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幽世の竜 現世の剣 作者:石動

第4章 『オペレーション ブラック・サンダー』

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第1話 『ラーイド港区拡張中』



 雲一つない抜けるような青空の下を、津軽フェリー所属〈第5たなぶ〉が航行している。海は鏡のように穏やかだ。〈第5たなぶ〉のランプドア付きの船首が力強く白波を立てている。
〈第5たなぶ〉は総トン数347トン、全長約50メートル。主に瀬戸内海などで運航される双頭型フェリーである。最下層に車両甲板を備え、その上に乗客キャビンがあり、最上階は操舵室になっている。
 推進装置が前後に装備されている双頭型フェリーは、出入港時に船首を回す必要がない。360度全周を見渡せる構造の操舵室で船長が操舵コンソールをひょいと移動すれば良かった。狭い港湾などでの取り回しが容易なことから、内海フェリー航路で重宝されている。

「船長、1番ブイを通過しました。あと5海里です」

 海図台に広げた、先日海上保安庁が発行したばかりの海図を睨みながら、まだ若い船員が緊張した声で報告した。〈第5たなぶ〉のすぐ左側を真新しい塗装の航路ブイが過ぎ去っていく。
 最近ではマナティよりもめずらしく貴重な存在になってしまっている若い船員が、生真面目に仕事をこなしていることを好ましく感じながら、船長の五郎丸次郎ごろうまる・じろうは、はげ上がった頭にじっとりと浮いた汗をタオルで拭った。

「おーう、もうすぐか。しかし、やっぱり暑いのぉ」

 五郎丸がさっきまで着込んでいたボア付きの作業ジャンパーは操舵コンソール横のフックにぶら下げられ、彼はTシャツ一枚になっている。彼お気に入りのティアドロップタイプのサングラスが、海面に反射した陽光を受けてギラギラと光っていた。
 〈第5たなぶ〉の白い船体に降り注ぐ陽光は、とても1月のものとは思えない。車両甲板にぎっしりと積まれたトラックやタンクローリーを覆っていた雪は、あっという間に溶けて消え失せていた。


 あと30分もすれば港の入口に到着する。五郎丸は、入港手続きと荷下ろし作業の確認を部下に命じた。


「そろそろじゃの」五郎丸はそう言って無線機に手を伸ばす。彼は大きく息を吸うと酒と潮風に焼けたダミ声でマイクの向こうを呼び出した。


「ラーイド港龍見崎信号所、こちら〈第5たなぶ〉。本船間もなくラーイド港に入港する。感度いかが──」




ラーイド港 ブンガ・マス・リマ
2013年 1月25日 11時23分


『1145に〈第6あき丸〉が出港予定です。貴船はそのあとに西埠頭浮桟橋に入港してください』
「〈第5たなぶ〉了解した。しかし、ここはくるたびに賑やかくなっちょる気がするのぉ」


 五郎丸は辺りを見渡した。ラーイド港内は大小無数の船が行き来し、そこかしこから様々な音が響いていた。
 赤く染めあげた帆を張った木造船が、滑るように港外へむかっている。その直前を小さな漁船が横切った。危うくぶつかりそうになる。両船の船員が怒鳴り合うすぐそばを、〈第5たなぶ〉が通過する。

「なにしやがるッ!」
「ふざけるなこのデカブツやろう!」

 引き波にあおられ頭から水をかぶった二隻の船員は、先ほどまでの仲違いを忘れることにしたようだ。揃って拳を突き上げ、〈第5たなぶ〉を罵った。


『この港は毎日どんどん大きくなっていますからね──航路右側は浚渫作業中です。貴船はパイロットボートの誘導に従ってください。さようなら』
 海保のオペレーターが明るい声で答えた。彼女は多忙さを楽しんでいるようだ。五郎丸にもその気分は理解できる。


 ラーイド港は、自衛隊の出撃策源地としての所要を満たすため、猛烈な勢いで人とモノが投入され、ありとあらゆる設備が建設されている最中なのだった。
 新規開拓された航路(しかもそこは異世界である)と毎日目覚ましい成長を続ける港。増大する船舶交通。そこを任されてやりがいが無いはずがない。

