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第8話
 異界の娘を案内した部屋付きの侍女の鈴が鳴ったという報告を聞き、駆け出した。
 走りながらセシーとミー・メイを離宮から連れてくるように指示をだす。ミー・メイの術式を使えばすぐに合流できるはずだ。

 黒い髪・黒い瞳の小柄な娘だった。ミー・メイを叱責した私になにやら言ってきた勝気な娘。 だがよく見ればか細い身体は小刻みに震えていて……。
 マントを外し、急いでかけた。
 多数の眼が彼女に注がれていた。好奇の眼差し。
 それと好奇以上の困惑と恐怖。
 異界からの生物……それを察知して<監視者>がこの国に現れるには確実なのだから。

 ミー・メイが異世界から害の無い無機物を複雑な陣を用いずに‘落とす‘術式を考案し、私は20歳の生誕祝いの余興としてそれを希望した。
 異界の物はとても珍しく、貴重だ。王族といえど眼にすることは少ない。幼い時に青の竜帝様に見せていただいたことがあったが、とても興味深いものだった。
 掌にのる程度の大きさをした立方体。色とりどりの小さな四角の面の集合体で、前後左右に面を移動させることができた。
 青の竜帝様が仰るには異界の玩具らしいと……。
 − ほれ、こうすると面の色が揃う。全部の面の色を合わせるのだと思うんだが……俺は2面までしか揃わんな。いらいらしてやってられんわ。
 私に玩具を放り投げられたので慌てて受け取り、たずねた。
 − 竜帝様。私も挑戦してもいいですか?
 − かまわんぞ。ダルドは親父に似ず賢いからな。
 かなり時間をかけたが揃ったのは3面だった。竜帝様は褒めて下さったが、悔しかった。
 − 俺よりうまい。充分だ。ヴェルはあっという間に全面揃えやがって、つまらんかった。
 − ヴェル? 竜族の方ですか?
 竜帝様は私の頭を撫でながら教えて下さったが、私は質問したことを後悔した。
 − ついさっきまで此処に来ていたのさ。ヴェル……‘ヴェルヴァイド‘ってのは【古の白】って意味だ。<監視者>の通り名だがお前は使うな。
 − はい。竜帝様。
 ぞっとした。あの<監視者>がさっきまでいたなんて。恐ろしくて……歯が音を立てた。震えてしまった私に竜帝様は苦笑しながら仰った。
 − あれを恐れる心が世界に秩序をもたらす。恐れ、敬い、頭を垂れろ。……さあ、あっちで茶にしよう。俺様が作ったアダのタルトは絶品だぞ!
 
 幼い頃から徹底的に教えられた礼儀作法も頭から消え乱暴に扉を開け放ち、踏み込んだ。
 そこには黒い髪の娘が居た。
 寝台の上でこちらを見ている。黒い眼・髪。見慣れぬ衣服。確かに昨夜の異界の娘だった。
 そして彼女を私の視界から隠すように白い竜が……。
 白い竜はこの世で唯一の存在。疑いようもない。
 
 『何故、生きている……<監視者>?』

 私はよほど焦っていたのか父とゼイデが着いて来ていたことは隣に父が跪いてから知った。
 セシーとミー・メイも居た。
 跪き、頭を垂れて沙汰を待つしかない。ほんの一瞬、頭の中に風を感じた。
『なるほどな。視点の差はあるが、結果は1つ』
 頭に言葉が浮かぶ。
 声ではないが‘聞こえる‘……これが念話というものか。
 ここにいる全員の記憶を読み取り、暴く。<監視者>には隠し事は不可能なのだから。
 子供は母親に必ず言われて育つ。
 − 嘘をついたら駄目よ。母さんと<監視者>様には通じないのよ。お前の頭の中が丸見えよ。
 ああ、その通りですね……母上。
『術士ミー・メイが実行。示唆したのは皇太子。常ならば術士のみ<処分>するところだが。今回は皇太子にも罪がある』
 隣にいた父の肩が動いたのがわかった。全員に聞こえてるらしかった。
『皇太子の罪は我の‘つがい‘の心に傷をつけたこと。お前の浅はかさが我のりこを悲しませた。術士は<監視者>として<処分>する。お前は‘つがい‘として報復する。我にとっては初めての私怨だな。楽に死ねると思うな、セイフォン・デイ・シ−ガス・ダルドよ』

