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敷島の青い車その2
作:矢車


 

 某自動車メーカー・開発部門に属する若き俊英・敷島は、部長室に駆け込んだ。
 「大和部長!!またすごいものを開発しましたよ!!」
 部屋の中にいた大和部長は,そんな敷島に苦笑いを浮かべた。
 「何だ何だ!何度言えば判るんだね、敷島君。短気は損気だよ」
 敷島は口を尖らせて反論した。「何度だって言いますが、発明、新案特許、っていうのは時間が命なんです!だって、電話だって・・・・・・」
 「タッチの差で特許をとり損ねた人がいる、だろう?もう、耳タコだよ」
 「むむむ・・・・・」不服そうに黙り込む敷島。しかし、すぐに勢いを取り戻した。「でも、今度こそは大発明なんですよ!!」
 大和部長は、歳を重ねて真っ白くなった自分の髪を掻きあげて言った。「だって、この前の、君の発明だって、ロクでもなかったじゃないか」
 実は、敷島はこの前、とんでもない発明をやらかした。大和はその事を引き合いに出しているのだけれど、詳しくは、「敷島の青い車その1」を参照の事(と、宣伝をかましてみる)。
 敷島は、頭をブンブン振った。「いや、確かにアレは失敗でした。けれど、今度のものは自信があります」
 大和はうんざりとした顔を隠さなかった。「今の君の自信を、“根拠のない自信”って言うんじゃないのかね?ちょっと頭を冷やしたまえ」
 「自信の根拠をお話しましょう」まっすぐな瞳で、敷島は大和部長を見据えた。
 「ほう?」大和も、まっすぐな瞳を返した。
 「では。お話しましょう」敷島は言った。「前回開発したエンジンが失敗したのは、あくまでそのエネルギー源を、“追憶”という、後ろ向きなものに設定してしまったからです」
 「ほう」大和は頷いた。
 「でも、“追憶”のエネルギーでも車は動きました。問題になったのは、むしろその力が働く向きでした。と、いうことは、別の精神エネルギーを以ってすれば・・・・・」
 「前に進む、ということかね?」大和は訊いた。
 「はい」敷島は頷いた。
 「つまり君は」大和部長は言った。「この前の、“追憶”に代わる精神エネルギー源を開発した、と言いたいのだね?“精神エネルギーを使う”という基本テーゼは変えずに」
 「そういうことです」敷島は頷いた。
 「で、その車は完成しているのかね?」
 「ええ」
 「やっぱり、もうすでに試験滑走路に置いてあったりするのか?」
 「はい」
 「じゃあ」大和部長は、椅子から立ち上がった。「見に行くとするか」
 「さすが部長ですね」
 フン、と大和部長は鼻で笑った。「断ったら断ったで、なだめすかしてでも発明を見せるつもりだろう?まったく、君のように押しの強い部下を持つと気苦労が絶えんよ、まったく」
 「すいません」敷島は頭を下げた。「けれど、その気苦労も、名声に変わる日が来ますよ。“歴史的瞬間に立ち会った”っていう名声に」
 大和部長は苦笑した。「それも耳タコだよ。そして、それが叶ったためしもない」
 「すいません・・・・・では」敷島はそれだけ言うと、もうここには用がない、とばかりに部長室から飛び出ていった。
 「はあ」だれもいない部長室で一人ため息を吐く大和部長。部長室の机の上には、正午までには目を通さなくてはならない書類がうず高く盛られていた。