 五郎丸がそんなことを考えているうちに、帆柱にパイロットが乗船していることを示す紋章旗を掲げた手漕ぎのカッターが、するすると〈第5たなぶ〉に近寄ってきているのが見えた。
 五郎丸はジャコップを降ろすよう科員に指示を出した。



「また、入ってきたぜ」同僚の呆れたような声がした。
「俺はとっくの昔に数えるのをやめたよ」

 ラーイド港の警備を担当する邏卒長は、腰に左手を当て右手を顔の横でブラブラさせた。
 軽装の革鎧に身を包んだ彼らが見守る岸壁の目の前を、小山のような船が驚くべき速さで通り過ぎていく。船体は漆喰を塗ったかのように真っ白だ。帆も櫂もない船がどうして走るのか、ニホン人に尋ねてもさっぱり理解できなかった。


「また、腹の中に山ほど『とらっく』を積み込んでいるな。ニホン人はブンガ・マス・リマを〈とらっく〉で埋め尽くすつもりらしい」
「〈とらっく〉ってのは馬無しで動く馬車みたいなもんなんだろ? それをあんなに集めて、連中は百万の軍勢を動かすつもりだとでもいうのかい?」
「あの鉄の魔獣どもはよほど大食らいなんだろうよ」
「違いない」


 二人がそうしているうちに、船はニホン人が港に持ち込んだ馬鹿みたいに巨大な浮き桟橋に頭をつけると、鯨よりも大きな口を開いた。彼らにもそれが荷物を降ろすための道板であることは理解できるのだが、その大きさには何度見ても慣れない。

 ラーイド港西港区には、毎日入港する〈ニホン〉の箱船から、数え切れないほどの鉄の魔獣が陸に揚げられていた。
 最初に揚がってきたものは、異形としか言えないモノたちだった。竜のように長大な鎌首をもたげたモノ。巨大な爪の着いた籠を備えたモノ。千年の巨木の切り株程もある円柱で、全てを押し潰さんとするモノ。
 轟々という吠え声を鳴らし、臭い息を吐きながら草色の巨体が辺りを走り回る様に、新しもの好きの市民達ですら流石に得体の知れない恐怖を感じたのは、仕方のないことだろう。
 だが、鉄の魔獣たちは市民の予想外の行動を見せた。敵を殺戮するために生まれてきたとしか思えない外見に反して、彼らは港を作り始めたのだ。巨大な爪で地面を掘り返し、背中いっぱいに運んできた石を敷き詰め、巨体を用いて平らにする。
 人の手なら半年や一年はかかる普請を、巨獣を使役するニホン人たちはあっという間に終わらせてしまう。ブンガ・マス・リマの人々はその勢いに感嘆し、いつの間にか見物人が港に溢れるようになっていた。


 一方、素直な反応だけでは終わらなかった者たちもいる。
 兵を預かる武人たちは、建設機械の群れをどうにかして戦に用いることができないだろうかと考えた。その多くは戦象的な使い方に留まったが、一部には築城や兵站に活用することを思いついた者もいた。
 商人たちは、巨獣の群れを使役するニホン人の〈力〉に絶望的な差を感じ取っていた。あれだけの船と鉄の魔獣を維持するには一体どれほどの財が必要なのか。少なくとも、自分たちのやり方では生涯かけても到底不可能であることは間違いなかった。
 だが、彼らは商人である。ほんの少しの間脱力したあと、どうにかして食い込める儲け話はないだろうかと、己の身代に見合った分野で動き始めていた。



「このところは手配師と物売りの連中は、えらく景気が良いみたいだぜ」
 そう言って同僚が指差した先では、たくさんの人足たちがすきを振るっていた。ブンガ・マス・リマの商人たちが「一口かませろ」とニホン人にねじ込んだ結果である。彼らの多くは焼け出された市民たちだった。
 その向こうには色とりどりの天幕が立ち並び、飲み物や軽い食べ物を売る屋台、雑貨屋や鍛冶屋、薬師に按摩師と、人足の財布を当てにした商人たちが店を広げている。夜になれば少々怪しげな店も商売を始めるそうだ。


