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【月に向かって打て!】〜八月十四日の【線香花火】〜

この作品は、企画小説【月小説】に参加しております。


この企画には俺なんかより数段レベルの高い先生方もこぞって参加されております。


エントリー作品群は、サーチ欄に【月小説】と記入してサーチをかけてくださいますと全てヒット致します。


是非是非お読みになってください。

月。


そこには、国がある。

自分達とは違う者達が住まう……、


……、死者達の国が……。


八月前半。


そこに住まう者達のごく一部が、ここ、現世に還ってくる。


和俊は毎年、その期間が来るのを楽しみにしていた。







八月十四日。

その日は、藤堂初美の命日だ。

彼女は和俊にとって特別な存在だった。

高校から野球を始め、野球人としては、なんの才能も無いと諦めていた彼に、みなぎるパワーと非凡な動体視力の持ち主であることを説いて聞かせ、今の【沖縄シュバルツ4番センター剣持和俊】を世に送り出してくれた人なのだ。


本来なら、墓前に線香の一本でも手向けなければならないのだが、プロ野球選手という仕事をしている都合上、どうしても、そうはいかない。


だが、都合のよいことに、この日は死者の一部が現世に還ってこれる、【お盆】という期間と一致している。

この日は、普通とは立場が逆になるが、初美の方から和俊に会いに来るのが通例となっていた。







八月十四日。

試合開始を待つ大観衆で溢れれんばかりの沖縄県営野球園に、シュバルツと0.5ゲーム差で首位にいる宇都宮ノワールを迎えてのゲームとなっている。

ペナントレースも終盤に差し掛かろうとしているところでの、いわゆる【首位攻防戦】だ。

否が応にも盛り上がる筈のゲームに、初美の姿はないらしい。

残念なことに、和俊自身には、初美を認識できる能力は備わっておらず、いつもチームメイトの門倉慶輔に確認、通訳をしてもらっていた。


自力で会うことが出来ないのは辛いことなのだが、霊感というものが全く無いのだから仕方がない。

家系図をひもといて行くと、陰陽師に行き当たるという霊感野郎、慶輔を全面的に信用するしかないのだった。

初美が会いに来てくれたときに感じる、涼しいと言えば聞えはいいが、どことなくうすら寒い感じの感覚はまだない。

居ないとは思うが、取り敢えず慶輔に聞いてみた。


「居ないですねぇ。

いつもならもう居るんだけど……。

先輩ちゃんと日程変わったこと、教えてあげたんすか?」


《あっ!!》


今更気付いた。

そうなのだ。日程が変わったのだ。

ついこの前に、合併騒ぎでストライキを決行したばかりのプロ野球選手会であるが、今回は、プロ野球一リーグ化騒ぎが勃発し、それに対する反対運動としてのストライキが決行されたのである。


今回もまた、大幅に日程が変更されている。

本来なら、沖縄野球園にノワールを迎えるのではなく、宇都宮ベースボールパークにシュバルツが出向くことになっていたのだ。


「なあ、慶ちゃん。

やっぱりお化けでも、教えてやんなきゃダメなんかな……?」

「ダァメに決まってんでしょうが!

生前からテレパシーとか飛ばせるような人だったならまだしも、フツーのおねーちゃんが死んだからって急にそんなテレパシーは身に付きません!」


慶輔が、テレパシーという言葉を頻発させて、和俊の不明を責めた後、

「初美ちゃんでしたっけ?

今頃宇都宮をさまよってますよ、きっと……」

との言葉でトドメをさしてきた。

そして、続ける。


「あーあ、祟られる。

先輩祟られるー」


「おいおい、やめてくれよ!

