ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  黄海に消ゆ 作者:俊衛門
拾玖:銀影閃刃
 影、交わる。戟尺げきしゃくの間に入った。
 銃口と剣先が触れ、甲高い金属音を奏でた。弾と剣先が耳掠め、膚を削り、髪を焦がす。互いに互いの攻撃を、危うい距離で見切り、かわし、流した。閃光がほとばしり、銃弾と剣が触れる度に鉄が火を噴き、瞬いては消える。発射炎と火花、緑と橙が鮮やかに咲き、金属音と銃声が耳元で哭く。
 加速する刃、銃弾――交叉する火線、刃の白銀が照り映えた。
「あなたは死ななくても良い存在だ」
 孔飛連――柔らかく、手首を切り返す。剣と腕が一体となったように、撓い、螺旋に廻転し抉る。銃よりもより深く潜り、懐から貫く剣。李聖鬼は後退し、間合いの外に捌きつつ、銃撃を浴びせた。
「なのに、ガイノイドに命をかけるというのですか」
 弾く、避ける――流れる舞踏を思わせた。孔飛連の眼球、紅の(ドット)が明滅する。
「何も応えず、何も与えない、機械に」
「黙れ!」
 咆哮――気勢をかける。銃口を差し向け、三連、撃った。孔飛連、上体を逸らして銃弾を避ける。弾は残影に突き刺さり、背後の壁に着弾した。
 孔飛連、続けざまに刺突を繰り出した。早い連撃――剣先が三叉に分かれたと錯覚する。銃身で剣を叩き落とし、体を転換させる。半身となり、背後に回った。
 照準合わせる、二秒。両銃を同時に撃った。孔飛連は姿勢を低くし、倒れ込んで射線を避けた。また発砲。
 ふいに、孔飛連の姿が消えた。
 孔飛連の姿は頭上にあった。高く舞う――鞘の、天馬の装飾が目に写る。李聖鬼の背後に降り立ち、刺突。身を捩り、避ける。皮一枚、斬られた。勢いをつけて、左足を軸に廻し蹴りを放つ。爪先が孔飛連の顎を掠め、蹴りが流れた。蹴り足を戻さずに、踵落としに変化させる。肩に当たり、孔飛連の体が、傾ぐ。
 銃を差し向ける。同時に、孔飛連が剣をつけた。
 切っ先は、李聖鬼の喉元にあった。膚と剣は、わずかに一ミリ。銃と剣が交わった状態で、止まった。
 両者を隔てるもの――空間にある、殺気。空気が質量を持っているかのような重圧が、互いを刺激した。次の瞬間には動くという、無言の警告。引鉄にかけた指先の、神経伝達を意識する。
 息詰まる瞬間――どちらが先に仕掛け、また見切るのか。その鬩ぎ合い。膠着――水平にした剣の腹に灰が薄く積もるほどに。
 ぴくりと、孔飛連の手が動いた。好機、反射的に牙狗の引鉄を引いた。
 銃口の先、視界から孔飛連が消えた。孔飛連は低く構え、膝を屈曲し、深く沈み込んだ。
 誘い――李聖鬼に手を出させ、心の動揺を誘うためのもの。ぞくりと背筋が凍った。
 孔飛連、突き上げるように、剣を差し出した。李聖鬼の水月に伸びる。右に倒れこんでやり過ごす――脇腹を掠めた。
 そこへ刺突。
 首を捻り、剣を避けた。首の膚、頚動脈の上。刃が通過――人工血球(レスピロサイト)が噴き出る。瞬時に、血漿が凝固する。
 間合いを取った。銃の間合い。三連の発射炎――左の銃から、金色の薬莢。降りしきる灰が、火花と触れるたびに爆ぜ、散った。
 踏み込む。突き。ブローニングの射撃。
 遊底が引き戻る――弾切れ。旧型のカートリッジ弾が、尽きる。孔飛連の微笑み。斜めから突き下ろした。
 仰け反り、かわす――頬を削る。腰を捻り、廻し蹴りを打った。つま先が、孔飛連の髪に触れた。さらに身を回転させる。膝を曲げ、低空の擦り蹴り。孔飛連の足を払う。地面に積もった灰が、わっと舞い上がった。
 立ち上がる、同時に前蹴り。孔飛連、左腕で受ける。骨軋む衝動。飛び下がった。
 距離が開いた。素早く、再装填。ブローニングの、熱せられた弾倉が灰の中に埋もれた。
 孔飛連は射程の外にいた。剣も当然、届かない。届かない距離で、睨みあった。
「二挺拳銃は、腕と銃との一体で成る」
 孔飛連の独言。
「旧式の銃と、有配線(ワイヤード)の腕では、不十分でしょう。そうまでして、護るべきものですか?」
 問いかけ。
 黙殺。