 邏卒長にとってみれば、面倒事を山ほど持ち込んでくる連中だと言えたが、彼の表情は不思議と柔らかい。

「賑やかなのはいいな」

 萎れた連中ばかりで仕事が暇よりは、派手に喧嘩がある方が張り合いがあるからなぁ。


 邏卒長は、そんなことを考えながら巡回に戻っていった。



ラーイド港西地区 自衛隊物資集積所
2013年 1月26日 14時15分


 建設現場特有の埃っぽい空気が辺りを満たしている。タブレット端末を片手に構えた補給幹部が、目の前の景色を虚ろな目で眺めている。

「概ね順調に進捗しています」

 目の下にどす黒い隈を作った彼の言葉に、戦闘団第4科長の石田治いしだ・おさむ二等陸佐は秀でた額にしわを寄せ、鋭く聞き返した。
「概ね?」
 上司の甲高い声に胃酸が分泌されるのを感じながら、補給幹部はタブレット端末に状況を表示した。
「物資集積状況はこの通りです。計画に遅れはありません。ただし、港湾整備と平行して作業していますから、混乱はあります。全て許容範囲内ですが、私は寝る間もありません」
 軽い冗談のつもりで最後の言葉を口にした彼は、石田二佐の表情を見てがっかりした。 

『俺も寝ていないがそれがどうかしたか?』

 そう言わんばかりの鉄面皮だったのだ。
「戦闘団が一週間戦えるだけの物資はすでに集積を完了しています。しかし、これ以上は岸壁が整備されないとどうにもなりません」
 補給幹部はタブレットを小脇に抱えると、突貫工事の進む岸壁に目をやった。


 アラム・マルノーヴに本格介入を決めた日本政府と自衛隊が最初に直面した最も手強い敵は、有翼蛇ワイアームでも人喰鬼オーガーでもなかった。

 一個普通科戦闘団を中核とした戦闘部隊を戦わせ続けるための『兵站』の構築である。

 ブンガ・マス・リマ防衛だけを考えるのであればさほどの苦労は無かったのだが、内陸部に進撃して敵を撃退するとなれば話は異なる。
 隊員一名が1日に必要とする物資の量は概算で約100キログラム。第5連隊戦闘団3000名を支えるためには毎日300トンの物資を供給しなければならない。損耗分と支援部隊を含めれば500トンは必要だろう。
 その内訳も多岐に渡る。武器弾薬、燃料に補修部品類、糧食や飲料水、電子部品、各種消耗品に建築資材。そのサイズも手のひらに乗る単4電池からヘリのローターブレードに至るまで大小様々である。
 さらにこれらの物資は、集積所に野積された状態では無価値だ。必要な場所に必要なタイミングで、必要なだけ存在していなければならない。それを可能にするためには膨大な作業が待っている。
 恐ろしいことに、異世界アラム・マルノーヴにおいては、利用できるインフラがほぼ存在しない。それは地上だけに限らない。例えばGPSは当然使えない。イラクや南スーダンにおいてさえ存在していた現地の受け入れ組織や設備が無いのだ。

 当然である。いくら荒廃していても現代文明が及ぶ地球とは異なり、ここは概念からして異なる異世界なのだから。


 命令を受けた東北補給処長と東北方面後方支援隊隊長は一晩中呻吟し、次の日主要幹部を集めると温泉旅館を借り切った大宴会を開き(当然自腹である)、その席で「皆の命を俺にくれ」と涙ながらに叫んだという。


 とにかくまずは物資を運び込まなければならない。幸い〈門〉がむつ湾に開いているため、積み出しは海路を利用できた。しかし、それを陸揚げする時点で問題が生じた。
 戦闘車両──戦車や装甲車、火砲の類は海上自衛隊の輸送艦とLCACが活躍し、ブンガ・マス・リマ東方の砂浜に比較的短時間で揚陸を完了、集結地に前進した。
 だか、トラックやタンクローリーなどの車両や数万トンに上るであろう物資の陸揚げをまかなうだけの船腹は自衛隊に存在しない。民間のフェリーやコンテナ船が必要である。

「あと、1週間はかかりますね。ただゼロからでないのが救いです。現地の大商人様々ですよ」

 マルノーヴの商船は木造帆船が主流である。当然岸壁もそれに見合ったものでしかなく、木製の桟橋に係留することも多い。そんなところに数万トンの大型コンテナ船を繋いだら、ボラードが地面から引っこ抜かれ、岸壁が崩壊してしまう。
 日本政府は、港湾の浚渫と共に基礎工事から岸壁を造成する必要があった。

