ブラックサイドワルツ〜祭宴の契約〜(45/50)PDFで表示縦書き表示RDF


ブラックサイドワルツ〜祭宴の契約〜
作:俺とキルマシーン



#45・穢れた世界のロミオとジュリエット


 時雨は鉄を睨みつけるように一瞥してから、脇で断末魔の叫び声を上げる真九郎の方へと振り返り、そして、竹刀を強く握り締めた。
 幸い、真九郎と鉄との間には僅かな隙間が生まれている。恐らく力の衝撃により発生したものと思われる。
 時雨はその隙間に入り込もうとした。だが、己の体内に在する悪魔・赤鬼と青鬼はそれを止めた。

(忘れたのか! テメェ! アイツの力をよ!?)

 時雨は一呼吸入れて、乱れた感情を落ち着かせる。
 触れても触れられても駄目だったんだ、と奥歯を噛み締めながら思い出す。

(しかし……! このままでは、彼が……ッっ!!)

 そうこうしている内に、鉄は間合いを詰めて、真九郎に接近していた。
 だが、真九郎もただ一方的にやられるわけがなく、やや安定しない足並みだが倉庫の方へと逃げてはいる。
 走りの勝負なら、真九郎にも分がある。だが、今喰らった一撃は大きい。
 赤い液体が細長いそれを通じて、まるで道しるべのように赤い線を引いていた。あるいは、引きずっていた。
 口の中に充満する鉄の味。真冬にも関わらず、嫌な汗のせいで体が熱っている。

「ンだぁ! 悪魔が生に縋って(すがって)んじゃねェ!」

 背後で鉄が怒鳴りながら吠えていた。
(――本当の恐さを忘れたお前は、人間じゃなくて、正真正銘の悪魔だよ、馬鹿野郎)
 彼は今、悪魔ではなく、正真正銘の人間だ。
 痛みと恐怖。それは、悪魔と契約する前の、弱い時の真九郎が身をもって経験している。
 だからこそ、今が“それ“だと分かるのだ。
 そして、そういう時、必ずこう思っていた。

 『助けて』

 だけど、誰も助けてくれない。今時、そんな特撮アニメに出てくるような、正義の味方はいない。
 いるのは、悪魔の心をもった、正義の味方を気取る人間だ。
 自分の身を第一に考え、他人の身のことなど後回しにする。
 当たり前だ。自分が損するだけなら動く意味がない。
 損得感情でしか頭が回らない。そんな人間が多い、この世界だからこそ言える。
 だから、最初から分かっているから、真九郎は誰にも頼らなくなっていたのだ。
 次第にそれは、冷たい世界の住人の中に入っていた。
 だけど、そんな彼に温かい手を差しのべてくれた者がいた。

 『藤牧零華』

 彼女はクラスの学級委員だ。だから、彼を助けたのだろう。最初はそう思ったが、それは違う。
 零華は真九郎を、一人の人間を助けたい一心で助けたのだ。
 最初はただの口だけだったのだが、今は違う。
 自分の身を差し出してでも、他人を救う覚悟がある。
 震える指先。汗で湿った皮膚。それが打つものは、一通のメールだった。
 倉庫の裏側へと回り、セメントで作られたブロックの壁に挟まれながら打つ。
 たった一言――、

 助けて

 という、本当の言葉を。
 ブロックの壁が粉砕する。
 脇目を振るったその先には、鉄がいた。
 一方通行の隙間。まともな身動きなんて出来ない。

「これで」

 終わりだ。と、言おうとした瞬間、鉄の足が何かに引きずられていた。
 引きずられるその方向を見る。前歯を噛み砕くかと思えるくらい、力強く歯を食いしばる。

「女ァァ!!」

 赤き光と青き光を両足に纏い、双方の光を渦巻かせながら、その彼女・五月雨時雨は、頭一つ下がった位置から、鉄を眼を飛ばしていた。

「覚えておけ、私の名前は女ではない。私の名前は、五月雨時雨。――貴様を消滅させる者の名だ」












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