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朝はシリアルと決めている

幸せの桜

高瀬藍は、占いやおまじないが好きな高校一年生である。はまったきっかけは小学生のころに一度だけ連れて行ってもらった占いの館で、自分の性格をピタリと当てられたことだった。それ以来、この不思議な世界に夢中である。

「今日の一位は……」
「ラッキーアイテムは……」

 毎朝、学校に行く前には必ずテレビで星座占いをチェックする。数番組ほどで占いはあり、結果はどれも違うのだが、藍は前向きにも一番順位が良い占いを信じるようにしていた。

「あちゃー……今日は六位かあ。微妙だなぁ」

 靴下を履きながら、藍は困ったような顔をする。

「そんなかに座のあなたのラッキーアイテムは赤い糸です!」
「赤い糸? おかあさーん!!」

 靴下を履き終えると、藍はテレビのほうを向いたまま母親を呼んだ。

「はいはい。裁縫セットなら和室にあるわよ」
「ありがと。借りていくねー。行ってきます」

 時刻は七時。いつもの出発の時間だ。
 藍は急いで和室に走っていく。そして部屋の中に置いてある古い箪笥から裁縫セットを取り出した。昔、藍の祖母が使っていた裁縫セットで、白い箱が少し黄ばんでいる。祖母が亡くなった今、裁縫箱はめったに使われることはなく、服のほつれや、ボタンの付け直しや、そして毎年体操服に新しいワッペンをつけるときくらいしか活躍しない。

「あ、あったあった。よし!」

 綺麗に並べられた色とりどりの糸から、赤い糸を丸ごと取り出し、あらかじめ用意していた”ラッキーアイテム袋”なるものに突っ込む。裁縫箱をもう一度たんすにしまうと、藍はカバンを掴み、玄関まで小走りで移動した。

「靴を履くときは左から!」

 そうすると、登校中に好きな人と会えると、以前読んでいた雑誌に載っていたのである。もちろん効果がない日もあるが、週の半分以上は大好きな齋藤先輩に会えるので、藍は毎日実行している。
 高瀬藍の朝は、毎日こんな感じで始まるのだ。



 藍が通うS高校は、全校生徒千人超えのマンモス校だ。文武両道を掲げたなかなかの名門校で、毎年受験者数がほぼ右肩上がりになっている。それに伴い、倍率も上がるわけで、藍が受験した今年は何と異例の六倍という記録を叩きだした。
 そんな厳しい受験戦争を乗り越えられたのは、はた目から見れば毎日勉強を欠かさなかった藍の努力の賜物なのだが、本人はあまりそう思っていないらしい。
 こつこつ貯めてきた小遣いをはたいて福岡の大宰府天満宮まで行って買ってきたお守りや、近所の神社に掲げた絵馬、受験当日に行った鉛筆を使ったおまじないなど、そういったものがあったからこその合格だと、神様が助けてくれたからだと信じている。

「あ」

 校門の目の前で藍はいったん立ち止まり、嬉しそうに弾んだ声をあげた。目線の先には顔が整った男子生徒が、友人たちとにこやかに談笑しながら歩いている。彼こそが、藍の憧れであり恋い焦がれる齋藤啓太である。

「ふふ、今日も会えちゃった」

 自然と顔がにやける。うきうきした足取りで、藍は校門を潜り抜けた。

「昨日のドラマ見た?」
「見た見た! あの俳優すごいイケメンだよねー!」

 お昼休み。藍は自分の席で弁当を広げていた。周囲のクラスメイトは、数人でグループを作って楽しい時間を過ごしているのだが、藍はいつも一人だった。
 自己紹介で堂々と「占いとおまじないが好きです」と、延々と占いの素晴らしさについて述べたところ、周囲から不思議な子、ちょっと危ない奴認定されてしまったのである。娯楽が多種多様になってきた現在、占いやおまじないを一番の趣味するのはこのクラスでも藍だけのようだ。
 もちろん、何気なく朝の占いをチェックしたり、ネットで面白半分に占いをやったりする人はいるだろう。それでも、彼ら彼女らは占いをあくまでお遊びや参考程度に嗜む程度で、藍のように完全に傾倒するようなことはないのである。

「ではHR終わり。解散!」
「さようならー」

 授業も終わり、帰宅部の藍は早々と教室を出る。キョロキョロと周りを見渡している。先輩がいるかどうか、探しているのだ。

「いた」

 小さく呟くと、藍は朝と同じようにまた顔がにやけてしまうのを感じた。
 先輩は今日、野球部の練習がある様で大きなショルダーバッグを抱えている。

「先輩、また明日」

 小さく手を振る藍。でもその声も、その仕草も、先輩に届かないどころか周囲のだれも気付くことはない。
 先輩の背中を見送って満足した藍は、またゆっくりと歩き出した。




(先輩と、両想いになれますように)

