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第3話
りこがぐーすか寝ている同時刻。
 セイフォン国の中枢は……荒れていた。
 世継ぎの王子の誕生日で浮かれていた彼等の心は、奈落に落とされていた。
 が。
 心理的にはそうでも、足掻かなくてならない。
 彼等には国を、民を守る義務がある。
「陛下! 殿下の意見は国を滅ぼします!」
 大臣の一人が顔を真っ青にしつつ叫んだ。
 初老のゼイデ伯は普段は物静かな紳士だが、髪を掻き毟り唾を飛ばし叫ぶ様は彼から<いつも 温厚な紳士の手本のような大臣>という看板をぶち壊してしまった。
 ゼイデ伯の変わり果てた姿に周りの人間達は逆に冷静さを取り戻していった。
「落ち着け、ゼイデ。あの方は意味の無い虐殺などはなさらない。国も民も安心だ。術式を行ったミー・メイの主で国の王である余の首で……駄目かの?」
 見る見るうちに青から赤に変化したゼイデの顔を見てしまった国王ロイバウドは口を閉じた。
 ゼイデは乳兄弟で半世紀以上の付き合いだ。
 王として覇気・能力が足りないが善人なことだけが救いだと近隣諸国から言われている自分を助け、補佐してくれている忠臣……友人なのだ。
「陛下の首を差し出すなら私も腹切って自害します!……このぼんくらが!俺様の案を聞いてなかったのか?<監視者>に連絡して異界人を差し出す!ミー・メイと一緒にな!」
 態度と口調が豹変した彼から一同が一斉に距離をとった。
 ここに集った上級官僚は知っていた。
 ゼイデ・ガロ・フイが普段は猫を被っていることを。
「<監視者>は秩序に重きを置く存在だ。原因と結果を差し出せば他は気にも止めないだろうよ!てめえのしわしわの首なんぞ、必要はまるっきりねえんだ!」
 ぼんくら・しわしわと言われた王は……微笑んだ。
 自分を守る為に非情な決断を叫ぶ友人に。
「異界の娘は被害者だ。<監視者>に渡せば処分される。髪1本残さず……存在を消滅させられる。それにミー・メイはお主の一人娘だ。命だけは助けてやりたいのだ」
「父上。私を<監視者>に罪人として渡してください。異界の娘は一生を城内で監禁・監視するので命は助けていただきたいと<監視者>に申し上げ……」
「このクソ餓鬼! てめえの意見は却下だって言ってんだろうが! ぶち殺すぞ!」
 なんかもう……この場に居たくない。
 他の三人の大臣達は会議室からそっと退室した。



 三人の大臣が隣室に移動すると同時に、扉の向こうから破壊音が響く。
「ゼイデ殿……だな」
 イラスは財務大臣として冷静に判断する。
 たとえ同僚でも容赦なく。
「この音から察するに。……テーブルを壊したな。あれは青の竜帝様お抱えの職人による逸品だぞ。いくらしたと思ってるんだ、あの二重人格怪力男め! 弁償請求書を至急用意せねば!」
「イラス、今はそれどころはない。国家の一大事真っ最中だ。逃避したいのは分かるがな」
1番年若いイラスの肩を叩き、なだめるのは大臣の中で最年長のリシサス老。
「しかし……。あの異界の娘はほんに憐れ。なんの罪もない、まだ若い娘。助けたい気持ちはあるが庇えば<監視者>は容赦しないでしょうね」
 扇で口元を隠し、ため息をついたのは妖艶な熟女。
 彼女はこの国初の女性の大臣となったセシー将軍閣下。
 将軍職と大臣職をこなす女傑だ。
 ゼイデと組み手ができる最強の女戦士。
「この世界に居る限り<監視者>からは逃げられないもの。殿下や陛下だって、分かっているはずだわ。お優しいから認めたくないんでしょう。ゼイデ殿の案が最も現実的で最良だわ」
 三人が複雑な思いで黙り込んだ時……騎士が廊下を走ってきた。
 緊急時以外、王宮の廊下は走るのは禁止されている。
 つまり、緊急事態だ。
 騎士は三人の前で膝をつき、荒い息で報告した。
「<監視者>様の離宮の門に明かりが灯されたのを確認致しました!」
 息切れするなど鍛錬不足と普段なら一喝するセシーだが、さすがに声が出なかった。
 あれは<監視者>の入宮を感知し、自動的に反応する術式の灯りだ。
 すでに<監視者>は王宮内……離宮に居る。
「やっぱり会議は無駄だったわね。きっともう彼女はいない。」
紫色の瞳を閉じ、短く黙祷する。二人の大臣も同じように黙祷した。
「・・・陛下にお伝えしなければ。あと、ミー・メイの安否確認を! まだ無事ならば牢からだし明朝、<監視者>に引き渡します」
 結局、事態の決定は王の居る会議室ではなく隣室(避難所ともいう)で行われた。
 報告に来た三人の大臣に王は疲れた顔で言った。
「……分かった。残念だがな。所詮、人がどう足掻こうと‘世界の理‘には逆らえぬ」
深々と頭を下げた三人から目線を戻し、‘忠臣な友人‘に‘お願い‘をした。
「ゼイデ……いや、フイ。今夜は娘の側に。父親としてな」
 ゼイデ・ガロ・フイは深いため息をつくと一礼し退室した。
「さて、陛下と殿下。そのお姿はどうなさったの?」
 この国で最も高位にいるはずの男とその息子は椅子に座っていた……縄で幾重にも固定され。
 簡単にいうなら……縄でぐるぐる巻きで椅子に捕縛か?
 解こうと激しく抵抗した形跡のある皇太子は、体力を使い果たしたのかぐったりとして顔を上げる余力も無い有様で。
「フイ……ゼイデは余と皇太子が勝手な行動をすると危惧したのだ。まあ、忠義心による結果なので。皆、見なかったことにするように」
「(はあ、まあ……いいですけど)はい、陛下」



