壁
宴は続いていた。全ては明日に決行される「壁抜け」の儀式の前祝いで、明日の主役であるリュウイチ兄さんを激励するためのものだった。
リュウイチ兄さんとは、僕の姉であるハルコ姉ちゃんの旦那さんで、僕の義理の兄貴に当たる人だ。
リュウイチ兄さんは、この村の為に明日死ぬのだ。
賑やかな宴を抜けて、僕は一人、薄暗い海岸を歩いていた。海と陸とを仕切るように、空高くずっしりた壁が海岸に横たわっているので、向こう側が本当に海であるのかどうか僕は知らない。
コンクリートのような灰色の壁が、所々赤黒く汚れているのが、「壁抜け」の跡だ。
この壁に全速力の車でぶつかって壁を壊そうというのが、「壁抜け」の儀式である。
明日になれば、この村は宴よりももっと賑やかになる。
「壁抜け」を一目見ようと観光客やマスコミが押し寄せて、ごった返しになるからだ。
馬鹿げている。海を見る方法は他にいくらでもあるというのに。
僕はそんな愚かな大人には絶対にならないと、この壁を見るたびに固く心に誓う。
否、僕もまだ愚かな子供だったのだ。純粋に、海を見る為に「壁抜け」をするのだと考えていた僕も、まだ幼かったのだ。
押し寄せる観光客にマスコミ。過疎化したこの村にもたらす大きすぎるほどの経済効果こそが「壁抜け」の本来の恩恵なのだ。
「おーい、カズマ」と、リュウイチ兄さんは僕を呼んだ。ほろ酔いで上機嫌な感じが腹立たしい。
くだらない。なんだ。皆、死んで当然なクズばかりじゃないか。
「早く死ねよ」
僕は振り向きもせずに、吐き捨てた。