気になるっていうことでそこに私がこれ以上関与する必要ないの。いずれ忘れるでしょうし」
「ふん」

ラルヴァの考えなら、自分を救ってくれた恩人は知っておきたい。だがディアの時おり見せる結果のみを重視した、相手のことのみ考えた淡白な考えもまた分からないでもない。これ以上関わり合うことは恐らく無いのだからそれもいいのだろう。

「じゃ、帰ろう」
「うん」

村人からの感謝の言葉を背中に受けながら村を出て、二人はすぐにメタイスの背中に飛び乗った。上空を飛ぶからまず問題は無いとは二人も思ったが、一応メタイスは透明化させている。そのため端から見れば変な姿勢で空を飛びながら球体を伴っている正体不明の謎の人物に見えるかもしれない。

約束の時間まではまだまだある。太陽の位置を見る限り今現在午後三時過ぎ頃か。行きよりは遅いが、それでも十分驚異的なスピードで空を飛ぶ三人は流石にこのまま首都上空から降下してギルドに行くのはまずいと判断し、近辺の森の中に降下した。法律で別に定められているわけではないが、『ビーストテイマー』や『召喚術士』のように職業としてモンスターや魔物を使役する者も街中では使わない。

下手をすれば市民の安全を侵したと衛兵に取り囲まれるだなんてことにもなりかねない。いまだに人間にとって未知の部分が多いドラゴン、それもパリアントを伴った古龍など一発で大騒ぎになるだろう。

伝承、噂、伝説、資料。様々なものでドラゴンは恐怖の対象だ。一目見て『格好いい!大好き!』なんていう人はごくごく少数だろう。

『本当にここまででいいんですか?』
「ええ大丈夫よ。門もすぐそこだし」

二人は一旦森の中に降りると、メタイスに頼んで馬車を作って貰った。そしてパリアントを包んでいた球体をぴったりと体を覆う形に変えてもらい馬車に乗せた。馬車の素材はそこらの木を使用したのだが、流石にパリアント二体を引っ張っていける馬は普通の馬ではない。メタイスの魔力によって作られた馬で無尽蔵のスタミナと怪力を誇る彼らを幻覚魔法で何重にもカモフラージュした。

よほど人智を越えた魔法使いでない限り、この馬車を引く四頭の馬が魔力の塊だとは分からないだろう。そんなものをたった数分で作り上げてしまう古龍の相変わらずなチートぶりに今回ばかりは感謝しつつ二人は馬車に乗り込んだ。

同時に名残惜しそうなメタイスが首を伸ばして二人の体に頭を擦り付ける。これはドラゴン達の信愛の証だ。

『寂しいですよぉ……』
「家に帰れば他にも仲間がいるじゃない」
『お二人はいませんもの……』
「またいずれ会いましょう?どうせ時間なら一杯あるんだから」
『はいぃ……。約束ですよぉ?』
「ええ。約束よ」

表情はあまり変わらなくとも鳴き声や声の調子で今メタイスが泣きそうなのはすぐに分かった。ディアとラルヴァは何度も今回最高の功労者である(二人がなにもしていないだけだが)メタイスを何度も抱き締めてやりながら体を撫でた。流石にこんな風に目の前で泣かれてはさしもの二人も愛着以上の情念がわく。

たっぷりと熱烈なスキンシップをしていたがやがて時間が経ち、メタイスの方から体を離した。目は未だに潤んでいたが、すぐに泣き出してしまいそうな気配はない。

『では、お二人ともお元気で』

それだけ言い残すとメタイスは一気に飛翔し、やがて透明化も相まってどこにも見えなくなってしまった。残された二人は意味はないのだが馬に鞭を入れると首都ラッシュに向けて馬車を進めた。

魔物の捕獲というのは珍しいものではない。というよりはこの世界の上級冒険者達の間ではメジャーだ。素材の回収が難しい上位の魔物ほど討伐よりも捕獲されることが多い。そうすることで自分達も使える材料が増えるし何より報酬金がいくらか上乗せされる。なので百人規模の混成パーティーが組まれて強力な魔物を生け捕りにするのも多い。

上等な装備を作るには上等な素材が大量にいる。それをむざむざ剣で傷つけ魔法で吹き飛ばして無駄にしてしまうようなことを命がけで戦う大多数の冒険者は好まない。いわゆる『もったいない』という考えや文化はこの世界でも存在している。

なのでディア達のように大通りを捕獲した魔物と一緒に通るなどはラッシュの住人からすれば珍しくもない。だが一部の腕に覚えがある冒険者はパリアントを二体、無傷で捕まえている二人の手腕に称賛の視線を送っていた。

そんな視線の中大通りを悠々と進んでいたラルヴァの視界に見知った姿が写った。髪も髭もモジャモジャの大男、レイノルズだった。レイノルズは馬車の音に気づき、避けようとした時にラルヴァとディアに気がついた。

