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謎のベトナム料理店

作者:貞治 参
注意:エセ関西弁多発。関西弁警察(※)の方は回れ右を推奨します。

※創作物における関西弁の使い方を厳しく取り締まる人々のこと。
 夏の日差しを避けるため、ビルの隙間にできた影を縫うようにして歩く。自分の影がはみ出るたびに不快な気分を味わいながら、ふらふらとあてもなく街中を彷徨った。

 視線を下に向け、ため息を吐く。首から垂れた社員証入りのネームプレートがねじくれて白い面を見せている。

 ああ、コレはずすの忘れとったわ。――まあ、どうでもええか。

 ハンカチを取り出して額の汗を拭う。

 陰気くさいあの会社からはよ離れんと。こっちまで気分が落ち込んでまうわ。とはいえ、暑い中歩くんもええ加減しんどいな。はようテキトーにええ店見つけなあかんわ。

 ビルが立ち並ぶ大通りからひょいとわき道に入る。幸い、殺人的熱射光線はビルが身を挺して遮ってくれているようで、その小道は心持ひんやりと薄暗かった。ほっと一息ついて、両脇に並ぶ店を交互に眺めながら値踏みをする。

 安い店、安い店、と。

 流行っていない居酒屋や中華料理店、ラーメン屋が立ち並んでいる。塚田は最近、中華やラーメンには飽きていたので、これらの店を華麗にスルー。

 ふい、と右を向いてみると、一軒の小奇麗なたたずまいの店に目が留まった。普通の民家のような雰囲気。店先にメニューは見当たらないし、何屋なのかもはっきりしないが、入口のドアの上にのみ、黄色い星マークがついた大きな赤い布が掲げてある。

 あれは、ベトナムの国旗か――。はえー、こんなところにベトナムの店があったんか。

 こっそりとドアの脇の窓から覗くとテーブルとイスが中に並べられているのが見えた。読めないが、料理のメニュー表らしきものも壁に貼り付けてあるようだ。店員がうろついている。

 多分、カフェかレストランやろな――。

 塚田はしばし考えた。

 ま、ここでええか。早いとこ食ってしまわんと時間無くなってまうし。値段はわからんけど、メニュー見て決めましょか。ほな。

 よくわからない引力によって引き寄せられた塚田は、ドアベルを鳴らし、中へと入った。

「いらっしゃいませー」

 アオザイを着たベトナム人がお出迎えかと思いきや、出てきたのは若い日本人の女性だった。発音でわかる。彼女はネイティブな日本語の使い手だ。

「ええと、ここで飯食べれますか?」

「はい。どうぞお席に」

 店は広くなかった。女性店員が三台しかない丸テーブルの一つに案内する。塚田は席に着いた。

「ご注文が決まり次第、お伺いいたします」

 彼女は店の奥へと続く廊下に引っ込んだ。

 テーブルの上に立ててあったランチメニューに目を通す。

 ベトナム料理には詳しくないので、有名なフォーというやつを注文することにした。

「すみません、フォーセットください」

「かしこまりました」

 店員がメニューを回収し、オーダーです、と声を掛けながら店の奥へと入っていった。

 と思いきや、アオザイを身に纏った大柄な男の店員(?)がゆっくりと奥から出てきた。

 もう料理できたんか――?

 しかし、店員の手には何もない。大男は何も言わずに、いきなり塚田と同じテーブルの椅子に腰を下ろした。

 え、なんなんこの人。ていうか誰やねん。

 男は両手を膝に乗せ、なぜかじいっと対面の塚田を見つめている。やがて口を開いてこう言った。

「私は昔、ベトナムに住んでました。でも逃げてきたのです。今日はその話をします」

 いきなり語り始めたで、このおっさん!



「私たちはボートに乗って逃げました。遥か遠く南ベトナムの地から、ここ日本に向けて。途中、様々な災難が降りかかりました。結局生き残ったのはごく少数です。その中でも最も危険だったのが、海賊の存在でした。

 彼らは私たちのようにベトナムから逃れる人たちを狩っていたのです。大きく立派な船に乗って待ち構え、難民たちのボートやヨットが近寄ってくると船をつけ、乗り込んで虐殺を行います。夜は特に危険で、震えながら過ごしたことも一夜や二夜ではとても足りません。

 雲が出ていたでしょうか。

 ある夜のこと、息をひそめて航行していた私たちの船がついに、海賊たちの目に捉えられてしまいました。敵はすぐさま近づいてきます。明かりのついた大きな船に照らされ、私たちのボートは逃げることができません。徐々に大きくなっていく船体の陰を見つめながら、みんなで身を寄せ合って固まっていました。それ以外にどうすることもできなかったのです。

 船の上から、一人の海賊が言いました。

『おい、おめえら! 殺されたくなかったら、一人料理ができるやつを連れてこいや』

 私たちは訝りました。料理ができるやつ? なぜそんな人を欲しがるのだろう?

