四宝の鐸−4−
「うわあ!」
「きゃ!」
地面が激しく揺れた。倒れそうになるのをなんとか耐えて、ゆうかを支える。地面に見る間に亀裂が走っていった。
また、なんか生まれるのか?
俺は緊張して剣を構える。祭壇上で老陽翁がずっと腕を振っている。カンコンという音が途切れずに鳴り響いた。
地面の亀裂からボコボコとなにかが立ち上がる。瞬く間にそれは異形の形を取った。
「なんだこれ?」
それはさっきまでの異形の生き物とは違う、まるでどこかの映画で見たことの在りそうな人型の土の塊だった。
「土人形?」
その顔は作りかけの失敗作のように醜く歪んで、その目は死んだように光がなかった。
「こんなモノまで……」
ゆうかの瞳に怒りがよぎる。
「ゆうか、こいつらは?」
「これは……命のないただの操り人形です」
その間にも、土人形はいくつもいくつも立ち上がってくる。見る間に祭壇と俺たちの間を埋め尽くした。
「くそう! 数で勝負ってか?」
「いいえ、たぶん、命あるモノたちを生み出すには時間が掛かかりますから、その代わりだと思います」
「そうなんだ」
それにしても、この数! さて、どうしたもんか? と逡巡したとき、
「やれ!」
老陽翁の話を沈黙して聞いていた風伯が土人形たちに命じた。
土人形たちが一斉に駆け出す。地響きが起こった。
うわー! 多すぎだろ!
「ゆうか、下がってて!」
俺は剣を構えた。正直この数を止められるのかどうかわからない。
それでも、こいつらを蹴散らして、美音を取り戻さなきゃ。
くそう! やるぞ!
先頭の土人形目掛けて剣を振り下ろす。ガキンと音がして剣が相手の腹に受け止められた。
「くっ」
硬てえ! と言うか重い!
そのまま土人形は力任せに押してくる。さすがに剣で押し返すことは出来なかった。
一旦跳んで下がった。
目の端に紗那や稚陽姫が同じように土人形たちと打ち合っているのが見える。
紗那は跳ねるように相手の攻撃をかわしながら打ち込み、稚陽姫の動きはすごく速い。
けれど、強靱な土人形が剣を弾くのは同じようだ。
「くそう」
俺は渾身の力でもう一度剣を振り下ろす。腕に重い衝撃が伝わる。でも、硬い土人形はびくともしない。
これじゃあ、ダメだ。くそ! どうしたら……
「裕人さん、気を!」
ゆうかの声。俺ははっと気がついた。
そうだ! 忘れていた!
土人形の力に押されながら、右手に意識を集中する。掌の内側の雷の紋章が光り出す。刀身を白い光が駆け上がった。
ふっと圧力が抜ける。光に包まれた刀身が土人形の身体にずぶずぶとめり込んでいく。
「でやあ!」
俺はそのまま剣を振り下ろした。土人形がばらばらと崩れて土に帰った。
よし!
と思ったのもつかの間。一体をやっつけても、次のやつがすぐ迫ってきた。
こいつら動きは全然速くないけど、とにかく数が多い。
剣を大上段に振りかぶって、思いっきり打ち下ろす。白く光った気を纏った刀身が相手を砕いていく。
二体目、三体目、四体目。う〜、きりがねえ。
やっつける以上にさらに増えている気がするぞ。
いつの間にか周り全てを土人形に囲まれていた。
紗那は? ゆうかは? 稚陽姫は?
大丈夫なんだろうな?
俺は少し焦ってきた。
土人形たちに阻まれて辺りがまったく見えない。
その時。
近くでばらっと土人形が崩れる。稚陽姫の姿が見えた。後ろ姿の肩が大きく上下している。
あいつ、結構疲れてるんじゃないだろうな? 大丈夫なのか?
自分もずっと気を放ちつつ戦っているから疲労感は感じる。
目の前の相手を渾身の力で切り崩しながら稚陽姫を見やった。
稚陽姫は剣をさらに一体に斬りつけた。その剣が相手を崩すことが出来ず身体にめり込んだまま止まる。
「くっ!」
稚陽姫が苦しそうな声を出した。
後ろからさらに土人形が稚陽姫に迫る。稚陽姫の背後ががら空きだった。
何やってるんだよ! あぶないだろうが!
俺は急いで後ろからせまる土人形に斬りつけた。
がきっと硬い手応え。やばい、気の力が弱まってるか?
俺はさらに意識を集中して刀身に気を放つ。痺れるような腕の痛みを伴って土人形が土に帰った。
稚陽姫が気づいて振り返る。
「なにやってるんだよ! 後ろ、がら空きだぞ!」
「うるさい!」
稚陽姫の表情が疲労からか歪んだ。その間にも周りからさらなる土人形が迫ってくる。
「くっ!」
近付いた俺たちは互いに背を付けて敵を見やった。稚陽姫の肩が上下に揺れている。後ろを見ずに言った。
「おい、大丈夫か? 疲れてるんじゃないのか?」
「うるさい。わたしは大丈夫だ」
「ほんとだろうな? 強がってるんじゃないぞ!」
「大丈夫だと言った!」
土人形が真っ正面から突っ込んでくる。がきっと剣を当てて受けた。
「ぐうっ」
そのすごい力の押された。気の集中が切れる。刀身から光が失われる。
その瞬間、すっと稚陽姫と合わせていた背中に抵抗がなくなった。
「うわ!」
いきなり後ろに倒れそうによろけた。土人形の腕が飛んでくる。避けられない!