なんだよ、その……、祟りって!!」


和俊は、なんとも言い難い不安にかられた。







沖縄野球園では、試合前の練習が行われている。

午後5時20分。

和俊はホームベース付近に張られた、簡易バッティングゲージの中に居た。

いつもなら、十三日未明から気配だけはすぐ側に感じられる筈なのだが、初美はまだ居ないようだ。

八月中旬のまとわり付くような、非常に不快な暑さが、彼の周りを取り囲んでいる。


《マジ宇都宮行っちゃったか?》


気にしだすときりがない。

いつもなら、カンフル剤となってくれる初美の存在が、今年の八月十四日は、ブレーキにしかなってくれなさそうだった。

案の定、フリーバッティングも、毎年初球から柵越えを連発しているのに、ボテボテのファールチップしか打てていない。

オーダーは既に、【1番センター剣持】として提出されている。

このようなふがい無いバッティングを、何度も披露するわけにはいかない。


《まだ、来ねえと決まった訳じゃねえんだ。

気合い入れ直さんとな……》


和俊が、今日初めての柵越えを放った時には、雲がかかっていた空に、日の光が戻り始めていた。









始球式。

沖縄野球園では、ファンサービスの一還として、毎試合、芸能人を招いて始球式を行っている。

しかも、ただのクソボールをやる気がなさそうにスイングする、普通の始球式ではなく、元プロ野球選手か、経験のある者を招いての、一打席勝負となっているのだ。

本日は、ピッチャーが招かれたため、規則により、両軍中一番状態のいい打者が選出され、打席に入る。

選ばれたのは、通称【八月十四日の男】剣持和俊だった。


招かれたピッチャーは、高校時代にソフトボール部のエースを努め、元甲子園球児を父に、そして、前出の門倉慶輔を兄に持つ、アイドルタレント、門倉麻里愛だ。


この女性、いつぞや日本シリーズの始球式で、逸話というか、伝説を残している。


プロ野球選手相手に、初球、ストライクの内各球をのけぞって避けさせ、それに激怒した帆篠監督に【打て】の指示を出させて一打席勝負に持ち込み、【魔球ミッシングフォーク】と呼ばれることになるフォークで空振りさせて【代打の神様】八木橋を試合開始前に引っ張り出し、最後は、これまた【魔球天使降臨】と名付けられた縦スライダーで三球三振に切って取ってしまったのだ。

そんな伝説のアイドルが相手だったが和俊には勝算があった。


絶対に勝てる保証はないが、ほぼ間違い無く勝てる奥の手が……。







《!!

来たっ!

来た来た来たぁ!!》


寒気が走った。


初美が側に居るときの、あの寒気だ。

必要は無いとは思ったが、一応確認してみた。


それが失敗だった。


「正月からお盆までの間に、功労点ベストニ十に食い込んだお化けしか降りてこれません。

それがあの世のルールなのは知ってますね?

初美ちゃんは……、ニ十一番手だったらしいです……。

だから今年は、代理のお化けが来てます。

初美ちゃんは月で待機だそうです……」


《初美が来ない?

なんでだ?

いつも来てたのに……。

来てくれてたのに……!》


いつも会いに来てくれていた、大切な存在が無い。

いつも側に居てくれる者が居ない。

これほどの喪失感は初美という【人】を失って以来だ。

和俊は、悔しさと悲しみが入り混じった涙を、一筋流した。







初美は、月面から和俊を見守る。


彼女がここに来てからかれこれ十五年間、功労者ベストニ十に入りそびれたのは、今年が初めてだ。


毎年【和俊に会いたい】の一念で、神格を持った高級霊でも攻略不可能とされてきた、【頑固な地縛霊】達を片っ端から月ヘと導き、転生のための功労点をそれ以外の用途のために荒稼ぎしてきたものだが、今年は死者達の指導者【天照大神】ですら究極に頑固だとサジを投げてしまった女の子に手を出して、攻略に半年もかかってしまった。

その女の子一体でかなり稼げたことは確かなのだが、地道に稼いでいた者達にあと一歩及ばなかったのだ。


《オッサンごめんね……。

今年はダメだったよ……。

ほんとにごめんね……》


和俊は、線香も手向けず申し訳ないと毎年【線香花火】と称して、ホームランを量産してくれる。

チームの主砲であるにも関わらず、八月十四日にしか活躍出来ないかのようなニックネームを賜っている理由は、この日の活躍が、いつも以上に凄まじいものだからだ。

六打席連続ホームラン、一試合十五打点というプロ野球記録を打ち立てたのも、当然八月十四日である。


それほど初美は、大好きだった人にとっての特別な存在になれている。


だが……、


今年はどうだろう。


《オッサンいじけなきゃいいけど……》


初美は和俊が自分が会いに行けなかったことをいい意味でとらえてくれることを、心から願った。







慶輔は、判断に迷っている。

先輩に事実を告げたのは、正解だったと思う。

だがそうすることによって受けた精神的なダメージに対するフォローを入れるタイミングが、いまいち掴めないのだ。


《先輩なら越えられると思ってたのに、まさか泣き出すとは……》


剣持和俊は強い男だというイメージしか持っていなかった慶輔は、突然のイレギュラーに対応しきれず、ただただうろたえている。


いくら考えてもいい案が浮かばないため、代理でやって来た赤松早苗に意見を求めた。


「えーっと君、確か早苗ちゃんだったっけ?

