第12話 そうだ、買い食いに行こう。
ぴこん♪
私のミニタブレット端末にメッセ着信のアラームが鳴る。
楢崎さんと、楽しくおしゃべりしてたとこなんだけどなぁ。
「ちょっと、失礼しますね」
「おう」
席を外してベッドサイドに置いてあったナップザックから端末を取り出して確認すると、メッセをくれたのは、中津優希──瀬梨華と特に仲の良かった元・三人娘の一人、優希さんだ。夕飯前に少し話がしたいそうだ。
あとの二人──長谷川美紗さん、城山燿子さん。彼女達もいるんだろうか?
楢崎さんに、元三人娘に会ってくるというと、ちょっと微笑んで送り出してくれた。
どういう話になるのか見当もつかないが、彼女達の意思は尊重したい。傍から見れば、共犯関係の主従かもしれないが、それだけでは割り切れない私と彼女たちの繋がりはあるんだ。
場所は2階のテラス。人が数人いて、景色を眺めてスマホで何か写したり、テーブルを囲んで雑談をしていたりする。隅の目立たないところに彼女達はいた。
そのテーブルに近づくと、そこにいる二人は席を立ち優雅に挨拶をする。私も、それに応えると、ひとつ頷いて席につく。
「なかなか、瀬梨華様にお話をするだけの覚悟が決まらず、いたずらに時間ばかり経ってしまって……本当に申し訳ありません」
「私どもより、ずっと瀬梨華様のほうが遙かに苦しいお立場にいらっしゃるのに……なにとぞお許し下さい」
今までと、私達の立場はガラリと変わってしまった。これからの自分の身の振り方を悩むのは当然だし。
「私が、貴方達に相談もせず一方的に巻き込んでしまったのだから、いろいろ考えるのに時間がかかるのは当然だと思います」
「……それで、私達は親しい者に相談してみたり、自分を振り返ってみたりして……確かに逸脱していて他のクラスの人達に、かなり迷惑をかけてきた、ということはわかってきました」
優希さんは俯きながら、苦悩の表情で今日まで色々考えたことを語る。
「私も……父に言われました。『本当に相手のことを思うなら、間違っていると思う事は間違っていると諌めるべきだし、意見が合わないなら誠意を尽くして話し合うべきだ』と言われました。それが本当の友人だろう、と」
お父さんは結構立派な人なんだな、燿子さんのところは。
彼女達もこの1ヶ月近く、私ほどではないしても、それなりに冷遇されてきた訳で。
今まで、名家の令嬢として育てられてきた彼女達に「しずか」のような底辺耐性が皆無な分、むしろ私よりダメージが大きいのかもしれず。
「瀬梨華様が悪辣なだけではないことを、私たち一番良く知っています。それは胸を張って言えます」
「私どもは……幼すぎたのでしょう。そして、家や親の権威をまるで自分の力のように勘違いしていました」
よかった……。よかったと言うのは変な話かもしれないが、私の想像を絶するヒステリックな対応とかされたら、どうしよう??などと内心ビクビクしてた。ナイショだけど。
「私は、急に変わってしまったから……貴方達に恨まれるかもしれないと思っていました」
「そのようなことは決してありませんわ!私も優希さんも、瀬梨華様に心底憧れているのです。それは、今も昔も変わることはありません。いつでも瀬梨華様の味方でいたいのです」
「私も燿子さんと同じ気持ちです!調子に乗っていたかもしれないけど……」
もともと、根のいい子達なのも、私が一番よくしっている。
私が、癇癪を起こす前に、相手にキツいことを言って追っ払う体裁で、逃がしてあげてた燿子さん。
酷い暴言を私が吐いてショックを受けた子に、後でこっそりフォローしてくれてた優希さん。
ここには来ていないけど……歳上の男子とかに報復されそうになったときに、身体を張って庇ってくれた美紗さん。
「辛い立場に置かれているのは、私たちの行いに対する罰であり、これからの行動で“今までとは違う”と証明していって、皆の信頼を得ることが償いなんだと思っています」
苦しげな表情で二人が私の顔を見る。
──ううっ、ボケたい!ツッコミたい!!
「しずか」がこの雰囲気に耐えられなくなってギャグをかましてしまいそうなのを、何とか抑えつける。
「お互いに自分を律して慣れ合いではなく、ちゃんとした節度ある友人として、これからも私と接してくれるなら、こんなに嬉しいことはありません」
ぱあっと二人に笑顔が広がり、ほっと安堵の息を漏らす。
「これからも、色々と失敗したり、やらかしたりするかもしれませんが、よろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げた。たぶん、彼女達にこんな風に頭をさげたのは、初めてかもしれない。「瀬梨華」だって彼女達に感謝する気持ちがなかった訳じゃない。数少ない救いだった。でも、ソレを口にすることはなかった。
……考えてみると、この辺が……私ってば、お父様ソックリなのか??