{補足:りこが喋る日本語は「 」にし、りこが理解できてない異世界言葉を『 』にしています。りこが居ない場での異世界通常会話も「 」にしました。ややこしくて申し訳ないのですが……。りこの語学力がアップしたら徐々に異世界言葉を「 」に統一していきたいと思います}


「・・・ここ、どこ?」
 爽やかな朝の光の中で……吐き気がした。
 気分は全く爽やかとは程遠い。
 なんでベットで寝てるの?
 私は庭園で寝たはずだよ!
 なんでこのベットは六畳位でっかいの?
 私の部屋は四畳半だった!
 なんで天蓋付きお姫様仕様なの?
 私でなく、某姉妹のお姉さまがまっ裸で寝るべき豪華さじゃん!
 なんでなんでなんでなんでよ!
 なんで、また知らない場所なのよ!
 怖い、恐い……こわいよ!
 もう駄目、もう……ほんとにだめだ! 耐えられないよ!
「りこ、りこ!我に念を向けてくれ!」
 何かが私のパジャマの袖をひっぱった。
「……竜……ハク?」
「りこ! 念を向けてくれないと、言葉が分からんのだ。不安と混乱、恐怖を漠然と感じるしかできない。りこ、りこ! 心を我に向けてくれ。」
 あ。ハク、ハクちゃんだ。
 なら、昨日と同じ異世界?
 言葉……分かってくれる。
 ハクちゃんが居る。
 居てくれる。
 もう一人じゃないんだよね?
「そうだ、りこ。我はりこの側に。りこは何も心配するな。不安も恐怖も我が払ってやる。りこを傷つける総ては我が<処分>する」
 頭の中がぐるぐるする。
 感情がぐらぐらして……ごめん、ハクちゃん。
 よく分からないよ。
 細かいことが考えられないの。
「分からなくても、大事ない。我が側に居る」
 そっか〜。
 そうだった。
 ハクちゃんが居てくれるんだもん。
 なんとかなるよね?
「なんとかどころか、世界を手に入れることだって可能だ。りこ、我のりこ。お前の望みは我が総て叶えてやろう」
 望み……願い事?
 うーん、そうだね……うーん。
「触ってもいい? ハクちゃん」
 ハクちゃんの金の眼がくるりくるり。
 返事を待たず触れた。
 触れたっていうより、抱きしめた。
 ああ……なでなでしたかったのに、抱きしめちゃったな。
 頭がぐらぐらする。
 思考がめちゃくちゃだよ。
 もう吐き気はしない……まぶたが重いよ。
「……もうちょっと、寝るね」
 眠い眠い……ね……むいなあ。


 りこは我を抱きしめたまま、再び寝入った。
 我は反省した。
 初めてだな、反省したのは。
 りこは自分の意思に反してこの世界に‘落とされた‘のだ。
 知らない場所・知らない言葉・知らない人間……さぞ恐かっただろう。
 だから目覚め、そこが寝入った場所と違うと認識したときの恐怖はいかほどだったであろうか?
 恐いという感情は今まではよく理解してなかったが、先ほど理解した。
 目覚めたりこは様子がおかしく、最初は我の念話も届かなかった。
 この我の念話が届かぬ程の狂気がりこを捕らえていた。
 このままではりこが狂ってしまう……壊れてしまう!
 そう感じ、恐怖した。
 我に対して多くの者が感じているらしい‘恐怖‘とは若干、異なる気がするが。
 我はりこにしか興味が無いからその他の者との差異は放置することにしよう。
「りこ、りこ。我の‘つがい‘!我に名を与えた唯一の者よ!」
 丸めていた手を開きそっと……そっと伸ばす。
 硬い鱗が鋭い爪が、りこの弱くて柔らかな肌を傷つけぬように。
 そっと、そっと……。
 我は竜。
 人間とは比較にならぬ程の力がある。
「駄目だ。りこの涙をぬぐってやりたいのに、加減が分からぬ。自信が無い」
 りこの口に、竜珠をつっこんだ我。
 あの時だってそっとした……つもりだったのに。
「あの時、りこは苦しそうだったしな。つまり、あの時以上の‘そっと‘が我には必要なのだ」
 頬に伸ばした指を下げ、拳をぎゅうっと握りなおした。
 情けない……いや、悲しいのか?
 これもまた初めての感情だ。
 さすがの我も初めて尽くしで少々疲れたような?
 疲れたことが無かったので、これは推測だが。
 よし、当面の目標が決まったな。
 ふむ。
 りこを傷つけずに触れることが出来るようになること!
 これしかないな。
 しばらくはりこの方から触れてもらうことにしてだな。
「待っててくれ、りこ。我の‘つがい‘! 我は必ずりこをこの手で……!」


 我はこの時は想像すらしなかった。
 りこに自分から触ることへの長く、険しい道程を。



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