 藍には、朝の占いをチェックする以外にも日課があった。
 下校の際、運動場の隅っこに生えている桜の木に向かって願い事をすることである。
 S高校には、大きな桜の木が数本植えられている。その中でも一際大きな桜の木は、『幸せの桜』という異名がある。この桜の木に向かって願い事をすると成就すると言い伝えが、いつからだったか自然と生徒たちに広まった。
 と言っても、今の在校生の中でそんな言い伝えを真剣に信じているのは藍くらいのものである。

「これでよし。いつになったら叶うかな」

 頭をあげて、そろそろ散りそうになっている桜をもう一度目に焼き付けてから、藍はくるっと踵を返した。
 途中、野球部の練習を横目で見ながら校庭の隅を歩いていると、先輩がマネージャーの女子生徒と話しているのが見えた。
 タオルを受け取って笑顔で二言三言話すと、手を振って先輩は部員たちの輪の中に戻っていく。

「ね、やっぱりあの二人付き合ってるのかな?」
「えーショックー」

 ミーハーそうな女子二人組がそんな会話をしているのが藍の耳に入ったが、藍は特に心を乱されることはなかった。桜に毎日お願いをしているのだからそんなことはあり得ないのだ。まだ先になるかもしれないが、先輩の彼女の座は、自分に決まっていると藍は信じていた。
 そもそも藍が齋藤啓太を好きになったのは、高校に入る前である。入試の時に藍たちが受けた教室で、解答用紙の配布や回収を手伝っていたのが啓太だった。
 爽やかな笑顔で手伝いをする啓太を見て、藍はすぐに恋に落ちた。ちょうどその日の占いでは『運命の人に会えるかも』という内容を見ていたため、藍は啓太こそがその運命の人だと確信した。
 藍の中では、将来齋藤藍になるところまでシナリオは出来あがっている。



 次の日。
いつものように一人で静かに過ごしていると、聞き捨てならない話が耳に入ってきた。

「ねえ! やっぱり齋藤先輩とマネージャー、付き合ってるんだって!」
「ぎゃあー!! やだー!!」

クラスの少し派手目なグループの女子が、藍の席のちょうど目の前でぎゃあぎゃあと騒いでいた。藍はその話題にいち早く反応し、ガタガタっと立ち上がった。
 そして立ち上がったかと思うと、すぐに教室を出て走り出していた。

「ちょっと……何あれ? もうすぐ授業なのに」
「あの子、変わってるからねー」

 ――私は、あんなミーハーな子たちと違う。本気で、本気で先輩のことが……


「はあ、はあ……」

 一気に走ったせいか、息が切れる。藍は膝に手をつく。目の前には、いつもお願いをしている桜の木が立っていた。
 いつも愛おしそうに見つめている桜を、藍は今、憎々しいものを見るかのような目で睨んでいた。目にはうっすらと涙が溜まっている。
 すうっと息を吸い込むと、藍は涙を流しながら叫んだ。

「嘘つき!」

 今までに出したことのないほどの大声を出したせいか、自分の声が頭に響くのを感じながらもなお、藍は睨むのを辞めない。

「嘘つき! 何が幸せの桜なの!? 私が、私こそが運命の人なのに! お願いだってたくさんしたのに! 裏切り者!」
「おい、何やってるんだ授業はもう始まってるんだぞ!」

 出席を取ってすぐに藍がいないと気付いた先生が、慌てて探しに来た。
 桜に向かって意味不明なことを、まるで人間に対して怒るかのように叫ぶ藍の姿を見て、先生は一瞬ぎょっとしたに違いない。

「何してるんだ、早く教室に戻るぞ!」

 ずるずると引きずられながらもなお、藍は叫び続けた。

「あんなのおかしいよ! 取り消してよ、今すぐ引き離してよ! 幸せの桜なんでしょ!? 本当ならちゃんと叶えてよ! この嘘つき嘘つき嘘つきぃ!!!!!!!」
「わけのわからないことを言ってるんじゃない!」

 心底嫌そうな顔をして先生は藍を教室まで引きずって行った。
 校舎の窓からは面白いものでも見るかのように何人もの生徒が顔を出して、藍と先生の様子を見ている。その中には啓太の姿もあったが、桜に執着している藍には、その姿を確認することが出来なかった。