「私の方こそ、ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いいたしますわ」
先に立ち直った燿子さんがスマートの返事をしてお辞儀をすると、優希さんが慌ててペコっと頭をさげて言った。
「こちらこそっ、不束者ですがよろしくお願いしますですっ」
ゆ、優希さん、その言い方は嫁入りの時のやつだよ!?
「ぷっ!」「くくっ!」
私と燿子さんが、思わず吹き出してしまう。
「えっ!?え?……私…なにか変なこと言いましたか??」
優希さんの天然ボケは健在だった。
ひとしきり、ここ最近の様子などを久々に話したり聞いたり。……ホッしたひとときだ。
「それで……美紗さんのこと、なんですけども……」
燿子さんが、少し顔を顰めて“その話”を切り出した。話さない訳にはいかないだろう。ここの場に、美紗さんだけいない理由は、私もできることなら知りたい。
「実は、美紗さんからの手紙を預かっています」
そういって、燿子さんは内ポケットから1通のスッキリとした趣味のいいデザインの封筒を差し出した。
────
『愛する瀬梨華様へ。
このようなことは、ちゃんと瀬梨華様の前でお話しなくてはいけないと十分承知しています。手紙を綴ることしかできない気弱な私をお許してください。
この数日、自分を見つめ振り返り、色々と考えました。
思い返してみると、私も含めて、確かに人様を足蹴にするようなことをしてきました。
身分が高いこと、家柄の良い事を、私は考え違いしておりました。
たびたび、高い身分の権利をふるうには、相応の義務が生じる、と言われます。私達は、その言葉の本当の意味を理解できていなかったのではないか、と思います。
瀬梨華様が今までの自分の振る舞いを顧みて、酷い事をしたとご自覚なさったこと、今となっ
みれば、私でも漸く理解に至ることができます。
ただ、一つ……納得できないのです。
私の憧れの瀬梨華様が、どうして平身低頭何度も頭を下げ謝罪を繰り返さなくてはならないのか。
いえ、クラスの皆様に許していただく為に、誠意をもって謝らなくては何も始まらないのは理解しております。
ですが、私には耐えられないのです。誰かに過去を咎め立てされ、瀬梨華様が深々の頭を垂れた時に、きっと私は間に割って入って、その誰か責めてしまう。
私が瀬梨華様の傍にいては、脚を引っ張ってしまうのです。少し距離を置かせていただくことをお許し下さい。
少しでも瀬梨華様のお役立ちたい、できることなら支えになりたい、という気持ちは燿子さんや優希さんと同じです。どうか、そこだけは信じてください。
どんなに離れても私の気持ちは、いつも瀬梨華様の傍に。
長谷川 美紗
────
私は、ゆっくりと封筒に手紙を戻しながら、呟くように言った。
「……なるほど」
「美紗さんは……なんて?」
律儀な燿子さんは、きっと美紗さんの開けたりはしなかったんだろう。
私は美紗さんのこともよく知っている。彼女は囮あるいは殿の役を買って出たのだ。あんなことをしてきた私の為に……彼女は、まだ身体を張って庇ってくれるんだ……
「もぉ……みさ、の……ばかっ」
視界が涙で滲む。くそっ……。
「瀬梨華様には絶対言うなと、美紗さんにはきつく言われてたんですが……お気づきですか?」
燿子さんが心配そうに見つめながら、そう言うと、私は頷いて呟くように言った。
「三人いっぺんに戻ってきたら……周囲になんて言われるかわからない。私への風当たりも強くなる。信用を失うかもしれない。
「一人だけ戻って私を支えるのは無理がある。二人戻るとしたら、残る一人は個人攻撃を受ける可能性がある。それに耐えることができるとすれば美紗さん」
「美紗さんが、残って離れたまま意趣返しのターゲットになれば、私に向く矛先が減る。
……彼女の考えそうなことだわ」
私が最後のセリフを呟くように言うと、燿子さんがタメ息をつく。
「私たち二人では、説得できませんでした……すいません」
「……しょうがないわ。それが彼女だもの」
三人で何度も話し合ったんだろう。美紗さんが手紙に何を綴ったかは二人とも知らなくても、どういう意図で美紗さんが離れようとしているのか、その意図は二人とも痛いほどよくわかっているんだ。
──瀬梨華が戦国武将なら、信玄公のように忠義に厚い家臣がいるなんて果報者だな。
珍しく「しずか」まで、ずずーっと鼻を啜っている。
家臣じゃねえよ!幼なじみの友達だってば。
★ ★ ★
美紗さんには、「無理をしないように。クラスの信頼を得ることが第一だから、私より敢えて目立つような事をしないで」という内容のメールを送った。
燿子さんと優希さんには、時々、お昼ごはんを一緒に食べるくらいに控えておこうと決めた。後は、メッセとかで、おしゃべりしようと言うことになった。
そんなんで、夕飯になり、大食堂に全員あつまってフルコースのフランス料理を頂くことになった。班ごとに円卓に座って、マナー遵守でおしとやかに食べる。マナーに関しては「せりか」任せだ。
マナー指導の小うるさい先生何人かが、わざわざ巡回指導している。日頃の成果を確かめているようだ。……わざわざ、ごくろう様なことで。
やっぱり、悟桐の保養施設だけあって、料理も一流で非常に美味い。うますぎ!