  

 セシーを伴い、異界の娘と<監視者>は洗面所に移動した。
 <監視者>はセシーに念話で何か命じたようだった。先ほど異界の娘が何か言ったので、それが関係してるのだと思うが……。
 父とゼイデは立ち上がり、沈痛な顔で私に語りかけた。
『あの娘が<監視者>様の‘つがい‘とは……。なんということだ』
 父が私の頭を強く抱きしめた。震えてますね、父上。
『だが、娘の命は失われず済んだ。彼女は被害者だ。助かって良かった』
『お父様! でも殿下が!』
 ゼイデの言葉にミー・メイが声を上げた。
『いいんだよ、ミー・メイ。ゼイデ。父上を頼む』
 父の腕に力がこもる。……泣かないで下さい。
 ゼイデが無言で父に手刃を落とし、昏睡させて肩に担いだ。昨夜から仮面が剥がれっぱなしだな、ゼイデは。
『殿下は殺されたりしませんわ』
 セシー……戻ってきたセシーが自信満々に言った。気配なく動くのは戦場だけにしてくれ。心臓に悪い。
『そんなことがなぜ言える。<監視者>は私を私怨で殺すと』
『‘つがい‘の娘は殿下の死を望んだりするような娘では……。私が見た感じでは心優しい娘に思えましたわ。とにかく、陛下とゼイデ殿は急いで退室を。‘つがい‘を得たばかりの雄竜は自分以外の‘雄‘を排除したがるもの。あの方とて竜。危険ですわ』
 セシーは竜の生態に詳しい。彼女の言うとおりにゼイデは行動した。退室する背にセシーが声をかけた。
『ゼイデ殿! 侍女達に衣装を運ぶように指示してくださいな。時間が無いから急がせて』
『承知した』
 
 眼を疑った。
 娘が<監視者>を無造作に放り、扉を閉めたのだ!
 小さな白い竜は床に転がり……。
 見てはいけないものを見てしまった気がした。慌てて跪き頭を下げ‘見てませんでした‘を装ってしまった。ミー・メイはずっとうつむいていて気が付いてないようだった。
 <監視者>はよろよろと起き上がり、扉に駆け寄って……前をうろうろしていた。
 顔を伏せつつ盗み見てしまう。

 変だ。かなり、おかしい。
 これが先ほど私に死刑宣告した竜とは思えない!
『殿下。あれが‘つがい‘を得た竜なのです』
 この情けない姿が?
『今のあの方は我々の存在など頭になく、娘のことだけ。娘から離れたために
不安でいっぱいなんでしょうね』
『そんな、おおげさな。扉の向こうに居るのにか?』
『‘つがい‘を得たばかりで身体を離す雄竜なんて、普通はいません。あの方だから理性が勝ってるんですわ。しかも相手は人間で、異界人。どう扱って良いやら戸惑ってらっしゃるわ。うふふ……だからそこを利用しましょう』
 セシーは不敵に宣言した。
『‘つがい‘の娘を取り込みます。娘をこちらの味方にすれば<監視者>を抑えられます』
 真っ赤な唇を自らの舌でぺろりと舐め、にやりと笑む。
『勝ってみせますわ。この‘戦‘はセシーにお任せくださいませ』
 

 セシーの言った通り、私は死ななかった。
 異界の娘が望んだのは身の安全と、生活の保障。そしてここで生きてくための教育。
 ミー・メイには異世界の家族に手紙を届ける術式。
 娘の言葉を伝える<監視者>からは異論はきかれなかった。……‘つがい‘とはこんなに影響力を持つものなのかと驚きより、恐怖した。
 世界最強といわれる竜をこの異界の娘は手に入れたのだ。彼女の言葉ひとつで世界の行く末が決まるといっても過言ではない。
 
 <監視者>が‘つがい‘を得たことは徐々に世界に広まるだろう。
 彼女を唆し、利用しようとする者が多数現れるだろう。
 実際、セシーは動き始めた。
 
 王の執務室に行き、ことの次第を報告しつつ策を練る。
 父達が無事を喜んでくれるが私は他の事で頭がいっぱいだった。
『父上に申し上げます』
 私に何が出来るだろうか?
 彼女を人間の欲望から守ることが可能だろうか?


『青の竜帝様にお会いしたい。早急に』

 
 助けてください。義父上様。
 


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