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夢の島パラドックス

棺桶みたいな

作者:売国有罪
誤字脱字修正。
 彼の研究室は密室と呼ぶに相応しかった。別の呼び方をするならば、核シェルターだろうか。
 四方の壁はコンクリートで塗り固められており、同じくコンクリートで塗り固められている天井には、埋め込み式の蛍光灯が等間隔に並んでいる。少年誌に連載されているスタンダードな探偵漫画には持ってこいの環境だ。実際取材を受けていたようだが詳しいことは分からない。
 必要最低限の器材しか置いていない部屋であるのだが、その、必要に足る器材はまた多く、一辺が十五メートルほどある部屋の大部分を占有している。
 機械と配線のジャングルを抜けると、さすがにそこは研究をするためか人が数人入ることのできるスペースがあった。
 ノートパソコンを私には理解できない機械に繋ぎ、今日の実験の準備をしている彼の肩を叩く。
「ああ、来てくれたのか。ちょっと待ってくれ、絶対にスクープをやるから」
 ボサボサの髪の毛に片手を突っ込み、彼は言った。体を揺する癖も学生の時から変わっておらず、変わった事といえば髪の手入れをしていないために、フケが凄まじい事か。金田一を想像すれば、現在の彼とぴったり一致する。彼は世捨て人と呼んでも過言ではなく、オリンピックが行われた後、北で大規模な軍事パレードがあった事と、日本海に数発ミサイルが撃ち込まれたことを知らなかった。
「で、今日はどんなスクープをくれるんだ?」
「……聞きたい?」
「ああ、聞きたい」
 焦らすように彼は一拍おいた。「タイムマシンだよ」
 馬鹿な、という言葉を飲み込み、彼の研究していた分野を思い返す。確か、量子力学だったはず。量子力学なんて分野は、文系の私にとって理解できないが、名前からしてあり得そうだ。量子力学でできなくとも、彼の研究に対する熱意を見ていればできるかも、と期待してしまう。つまり彼は根っからの研究フリークで、研究することを取り上げてしまえば憤死してしまうような人間なのである。
「とりあえず説明は後回しにしよう。見た方が早い」
 そう言いながら、彼はキーボードを叩き、次いでマウスを操作する。
 ダブルクリック、
 パスワード、
 エンター。
 数秒遅れて機械が鈍い音を立てて動きだし、むき出しの歯車がゆっくりと回る。
「あの箱が見えるだろ?」
 彼が指差した方向を見ると、鉄製の箱が見えた。一辺は十五センチほど。ぴったりと閉じられている鉄の箱は、この部屋か、さもなくば雰囲気はさながら立方体の棺桶だ。
「普通の鉄じゃないんだよ。吸収線が重要なんだ。この箱を構成している鉄は、とあるスペクトルだけを透過する。簡単に言うと、密閉された箱の内部で――」
「ウラシマ効果だな?」
 ぐだぐだと長い説明が続きそうなので、口を挟んで阻止する。ウラシマ効果の原理がどうなっているか知らないが、時間がゆっくり進むという事だけは、彼に勧められて読んだSF小説で知っていた。
「箱の中はゆっくりと時が進むから、箱の中の物は未来に行ける、と」
「いや、それとはまた別で……」
 彼は説明したり無さそうだったが、有無を言わせぬ私の口調に怯んだのか、それとも見た方が早いと言った手前何も言えないのか、口をもごもごとさせるばかりで何も言わなくなった。
 鉄の箱に器具の一つである銀色の鏡が近づき、箱の側面に光を収束させ始めた。これが、スペクトルがどうのこうのというやつだろう。
「このモニターに箱の内部が映ってる。見ての通り砂時計が入ってるのだけど、三分たって砂が全部落ちきっていなければ、実験は成功だ」
「成功って事は、まだ、実験はしていなかったということだな?」
 睨む。
 彼は顔をこれ以上ないというぐらいの速度で背けた。
 実験も無しに『スクープをやる』といったということは、よほど成功する自信があるという事なのだろう。もし成功しなくとも、私の勤めている会社はゴシップ雑誌を扱っている大したことのない企業だ。タイムマシンの実験をしているという事実さえあれば十分記事に出来るのだ。
 持参した一眼レフで実験器具をファインダーに収めようとした瞬間、床が揺れた。
 小さな地響きと共に、部屋が縦に揺れ、一瞬遅れて横揺れに転じる。
 数秒の間部屋は揺れに包まれ、しっかりと固定されていない器具が床に落下した。
「大丈夫か?」
 床と一体になって生えている机にすがりついている彼に一応声を掛ける。「ただの地震だな」
「たたたただの地震がどれぐらい怖いか分かってんのかよチクショウ俺ら研究者はちょっとしたイレギュラーでも許容できない実験をしてるときもあるんだよっていうか『ただの地震』って何だ? ただの地震じゃない地震って何なんだよ!」
 十分にパニックを起こしているようだ。
 理系の男なら、地震についての蘊蓄の一つも垂れればいいのに。全く情けない。
「そんなことよりも実験はどうなってる? 今ので失敗したなんて言うなよ?」
 床に落ちているノートパソコンを指さしなが言う。幸いディスプレイは点いているし、器材との接続も切れていない。大丈夫だろうとは思うが、机にすがる彼に腕を貸す。
 リハビリをする老人のように、私にすがっていてもふらふらと歩く彼をノートパソコンの近くに連れて行き、まだ実験ができるかどうかの確認をさせる。
「三分経ったが。どうだ?」
「箱内部のモニターが壊れてやがる。取り出さないと分からん」
 気を取り直したのか、彼は散らばる器材を踏み越えて箱の元へ歩み寄る。
 鉄の箱と彼。
 ファインダーに収めながら、実験の成否を見守る。
 箱の上部に手が掛かり、端の金属板がめくり上げられる。めくれた金属板の下に小指を引っかけられるぐらいのくぼみがあり、彼は慣れた手つきで引っ張り上げる。
 ついに箱の上部が開き、もったいぶった手つきで砂時計が引っ張り上げられる。
「……なッ?」
 やはり、というべきか。
 砂は全て下に落ちきっていた。呆然と砂時計を見つめる彼をファインダーに収める。
「大口叩いた割には無理だったな」
「こ、これは地震のせいだ。それに、三分経った時点で照射は終わるし、だから、これは無しだ、無あああぁああしいいぃぃ!」
「じゃ、次はもっとオモシロイ物を頼む」
 身振り手振りで必至に自分の正しさを主張する哀れな男を一人残し、重層な鉄の扉へと向かう。
「これだったら北に潜入して、核兵器の実態でも探っておいた方が良かったかな?」
 ゴシップ誌ならではの無駄な行動力をいかんなく発揮し、今頃は当局に押さえられているか、ホテルを一歩も出ずにのんびりしている同期の顔を思い浮かべた。
 陰気な雰囲気を振り払うように鉄の扉を開くと、そこは焼け野原だった。
 振り返ると、実験器具に八つ当たりしている彼が見え、次いでもう一度前を見ると、この研究所の前にある家が跡形もなく消し飛んでいた。そう、この研究所『だけ』が無傷なのだ。
 鉄の箱と似通った立方体の研究室。
 ずれた鏡。
 透過するスペクトル。
 ああ、もう。嫌になる。
 とりあえず彼にお礼を言わなくてはならない。とんだ一大スクープを貰ったのだから。
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