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第12話
 変質者だ!

 私は自分が普段使っている部屋までダッシュした。
 こんなに思いっきり走ったのは、中学の運動会以来だし!
 高校の体育祭はやる気が無く、だらだら走って担任が激怒したっけ。

 と、とにかく部屋まで逃げよう!

 私は白い石で出来た廊下を抜け、離宮の最奥にある部屋まで急いだ。
 重厚な扉は見た目とは違い、私の力で難なく開く。
 この扉は術式が施してあり、ハクちゃんと私が許可した人しか開けられない。
 なので変質者は絶対に入ってはこられない。
『あら、トリィ様……どうなさったの! お泣きになったのですか?』
 部屋に居たカイユさんが私の顔を見るなり青ざめた。
『なんてこと! 何があったんです?』
 カイユさんは私の肩を優しく撫でながらソファーへ座らせてくれた。
『大変ですカイユ! は……裸の大男、出た! いきなり出た! 怪しい。危ない、です!』
『裸の……変質者ですか? この離宮に進入できる程の【力】のある者が……。ダルフェとヴェルヴァイド様は? その変質者を処理中ですか?』
 繰り返された単語は初めて聞いたものだったけど、絶対に‘変質者‘って単語に違いない!
『へ……へんしつしゃ、とハクちゃん達?』
 カイユさんは衣類を詰めていた大きな皮製の鞄を軽々と持ち上げ窓際に移動させつつ、窓から外の様子を確認して言った。
『外の気配は二つ。夫とヴェルヴァイド様ですね。侵入者の処理は終わったのでしょう。あの二人なら全世界と戦争したって勝ちますものね。心配は無用ですわ。あ、帝都への道中に必要な最低限のものは荷造りしましたの! 途中で購入も可能ですし、これくらいで……』

 帝都。

 そうだった!
 私は帝都から青の竜帝が来るってきいて……いろいろ考えて悲しくなって。
 それで……。

 それで?

 ハクちゃんが物騒な事を言ったから。
 頭にきて、悲しくて、辛くて……取り乱したと思う。

 で。

 気づいたら変態に捕まってて、びっくりして逃げた。
 
 逃げてきた。
 変質者から。

 ハクちゃんを置いて。

『わ、私は戻るです庭!』
 ハクちゃんは強い。
 分かってるけど。
 あの子はあんなに小さい竜なんだもの。
 まだまだ幼い子(歳は知らないけど)を、変態と置いてきちゃった!
 教育上、まずいでしょ!
 さっきは喧嘩というか揉めてたんだけど、置いて逃げるなんて……。
 私は扉に駆け寄り、開けようと取っ手を掴んだ。

『うおっつ?』

 同時に廊下側から扉が引かれたので前につんのめってしまった。

『おっと。危ないねぇ。姫さんが転んで怪我でもしたら俺は旦那に八つ裂きにされちまう』
 私を受け止めてくれたはダルフェさんだった。
『ダ、ダルフェ! へ、変質者は?』
『やっぱりそうきましたか。ろくでもない単語、覚えちゃいましたねぇ』
 ダルフェさんは私を床に立たせ、ざっと怪我がないか確認してからカイユさんに声をかけた。
『休んでなかったの? あぁ、荷造りしてたのかぁ。俺のハニーは働き者だからね』
 ダルフェさんはカイユさんの手を取り、いつものようにキスをしようとして……。
『この役立たずが!』
 一瞬で床に倒され、カイユさんに背中を踏まれていた。
 ひええぇ~!
 早業すぎます、カイユさん!
『ハ、ハニー……ぐがぁ!』
 鈍い音がしましたよぉ~! 
 ちょっと、まずいんじゃ。

『お前がついていながら、トリィ様がお泣きになる事態が起こるとは! この無能めっ』
『ハニー、泣かしたのは旦那で……ごふっつ』
『言い訳はするな! トリィ様に死んでお詫びしろ!』

 カイユさんの空色の眼がきらりと光る。
 本気? 
 カイユさん!?
 ぎゃー! 
 やめてやめて~!
『カイユ! だめ、やめて! 怖いよ、やめてぇ』
 私は必死でカイユさんにしがみついて、とめた。
 半泣きの私を見て、カイユさんが慌てて笑顔を作る。
『ほほ、冗談ですわ! こんなんでもお腹の子の父親ですもの。殺したりしませんわ、まだ』

 まだ?
 まだ……って何!?