 またまた次の日。
 昨日のこともあって藍は落ち込んでいた。
 今までいろんな占いを見て、色んなおまじないを試してきたが、昨日のようにひどく裏切られることはなかったのだ。
 それでも、長年はまってきた占いをすぐに嫌いになることも疑うことも出来ずに藍はテレビで占いチェックをするという日課を果たす。

「今日の一位は……座のあなた! 願い事が叶いそうですよ!」
「やった、一位だ!」

 自分の星座が一位だったことで、藍は少し元気を取り戻す。
 すかさずチャンネルを回して他の番組の占いもチェックするが、なんとこの日はどの番組でも藍の星座、そして藍の血液型が一位、そして内容も『願い事がかないそう』ということで一致していた。こんなことは、占いにはまって以来のことなので藍は体が震えるような感覚を覚えた。
 しかも、ラッキーアイテムも大きなぬいぐるみがついたキーホルダーと、そこまで詳細な部分までピタリと一致している。

「こんなことあるんだ……すごい……絶対に当たってるじゃん!!」

 すっかり元気を取り戻し、藍は先日の家族旅行で買った大きなぬいぐるみに、むりやりキーホルダーを取り付けてかばんに付けた。
 いつもどおり左足から靴を履き、そしていつもより軽い足取りで家を出る。

「あ、先輩だ!」

 登校中。いつもなら学校の最寄り駅についてから先輩を目撃しているのに、この日は乗換えをする駅で先輩の姿を発見した。
 ますます今日の占いの的中率の高さを実感し、藍は顔がニヤける。
 もっと近くで先輩を見よう、いっそ同じ車両に乗ろうと思い、先輩のほうに近づいていく。
 電車がもうすぐそばまで来ていた。

 チリン……

 小さな音を立てて何かが落ちた。藍が下を向くと、かばんにつけていた大事なラッキーアイテムが落ちている。ころころと転がって、ホームの端の方でぴたっと止まった。
 藍は慌ててキーホルダーを拾おうと方向転換する。ぬいぐるみ部分はホームにとどまっているものの、キーホルダー部分は、ホームから線路のほうへ垂れている。

「いけない私ったら大事なものをなくすところだったわ」

 もはや完全に浮かれている藍の耳には、駅員の叫ぶ声も、電車から発せられる激しい音も入ってきていない。手をのばし、もう少しで拾える――その時である。

「危ない!!」
「えっ?」

 気の抜けた声を出して藍は振り向く。
 慌てた様子の啓太の顔が、すぐ目の前にあった。
 間近で見る啓太に頬を赤らめた瞬間、藍は啓太に腕を引っ張られてホームの後方へと弾き飛ばされた。新聞を読んでいたサラリーマンにぶつかったが、何が起きたかわからない藍は謝るタイミングを完全に逃した。

「きゃあああああああああああああああああああああ」

 ざわつくホームに、女の子の悲鳴が一際響く。藍はゆっくりと立ち上がって女の子の声がする方に視線を向けた。

「……あの子、マネージャー? 何叫んで……」

 目線を女の子が見ている方向に移していく。
 完全に視線を移し終えた直後、藍は目を見開いて固まってしまった。
 体が分裂して四方八方に飛び散り、いろんな部分からべっとりとした血を流している。
 ぐちゃぐちゃで原形をとどめていない顔によってそれが誰であるかを判断するのは難しいが、ホームにぽつんと置き去りされたカバンにはっきりと

齋藤啓太

 その名前が刻まれていた。

「い、いや……そんな……」

またしても藍はその場にしゃがみ込んでしまう。体に一切力が入らない。
藍を指さしながらひそひそと話し込む周囲の声も、藍の耳には入らない。
藍は、すべてを悟ってしまった。
あの桜は、嘘をついていない。
--願いは、叶った。
解説
・高瀬藍と言う存在
占いやおまじないにはハマるあまりに他力本願的な気質を持っている。良い方向に動けば占いなどを後押しとして頑張るが(受験がまさに当てはまる)、基本的に自分から動こうとしない。
 クラスで浮いてしまったのは自己紹介のせいもあるが、自分から進んで人と関わろうとしないことも原因である。
 それは先輩に対しても同じで、積極的に動かずにいつも遠いところから見ているだけになっている(さようならの一言も小声で先輩には伝わっていない=そもそも先輩は、藍の存在を認識していない)。

・幸せの桜
 両想いになりたいという願いは叶えてくれない。
 最後に叶ったとなっているのは、藍が先輩とマネージャーが付き合っていることを知ったあと、「二人を引き離してほしい」と言った部分があてはまる。
つまり、この桜は先輩が死ぬことで、マネージャーとの死別=二人を引き離すということを達成している。
この違いから、この桜は幸せの桜ではなく『死に会わせる』=『死会わせ』の桜だった。

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