 しかし、命をその手に握りしめられている状態で、私たちには決定権などありません。

『俺が、行ってくる』

 私は言うと立ち上がり、ボートの仲間に別れを告げました。みな、おびえた目で、申し訳なさそうに私を見つめています。

『心配するな。いつでも殺せるはずの状況で、そうしないのにはわけがあるに違いない』

 不安がる面々を説得し、私は奴らの船に単身乗り込んでいったのです。

 ハロン湾での出来事でした。ご存知ですか? ハロン湾。昼に訪れたならば、その美しさに魅了されていたことでしょう。数々の島々が碧い海にそそり立つ様はまるで海に宝石が散りばめられたかのようです。実際、竜の親子が口から吐いた宝石たちが島になった、という伝説も残されています。世界遺産にも登録されました。機会があればぜひ一度。

 さて、話を戻しましょう。私は海賊たちの大きな船のある一室に案内されました。そこでは船長らしき人が椅子にふんぞり返っています。私を見るや、こう言いました。

『手下どもの作る料理は飽きちまった。おい、お前、料理ができるんだな? よし、何かうまいもんを作れ』

 料理人を探しているということでしたので、薄々は予想していましたが、本当にそれが奴らの用事だとは思いませんでした。

『しかし、料理には材料が必要です。この海の上に材料はあるのですか?』

『材料なら、ある。お前らみたいなボートピープルを襲って奪った食料がな。ひひひ』

 思わず船長に殴りかかってやるところでした。私はその衝動を必死でこらえます。私が上手くやれば仲間たちを救うことができるかもしれないのです。

『わかりました。料理を作りましょう』

 そうして、私は憎き海賊のために料理を作ることになったのです。



 料理はほとんど滞りなく完成しました。食材だけは豊富に積んであったのです。奴隷らしき人が言うには、『食材はあっても料理を作る腕がない』のだそうですが。

 実は、このときすでに私は、この海賊どもを逆に追い詰めるための秘策を弄していたのですが、それはすぐに明らかになります。

『ふむ! では、いただくとしようか』

 船長の前のテーブルには私が作った様々な料理が並べられていました。自分で言うのもなんですが、かなりの力作です。もちろん、こんなやつらに食わせたいとはちっとも考えませんでしたが、策のためには全力を尽くすしかありません。

『ほほう、うまいうまい。して、これはなんという料理かね?』

 船長は、一皿一皿味わっては、料理の名前を尋ねます。私はそれに答えていきます。

『これは変わった料理だな、材料は何かね?』

 あるとき、船長は私に問いました。

『これはトカゲをレモングラスで串刺しにして焼いたものです』

『トカゲをレモングラスで? ほう、それには何か意味があるのかね?』

『トカゲはレモングラスを忌み嫌うそうです。なんでもレモングラスにはトカゲ避けの効果があるとか。したがって、これはレモングラスでトカゲを制する様子を表現した料理になります。また、』

 私は唾を飲みこみました。

『トカゲが竜の象徴だということはご存知ですか? つまりこれは、あなたがた勇敢な海賊たちは竜をも倒すことができる、ということを私なりに表現したものです』

 船長は私の答えにいたく満足したようでした。

 そして、私は無事にボートに帰されました。

『ひひひ。うまかったぞ!』

 船長は舳先に立ち、私たちを見下ろして言いました。

『野郎ども! こいつらをやっちまえ!』

 やはり海賊どもは私たちを見逃すつもりなどこれっぽっちもなかったのです!

 なんという非道!

 私たちは全員で身を寄せ合いました。まさに絶望です。

 これで終いか。

 いや、ただやられるわけにはいかない。絶対にやつらに一矢報いてやる!