こんなウマイ物を中坊に食わせていいのかっ!!ロクな大人にならないぞっ。
──ああっ、しずかさん、そんなに慌てて食べようとしたらダメですよう!
うっ⋯⋯「せりか」に注意されてしまった。あ⋯⋯あう⋯⋯なんか川端くんが、こっちみて笑うの堪えてる⋯⋯。
「本格的なマナーとか⋯⋯ちゃんと憶えてないよぉ」
困った顔で綾瀬さんが、難儀している。
「大丈夫。竜堂のマネしてれば間違いないよ」
「おおっ、なるほど!!」
「竜堂さんの所作は綺麗だもんねえ」
へ⋯⋯⋯⋯?ナニ言い出してんのよ、川端くん??
班の皆の視線が、私の一挙手一投足にピッタリと貼り付く。⋯⋯⋯⋯うわーん!
川端くんと目線が合うと、にこりと屈託のない微笑みが返ってくる。
⋯⋯うぐうっ。こ、この真面目さんめっ!緊張が3倍増しじゃないか!!
そおっと、前菜のナニかを切り分け、口に入れ上品に咀嚼、咀嚼。
⋯⋯皆の目線が痛い!痛いよ!ぜんぜん、味しないっ!
「⋯⋯あ、あの⋯⋯そんなにじっくり見られると緊張しちゃいます⋯⋯」
私が、恐る恐る訴える。テーブルクロスの中の膝が、かくかく震えている。
我ながら、小心者だと思うんだけど⋯⋯蔑んだ目に晒されるのは慣れていても、普通に注目されるのに慣れていないのだ。「せりか」も「しずか」も。
──この普通の目が、自分の失敗で違う目つきに変わってしまったら⋯⋯と思うと、「せりか」の身に沁みついたマナーでさえ、これでいいのか?と曖昧になって不安になる。
「はっ、思わず見とれちゃった⋯⋯」
笹本さんが、しまったという顔で苦笑いを浮かべ、班のメンバーが釣られて笑みを浮かべる。
夕食は何事もなく穏やかな空気のなかで済ますことができた。
席を立ち部屋に戻るときに、笹本さんと綾瀬さんとメッセのフレになった。
唯一、気になったのは、同室の楢崎さんがマナー指導の先生に付きっきりで叱られていた。……なむなむ。
★ ★ ★
「いやいや、これはないって。幾らなんでもヒドい……くはははっ」
燎ちゃん──楢崎さんね──が、ぼすぼすと枕を叩いて笑い転げている。
何をしているのかというと、一緒にベッドで寝っ転がって、学内SNSの公開フォーラムでお互いの悪評の書き込みを見たりしているのだ。二人並んで俯せで、タブレット端末を覗き込んでいる。
何だか、私の地の性格の「しずか」と燎ちゃんは、凄く気が合うみたいで、私と燎ちゃんは、先ほどから何となく「燎ちゃん」「瀬梨華」呼びになっていた。
もちろん、悪評フォーラムでは名指しで書かれてはいない。私だと「氷結女王」「爆薬姫」「毒女」「金髪ビッチ」などなど。燎ちゃんは「暴風女王」「裏番長」「足癖の悪い女」「暴力女」などなど。わざとウソを織り交ぜてたり、冗談っぽく書かれていたりするので、学苑側もグレー判定で黙認せざるを得ない。
「かー、今まで見る気もしなかったけど、お互いにヒデぇもんだなあ」
「評判の悪さでは、学年のツートップだねえ……」
ころんと楢崎さんがこっち向きに横になる。
紺色のスポーツブラの下着姿だ。めちゃくちゃセクシーで綺麗だ。まるでモデルさんみたい。いたずらっぽく笑うと、すっごい可愛い。とても「足癖の悪い裏番長」などというイメージはない。
「あははっ、完全に隔離部屋だな。ここは」
「一番端っこの離れた部屋ですもんね」
私もキャミソールにショートパンツなので、露出度で言えば大差ない。……まあ、お風呂あがりだからね。この状況で、あんまり大浴場に行く気は起きなかったので、順番に部屋に付いてるお風呂で済ませた。
私は、少し身体を起こすと、ペットボトルのお茶を飲んだ。時計を見ると、まだ8時前だ。
「あっ……燎ちゃんさ、ホテルぬけ出すって言ったら……来る?」
「はぁっ…………!? くくっ、瀬梨華のそういうとこが気に入ってるんだぜ?」