「よう!もう終わったか」
「ああ。お前は何してる?」
「資金繰りだよ。色々と伝があるからな。ところで後ろに積んでるそりゃあ……パリアントか?」
「ああ。ディアの発案でな」

そこでディアから家具屋の店長との取り決めを聞いたレイノルズは豪快に笑った。

「はっはっは!!なるほど、ディアの考えにしちゃ上出来だ」
「はあ?チョット失礼なんじゃない?」
「いやいや。お前の日頃の行いから考えれば当然だ。で、お前らギルドに行くんだろ?運転変わってやろうか?」
「ん~……そこまで疲れてないしな」

手綱は正直持っているだけ。この馬は言えばどこにでも行ってくれるのだ。それに仕事もメタイスが頑張ってくれたので体力の消耗は殆ど無いと言っても過言ではない。

「そうか。じゃ、乗せてってくれや。俺もギルドに行くつもりだったしな」
「運動しないと太るぞ」
「手遅れだよ」

三人になったラルヴァ達はギルドの外部受け付けに直行した。外部受付とは今回のように捕獲した魔物やモンスターと帯同しているときに報酬を受けとる窓口でドライブスルーのような場所だと思ってくれれば想像も難しくないだろう。捕獲した魔物などの一時預かりや搬入なども請け負っている。

そこに行くと、すぐに待機していた数人の職員が駆け寄ってきた。

「搬入でしょうか?」
「いいえ。クエスト達成報告よ。はいこれ」
「パリアント討伐……」

書類に目を通し荷台に乗せられているパリアントを確認する。死ぬほど衰弱するが死なないという絶妙な匙加減で生かさず殺さず捕まえられているパリアントを複数の職員が確認し、そして書類に判を押す。

「はい。達成確認しました。今報酬金をお持ちします。素材は如何しますか?」
「買い取りは無しで。こっちで処分するから」
「畏まりました」
「ああ、ちょっと待て。この指輪の買い取りは頼む」

と、ラルヴァが木精霊の指輪を差し出した。

「畏まりました。少々お待ちを」

そう言って建物内に消える職員達。すると、レイノルズがラルヴァに耳打ちした。

「なあ、なんかおかしいたぁ思わねぇか?」
「何が?」
「職員が少ねぇ」
「は?」
「普通はもっと大がかりでやるもんだろ。捕獲魔物の確認ていうやつはよ」

レイノルズの懸念は正しかった。本来狂暴で強い魔物の方が捕獲され運び込まれる割合が高いのだから、ギルド職員の中には搬入時警戒用武装職員という専門の役職がある。冒険者上がりの武装した職員が搬入された魔物が町中で暴れないように警戒し、一般職員も魔物によるが最大数十人という人数で検分する。

七十年前に、捕獲された魔物が催眠魔法から目覚めて一般市民が八十人死亡するという事件が起きてから発足した物だが、ギルドでは絶対に守るべき決まりとなっている。

「それがさっきのを見たか?一般職員がたったの六人だぜ?」
「確かに、そりゃおかしいな」

武装職員に至っては出てくる気配もない。と、さっきの職員がまるで急き立てられるように走ってきた。両手には金の入った袋を抱えている。

「では、こちら依頼の報酬になりますっ」
「はーい」

かなり重いはずのそれをディアは片手の指に挟んで持ち上げる。すると職員は軽く一礼すると額の汗を拭うこともなくギルドに入っていってしまった。あまりにお粗末な対応に怒る前に疑念が浮かぶ。

「……何かあったのか?」
「……さあ?」

そう答えはしたがその時ラルヴァの脳裏に、討伐に出る前に聞いた話がよぎった。冒険者の失踪事件のことだ。それに魔物の活発化のことも。居ても立ってもいられなくなり、横で金を数えていたディアに言う。

「ディア。家具屋には一人で行けるだろ?」
「ん?勿論だけど。馬鹿にしすぎじゃない?」
「そうか。レイノルズ、ちょっとギルドの様子を見てみようぜ」
「うむ。俺もそう言おうと思っていた」

ラルヴァは手綱をディアに預けると馬車から飛び降りた。そしてレイノルズと目配せをすると、そのままギルドに入っていった。

ギルドの内部に入った瞬間、カウンターに冒険者の人混みができているのが見てとれた。しかも全員武装している。普通はクエストから帰還した直後か出向く直前以外で武装したままギルドに滞在する冒険者は少ない。と、すればこの人混みもすぐに出撃するのだろう。雑多と言うか騒がしいと言うか。職員も交えて大騒ぎしている。

と、思っていたところで駆けずり回っていた職員の一人がラルヴァとレイノルズを見つけると走りよってきてその手を掴んだ。

「何してるんですか!説明はこっちですよ!」
「あ?」
「え?」

なにか言い返す前に小柄な女性職員にひこずられて人混みに押しやられる。それと同時に人混みの中央にいた職員が高らかに叫んだ。

「皆さん、今からこの緊急クエストについてご説明しますっ!!」

ラルヴァとレイノルズは、顔を見合わせた。

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