#11・共闘の末路
深い闇の中、真九郎は一人流れていた。
延々と続くその闇の中では、電源の落ちたテレビように何も映らない。
どこか宙に浮いているような、そんな感覚だけが残る。
そこは一体どこなのか、いや、何なのかが、真九郎には分からない。
こんな話を、いまわの際になると人は今までの思い出が頭に浮かぶという話を、ふと思い出す。
真九郎には、何も映っていなかったし、浮かび上がらなかった。
思い出、あるにはあるのかもしれないが、真九郎の心には残らない思い出なのだろう。
だから、この真っ暗な映像は思い出のない自分を写し取ったものではないか、と、真九郎は思った。
心残りなことは、一つ、
零華とセックスがしたかった。
ただ、それだけだ。
決して、零華とはそういう関係ではないのだが、それだけが心に残っていた。
夜な夜な零華のそんな姿を想像して自慰をしていたのだろう。
真九郎だって、人間だ。
好きな人にセックスをしたいと思うし、けれど、叶わぬことが分かってるから自慰で満たす。
人には言えないことくらい、真九郎だってしているのだ。
人間だから――、
瞬間、女性のような声質を帯びた低音の声が響き渡った。
「お主は、人間じゃない」
真九郎は言葉を想像する。
(!! だっ、だれ!?)
真九郎の心に映る、吸血鬼のような姿をした何か、けれど人間的な体格をしている。
前髪が綺麗に一直線に並べられた、白銀のストレート、その長さは足元にまで及ぶ。
胸の谷間が見えるくらいの露出度が高い、黒いのドレスのような服。
全身は褐色肌だ。
普通の人間と大して変わるところないのだが、二点三点異なる部分があった。
灼熱を写し取ったかのような紅く焚けた瞳、その灼熱を表すかのように強い気質が全身から感じられる。
黒くて長い爪、手の大きさは普通の人間と大差はないのだが、その爪は、優に30センチ以上はあるだろう。
しかし、爪は一瞬にして“中に引っ込んだ“。
『誰かと聞かれれば、儂は、悪魔という他ないのう』
『うわあっ……!!』
人間と悪魔は出会う。
漆黒の闇の中で、ブラックサイドの中で。
真九郎は、逃げたかった。
離れたくて離れたくて、しょうがない。
けれど、この悪魔は付きまとう。
威嚇された蜂が敵を狙って追ってくるような、そんな感覚だ。
たとえそれが小さな生き物でも、命を殺める存在ならば、大きさ関係無しに逃げたくなるものだ。
真九郎は、この悪魔に殺されると思った。
しかしおかしな話だ。
もう死ぬのに殺されることが恐いなんて、自ら命を絶った人間が恐怖を感じるなんて。
悪魔は、呆れた声で言う。
「お主、ちと勘違いしておらんか? 儂はお主を殺めようなどとは思ってない――」
それでも真九郎はただひたすらに逃げ回った。
どこをどう逃げ回っているのかは不明だが、真九郎はただひたすらに逃げることだけに徹している。
「お主を生かそうと思っているのじゃ」
生かそう、その言葉に真九郎の足が止まった。
真九郎は、特徴全てを失った黒いマネキンみたいになっているようで、背景と全身の色が被って居ないように見えていたのだ。
真九郎は言葉を想像する。
(生かそうって?)
それは実際に声には成らず、心で感じ取ってもらうしかない。
声と声で会話をする人間にとっては、感じ取ることなど絶対に不可能なことだ。
だが、悪魔には聞こえる。
「……どう解釈しようとお主の自由じゃが、儂はお主のためを思って言ったつもりじゃ」
(僕のため……?)
真九郎がそう想像すると、悪魔は脳裏に強く焼き付けるような恐怖じみた声でこう言った。
「お主、あの鉄とか言う人間を殺しとうないか?」
大十字鉄。
真九郎を自殺に追い込んだ人間の名だ。
真九郎とっては零華に次いで忘れもしない名だろう。
「いや、彼奴だけではなかい。お主を今まで苦しめてきた人間全員をじゃ」
真九郎は悩む以前に、言葉が入ってこなかった。
あまりにも自分とはかけ離れた単語が連発されていたため、追いつくことができないようだ。
(殺して、どうなるの?)
真九郎がそう想像すると、悪魔は呆気なくこう呟く。
「殺しなんてものに意味などない。ただの自己満足じゃ」
真九郎はますます悩むことから遠ざかった。
むしろ自分は悪い夢でも見ているのではと疑いたくなるくらいだ。
返答をしない真九郎を待つ間、悪魔がふと何かを思い出した。
「――っと、言い忘れておったが、ただで力を貸すわけにはいかん。儂とてそこまで寛大じゃないからのう」
ただでは力を貸さない。
後にその意味を“痛感する“ことになる。
『復讐を終えたら、お主は儂の物となる』
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