『気にすんな、姫さん。ハニーの愛情表現は激しいんだよ。刺激的だろぉ? 最高だなぁ』
 口の隅からもれた血を、慣れた仕草で拭きながら言う彼の笑顔は幸せそうだった。





『なぁ、ハニー。奥の衣装室の鍵を開けてもらえるかい?』
『奥の? あそこは……まさか、裸の変質者って』

 庭に行くことをダルフェさんに止められた私は、洗面所で顔を洗っていた。 
 カイユさん達の声は聞こえてくるけど、内容までは分からなかった。
 冷たい水を顔に叩き付けるようにして、乱暴に洗った。
 都内の百貨店で化粧品を売っていた時、お客様にはやってはいけない洗顔方法の1つだと言っておきながら……。
 肌に悪くても、心には効いた。
 冷たい水はしおしお・ぐるぐる・どろどろになっていた思考回路をもどしてくれた。

 私はハクちゃんの側にいたら、駄目だ。

 でも、元の世界にもどることが現時点では不可能。
 ダルド殿下にお世話になるしか生活の術が無い今の私では、ハクちゃんから隠れるために王宮の敷地から出ることも難しい。
 ここを飛び出してこの世界で……知らないことばかりの場所で、言葉も知識も無い状態でうろうろ彷徨うなんて自殺行為だ。

 26にもなると冒険より平穏。
 挑戦より安定なのよ。

 ハクちゃんと話し合って‘つがい‘を解消させてもらおう。
 あぁ、気が重いな~。
 前に‘つがい‘になれないって言ったら泣いちゃった(内臓が溶けたらしい)し、言動もやばかった。
 穏便に解決するには、どうしたらいいの?

 本音を言えば。
 ハクちゃんといたい。

 私の事を……私だけを大事にしてくれる人(ハクちゃんは竜だけど)なんてこの先、絶対にいないのに。 
  ハクちゃんは私がからんだ事柄になると、途端に凶暴(?)になるから……最初の頃はかわいい焼きもち程度にしか考えてなかった。
 でも。
 それが最近は特にエスカレートしてきていて、離宮の敷地から私が出ることすら許してくれなかった。
 ダルド殿下が来ても門前払いだし、彼がセシーさんに預けた私宛の手紙も読む前に燃やされた。
 どうしてと怒った私に、ハクちゃんは言った。

 =我以外の雄がりこの眼に映るなど……手紙など寄越しおって! りこに懸想しておるに違いない!  りこだってあの王子はイケメンだと言った。イケメンは顔が好ましいという意味なんだろう? 我は<かわゆい顔>で王子は<イケメン>。我が不利ではないか! 手紙とて文字を書いたことの無い我への嫌味か? そうなのか?

 頭を抱えて地面をごろごろ転がる姿を見ていたら……なんか、かわいそうになってきて。
 ダルド殿下は確かにイケメン。
 別に私のタイプじゃないけど、世間一般的視点で見たらもてそうだ。
 背も高く(ダルフェさんは高すぎ)顔良し、家柄良し、多分性格良し。
 経済力もある。
 人間の女性なら惹かれて当然の要素が、てんこ盛り。
 ちび竜のハクちゃんがかなう相手じゃない(条件的にはね)。
 私が人間の女性だからハクちゃんはコンプレックスを感じ、自分に自信が無くなり過剰に男の人に反応してるのかもって思ったら……。

 おちびの竜で、経済力ゼロで、はっきりいって性格に難有りのハクちゃん。
 
 人間の私をつがい……伴侶だと、妻だと宣言した変でかわいい竜。
 好きだとか愛してるとか言わないけど、私のことを想ってくれてるのは充分に伝わってきてた。
 恋愛関係とは違っても、私だって。
 私だって!

『姫さん、話がある。……だいじょうぶか?』
『はい、です。平気』
 手招きされ、洗面所から出て彼の側に行くとダルフェさんは整った顔に困ったような……戸惑うような表情を浮かべた。
『異界人はこちらの人間とは成長速度が違うのかね? 姫さんは26にはとても見えないなぁ。二十歳前後って感じだ』
 日本人は外国人から見ると実年齢より若く見えるらしいけど、異世界でもそうなんだ……。
『私の人種、小柄で小さい。そう見られること多いです』
『俺は見た目だけじゃなく、内面もって言いたかったんだが』
 あぁ、そうか。
 そう意味か……。
 精神的に大人として成長してない。
 言われても仕方ないよね。
 今まで衣食住に困ったり、大きな困難に立ち向かった事も無い。
 日本で生まれて、のほほ~んと育ってきた。
 仕事だって、結婚するまでの腰掛でいいやって決めた。
 やりたくない事は避け、楽なほうばかりに流されて。

『だが、旦那はもっと餓鬼なんだよ』

『だんな。ハクちゃん? あの子、身体が小さい。竜の子供ですね?』
 私の言葉にダルフェさんは深いため息を吐いてから、言った。
『旦那は世界の始まりから存在していると【創世神話】でも語られている。とんでもない爺さんというか爺さんを超えてるっつうか』

 へっ?

