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猫がいなくなった日

作者:山田太郎
初めまして。
小説を投稿するのは初めてです。
可笑しい点等色々あるとは思いますが温かい目でご覧ください。
 ある日、猫のトッペがいなくなった。

 学校から帰った少年に開口一番祖母がトッペがいないと告げた。
 トッペと言うのは我が家で飼っていた三毛猫の名前で、齢十五のメスの老猫だった。
 少年が生まれる前少し前ぐらいから飼い始めたらしい。
 物心付いた少年の遊び相手は専らトッペであった。猫じゃらしで遊び、犬のようにボールを拾わせたリ、一緒に寝たりした。
 姉弟のような関係だったと母は当時を語る。
 だが、そのトッペが姿を消した。
 まだ小学生の少年には、遊んでくれる良き姉のような存在である、トッペが。

 ランドセルを放り投げて少年は家を飛び出した。
 街中を全力で駆ける。頭の中を過るのはトッペの顔だ。可愛らしい、茶と黒と白の毛並み。
 他の特徴と言えば首に鈴を巻いていた事だ。歩く度にチリーンと音が鳴る。
 それを探せ。トッペが出す音を、鈴の音を探すのだ。
 公園に行き、近所の魚屋へ行って、とにかくそこら中を探し回った。
 トッペは、見つからなかった。

 しょんぼりとした様子で帰宅する少年は、担任の教師が言っていた事を思い出していた。
 いつだったか。少年は猫を飼っている事を教師に話した。すると、彼はこう少年に言ったのだ。
『猫は自分の死期を悟ると、姿を消すんだ』
 迷信なのだが、今の少年にその言葉は厳しい物だ。
 このぐらいの年齢になれば「死期」と言う言葉がどのような意味を持っているのか、少年には分かる。
 自然と目には涙が溜まっていた。
 玄関を通り、家に入ると祖母と母が駆け付けて来た。
「どうだった?」
 母が心配そうに聞く。おそらく祖母にトッペの事を聞いたのだろう。
 少年は首を振る。
 縦じゃなく、横にである。
 その瞬間、少年は泣き出してしまった。
 わんわんと泣いた。
 教師の言葉。突然いなくなった愛猫、自分にとって姉のような存在。
 心が耐え切れなかったのだ。まだ小学生の彼にはこの事実は非常に重い物だった。
 母は何も言わず我が子を抱きしめた。祖母も悔しそうに肩を震わせる。
 悲しいのは少年だけではない。この家にとって、少年より過ごした時間が長いのは、トッペの方である。
 外は雨が、降っていた。

 あれから一週間が経過した。
 少年の表情は暗い。心の傷はまだ癒えてなかった。
 帰り道、少年は家の方角を見、小さく呟いた。
「家に帰りたくないな」
 きっと今頃祖母がおやつを用意して待っている事だろう。今日のおやつはカステラか、どら焼きか、問題はそこではない。
 思い出してしまうからだ。家に帰れば、トッペとの思い出が蘇る。
 楽しかった思い出。嫌な思い出もない訳じゃない。他にも様々な思い出。
「……う、う」
 ああ、まただ。
 また涙が出て来る。
 気を抜くと、すぐに涙が出てきてしまう。学校に居ても、どこに居てもだ。
「トッペ……トッペ……」
 今まで一緒に過ごして来た彼女の名前を繰り返す。繰り返した所で帰って来ないのは明白だ。それでもそうしざるを得ない。
 それだけ、少年にとってトッペと言う三毛猫は重要な存在だったのだ。

「何泣いてるの?」

 突然、後ろから声を掛けられた。
 驚いて振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
 茶髪の、二十代ぐらいの女性だった。黒の服を身に着けており、それにあまり似合わない白いバッグを下げていた。
「悲しい事でもあった?」
 女性は前かがみになって聞いてくる。
「トッペがどこかへ行っちゃった……」
「トッペって?」
「家で飼っていたペットの猫。家に帰ったらいなくなっていたんだ」
 少年は涙を流しながら話を続ける。
「担任の近藤先生が言ってたんだ。猫は、自分の死期を悟るとどこかへ行っちゃうって」
「ふーん」
「だから、トッペも……死ぬから……どこかへ行ったんじゃないかって……もう、死んじゃったんじゃないかって……」
「うんうん。成程成程」
 女性は何かに納得した様子で頷いていた。
 そして、暫し何かを考えた跡、少年に向かってこう言った。
「ねえ僕。お姉さんと一緒に遊ばない?」
「え?」
 今まで俯いていた少年はぱっと顔を上げる。
「悲しい事は遊んで忘れちゃおうよ。そうすれば気分も良くなるだろうし、ね?」
「え、えっと」
「いいからいいから! ほら!」
「わっ!? ちょ」
 女性は少年の手を掴み、歩き出す。
 その姿は、どこか一緒になって歩いている姉弟のように見えた——。

 連れてこられた土手で、少年は女性と一緒になって遊んだ。
 偶々女性が持っていたボールを使ってキャッチボールをした。追いかけっこもしたし、かくれんぼもした。
 不思議と少年の表情には笑顔が戻って行った。この一週間友人達と遊んでいる間もずっと暗い表情だった少年の、ここ最近で一番明るい表情であった。
「お、良い笑顔」
 一緒に遊んでくれた女性もそう言った。
 何故だろうか。この人と一緒に遊ぶのが凄く楽しい。今日初めて会った人のはずなのに、名前も知らないのに。
 まるで、トッペと遊んでいるみたいだ。
「ねえお姉ちゃん」
 少年は自然と彼女の事をそう呼んでいた。
「ん?」
 女性の方も悪い気はしないのか少年からの呼称に答えている。
「次はお姉ちゃんが鬼ね!」
「よし、いいよ。すぐに捕まえてあげるからね!」

