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神様の不良品
作:橘明



20



「もしもし」
 俺は電話に出た。
 そして、出てしまってから後悔した。
 別に相手が嫌いなわけじゃない。一生着信拒否したいという訳でもない。
 ただ、この状況下で話せる相手ではないというだけだ。
 といって、放っておくわけにもいかない相手だというのも確かだった。いずれは何かの形で決着をつけなければいけないと思っていた。正直もう、電話はこないと思っていた。もしかして、自然消滅もあり得ると思っていた。しかしやはり何かの形で決着はつけようと思っていた。弟の事が片付いたらそうするつもりでいた。
 それだけ俺にとって大切な事だった。少なくとも弟の行方を案じながら考えられる事ではなかった。
 だから無理に頭の片隅に追いやっていたのだ森崎の事はノ。

 そう。電話の相手は森崎だった。彼女は最後に別れた11月のあの日の続きみたいなそっけなさで『お久しぶり』でも『元気だった?』でもなく『昨日東京から戻って来たの』と言った。
 あまりの脈絡のなさに面喰らいながらも、一応「そうなんだ」と返事して、そしてこう付け加えた。
「で、俺、森崎が旅行に行くって事聞いてたっけ?」
『言ってないわ』
 と彼女の返事。
 俺は気まずさを忘れて思わず吹き出した。…まいった、森崎って天然だっけ…? とは口に出さなかったが…。しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、森崎の声は真面目だった。
『今日、みーちゃんに聞いたけど、河井君、溺れて入院したんだってね』
「ああ。知らなかったの?」
『旅行先に、携帯持っていかなかったから…』
「どうして? 携帯ないと不便だろ?」
『別に…たいした理由ないけど…それより、重態だったって聞いたけど…大丈夫なの? 後遺症とかないの?』
「ああ。…今はぴんぴんしてるよ」
『そう…良かった…』
 耳もとに安堵のため息が聞こえて来る。
 それから、しばらくの沈黙が流れ、忘れていた気まずさが戻って来る。そして、今の俺には森崎に言うべき言葉が何もない事に気付く。なぜなら弟の事で頭が一杯だからだ。だから、俺は改めて電話するといって電話を切ろうとした。ところが、一言も何も発しないうちに森崎が口を開いた。
『私ね、年末からずっと東京に行ってたんだ』
「え?」
 驚く。
「年末からっていうと、ひと月も? …ずっと?」
『そう。ずっと』
「会社は?」
『辞めた。元の…デザイナーの仕事に戻ろうと思って』
「でも、ひと月も…どこに泊まってたの?」
『親戚が居るし。それに、友達も何人かいるし』
「そう…楽しかった?」
『楽しかったよ。年末はディスニーシーに居たの』
「そう。良かったね」
『友達に色々案内してもらったのよ。カオスにも行ったわ』
「カオスに行ったの?」
 カオスとは、俺が師匠の絵に出会った地下の画廊だ。
『うん。ちょうど、好きな画家が個展やってたからだけど』
「けっこう風情あるだろう?」
『あるね…それで…そこでね、河井君にそっくりな人見たのよ。河井君かと思った』
「それは無いよ」
『でも、そっくりだったわよ。見たのは一瞬ですぐ消えちゃったけど』
「じゃあ、生き霊とばしたかな…?」
 俺の下らない冗談に『飛ばしたのかも』と彼女は少し笑った。
『でも、それで、私思ったの…こんなところで河井君の幻見るなんて…重症だなって』
「え?」
『それで私ね…』
 そこまで彼女が言った時、耳もとで携帯が震えた。メールが来たようだ。…多分、みーさんからだ。
「森崎、ちょっと待ってくれ」
 俺は森崎の言葉を強く遮った。
『え?』
 森崎の戸惑った声が聞こえた。
『どうして?』
「どうしてって…それは…」
 それは、メールがついたから…という理由ばかりでもなかった。
『河井君…また逃げるの?』
「違う。そういう事じゃ無くて…」
 今は答える言葉が無いからだとも言えず
「弟が…」
 あまり、言いたくなかったが…
「弟が行方不明なんだ…」
『え?』
 再び森崎の驚く声が聞こえた。
『弟さんが?』
「そうだよ。あいつ、半月前に家出して、それきり戻って来ないんだ。それで、みーさんに何か知らないかさっきメールして…今、返信があったんだ。だから…」
『本当に? 本当に弟さん行方不明なの?』
「本当だよ」
『…でも、今日みーさんの携帯に、弟さんからメール来てたよ?』
「え?」
 こんどは俺が驚く番だった。
『弟さん、毎日メールくれるって言ってたよ、みーちゃん』
「そんなバカな…あいつ、確かに家出して…それで、おふくろは寝込むし家の中はめちゃめちゃなんだ。それに、あいつ携帯なんて持ってないし。なんでメールができるんだ?」
『それが本当なら…』
 森崎は少し間を明けて、こう言った。
『ネットカフェからじゃないかな? フリーメールのアドレス持ってれば、どこからでもメールできるよ』
「そうか…!」
 そういえば、あいつはパソコンからみーさんにメールしていると言っていた…。
「でも、どこのネットカフェだろう?」
『それは…ネットカフェはどこにでもあるから…あ、でも…ねえ、それなら弟さんパソコン持ってるよね』
「ああ。持ってるよ」
 と、俺は後ろを振り返り、奴の机の上にあるパソコンを見た。
「多分…一日中こればっかりやってたんじゃないかな?」
『だったらさ…ブログとか、サイトとか持っていたんじゃないかな?』
「…どうだろう? やってても不思議じゃないけどな」
『調べてみたら? もし、弟さんがネットカフェから書き込みしてれば、行方を知らせる手がかりを残してるかもしれないよ』
「なるほど…!」


 俺は森崎に礼を言うと、携帯を切り、さっそくパソコンを立ち上げてみた。

 半端な知識であるが、サイトを探すぐらいの事はできる…はずだ。

 心配するまでもなく、すぐに弟のサイトは見つかった。
 デスクトップの『お気に入り』と書かれたフォルダの中に中に『僕のサイト』というファイルがあったからだ。
 俺は「eマーク」のついたそのファイルをクリックした。
 すると、どくろ模様のなにやら禍々しい画面が現われた。
 そのまん中には、趣味の悪い赤色で「土ン中」という文字がでかでかと掲げられ、その下にはこれまた趣味の悪い薄もも色で、こんな文が書かれていた。




『世界は広いと言うけれど
 僕の世界は土の中の穴ぐらだ。
 世界には色んな色が有るというが
 僕の世界は真っ暗やみだ。

 なぜなら、僕はもぐらだからだ。
 もぐらには、遠くまで旅する足もないし、
 色を見るための目だってない。

 でも、ああよかった
 僕にたくましい足がなくてよかった。
 そんなものがあったら、
 僕は世界の果てまで行きたがっただろう。
 ああよかった
 僕に目がなくてよかった。
 そんなものがあったら、
 きっと僕はいろんな色を見たくて仕方なかっただろう。

 はじめから足も目もなければ、
 この世界で安心していられる
 僕は土の中にすむもぐらだ

 「土の中」作/土中 喪黒う』


 …なるほどな…。

 たいしてうまい詩とも思わないが、気持ちは伝わって来る。

 …けどお前には足も目もあったんだよな…。


 俺はため息をつくと、もっと下の画面を見るために、マウスのボタンをスクロールして行った。


ここまで読んでもらってありがとうございます。
これからはちょっとペースをあげて更新していく予定なので、どうぞよろしくお願いします











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