どうしよう……?

先輩いじけて泣いちゃったよ……」

「どうしましょうかねぇ。

あたしも剣持のオッサンさんが泣いちゃったの初めて見たからなんとも……」


とある少年漫画誌に、某人気推理漫画が連載されてから和俊のニックネームは、ことごとく【剣持のオッサン】か【オッサン】である。

それ以外のものは、【八月十四日の男】しか存在しない。


「剣持のオッサンさんみたいな人には、気休っぽい慰めは、かえって逆効果ですよ」

「解ってる。

俺、それで何回かブン殴られてるから」


慶輔が鉄拳制裁を受けた回数は、一度や二度ではない。


「突き離してみますか?」

「いや、たぶんトドメが刺さる」


いじけてしまっている相手を、更に突き離す。

それは、追い討ちをかけていることになるのだ。

先輩に限ってそれはないだろうが、場合によっては、自殺衝動にかられることも多分に有り得る。


なんであれ、ろくなことにならなそうなのは確かだ。


「しゃーない……!

ニ打席目までは捨てて、それ以降の打席で活躍してもらいますか……」

「う〜ん、間を置く作戦かぁ。

でもそれだと初美ちゃんが可哀想じゃねえの?

自分を責めちゃうぞ」


月で待機中だからといって、全く現世を見ることが出来ない訳ではない。

慶輔は、今は亡き産みの母親が降りてきたときにそれを聞いていた。


早苗の知恵を借りている間に、ベンチ内がざわめき始める。

どうやら、慶輔の様子から今年は初美が来ていないこと、それを受けて、和俊が泣いてしまったこと等を悟ったらしい。


和俊と初美の経緯は、慶輔を通じてシュバルツ全体に行き渡っている。

首脳陣や一軍選手は言うに及ばず、二軍、三軍の選手達や球団職員に至るまで、まさしくシュバルツ全体に行き渡っているのだ。


ベンチ内に不穏な空気が漂い始めた。

いつもなら、絶対に負けないように投手陣が少ない失点で踏ん張り、一回でも多く先輩に打席を回そうと、打撃陣も必死に塁に出てくれる。

だが、投手陣はいつも通りでよいのだが、打撃陣がそれをやってしまうと、いじけている先輩に沢山回してしまうのだ。

通常であれば、【4番センター剣持】のところを、八月十四日は【1番センター剣持】というオーダーで提出しているのも、監督の先輩に対する配慮なのだが、今年だけは裏目に出そうだ。


先輩をこのまま野放しにしておくのは、チームにとって、そして何より、予告先発制で今日の先発が確定している慶輔にとって、非常に良くないことだった。


《立ち直るまで待ってらんねえや。

大博打だけどやってみっか……》


この時点で、慶輔は、フォローの方向を決めた。









和俊は、始球式の打席へと向かおうとしている。

いつもとは違い、抜け殻のようになってしまっている自分に気付いてはいたが、それをどうすることも出来ない。

ただそういうことになったから打席に向かう。

そこには、やる気も気合いも、一切存在していない。

全くもって賦抜けた存在だ。


「先輩」


そこに、慶輔が声を掛けてきた。


「先輩にとって初美ちゃんは、その程度の存在なんですか……?」


今まで聞いたことのないような、凄味のある声だった。


「俺は今まで、先輩達はなんかこう、とても強い……、絆みたいなもんで結ばれてるのかと思ってました……」


和俊としても、それを否定するつもりはない。


「初美ちゃんは、降りて来れなかったからって先輩を無視するような人なんですか!?


それとも!

毎年降りてきてるから、今年はいっか〜って仕事の手を抜くような人なんですか!!」


《なんてこと抜かすんだ、このガキは!!》


和俊は、慶輔の言葉に憤慨した。

いくらかわいがっている後輩でも、言っていいことと悪いことがあるのだ。


「黙れこのクソガキがぁ!!」

「いえ、黙りません!