 カラスが鳴き始めた、夕暮れ時。
 二人は土手の原っぱに並んで座っていた。
 電灯もぽつぽつと点きはじめ、辺りにはどこか寂しさが漂い始める。
「僕」
 女性が少年を呼ぶ。
 少年は彼女の方に振り返った。
「何?」
「猫ってさ、どうして死期を悟ると、どこかへ行っちゃうのかな?」
 その問いかけに、少年は答えなかった。
 いや、答えられなかった。
「まだ悲しい?」
「……うん」
 薄っすらと目に涙を浮かべ、少年は頷いた。
「私は、こう思うんだよね」
 突然女性は話を切り出した。
 先程の問いかけについてだろう。
「色々な説があるよね。静かな場所で死にたいとか、オスだったら他のメスを探して出ていくとか、喧嘩に負けて縄張りから追い出されるとか」
「…………」
「ただ、私は、大好きな人に自分の死体を見られたくないんじゃないかな」
「……え?」
 女性は続ける。
「きっと、自分が大好きだった人が、自分の死体を見たら、きっと悲しむから、泣いちゃうから。だったらせめて死体だけでも……」
「でも!」
 少年は大声を上げて女性の話を遮った。
 女性は驚いた様子で少年を見る。
「急にいなくなったら、それはそれで悲しいよ。大好きなトッペが、突然家から出て行っちゃったら、悲しいよぉ…………!」
「…………」
「僕だけじゃないよ、皆悲しいよ……! お母さんも、お父さんも、お婆ちゃんも、皆、皆、トッペが急にいなくなったら、悲しいに決まってるじゃないか……!」
「…………うん」
 ぽつり、と一粒の滴が草の上に落ちる。
「ごめんね」
 鼻声で、女性はそう呟いた。
「私のやった事、裏目に出ちゃった訳だ」
「う、うぅ……」
「まさか君をここまで悲しませちゃうとはなぁ。お姉さん失格だね」
「……許さない」
「ごめん」
「許さないよ」
「本当に、ごめんね」
「許さないってば。家に帰って来なかったら、許さない」
 ぽん、と少年の頭に手が置かれる。
 柔らかく、だが優しい手。それは女性の手だった。
「でもさ、人間ってさ、いや、人間だけじゃない。動物って、生きていればいつかは別れを経験しなくちゃならない」
「……駄目なの?」
「うん。駄目。だって、そんな事したら神様に怒られちゃう」
「嫌だよ。帰って来てくれなきゃ、嫌だ」
「我儘言わないの」
 ぐしゃぐしゃ、と女性は少年の頭を撫でる。
 その度に、少年は嗚咽を上げた。
「う、うぅ、うああ、う」
「もう! いつまでも泣いてないの。男の子でしょ?」
「……男だって、悲しかったら泣くよ」
「…………そうだよね。泣いちゃうよね。でもさ、泣かないで。だって、君が泣いたら私も悲しくなっちゃう」
 女性は少年を抱き寄せていた。
 泣いている弟を慰める姉のように。
「今日会いに来たのは、まだちゃんとお礼を言ってなかったからさ」
「お礼……?」
「ありがとう。一緒に過ごせて、楽しかったよ」
「…………うん」
「沢山遊んでくれて、ありがとう。猫じゃらしも、ボールも、他にも色々。凄く楽しかった」
「うん、うん」
「——私と出会ってくれて、沢山の思い出をくれて、本当にありがとう」
 段々、女性の体が薄くなっていく。
 色が抜けて、透明になっていく。
「もう会えないけど、でもいつだって、君の事は見守っているから」
「うん」
「ちゃんといっぱい食べて、大きくなるんだよ? 風邪とか引かないでよ? 友達とも、喧嘩しちゃ駄目だからね」
「うん」
「喧嘩したら、すぐに仲直りして。喧嘩しっぱなしはお互いに辛いから」
「分かってるよ」
 少年の言葉は少し強く、ぶっきらぼうだった。
 だが——。
「僕も、会えて嬉しかった」
「…………!!」
 少年が顔を上げる。
 そこには、もう涙はない。

「沢山の思い出、本当に本当に、ありがとう」

「……あは、もう心配、ないね」

「——ありがとう。トッペ」

 夕焼け空の下。
 土手の原っぱには、少年一人だけだった。
 横には黒いランドセル。そしてかけがえのない彼女が置いて行ってくれた、ボールがあった。
 ボールを拾ってランドセルの中にしまい込み、背中に背負う。
 少年の表情に、もう影はなかった。
 瞳には生気が宿り、肌には艶が張り、年相応の明るい表情になっている。
「お腹空いたな」
 かなり動いたから背中も汗でびっしょりだ。
 早く家に帰ろう。
 今日の夕飯はなんだろうか。好物のデミグラスハンバーグだったらいいなぁ。

 家に向かって、少年は走り出した。
 もう、後ろは振り返らなかった。
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