月の光が私を生かす
この作品は企画小説です!『月小説』と検索をすれば、他の作者さんの素晴らしい作品が読めます♪それでは「月の光が私を生かす」をお楽しみ下さい(^-^)
やっと騒がしくなった。私は、この時間をとても大切にしている。だって、私が唯一笑顔になれる時間だから……。
「月の光が体に当たり、私の心を光輝かせる。そして私は、息をする」
ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐く。そう、これが呼吸。
「あの子猫はとても小さい。でも、その猫は大きい。そして夜空に浮かぶお月様は、もっと大きい」
目でものの形などを見分ける。そう、これが視覚。
「あの音は、サイレン。その音は、人の騒めき。そしてこの音は、心音」
耳で音を感じ取り、聞き分ける感覚。そう、これが聴覚。
「このにおいは、雨上がりのにおい。そのにおいは、草木のにおい。そしてこのにおいは、線香のにおい」
鼻でにおいを嗅ぎ分ける感覚。そう、これが嗅覚。
「甘いミカン。酸っぱいレモン。そして美味しい空気」
にがい・からいなど、舌で感じる感覚。そう、これが味覚。
「手が、電柱に当たった感じがする。足が、小石を蹴ったような感じがする。そして、皮膚を誰かが触ったような感じがする」
手足や皮膚が、ものにふれたときの感覚。そう、これが触角。
「呼吸のあとの五つの感覚……視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触角。この五つは、五感と呼ばれている。この五つの感覚は、人が生きていく上でとても大切な役割をするモノ。どれか一つでも欠けてしまったら、不自由になってしまう……」
真っ黒なワンピースを着た少女は、ゆっくりこっちに近付いてきた。
「アハハ……後退りしないでよ。貴方も今日から私の仲間なんだからさ、仲良くなりましょうよ」
額に一筋の汗が流れ、掌は汗ばんできた。きっと体は警告してるんだ……この少女は危ないって。
「怯えなくてもいいわよ。月の光が私達を生かしてくれてる……だから、月が沈む迄遊びましょう?」
快感というモノは、月光が当たる限られた時間にしか味わえない。一秒も時間を無駄にできないから、人を選んでる時間は無い。こんな人生にしたのは自分の責任だから、仕方ないって思ってる……。私は思い残す事なんて何もなく、この身を勢い良く地面に叩きつけたんだから。
『やめて……やめてくれ! 僕は早く逝きたいんだ……早く生まれ変わりたいんだ』
男の声が聞こえてきたけど、無視しよう。だって、コイツも天国になんて逝けないんだから。自らの命を己で断つような奴に、天使は迎えにこない。
『苦しい……誰か、助けて……。目の前が、真っ暗になってきた……』
アハハ。アハハハ。こいつ超苦しんでるよ。面白いけどこれ以上したらヤバいから、そろそろ逃がしてやるかな。
「苦しいでしょ? この空間にいたら、この苦しみが快感に変化するの。快感に達する行為を止める事は不可能なの。だから、ここにいる魂は成仏する事ができないの」
泣きだせ。さっさと泣いて、逃げ出してしまえ。じゃないと、貴方に悪戯したくなっちゃうからさ。
「……もっと首絞めてよ。もっと力を入れて、首絞めてよ。もう、僕は成仏なんてできないんだ。イッパイ悪い事をしたから、きっと天使は僕の事を無視する。だから、僕の居場所はこの空間しかないんだ……」
僕は無差別に人を殺した。それは、蟻を踏み潰すが如く簡単な事だった。沢山の光り輝く命を、大きな鎌で狩ってしまった。そして追い詰められた僕は、粉々に肉塊を空に撒き散らしながら、呆気なく散った。
「そう。今ならまだ、現世を彷徨う普通の魂でいられるわよ? 引き返すなら今。これがラスト」
少女は優しく笑った。だから僕も、笑った。
「もう生まれ変わりたくない。今はただ、早く快感を味わいたい」
「月が沈んだら私達は、無臭で無音の暗闇が果てしなく広がる世界で過ごさなくちゃいけないのよ。それを貴方は覚悟できるの?」
「嗚呼。少しの時間でも君と同じ快感を味わえたなら、僕は幸せだ。これ以上のモノなんて、不必要だ」
「……貴方の気持ち分かったわ。それじゃあ、いい気持ちになりましょう」
血なまぐさい臭いと共に聞こえる悲鳴。快感に達する時の気持ち良さ。ソレを求める体。ここに一度迷い込んだ魂は、二度と外に出る事ができない。
不気味に明るいこの空間。ココは、人々に忘れられた霊園。今となっては、心霊スポットになっている。
そして、月の光が私を生かすーー。
魂なんだからホントは生きてはないんだけど、私は快感を味わう事が生きている証だと思っている。だから、今この瞬間私は生きている。呼吸してるし、見分けられるし、音を感じたり聞き分けたりできるし、嗅ぎ分けられるし、舌で感じられるし、手足がモノに触れたらわかるし……。
そしてこんな不様な私を生かしてくれて、神様有難う。何回お礼を言っても足りないぐらい嬉しいよ。神様有難う。ホントに有難う。貴方のおかげで、私は笑顔になれる。
アハハ。アハハハ。私は生きてるよ! アハハ。アハハハ。私は生きてるよ! もっと強く私を殴って。快感を味わう事が、生きている証なんだからーー。
月が沈み、草木を生長させる陽光を放つ太陽が、快晴の青空の中に現われた。 その下には、しんとして静かな霊園がある。
墓石の上で、カアカアと不気味に鳴くカラスが、辺りを見渡していたーー。
無残に散らばる、幾つもの人骨を。