だって、先輩がそう思ってるから……、初美ちゃんを信じてないからいじけてるんでしょうが!!」


《!!》


言われてみると、確かにそれはあった。


《仕事の手を抜いたから功労者上位ニ十名に入り損ねたんじゃねえのか》


これが最初の報告を受けたときの、和俊の気持ちだったのだ。


「初美ちゃん、難敵を落としてドカンと稼ごうとして、しくじったらしいです。

先輩がどうでも良くなった訳じゃないんです。

今、代理の早苗ちゃんが、コメント貰いに月に引き返してます。

初美ちゃんを信じるかどうか、そのコメント聞いてから判断してもいいんじゃないですか……?」

「……、悪かった。

おまえの言った通りだよ。

俺は……、信じてやれてなかったんだな……」


話を聞いた和俊は、今度は自分のふがいなさが悔しくなって、泣いた。







始球式。

門倉麻里愛との一打席勝負だ。

相手は伝説の始球式アイドル。

全くもって、不足はない。

球審の挙手と同時に、どちらかが血祭りにあがるまでの、真剣勝負が始まった。


和俊には、妙手があった。


【初球打ち】


彼女に野球のボールの投げ方を教えたのは慶輔だ。

彼女に経験のある、ソフトボールとはまた、投げ方の勝手が違う。

いくら素質が高いといっても、野球に関してはド素人なのだから、おそらくは師である慶輔と同じ組み立てをして来るに違いない。


だとすれば、初球は九割九分、内側高め一杯のストレートなのだ。


伝説の始球式で、麻里愛はやはりそこへのストレートから入っている。

その時のスピードは156キロを計測していたが、さすがにこれ以上は出ないだろう。

だから、内側高めにヤマを張り、156キロを捉えるタイミングでフルスイング。

それが、伝説のアイドルを血祭りにあげるための和俊の計画だった。



麻里愛がモーションを起こし、初球を投げる。

和俊は、一瞬にして軌道を見抜き、156キロのタイミングで、バットを振り下ろす。


ボールは、バットの芯とぶつかった。


この日最初の和俊の打球は、見事な【線香花火】となり、バックスクリーン上部の時計に当たって、球場内の時間を止めた。


バックスクリーンには、【159km/h】という、驚異的な数値が、写し出されていた……。







ゲームは、5回まで進んでいる。

いつもなら、【線香花火】の二本ぐらいは打ち上げているのだが、今日は警戒されての敬遠四球と、執拗な内各攻めの挙句にぶつけられた死球による出塁となっていた。

しかも、全くと言っていいほどチームの得点に絡んでいない。

つまり、全然活躍していないのだ。


「あ〜あ、初美もあの世でしらけてるだろーなぁ……」

「そんなことないっすよ。

野球を知ってる女の子なら、大好きな男の子が塁に出るだけでも、嬉しいもんです。

【線香花火】はもう、始球式で手向けたんだからいいじゃないですか。

首位攻防戦なんだから、警戒されるのはしょうがないでしょ」


なんといっても、【八月十四日の男】だ。

そのようなニックネームの持ち主が、八月十四日に警戒されない訳が無いのだ。

今までは、首位攻防戦になったことが無かったため、普通に勝負してもらえていたが、さすがに今年はそうは行かないらしい。

一打席目が敬遠四球で、次の打席に死球である。

全くもって、手も足も出せない。


「あーっ、くそっ!

苛々するぅ……!」

「先輩、落ち着きましょうよ。

全く脈がない訳じゃないでしょ?

さっきの打席、食らっちゃったけど一応勝負してもらえたんだし」


慶輔が、必死にフォローしてくれているが、和俊には解っていたのだ。

先程の打席も、ストライクゾーンに投げるつもりなど、更々無い組み立てだったということが。


「早苗ちゃんだったっけ?


このタイミングで来るのかよ……」


苦笑いを浮かべながら、和俊は早苗を責める。

霊体が側に居るときの、うすら寒さを感じたのだ。


「さすが先輩。

気付くのが早いですね。


で……、えーと、早苗ちゃんだったっけ?