「くそう!」
自ら尻餅をつきながら剣を突き出そうとした。その瞬間。
襲い被さってきた土人形がばらばらと崩れていく。
思わず、その土を腕で振った。
傍らに剣を振り下ろした形で稚陽姫が立っていた。
「おまえこそ油断するな」
稚陽姫が怒ったように言ってすぐに次の土人形に向かっていく。
あれ? 助けられたんだよな?
単に怒られただけのような気もするが。……まあ、いいか。
それにしても、周りは土人形だらけ。離れていった稚陽姫の姿も再び敵の間に隠れる。
さて、どうしたもんか? これじゃあ、キリがない。
俺も相当疲れてきた。なんとかこいつら一気に片付けられないのか?
びっしりと敵に囲まれながらなんとかしなくちゃと焦る。だが、そうそういい案は思い浮かばない。
俺は再び近くの相手に向かった。
今、何体目だ? だんだん腕が痺れて上がらなくなってきた。汗が目に入る。頭がボーとしてきた。集中できない。
くそう。このままじゃ、いずれやられる。なんとか、なんとかしないと……
「裕人さん!」
「ゆうか!」
どこからかゆうかの声が聞こえた。
「ゆうか、無事か?」
「はい。わたしは大丈夫です」
ゆうかの力強い言葉にちょっとだけホッとする。
「今、道を造りますから、美音ちゃんを助けにいってください」
「道?」
道ってなんだ?
俺が首を傾げたとき、バタバタと土人形が倒れて、いや、崩れていくのが目に入った。
「え? どうして……」
人形が崩れていくのは一直線上だった。確かにまるで道のようにそこだけ土人形がいなくなり、その道の最後に眩い光を纏ったゆうかが両腕を天にかざしているのが見えた。
そして道の反対側には、美音と老陽翁のいる祭壇が見える。
老陽翁が手に持つ棒のようなものを振る度に美音の身体がビクッと震える。同時にカンコンと音が響いた。
その音とともに今崩れたばかりの土人形がまたボコボコと立ち上がりかける。
そうか、だからキリがないのか!
「裕人さん、早く!」
「わかった!」
俺はゆうかが開いてくれた道に飛び込んだ。美音目掛けて駆け出そうとした。その時。
「兄さん、お先!」
今までどこにいたのか、紗那が横合いからすごいスピードで飛び込んでいった。
「美音! 今行くぞ!」
紗那が叫ぶ。
一瞬俺の動きが止まった。それから慌てて紗那が飛ぶように駆けていく後ろ姿を追いかける。
その時、祭壇上で老陽翁が美音に近づき、その頭に手を乗せるのが見えた。
あいつ、なにする気だ?
俯き加減の美音の顔が老陽翁に持ち上げられ、紗那に向けられた気がした。
「美音! 美音! 美音!」
紗那が叫んだ、その瞬間。
縛り付けられている美音の身体が強く跳ねた。仰け反るように顎が上がる。なんだかすごくヤバイ気がした。
あいつ、美音になにしたんだ?
そう思ったとき、前を走っていた紗那がいきなり立ち止まって、そのままガクリとくずおれた。
「え?」
なんだ? なにが起こった?
「紗那!」
倒れた紗那に駆け寄る。紗那が苦しそうに喉を掻きむしっている。
「しっかりしろ!」
なにが起こったのかわからない。
美音の身体が揺れて、けれど、今までと違ってなんの音も聞こえなかった。なのに、紗那が突然倒れるなんて。
カンコンとまた音が響く。数を増した土人形がゆうかの造ってくれた道をふさぎにかかる。
ヤバイ!
俺は紗那を肩に担ぐと、一旦下がった。
道の反対側にゆうかの姿がかろうじて見える。
「でや!」
邪魔しに来た相手を剣で払う。片手ではもはや切り崩せなかった。
それでも土人形たちをなんとか振り払い紗那をゆうかのところに連れ帰った。
「裕人さん! 紗那!」
「紗那が突然倒れた!」
ゆうかが紗那の身体に手を当てる。まだ苦しんでいる紗那の周りが白い光で包まれた。
「大丈夫なのか?」
「はい、おそらく」
あれは、なんだったんだろうな?
なぜ、紗那は倒れたんだろう? どんな攻撃だったんだ?
さっきの状況を思い出しても、なにがなんだかわからなかった。
乱戦の中、稚陽姫が戦っている姿がチラチラ見える。動きが鈍い。いっこうに減らない相手に稚陽姫の疲労もさらに増しているようだった。
このままじゃ、じり貧だ。なんだかわからないけど、もう一度やるしかないか。
「ゆうか、もう一度……」
そういいかけて、紗那の手当をするゆうかの顔色が酷く白くなっていることに気づく。額に汗も浮かんでいる。
「ゆうか、大丈夫なのか?」
「はい?」
ゆうかは怪訝そうに俺を振り返る。
「気の使いすぎじゃないか? 顔色悪いぞ」
その言葉にゆうかはにっこり微笑んだ。
「まだ、大丈夫です。それに、裕人さんや稚陽姫の方が遙かに疲れているでしょう?」
「いや、でも……」
ゆうかが指を立てて俺の言葉を制した。
「美音ちゃんを助けましょう」
きっぱりとしたゆうかの言葉。その瞳に強い光が瞬いた。
「……ああ、そうだな」
俺は頷く。そして告げた。
「ゆうか、すまん。もう一度道を開いてくれるか?」
「はい」
ゆうかが力強く頷く。
俺は立ち上がって呼吸を整えた。今度道が開いたら、一気に行くぞ。
「やります」
「ああ」
ゆうかの全身が輝きだす。強大な気が迸る。その気をゆうかは両腕に集めた。
そして振り下ろす。光がまっすぐ伸びて軌跡上の土人形を粉砕していった。
「やっぱり、ゆうかはすごいな」
呟きながら、俺はその軌跡上を駆け出した。
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