『旦那の事で姫さんには言わなきゃ……知ってもらわなきゃならない事は山ほどあるんだが。取りあえず緊急事項だけな』

 ちょっ、ちょっと待ってよ! ハクちゃんって……!

『ダ、ダルフェ! あっ、あの』
 ちょん。
 ダルフェさんの長い指が私の唇を軽くつついた。
 うおっ? なにするんですか!
『まぁ、俺の話を聞きなって。質疑応答の時間は後な。時間が無いんだ』
『うっぅ、はい』
 笑顔だけど、眼が怖い。
 言うことを聞いたほうがいい気がする……。
『事実を簡潔に言う』
『はい』
 
『さっきの素っ裸の変質者は、旦那だ』

『……え?』

 ハクちゃん。
 ハクちゃん?

『竜族は人型にもなる。と、いうか人間と共生している現代社会では人型でいるのが普通だ。旦那みたいに竜体で過ごす者はほとんどいないな』

 な……! なんですと!

『ハニーは旦那に衣類を持って行った。……鍵のかかっていた奥の衣装室には、旦那の為に用意された服がわんさかある。先々代のセイフォン王は旦那に貢ぐのが生きがいみたいな女王だったしな。豪華絢爛、すごいもんだ。よその国だってそうだぜ? 各国は旦那の為に【竜宮】を建て、宝石・衣類・庭園……なんだって揃えて滞在を待っている。これは<監視者>を恐れているからだけじゃない。人間の女……男も旦那の寵を望む者が多い』

女王? み……貢ぐ? 寵?

『あの、単語、よく理解が。知らない単語いっぱいです』
『ま、今はざっとでいいんで。つまりだ』
 ざっとじゃ困ります! 
 そんな適当な!
『旦那は人型も持っている。俺みたいにな』

 人型……。
 ダルフェさんみたいな‘大人の男の人‘ってこと?

『つまり、姫さんの‘夫‘になれるってことだ』

 夫?

『お……おっと? 夫!』
『だからもう、愛玩動物扱いはやめてくれ。旦那が可哀想だ』
 

 愛玩動物扱い。


『わ、私。でもっ』
 知らなかった。
 ハクちゃんが人型になるなんて!
 だって、だって。
『旦那はそれでもいいと言った』
 え?
『姫さんが望むなら、愛玩動物でいいと。側に置いてもらえるならこのままでいいと』
 ハクちゃんが、そんなこと……。
 私は。
 私は?
 私は!

『旦那は姫さんの為なら、自分を貶める事も厭わない。あの人をどうしたいんだ、どうなりたいんだ? 異界の人間よ』

 ダルフェさんの顔から笑みが消えた。
 緑の眼が冷たい色に変わる。

『わ……私』

 本心を。
 偽りのない心を!

『私、ハクちゃんと』

 逃げるな!
 ここで逃げたら、本当に欲しいものを失う!

『ハクちゃんといたい』

 私がそばにいるとハクちゃんが駄目になっちゃうのに。
 分かってるけど、でも!

『そばにいたいの』

 この世界を壊しちゃうかもなのに!

『ハクちゃんが、欲しい』

 私は両手で顔を覆った。
 だって……醜いから。
 世界のことより自分の望みを選んだ私は汚い人間だよね?
 こんな私を必要としてくれるんだよね、ハクちゃんは。

『了解。じゃ、行きましょうか』
 ダルフェさんが私の頭をぽんぽんっと軽くはたいた。
『旦那、きっと泣いてますよ? 歳だけいやんなるほどとったのに、中身はお子様ですからねぇ。あの方を‘大人‘にするのは姫さんなんですから』
 大人……私もハクちゃんといたら‘大人‘になれる気がする。
 二人でなら頑張れるよね。
 うん。 きっと。 
 この世界に落とされた……来た意味はあるはずだよね。


『ま、姫さんの身体が壊れないことを祈ってますがね』

 
 聞き逃したことがけっこう重要だったってこと、あるんですよね。

 ーあると思います!


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