#17・原点回帰の風景
真九郎の顔をうつ伏せ、零華の不安そうな視線から外した。
零華は更に、不安そうな表情になる。
「……怪我はしてない、大丈夫だよ。ごめん、今日はもう疲れてるから」
真九郎は疲れきった声で言い、モニターを消そうとした。
私こそ急に来てごめ――、零華がそこまで言ったところで、モニターは完全に消える。
互いの眼前にあるモニターには、何も映っておらず、自分自身の表情だけが鏡のように写されていた。
醜い顔が。
真九郎はガラスのテーブルに向かう。
荒々しい内面が足踏みによって表現されていた。
堂々とした雰囲気はある。
魔王は、真九郎の心理状態が分かる、真九郎が焦っていることを分かっていた。
魔王は、どこか挑発的な口調で言う。
(随分と焦っているようじゃな)
真九郎は足を止めた。
直立したまま、真九郎は魔王に告げる。
「――やめだ」
魔王が一瞬だけ動揺した。
だが、一瞬にして動揺は消える。
ある程度の予想はしていたからだ。
魔王は、不適な笑みを浮かべながら言った。
(……儂は一向に構わないが、お主は、いいんじゃな?)
真九郎は堂々と宣言する。
「ああ、“契約を解約する“」
そう宣言した瞬間のことだ。
真九郎の手足が黒い霧のようなものが渦巻いていった。
真九郎はその異変に気づく、まるで業務用の冷凍庫を開けた時のように、地面が黒い霧に溢れていたのだ。
そして、その黒い霧が真九郎の手足を喰らおうとしている。
浮遊感に似た何かが、足を襲う。
まるで雲を掴んでいるような感覚が、手に残る。
喰われてる?
その時、真九郎は思い出す。
魔王との契約の時、魔王は確か『復讐を終えた時、お主は儂のものになる』と言っていた。
魔王が真九郎を喰らっている。
脳内に響く切削音、同時に映し出される体の中にある全て骨が削られていく映像。
真九郎は止めに入った。
「待て待て! 僕は君に体を渡すつもりはないよ!」
魔王は行動を止めない。
止めずに、こう言った。
(何を言っておるのじゃ、お主? “力が要らなくなったということは復讐を終えたことと同じ“じゃよ。だから当然、儂はお主の体を貰う権利がある)
真九郎は奥歯を噛み締める。
けれど、その奥歯でさえも削りとられてようとしていた。
気づけば、下半身は全て、闇に飲まれている。
真九郎は口がある内に、訂正することを決めた。
いや、決めざるを得なかったかもしれない。
死より恐ろしい何かが自分の身に起こりそうな気がしたからだ。
「分かった! 契約を続行する! だから早くそれを止めろ!」
いつの間にか命令口調になっていた真九郎、本人も気づけていないのだろう。
黒い霧は一斉に消えた。
手足もちゃんと残っている。
心音がやかましい。無闇やたらにやかましい。やたら滅多やかましい
呼吸も激しく乱れている。ただ静止していただけなのに、山頂まで全力疾走したような気分だ。
汗もそれと同じくらいの量が出ている。
魔王は誇らしげな声で告げる。
(儂は、お主を御主人様と呼ぶが、それは決して服従を意味しているわけではないぞ?)
瞬間、真九郎の背後に重く乗しかかる何かが、それは前にぶら下げるようにして腕を下ろし、耳元でこう呟いた。
「悪魔が人間ごときに服従すると思ったか? 服従するのは、お主の方じゃ」
真九郎は後ろを振り向く……。
そこには、魔王の姿があった。
魔王は不気味に笑みを浮かべる。長い髪が顔全体を覆うくらい垂れ下がっており、より一層不気味さを際立てている。
『力のないお主など、無能力のお主など、ただの器に過ぎん』
真九郎は生唾を飲む。
生々しい音が鳴り、喉仏がハッキリと浮かび上がる。
真九郎は、問う。
「君は、一体、何なんだい?」
魔王は、こう答える。
「儂が何かだって? 儂は、ただの物好きな――」
その時、魔王の姿は再び内在する形に戻っていた。
戻り際に見せた不気味な笑みが、真九郎の脳裏に焼き付いている。
(“悪魔“じゃよ)
魔王の存在がどれほど危険なものか、それを内在させる自分はどれほど愚かなものか、ようやく真九郎は理解した。
帰り道はない。
ただ眼前には、真っ直ぐ進むだけの道しかなかった。
力に溺れた人間の末路へと、真九郎は進むしかできない。
そこに待つのは、死。
ああ、一応、帰ることはできるようだ。
力を手にする前の自分、死体と化した自分にね。
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