#7・正偽感
殺風景な大広間の中心、ガラスのテーブルの上に弁当の空き箱が二つ、ビニール袋にまとめて置いてある。
とりあえず一息つくために、互いに買ってきた飲み物を一口、真九郎は零華が飲んでいた紅茶のペットボトルの口元に見とれていた。
化粧を施されていない地の唇を見て、つい邪念にとらわれる。
冷静に考えてみると、真九郎は自分が紅茶が飲めない事に気づいた。
心の中で意味もなく落胆する。
そんな哀れ身を、紅茶を飲み終えた零華に軽く鼻で笑われながら見られていた。
真九郎は我に帰り、ただひたすらにお茶を飲むことに集中する。
零華は悩ましい気に喉を鳴らし、そのまま悩みを声にし、打ち明けた。
「さっきから何も話してくれないけど、やっぱりお昼の時のこと怒ってる?」
実は今の今まで、真九郎と零華の間では会話がされていなかったのだ。
零華は少々困り気味に話題を振るも、真九郎は無視するという始末。
本当は真九郎も零華(好きな人)と愉快に話を咲かせたいと思っているのだが、学園内での自分はあくまで内気で無口なのだ。
急に漫才師みたいにやたらめった話出したら、何となく気があるように思われてしまう。
実際に気はあるのだが、あまりバレたくないのが本音だ。
下手にこの関係を崩したら、夢見ることもできなくなってしまうのだから。
何にせよ真九郎は、自分が内気で無口を演じていることを心底恨んだ。
(それもこれも彼奴のせいだ……!!)
その酔狂した性格は相も変わらず、自分は悪くない、悪いのは全て鉄だと、一方的に決めつける。
真九郎は少し間を空けてから、零華に話しかけた。
「怒ってなんかないよ。怒ってたら家にいれないしね」
零華は安堵の笑みを浮かべる。蜘蛛の巣に絡まった蝶が再び羽根を舞う。
その一言が聞けるだけで、不安は消える。
真九郎は零華と顔を合わさない。
零華はこの機会にもう少しだけ、ナイフを臓腑に近づけてみるような思いで、核心を触れてみることにした。
特別、重い空気をつくらずに、平淡な空気のままで。
「真九郎君、まだ鉄君達と、“付き合ってるの?“」
けれど、真九郎の心はそう軽くなかった。
返事は浮かない。
錘を抱えて海を泳ぐように、ただひたすらに奥底へ沈む。
奥底は闇、沈んだ闇、得体の知れない何か、どこか、重い。
「まあ……、一応……」
闇に呑み込まれまいと思っていた零華だが、闇の魔力は遥かに大きく、防ごうにも防ぎ切れなかった。
そう、自分が思っている以上に、真九郎の抱えてる闇は、大きいのだ。
その程度で知ったつもりになるなんて、自分の思い込みとは、なんて甚だしいものなのだろう、と零華は思う。
闇へ進むには光が必要だ。
ならば、そのせめてもの光を自分がなれればと、零華は思う。
蛍の尾のように小さな光でもいい。それが何かの役に立てるなら、それだけでいい。
どこか釈然としない声で零華は相槌を打つ。
「そっか……」
強くそう思っていても、何も出来ない自分がいた。
鉄から真九郎を離したい、いや、今の関係を崩したい。
だがそれは、自分には無理な話だった。
話し合いで解決できる相手でもなければ、暴力で敵う相手でもない。そもそも暴力で解決なんてのは何の解決にもなってない。
非力な自分と臆病な自分に、零華は腹が立った。
思うだけで実行に移さず、相手の身を考える先に、実行を移した後の自分の身を考えてしまう。
人が人を助けるという行為が、どれほど容易でないことか、心底痛感させられた。
その場の重い空気から逃れるように、零華をその場を立ち。
「じゃあ、私、帰るね――」
平然と笑顔を、作り笑顔を浮かべながら、虚言に値する一言を口にした。
「私でよければ、いつでも協力するから、気軽に声かけてね」
真九郎は改めて、零華は自分に気があるのではと思う。
こうやって、クラス委員としての義務以上のことを、わざわざ自分の家に来てまでして行ってくれるのだから。
けれど、零華は違う。
真九郎が思っているほど、零華に正義感はない。
その笑顔も、その正義感も、全て偽物だ。
零華を玄関まで見送る真九郎、
「じゃあ、明日学校で」
「うん、じゃあね」
零華が出ていったのを確認した真九郎は、扉は閉めて、鍵を閉めた。
それは、当たり前の行為。
けれど、その行為が後に。
ブラックサイドの扉を閉める行為だったという事と。
知り、感じる事となるのだった。
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