「あの石の岸壁をバハル家が作ってくれていて良かったな。あれがなければ工事は間に合っていない」

 石田二佐は鼻を鳴らした。
 ブンガ・マス・リマの豪商バハル家は、西方航路で財をなした海商である。大型帆船を複数擁するバハル家が威信と実利をかけてラーイド港西地区に作ったのが、全長100メートルに及ぶ石造りの大岸壁である。
『これなら、ポンツーン(浮桟橋)を支える強度がありますよ!』
 技術者が太鼓判を押すと、海自が翌日には多用途支援艦で浮桟橋を曳航してきて、たちまちのうちに工事を進めてしまった。



『うちの岸壁になにをする! ニホン人は仁義もしらないのか!』
『まぁまぁ、我々はバハル家の大岸壁を少々拝借したいのです。それでもってこの区画にこういう岸壁をですね──』
『なんと! この街の商人全ての財貨を費やしても購えぬほどの大普請!』
『で、賃貸料がこれくらいで──』
『ぬ! いや、しかし……』
『実は工事に人手が要りましてね。どこか口入れ屋さんを紹介してもらえませんかね?』
『我が商会は人足の手配も行っておる。だが、この大岸壁は我らの誇りでもあるし……』
『そうそう。この度の戦争には糧秣が沢山必要でして、調達してくれる商会を探しているのですよ。ご存知ありませんか?』
『……』


 翌日。バハル家の大岸壁に取り付けられた浮桟橋からは、双頭型フェリーで運ばれたトラックや小型重機が次々と陸揚げされ、300メートル級のコンクリート岸壁の造成が開始された。


 石田二佐の眼前で、大型の浚渫船が港湾を掘り下げ、建設機械が岸壁を走り回っている。係船用のボラードが等間隔で並び、夜間作業用の簡易照明装置と発電機が試験運転を始めていた。
 海からやや離れた場所には管理施設のプレハブが建てられ、現地民が手作業で工事を行っている箇所もある。
 整地された広大な土地には、土ぼこりを巻き上げながら輸送用のトラックが整列し、パレットが物資の山を作っていた。
 それらは1時間に1隻の割合で港に入る双頭型フェリーのランプから陸揚げされている。警務隊の警笛がけたたましく鳴り響き、それに負けないほどの大きさで、ロバに行く手を塞がれたドライバーが怒鳴り声をあげていた。


「ここからだ。来週にはバラ積み貨物船と、RoRo船が荷下ろし可能になる。1ヶ月後にはコンテナヤードを立ち上げるぞ」


 石田二佐がこぶしを握る。
「できますかね」補給幹部は弱気だった。
「やるんだよ! 物資集積で終わりじゃないぞ! 物資情報管理センターに、整備処、車両運行計画立案に地理情報収集、そもそも道路を作らないとダメだ。過去誰もやったことのない大仕事だ」
「自衛隊は外征を考えていませんでしたからね……しかも、上は南瞑同盟会議軍の兵站まで面倒を見るつもりなんですよね」
「補給処や弾薬支処から作るんだ。これはオレにしか出来ない仕事だ。現地人とも密に協力しないと──」


 石田二佐の声が激しく熱を帯び始めた時、サイレンを鳴らしながら救急車が目の前を走り去っていった。
 何があった? と怪訝な顔の石田二佐の横で、補給幹部が衛生科の陸曹を捕まえて問いただす。


「どうも、ガソリンを飲んでひっくり返った騎士とその愛馬がいたようです」
「……なんでそんな真似をしたんだ?」
「鉄の巨獣──バックホーやブルドーザーのことですが。あれの姿に驚いた挙げ句、『力の源は何だ?』と聞いてきたそうで。で、隊員が『ガソリンで動きます』と答えちゃったそうで」
「飲んだのか?」
「あれだけの力が得られるなら、と」
「……」


 作戦の開始は2月半ばに予定されている。
 あと、2週間。石田二佐は、前途に待ち受ける困難に武者震いを覚えた。
.


 以上です。戦闘はありませんすみません。また、時系列が一旦戻っています。


 今回の話は1月後半、プロローグの2月14日、作戦開始から約2週間と少し前です。
 作戦発動に備えた準備が進んでいます。
 戦闘前にどうしても書かなければと思ったのですが、地味な話の上に知識が足りませんでした。


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