ブラックサイドワルツ〜祭宴の契約〜(34/50)PDFで表示縦書き表示RDF


ブラックサイドワルツ〜祭宴の契約〜
作:俺とキルマシーン



#34・隻眼の契約


 苦悶の思いに顔が歪む。鉄は、頭を押さえていた。
 吐き気はするのに吐けない。気持ち悪さだけが胃に溜まる。
 鉄は、かなりの酒豪だ。
 アルコール度数の高い酒も水でも飲むみたいに飲める。
 ヘビースモーカーでもあるのだが、これも世間一般的に吸われている煙草より体への負担が大きいものを吸っているのだ。
 鉄は、それらに慣れている。
 ちょっとやそっとで、頭痛にはならない。
 けれど今は、なっている。
 こんなにも『異常』という表現が似合うことはない。
 ふと、鉄の頭痛が止んだ。
 一切の余韻が残らない、正常な状態になっていた。
 それは、悪魔の囁きと言うべきか、それとも魔法の言葉と言うべきか、絶対悪が鉄を呼んだおかげで頭痛が止んだのだ。

 小僧――と、絶対悪は言った。鉄は喋っているつもりになってみた。

「誰だ……!」

 絶対悪の深くて重い邪悪な声はまるで、密室空間の中で話しているように響き、まさに心に恐怖が焼き付くような感じだ。

「貴様で弄んでやった者だ」

 その一言を聞き、鉄は絶対悪だと気づいた、のと同時に、忌々しい恐怖の波が返ってきた。
 言葉が出ない。
 言いたいことは山ほどある。
 けれど、言えない。
 今の鉄には、あの時の一撃のような何かが、自身を後押しする何かが無く、ただの弱い者になっていたのだ。
 だが、絶対悪は鉄の気など察するつもりなど毛頭ない。
 鉄の心理を煽るつもりはないが、鉄にとっては煽ってられてるのと同じだ。

「有り難いと思え、我輩が貴様の体を借りてやる」

 体を借りる?
 鉄は、その言葉で目が覚めた。
 それは単純に、自分が自分でなくなるのと同じだ。
 自分の思い通りにならない体なんて、やってられない。
 大十字鉄だからこそ、よりそう思うことだろう。
 恐怖に震えた声で言った。

「手前の犬になる気なんてねえよ」

「吠えるな、小僧。“なれ“と言ったのだ。頼みではなく“命令“をしたのだ」

「だから、俺が手前の命令を聞く理由がねえんだよ」

 理由か、と前置きをして、

「我輩が、暇だから」

 絶対悪は退屈そうに、そう口にした。
 もはや、絶対悪にとって生きることとは、ただ暇なだけのかもしれない。
 喰うことは、人が三食と言わずとも日々食事を取ることと同じことなのだろう。
 口にするものが、大分異なるが。
 鉄は、努声を吐いた。

「っざけんな! 結局、そりゃ手前がそうしてーだけじゃねえか! 俺には何の関係もねえ!」

 いつの間にか言葉が走るようになっているのは、彼の安いプライドに火がついたからだろう。
 せっかく火がついたのだから最後まで踊ってもらいたいものだ。
 導火線が途中で切れたりしたら、特大の花火で飾れないから。
 絶対悪は、不気味に笑う。

「天峰真九郎と言ったか? 貴様を地獄に送ったやつ」

「……それがどうかしたのかよ?」


 ――殺してやる。


 絶対悪は、そう口にした。
 水面に写る三日月のように口を歪ませながら。
 鉄は一瞬、揺らいだ。
 絶対悪の力、何より、真九郎に逆襲できる好機が突き出されていることに。
 だが、迷いもある。
 あれだけ自分を痛ぶった絶対悪を、簡単に信用できるわけがない。
 馬鹿みたい詐欺に引っ掛かるような、カモではないのだ。

「……手前が、裏切らない保証がないだろ」

「上出来だ。馬鹿な人間はすぐに目先の欲望に手を出す。ここで簡単に契約に応じるようなら、我輩の眼は硝子玉になるところだった」

 しかし――、と絶対悪。
 己の隻眼、つまり一つ眼に手を伸ばす。
 そして、刳り貫く。
 まるでスプーンで掬うように。
 粘液が眼球と付着し、糸を引いていた。
 真っ暗闇の空間に突如、それは浮かんだ。
 眼球を握り締めた、悪魔の手が。

「どうやら、我輩の眼は硝子玉ではなかったようだ」

 刹那、握り締めていた己の唯一の眼球を、躊躇する様子もなく握り潰した。
 その光景に、鉄は、完全に圧倒されていた。

「これで、我輩は何も見えん」

 眼前に差し出される手。
 それは、彼を救う、希望の光となるのか。
 それとも――、

「貴様が我輩の目になれ」

 絶望の闇となるのか。
 全ては、その悪魔の手だけが、知っていた。
 悪魔が握るのは、一人の人間。
 強き悪魔は弱き人間と契約をした。
 その手に握る、弱き人間と。












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