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瓦解

作者:沖野洋
後悔しても止まないということが、多分、人間にはあると思う。
初恋の人へ告白して振られたこと、仲間外れになることを恐れていじめに加担したこと、人を殺したこと。
過去に戻れるなら自分に言いたい。
何故、あんなことをしたんだと。
ある夏の日。
正確な日時は覚えていない。
なぜなら、当時の私は、曜日の移ろいなど感じられない程に自堕落な生活を送っていたから。
それは、突然訪れた。
そして、その瞬間の出来事を忘れることはないだろう。この先も、ずっと。

それは、突如として私の前に現れた、非日常の世界の狭間であったのだろうか。それとも、夢のような幻覚を見ていただけであったのか。だとしたら、幻覚であって欲しい。あの出来事が現実であると認識すると、今になっても、いたたまれない気持ちなり、不安という非物体がじわじわと私を犯し、やがて心と精神を不安にさせてゆくから。
しかし、あの妙な脈略の滑落といい、あのリアルな臨場といい、どう思い返しても現実だろう。現実でないとしたら、私が狂人ということになる。

思い出したくもない。
しかし今更になって、私が、あの忌まわしい出来事をわざわざ回想し、文字に起こし、インターネットに公開しているかというと、ある人物について、情報を得られないかと考えたからである。

その、ある人物については、追々、触れるとして、その当時、私は大学生だった。
前述した通り、自堕落な大学生であった。大学入学と同時に実家を出て、大学の近くの古アパートに一人暮らししてから、二年が経過していた。このように過去を回想していると、自ずとノスタルジーに包まれ、他愛も無い映像が走馬灯のように思い出されるが、(しかし、その他愛も無い映像も、あの忌まわしい一瞬間によって、全て雲に包まれ、残るは異物のみとなってしまう)自分の過去について、ただ延々と書くエッセイではないので、自分の過去の性格や性質の描写は極力、排除するように努めることにする。本題は、なんて言っても、ある人物への情報を得るためなのだから。
当時の私は友人が少ないのも手伝ってか、講義以外の時間は、もっぱら読書と散歩に時間を割いていた。
あの頃の自分は、異常な程の人間嫌いで、そのコミュニティ障害さを遺憾無く発揮し、社会との交流を最低限断ち切り、いつも汚い古アパートに引きこもりがちで、いつも目をギラギラ煌らせていた。さらに、好きな時に寝て、好きな時に添加物の多量に入ったコンビニ弁当を食べる、という不健康な生活を送っていた。
自分の過去の性格や性質の描写は、極力書かないと先程書いたばかりなのに、早速何の躊躇も無く書いてしまった事を、まず、謝るのだが、しかし、これくらいの描写はお付き合い願いたい。
ここで本題に戻るとするが、どうも気分は優れない。あの忌まわしい出来事を思い出そうとすると、ドロドロとして、拭っても、拭っても、拭い取れないような気持ち悪さが現在進行形で感じられる。
あぁ、、思い出したくもない。
しかし、ここで感傷に浸り過ぎるとこのまま一生この恐怖を自分一人で背負って行かなければならない様に感じるため、早く書き始めるとする。

ある夏の日。
正確な日時を記憶していないので、こう表記せざるおえない。
私は、散歩をしていた。
住宅街をしばらく歩いていた。住宅街を出ると、川沿いの道に出る。
そこの川沿いをしばらく歩いて行くと、大きな森林公園がある。
蝉が煩く鳴いていた。
あの頭の中に直接響いてくる様な蝉の音が、私を非日常の世界へと誘っていたのだろうか。