初美ちゃん、なんつってた?」


……。


「いや、わりいわりい。

名前覚えるの苦手でさあ」


……。


「ふーん。

解った。

伝えとくよ」


こんな慶輔達のやりとりを横目で見ながら、どうやれば【線香花火】を手向けられるのかを和俊は考えていた。

あくまでも、剣持和俊のファンである初美にとっては、退屈極まる展開に違いないのだ。


今、ネクストバッターズサークルに居た9番の島本が、打席へと移動していった。

次は、和俊が円の中に入る番だ。



「先輩、【線香花火】期待してますよー!

この俺様が、先輩のためにわざわざ3点も取られてやってるんですからねー!」


左手を振って、慶輔が和俊を送り出す。


「なに恩着せがましいこと言ってんだ!

おまえがビシッとしてねえから3点も取られてんだろうが!」


苦笑いでツッコミながら、円の中で素振りを始めた。







和俊は、素振りをしながらバックスクリーンを見つめる。

そこには、現在の3対3というスコアとその経過が表示されている。

そして、その上。

バックスクリーンの上には、大きく赤い、初美の住む国が輝いていた。


和俊は、月に祈る。


《必ずそこに線香を手向けるからな》

と。


島本がが凡退し、場内に

『1番 センター 剣持』

のアナウンスが流れる。


打席に入った和俊は、その初球、とんでもないものを見た。

相手投手が顔を歪めたのだ。


《来た!

来た来た来たぁ!!》


思った通りだった。

相手投手は、手元が狂って顔を歪めたのだった。

八月十四日に和俊のストライクゾーンに投げるということは、ホームランを打たれるということに直結する。


《やったぜやったぜー!!》


意気揚々とスイングを始めた。


《!!》


今度は、和俊の顔が歪んだ。


和俊もまた、この日初めてのストライクの投球に対して、スイングの際に余計な力が入ってしまったのだ。

バットはボールの上っ面を叩き、打球はバウンドの高い痛烈なゴロとなってファーストへとすっ飛んで行く。


普通はここでファーストゴロとなる筈なのだが、さすがは【八月十四日の男】。

只では転ばなかった。

一塁手の前までは高かったバウンドが、荒れたグラウンドのため捕球直前にイレギュラーして低くなったのだ。

その結果一塁手はトンネルし、和俊は、エラー出塁となった。


攻撃を終え、守備につくとき、慶輔が興味深いことを口にした。


「次の打席振り逃げしたら、サイクル出塁ですね」







九回裏。

このイニングの先頭打者は、和俊だ。スコアはまだ3対3。

【線香花火】一本で、サヨナラとなる場面だった。


カウントは、ツーストライク、スリーボール。

俗に言うフルカウントだ。

マウンドには、この試合先発の大榎がまだ粘っている。


《そろそろ疲れてきたろ?

ド真ん中投げろ、ド真ん中!》


和俊は、大榎の手元が狂うことを心から期待した。


確かに、大榎は疲れていたらしい。

そして、期待通りに手元を狂わせた。

だが、その狂い方が、期待していたものとは全く逆だった。

彼の手元から離れたボールは、あさっての方向へとすっ飛んで行ったのだ。

当然、見逃せば四球である。


だが……、


和俊は少しもそんなことは考えていなかった。

こんなクソボールを捕球できる捕手など、絶対に居ない。


「うおおぁああぁ!!」


彼は雄叫びをあげながら、そのボールを……、


振った。


この時点で記録上は空振り三振である。


そして、捕手が逸すのを確認してから、俊足を飛ばして一塁へと猛然とダッシュした。


捕手もすぐ捕球して、一塁へ送球したが、タッチの差で和俊の足が速かった。


公式記録、【三振振り逃げ】。


史上初の【サイクル出塁】が達成された瞬間だった。


和俊は、ベース上でニヒルな笑みを湛えながら、誰にでもなく、月へと向かい利き手である左手を高々と突き上げた。


うぐいす嬢の『剣持選手 サイクル出塁 おめでとうございます』との場内放送に、球場は騒然となった。







初美は、月面で慶輔の産みの母親と共に爆笑していた。


「はっつんの彼氏、面白い、面白い、面白過ぎーっ!!」


慶輔の母も野球には詳しかったが、【サイクル出塁】などというものは、有ることすら知らなかった。


その横では、初美も腹を抱えて笑い転げている。


「なにさなにさ?