燎ちゃんは、一瞬ぽかんとしたような可愛い表情を浮かべたが、すぐにニヤリと不敵な笑みに変わった。
私はカーキ色のワンピにパーカーとレギンス。燎ちゃんは、Tシャツに黒のカットシャツとジーパン姿に着替えた。
ホテルのロビーまでは、普通に雑談をしながらノンビリ歩いて行った。先生の眼を掻い潜って、どこに行こうとしているのか?といえば──そう、コンビニだ。
「で?何でまた、竜堂家のご令嬢様が、コンビニなんぞご所望なんだ?」
さっき、遊歩道を歩いていた時に、ホテルの裏手の建物の1階に、ちらっとコンビニが見えたんだ!!……今まで、何が辛いといえば、これだ。竜堂の家では、一切、コンビニへ行くことは出来なかった。完璧な体制でプロテクトされていた。
「そりゃあ、夜食を買い込みに行くから、でしょ?」
私は、当然!!と胸を張り言い切った。
ポテチや駄菓子は、ありがたいことに小川さんや燎ちゃんのお陰で、堪能することはできた。とすれば、やはり、ブリトーとか、ぷっちんなプリンとか!……あぁ…ハムたまごサンド食べたい!!そうだ、アンパン!甘い系のパンとか!!
はぁうう……普通の人が何気なく買い食いするジャンクな味に飢えてるのよおっ!!ここの1点に関してだけ、何故か!何故か、竜堂家の人々と隔絶して意見が合わない!
どうして!?あんなに美味しいのに──っ!!
……もうね、コンビニの鮭おにぎり1個でもいいから食べたいよぉう!
それはそれは、切実な願いだったのだ。下品でけっこう!おジャンク万歳なのだ!
呆れながらも、笑いを噛み殺して燎ちゃんは付き合ってくれる。
ホテル1階のロビーは、人影もまばらだ。保護者と話し込んでる生徒や、男女混合で何やら楽しそうにしているグループなどなど……。ここら辺は、まだ安全領域だ。
「ほんと、お前……変わってるよなあ。っていうか、変わったよな?」
うん。まぁ……そうだよねえ。変わりすぎて周囲の環境に軟着陸するのに、四苦八苦している感じ。
燎ちゃんが、ヒソヒソっと私の耳元で囁くように言った。
「やっぱ、アレか?アレができたのか?」
親指を立てる仕草までしているよ……にまにま笑ってるし、ただのセクハラ親父じゃねえか。
「そっ、そんなんじゃないって」
彼氏とか出来た覚えはないが、脳内に同居してる居候はできた。
ふーん、と少しつまらなさそうなりアクションの燎ちゃん。
「っていうか。燎ちゃん、自分はどうなんだね?」
「えっ……オレ!?いるわけないじゃんか……裏番長とか言われてんだぜ」
ちょっと、しょぼんとしている。それはそれで普段とのギャップが凄くて、何だか可愛い。
ロビーを突っ切って、ひと気のない大食堂の前に行く。
ホテル内の公共スペースは消灯前ならウロウロしてても大丈夫だけど、外に出るとなると話は別だ。当然、出歩くのは禁止されているし、見つかれば大目玉で、ホテル内にいないのがバレれば、ちょっとした騒ぎになる。
だから、手早く済ませないといけない。タイムアタック・ミッションなのだ。
食堂入り口前の広いスペース。壁際に例の緑と白のツートンのランプが点いている地味なドアがある。
「あそこ、出られそうだな」
「うん。ちょうど、コンビニにも近そう」
一応、周囲を見回す。ここまで奥にくると私たちの他に人はいない。
こそーっと、非常ドアを開ける。センサーとか、付いてないよね??
「……よし、走るぞ!」
燎ちゃんが、するりとドアを抜けて暗闇に駆け出していく。
「あっ!待ってよ!」
私も、慌てて彼女の後に続いていった。
お読みいただきありがとうございます。
楢崎燎は、いわゆる他の企画の没キャラです。
日の目を見てよかったなぁ(゜うェ´゜)と、親のような気分でw
それでは、引き続きポチポチ書いていきますので、よろしくお願いしますです。