考えてみると、ここから全ては始まっていたように思う。

いつもは、川沿いを歩くときは、森林公園に立ち寄らず、真っ直ぐ歩いて行くのがお決まりのコースだったのだが、なぜだか、あの日は違った。公園の外周を一回りして、川沿いの方に戻ってこようと思い立ったのだった。
公園は外側からだと背の高い木に覆われていて、公園の中がどうなっているか、よくわからない。
公園の周りには、古ぼけた民家が立ち並んでいた。なかには、かなり年季の入ったボロアパートもあって、ここら一帯が新興住宅地ではないことは、一目でよく分かる。
昼間なのに暗い公園と、雨漏りのしそうな民家に挟まれながら歩いて行くと、片目が潰れた猫が私を凝視していた。片目しか無いのに、その眼力は、目を背けたくなる程だった。
その猫は、私から目を離したとおもうと、前の方にかけて行った。
何処に行ったのか、と後を追って行くと、そこには、一見、誰かまだ住んでいそうな、それでいて、一目で廃屋と分かるような、クリーム色の外装をした、廃屋が私の前に立ちはだかっていた。
猫は、廃屋と民家との狭い間を走り抜けるところだった。猫の毛色も汚いクリーム色だった。
そのクリーム色の家が、何故、直ぐに廃屋と分かったかというと、一階の窓ガラスが全て割れていたからだ。
とてもじゃないが、普通に生活をしている家の一階の窓ガラスが全て割れているのは見たことが無い。
何とは無しに、その廃屋を眺めていると、二階の窓に、人影が見えた。
ん?
ということは、まだ生活しているのか?
とも思ったが、それは違った。
その人影は、下に降りてきた。
そして、下のフロアを一巡りする、と、また二階に行った。
その際、下の窓ガラスが割れているために、その人物の横顔がこちらから確認できた。
一見すると、背の低い、男。としか言えない。歳が良くわからないのだ。
背は低かったのだが、二十歳と言われれば、二十歳で、十三歳と言われれば、そうとしか言えない。
緑のTシャツ。肩まで伸びた髪。
あれは、そもそも人間なのか!?
いや、あれが人間でないなら、私も人間でないことになってしまう。
まず、明らかに廃屋であるその場所に、一人で入ることすら、私には恐怖に感じる。
しかし、更におかしいことに、彼は、二階を巡回した後、下に降りて、今度は一階を巡回して、また二階に昇って行く。これを繰り返しているのだ。
私は、彼が、何をしているのか気になって、物陰から見ていると、実に彼は、その奇怪なる行動を二十分間も続けた。
彼は、一回もつま付いて、転んだりしなかった。その様子は、さも、家の物の配置を分かりきったようであった。
彼は、休むことも一切せず、ただひたすらに、一階と二階を行き来していた。
そして、彼の横顔からは、なんとなく、生命が感じられなかった。
二十分経つと、私の方が根負けし、そのまま帰宅した。

翌日、彼のことが気になり、あの廃屋の方へ、また出向いてみることにした。
あの廃屋に着くと、私は目を疑わずにはいられなかった。
彼は、またしても、一階と二階を巡回していたのだった。
彼は、二階を昨日と同じペースで巡回していた。
私は、全身を悪寒に襲われたが、何を思ったのか、そいつに実際に会って訳を聞いてやろうと思った。
割れたガラスを踏みながら、玄関を開けると、奇しくも、彼は、階段を降りる途中で、彼と鉢合わせの様な、状態になった。
階段の中ほどに居る、彼は、裸足であった。
目は完全に逝っていた。
その目は、まばたきを全くしていなく、どこか放心しているようだった。
こいつはヤバイ所に来てしまった、基地外だ......と思う間も無く、彼は、その場で身体を一気に躍動させると、


「お母さんですか!?お母さんですか!?お母さんですから!!」


確かに、そう言った彼の目は、爛々に開かれ、その眼光が、私に一心に注がれていた。



「お母母母母母!!あああぁがぁああ!かぁあああがああさ!んギァアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


両の腕をぶらつかせながら、奇声を発している彼は、私に何かを訴えている様だった。
今すぐにでも、逃げ出したい気持ちに駆られたが、今、逃げ出したら、今、視線を外したら、終わりだ、という確信があった。
彼は、それまでバタつかせていた身体を、ふと、一瞬にして硬直させると、物凄い形相に一変し、私のことを見つめながら、





「シンジ君は、ユルサナイカラ」





確かに、そう言った。
そして、彼は私に背を向けると、また二階に昇って行った。

話は以上になる。
それだけ?と思われる方もいるかもしれないが、これで終わりである。
しかし、今も思うが、私の名前がシンジでなくて本当に良かった!
もし、名前がシンジだったら、自殺していたかもしれない。恐怖の余りに。
もう分かると思うが、前述した、ある人物というのは、その所謂、不幸な、シンジ君についてである。
何か、知っている人がいたら教えて下さい。
そして、シンジ君が何をしたかは分からないが、シンジ君は、生きているのだろうか?






蝉は鳴いている。

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