あの渋〜い笑顔は!?」


今日の展開をみても、このような爆笑ネタを提供してもらっただけでもよしとしなければ……。


初美は、これで満足していた。


数十分腹を抱えてわらい転げていたため、試合の方は、いくらか見逃してしまったが、まだ続いていたらしい。


《ったくぅ……。

あたしが生きた人間だったら過呼吸起こしてくたばってたわよ?》


両目に涙を溜め、腹に手を当てた態勢のまま現世を覗くと、そこには、まるで自分達に襲って来るかのような野球の白球が写り込んでいて、おもわず、


「うわあああぁ!?」


という悲鳴をあげ、その場から飛び退いた。


「今の……、剣持のオッサン君の……、


サヨナラホームランだよ……」


慶輔の母は、驚愕に目を見開き、打ち震えながら、今の映像について、そう説明した。







和俊は打席に入っている。

延長十二回裏、3対3。

これで和俊が塁に出なければ、引き分けでゲームセットだ。


バックスクリーン上のビップ席からは初美が見守っている。


慶輔や、早苗ちゃんとやらからはなにも聞いていないが、和俊はそう信じている。


《あそこに打ちたい。

初美にホームランボールを届けてやりたい》


カウントは、フルカウント。

スリーボールナッシングから、十球粘ってこうなった。

もう四球は要らない。

欲しいのは、甘い球だけだ。


更に粘った十七球目。

そのカーブは、肩口からド真ん中へと入ってきた。


「初美!

受けとれえええぇ!!」


待ちに待った甘いボールをフルスイングで、真芯で捉える。


高々と舞い上がったサヨナラ満塁ホームランは、まるで月に吸い寄せられるかのようにバックスクリーンを飛び越え、場外へと消えていった。







2006年、八月十四日の剣持和俊の達成記録。


【プロ野球史上初の、サイクル出塁】


【世界最長飛距離ホームラン(推定飛距離、255m)】



ヒーローインタビュー

「なにか一言」


「初美ーぃ!

俺の一世一代の大ギャグ、ウケたかぁー!?


【線香花火】もきっちり手向けたぞーっ!!」









ホームランボールは、あの後着地する前に早苗がきっちり回収し、初美に送り届けたらしい。


それを受け取った初美は、


「ありがとう、ありがとう。

誰があげてくれたお線香よりも、このお線香が一番嬉しいよ。


オッサンが頑張ってる証拠だから……。

あたしを……、想ってくれてる証拠だから……」


と涙ながらに話していたという。


全ては慶輔の後日談であるのだが、今の和俊には、それが真実であると信じることが出来る。









試合は今日もナイターだ。


バックスクリーンの上には、月。


《俺がいずれ月に上がったとき……、初美に胸張って会えるかな……?》


フリーバッティングを消化しながら和俊は、そんなことを考えていた。


《会えるな》


和俊は、自信に満ちた顔付きで、ドイツ語の【シュバルツ】が意味する、【黒】をベースとしたユニフォームに身を包み、フランス語で黒を意味する、【ノワール】を迎え撃つ立場に変わっての通称【真っ黒ダービー】を迎える。


今日の首位攻防戦第二ラウンドでは、いつもの【4番 センター 剣持】へと戻っていた。



END

うーん、今一つ月との絡みが薄かったですねp(´⌒`q)


野球に月を絡めることは可能かという目標を立てて書いてみましだがうまくいってたでしょうか?

個人的には、これが限界でした(┳◇┳)


また、専門用語が頻出して、今一つ訳の解らないものになってしまったこと、この場を借りてお詫び致します

m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。月とお盆と野球と線香花火。キーワードがたくさん出てくる賑やかな作品でしたね。それぞれの絡めかた、独特の世界観が素敵でした。誰かに捧げるホームランはかっこいいですよね。…
[一言] 麻里愛ちゃんって、「監獄」に出てきた子ですよね?こんな風に、物語がリンクしてたりするのって何だか良いですね。 何だか、今回はいまいち物語に入り込めませんでした。 キャラ設定がちょっとわかりづ…
[一言] 初めて評価をいれさせていただきます。拝読したのは三作目になるのですがm(_ _)m 麻里愛ちゃんだー♪ アイデアやストーリーは、非常に秀逸なものであったと思います。 視点がコロコロ変わっ…
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