ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
    天の意志−2−
 
 白い雲の彼方に天上界はある。
 普段どうやって人の目から隠されてるのか、俺には全然分からないが……俺たちを乗せた龍が遙か高みから近づいた。
 前に来た時はゆうかの庵があるひなびた場所に降りたが、今度は違った。眼下に壮麗な建物が広がっていた。
 と言っても近代高層建築の類ではなく、一見木造のけれど色とりどりの華やかな屋根瓦を持つ建物がいくつも建ち並び、屋根のある渡り廊下で繋がっている。
 確か昔旅行で行った京都の大きな寺やなんかてこんな感じじゃなかったっけ?
「降ります」
 ゆうかの言葉に龍が急速に降下する。
「うわお」
 ゆうかの髪が舞い上がる。蒼井さんが身体を緊張させる。
 そういや、前の時もこんなだったなと、ジェットコースター気分を味わいながら思い出した。
 見る間に壮麗な建物が近付いて来る。その中の一つ、広い庭園を持つ建物の真正面に龍は降りたった。
 俺たちは滑るように龍の背中から降りた。ゆうかが龍の長い背を何度か撫でる。そのまま龍は飛び去っていった。

「ここは?」
 俺は周りを見渡した。
 目の前に見上げるほど高い建物。降りた広大な庭の後方には池(なぜか虹色に水が光っている)や丸い橋、小さな渡殿があちこちに配されている。
「百官の集う場所」
「え?」
 ゆうかが答える。
「いわば天上の御所です」
 その時ばらばらと慌てたように太刀を帯びた男たちが建物の渡り廊下を駆けてやってきた。左右からきた数十人の兵が俺たちを離れた距離で取り囲む。
 皆、太刀を抜いて俺たちに向けてかざした。俺も持ってきた剣に手を掛ける。
「裕人さん、待って」
「ああ、分かってる」
 俺たちは戦いに来たわけじゃないからな。
 それでも、あっちが掛かってきたら火の粉は振り払わないとな。
 俺は男たちの動きをじっと注視した。けれど彼らはそれ以上近づくつもりはないのか、その場でじっと構えを崩さない。
 その時、背中にコツンとなにかが当たった。
「うん?」
「あ、ごめんなさい」
 蒼井さんが苦しそうに息を吐いていた。立っているのが辛そうだ。
「大丈夫? 俺に掴まってていいよ」
「あ、大丈夫……」
 蒼井さんの身体がふらっと揺れる。おれは思わず支えた。
「……すみません」
「いいって」
 その間に誰かが渡り廊下をやってきた。
 煌びやかな服装の武将たちを引き連れてやってきたのは……
「稚陽姫」
 りりしい戦闘服姿の女将軍だった。
「これはこれは夕凪姫さま……と、そのお連れの方々。天界になに用があって来られました?」
「なんだと!」
 皮肉たっぷりなその言い方に頭に血が昇る。
「紗那を返してもらいに来ただけです」
 ゆうかの言葉に稚陽姫が嗤った。
「謀反人を取り戻しに? できるわけがないでしょう?」
「紗那は謀反人なんかじゃない!」
 俺は思わず剣を抜きそうになった。さやから光が迸る。
「裕人さん、ダメです」
「うっ……すまん」
 ゆうかの制止にようやく押さえる。
「どうした? 来ないのか?」
 稚陽姫が嘲るような視線を向ける。けれどゆうかは凛と声を上げた。
「私たちは争いに来たのではありません。紗那の謀反のことをお姉様——天上を司る日輪女王に尋ねに来たのです」
「そのようなこと、今更地上に降られた姫御子にはできぬことでしょう」
「いいえ。かつて地上の司を仰せつかったものとして、地上に少女に関わる今回のこと、わたしには見過ごすことはできません」
「笑止です。叔母上」
 稚陽姫が目を細める。
「もはやその事実はなんの頼みにもならない。我が母女王も、あなたたちに会われはしないでしょう。疾く地上にお去りなさい。そうすれば、今回のこと不問にします。わたしはそうそうあなた方にかまってなどいられないのです」
「そんなことできるもんか!」
 俺は稚陽姫を睨んだ。
「では、あなたたちを捕らえるまで」
 その言葉に稚陽姫の周りの武将たちがさっと殺気を露わにした。

 くそう! これじゃまずいな。
 俺はゆうかの腕に軽く触れた。
 どうする? 強行突破するか?
 でもゆうかは首を横に振った。再びゆうかの透き通るような凛とした声が響いた。
「お姉様。日輪の女王さま。聞いていらっしゃるのでしょう?」
 ほんの暫くの静寂。それからどこからともなく声が漂った。
「いかにも、聞いていますよ、夕凪」
 はっ?
 俺はきょろきょろと辺りを見回す。どこにも女王の影は見えない。それでもゆうかはかまわず続けた。
「では、今回のこと、私たちに納得のいくお話をお聞かせください。さもなくば、紗那を解放してください」
 女王は少し思案したようだった。しばらくして
「いいでしょう。では、百官の前であなたたちの考えを奏上してみるがいい」
「分かりました」
 ゆうかがどこからともなく聞こえる女王の言葉に頭を下げた。
「稚陽姫」
「はっ!」
 続いて響いた女王の声に稚陽姫がハッとして答える。その表情は少し悔しそうに見えた。
「そのものたちを案内あないしなさい」
「ですが、女王……」
「よいのです」
「……分かりました」
 稚陽姫は軽く頭を下げると俺たちに向き直る。
「女王の仰せならば、付いて来なさい。ただし、殿上で武器の携帯は認められない。差し出しなさい」
「なに!」
 さすがにそれは危険が大きすぎると思った。周りを敵に囲まれて武器もなく向かうなんて。もし打ってこられたら……だけど
「裕人さん、大丈夫です」
 ゆうかが普段どおりの笑みを俺に向けた。俺の緊張がふっと解ける。
 そうだな。戦いに来たわけじゃなかったんだよな。
 俺は近寄ってきた兵に剣を渡した。蒼井さんも杖代わりにしていた剣を渡す。俺は改めて彼女のふらつく身体を支えた。
「瑞穂、いけますか?」
「はい、ゆうかさん。裕人さんには申し訳ないですが」
「では、行きましょう」
 俺たちは周りを兵に囲まれるように廊下を歩いていった。
 


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。