 雲が去り、月明かりが海賊たちにより行われる蛮行を照らし始めます。

 すると、なんということでしょう! 海賊たちの姿が、一斉に骨へと変わってしまったのです。

『これは――、不死の海賊団か!!』

 誰もが目を見張りました。そうです、おとぎ話でしか知りえなかった銃でも剣でも毒薬でも死なないという不死の海賊団が目の前にいるのです。

 絶望は深まりました。反撃すらも無意味ということです。

 私は必死に祈りました。

『どうか、どうか、私たちをお救いください、竜よ――』

 そのときです。雲の隙間から一匹の巨大な蛇のようなものがゆっくりと船の上に降りてきたのです。月に照らされ、ウロコのようなものがキラキラと輝いていました。

『汝ら、ここが我の湾であると知りながら、我の手下を喰ろうたのか』

 低く、それでいて静かな声が、海上に響き渡りました。

 海賊は、船長を含めて怖気づいて動くことすらままなりません。骨がカタカタをそこかしこで音を鳴らしています。

『汝ら、不死の呪いがかけられているな? 我が解呪してやろう!』

 それから、竜は次々にトカゲを食べた海賊たちを喰らっていきました。バリボリと骨がかみ砕かれる音が私たちの耳に、嫌でも聞こえてきます。

 海賊たちにつかまっていた奴隷たちはトカゲを食べなかったため、竜からは見逃されていました。

 そして、最後に船長が逃げ切れず竜につかまると、叫び声を上げました。

『おのれ! 謀ったなあー!』



 竜はその後、去っていきました。雲の間に身体をくねらせると、たちまち雲がそれを覆い隠してしまいました。月ももはや見えません。

 私たちは海賊船を乗っ取り、奴隷たちを開放すると、その夜はゆっくりと休みました。

 私たちを襲った災難は、もちろんこれだけではありませんでした。しかし、その話はまたいずれすることにしましょう」



 塚田はぽかんとしながら、テーブルの上と男に目線を往ったり来たりさせていた。男が話している間にどうやら料理が運ばれてきたらしく、テーブルの上にはいくつか皿が載っている。頼んだのがフォーのセットだから、皿が並んでいることに問題があるのではない。その皿がすでに空っぽになっていることが問題なのだ。

 気づけば、塚田の手にはコーヒーカップが握られており、それもいつの間にか半分ほどなくなってしまっていた。

 やっとのことで、塚田はこの不可解な現象に解決を見出した。

 男が話している間に、知らず料理を食べてしまったのだ!

「どうでしたか? 私の話、面白かったですか?」

 男がまじまじと塚田の顔を見つめてくる。

 いや、正直、微妙。というか、不死の海賊とか、竜とかなんやねん! と塚田の口からは出かかったが、ぐっとこらえ、

「まあまあちゃいますの」

 と答えておいた。

「それはよかったです。あ、ちなみに、今の話は作り話です」

「知っとったわ! なんやあのパイレーツオブカリビアンみたいな設定! それから安易に竜を出せば物事が解決すると思うなよ! 竜はもっと気高き生き物なんじゃ! 人間の思うとおりに行動するような、そんな奴じゃないんじゃ!」

 つい突っ込みを入れてしまった。

 しかし、男は気を悪くしたふうでもなく、

「私、ベトナム出身でもありません。実は日本人です」

「薄々そうなんやないかと思っとったわ! やけに流暢に日本語話すやないかい! なんやただのベトナム好きのおっさんかいな! 異国情緒あふれる話を期待しとった俺が阿呆みたいやないか!」

 しかし、塚田の突っ込みにもめげることなく、男はにっこりと笑って言った。

「あなたを見て、今の話を思いつきました」



 店を出た塚田は腕時計を見て、目玉を飛び出させた。

 もうこんなに経ってしもたんか! あのおっさんどんだけ長く話すねん。

 塚田は走った。

 しかし、心の中で文句を言っている割には、塚田の表情は明るかった。久しぶりに突っ込みを入れることができて、ストレスの発散になったようである。

 ――職場じゃ、九州男児なのかなんかしらんが、どいつもこいつもむすっとしててなあ。やりにくいったらないねん。まあ、今日のおっさんも大概おかしなやつやったけど、また話聞きに行ってもええかもな。

 全力で走る塚田の肩から飛び出て、よれたネームプレートが風とじゃれ合っていた。

「塚田龍一」



 謎のベトナム料理店はその後、姿を消したという。

 塚田が再びその店を訪れたときには、その入り口の上には赤、白、紺、白、赤の五色の横帯が掲げられていた。

「今度はタイかい! 節操なさすぎやろ!」
三題噺「月」「トカゲ」「レモングラス」

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