 試験滑走路。
 大和が着いた頃には、敷島は青い車のボンネットを開け、メンテナンスをしていた。
 「あ、部長!ご足労、ありがとうございます」
 「で?」大和は言った。「その青い車が、新しい動力を積んだ車かね?」
 「はい!そうですよ!」
 「やっぱり、外見はただの車だな」舐めるように車を見回す大和部長。
 「そりゃそうですよ。だって、普通の車と違うのは動力部だけですから」
 「ほう」例の如く、大和は車に不正の類がないかをチェックした。“精神エネルギー”云々の動力、というものは詐欺の常套文句だからである。やはり、前回と同じく、まったく不正は見当たらなかった。
 「やはり、不正と思しきところはないな」大和は、車の下から言った。
 「当たり前ですよ」すこし不服そうに敷島は声を上げた。
 「で」大和は車の下から出てから訊いた。「今回のこの車の、動力は一体何なんだね?」
 「あれ?話してませんでしたか?」
 「ああ、まだ聞いてないが」
 「前回の反省を踏まえまして、今回のエネルギー源は、前向きなものにしてみました」
 「能書きはいいから早く」
 「は、はい。今回は」敷島は指を立てた。「憧憬しょうけい。これをエネルギーに動く車を開発しました」
 「象形文字?」いくら耳が遠いとはいえ、無理のある聞き間違いですね。
 敷島は頭を掻いた。「憧憬、つまりは憧れ。その周りに渦巻く感情をエネルギー源にしているんです」
 「ああ、憧れ、ね」大和部長は、もはや自分には関係がない言葉であるかのように、憧れという言葉を口にした。「しかし、前も聞いた気がするのだが、大丈夫なのか?」
 「何がです?」
 「この車に憧れを消費してしまって、実生活に影響が出ないか、ということだ」
 敷島は答えた。「大丈夫です。あくまで、車を動かすエネルギーは“憧憬の周りに渦巻く人間の感情”なので、憧憬そのものが削り取られてしまうことはありません。憧憬はエネルギー源ではなく、エネルギーを引き寄せる橋渡しの役割を果たすんです」
 「言っていることがよくわからないが・・・・」大和は首を傾げた。
 「判らなくてもいいじゃないですか」敷島は言った。「一般人からしたら、“何でガソリンから動力が発生するのか”なんて、どうでもいい話ではないですか。動きさえすればそれでいい。そういうものでしょう?」
 「しっかりと動けばな」うごけば、という所にアクセントを込め、大和は言った。
 さて、二人は例の青い車に乗り込んだ。
 「おや、今日は君が運転かね?」助手席に案内されたらされたで不服そうな大和部長。
 「はは、しょうがないんですよ」後部座席から伸びるコードにつながれたヘッドギアをかぶり、ハンドルを握った敷島は言った。「これは、憧れで走る車なんです。つまり・・・・・」
 「ほう、つまり、ワシのようにロートルで、殆ど枯れてしまったような、先のない人間ではあまり効果が出ない、ってことか」イヤミったらしく、大和は言った。
 「まあ、そういうことです」敷島は大和の皮肉にフォローもせず、頷いた。
 ちょっとガクッとした大和部長だったけれど、まあいい、と地下のマグマのように粘着質で煮えたぎる怒りを、腹の中に溜めるのだった。
 「・・・・・あの、部長?始めますよ」
 「あ、ああ」
 「操作法は、前のものと一緒です。やってみましょう。まず・・・・・サイドブレーキを外して、ギアをドライブに入れます」
 ガチャ、と音を立て、敷島は口で言った手順を、そのまま手で行なった。
 「そして、ここからが以前と違うところです」敷島は言った。「以前とは違い、頭の中の“憧れ”を想像します」
 そう言うと、敷島は“憧憬”を脳から引きずりだした。
 僕は。敷島は心の中で叫んだ。
 日本隋一の、開発者になるんだ。
 30歳前に博士号まで取った僕。研究者として将来を嘱望されていたにも関わらず、その道に進まず、開発者の道に踏み込んだ。それは、憧れがあったから。
 僕の作った車が、世のため人のために活躍する、そういう憧れ。僕の発明した、全く新しい車が世間から認められる、そういう届きそうで届かない、憧れ。
 僕は止まれない。憧れに、手が届くまで。
 その瞬間だった。
 いきなりタコメーターが、回ってはいけないところギリギリまで回り、青い車は猛烈な勢いで走り出した。ギュオーーーン!!
 「おお!!すごい!!なんて馬力だ!」急加速特有のGを胸に感じながら、大和部長は叫んだ。
 「はは、どうですか!これなら実用化可能でしょう!!」珍しく、敷島も興奮気味だった。
 まるで、F1カーのような音を立て、無人の試験滑走路をひた走る青い車。
 「おお!速い速い!!・・・・・うん、これなら実用可能だな」ぼそっと、大和部長は言った。
 「ほほほ、本当ですか!?」
 「ああ、本当だとも。今度、上に話を通しておこう」
 「やった!!」
 「ところで」大和部長は言った。「そろそろ、止めてくれないか。同じところをぐるぐる回ったせいで、さすがに気持ち悪くなってきた」
 「そうですね、止めましょう」そう言うと、敷島はブレーキを踏んだ。
 だが、車はそんなブレーキをものともせず、前に進み続けた。
 「あれ?止まらない・・・・・」敷島は言った。
 「え?ブレーキの故障かね?」大和は言った。
 「いえ、ブレーキは利いているんです。でも、それをものともしないくらいにエンジンが回ってるんです」
 「なら」大和は叫んだ。「ギアを外せ!そうすればエンジンの回転が伝わらなくなる!!」
 「はい!」敷島は、ギアのレバーを握った。だが、押せども引けどもレバーは動かない。
 「なら!ハンドブレーキを掛けろ!!」大和は、半ば恐怖で顔を引きつらせながら言った。
 けれど、車は止まらなかった。
 この後、二人を乗せた青い車は平均時速180kmという猛スピードで試験滑走路のトラックを走りまくった挙句、トラックから弾き飛ばされるように逸れ、近くにあった木に激突してしまった。けれど、運が良かったことに乗っていた二人に怪我はなかったし、驚くべきことに、車そのものも、殆ど無傷であった。


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