 踏み込んだ。銃撃。孔飛連の頭部、脚部、胴――鋼刃弾が放物線を描く。孔飛連は頭を低くして飛び出した。肩と腰、鋼刃弾が突き刺さる。黒い血。
 剣を突き出す。銃をつける。炎が散り、影がすれ違った。
 ブローニングが弾かれた。李聖鬼の左腕、鋼鉄の義手――親指と人差し指を残し、金属の指がばらばらと地面に落ちた。斬り落とされた指を見て、舌打ちする。
 向き直る。
 剣が伸びた。眉間。体を開く、わずかに逸れる。回転し、後ろ蹴りを放った。
 孔飛連の左腕が空間を薙いだ。李聖鬼の蹴り足を絡め取り、引き倒した。灰の上を転がる。すぐさま飛び起き、飛び退きながら射撃。銃弾が孔飛連の頬を掠めた。
「何故、そこまで」
 不可解な表情。理解に苦しむといった風情。
 接近する。李聖鬼の蹴り――二廻転。同心円状の軌道。牙狗の五連射――鳳凰の刻印。
 孔飛連の刺突。銀の軌跡。四つに分岐する閃光。
 黒血、有機ナノマシンの灰――粉雪めいて飛び散る。互いに離れ、追突する。銃撃――孔飛連の脇腹の肉を削り取った。苦悶の表情。
 銃火散る、中。ビジョンが蘇った。明らかな像。水晶の細胞。グラフィックの幽霊。
 確かな存在。玲花――物質ではない、価値。
 剣と銃が交差した。互いの肩と、腕を抉る。影が交わる。背中合わせ。
 振り向いた。
 動き出しは、孔飛連。剣が、李聖鬼の右腕に突き立った。
 銃口から差し込まれた剣先――銃身を二つに割り、前腕を刺し貫き、肘に抜ける。微細振動の剣身――人工筋肉、チタン骨を抉り、前腕部が弾けた。
 膝を落とした。裂けた腕――砕けた牙狗の銃身に、ゲル状の微細機械が滴り落ちる。砕け折れ、尖った骨――異質な物体。
 剣が、突きつけられた。
「あなたを殺すことは、忍びない」
 孔飛連は、脇腹を押さえていた。脂汗に濡れた顔。昏い眼が見つめる。意図の読み取れない、洞穴めいた漆黒。
「これ以上、抵抗を続けなければ、あなたを見逃すことも可能です。何でしたら、あなたを組織から逃がす手立てを考えてもいい。どちらが好条件か……」
 否定――黙し、何かの意思も示さない。
 孔飛連は溜息をついた。
「無駄なようですね」
 諦め。合理的判断を手放した、無知な者に何を言っても徒労でしかない、というように。
 背を向けて、玲花の方に歩み寄る――孔飛連、剣を振り被った。
「やめろ」
 呻く――届かない。立ち上がる。脚が震える。孔飛連の剣の先――玲花が、呆けたように切っ先を見つめていた。
 孔飛連が突き出す。猛然と。
 赤い血潮。息を飲んだ。
 剣を突き刺す瞬間、玲花は身を捻って避けた。防衛――死の概念の無いガイノイドの、退避行動。ただ剣先は、玲花の左眼を抉っていた。翡翠色が、紅に染まり、硝子体の透明液と共に流れ出した。
 脚に、力が戻った。地を蹴り、駆ける。孔飛連が振り向いた。飛びつき、空中で廻し蹴りを打った。
 顎を捉えた。孔飛連の頭が、弾かれる。割り込み、玲花の盾となった。
「つくづく、愚かな人だ。あなたは」
「そうかもしれない」
 構えを取る。孔飛連の剣に対して、左半身に。
「だが、愚かにもなり切れなかった。愚直に、生き様を貫くことも出来ない」
 だから目を逸らしていたのだ、と思う。
 玲花に水晶を重ねあわせていたのも、ただ罪悪から逃れたいがためだった。強く在れという水晶の言葉、それを護る事が出来なかった。玲花に水晶を見出すほどに、弱い存在。そのことから目を逸らし続けた。水晶を救えなかったこと、故郷を取り戻せなかったこと。武人となったとき、自分が奪うものは明らかなる生であること。見なければ済んだ。意識しなければ、事足りた――水晶が犯され殺されるのを見過ごしたように。
 そういう、十年だった。
「愚かですよ、あなたは。確かにある生を手放して、破滅を選ぶなんて」
「ならば、笑え。俺はどうせ、そういう人間だ。そういう人間のままでいいんだ」
「笑いませんよ」
 じり、と歩を詰めた。両者とも。李聖鬼は壊れた右腕を庇うように、斜に構え――孔飛連は剣を下ろした。
「わたしは、笑えない」
 無構え。仕掛けるという意図は感じられない。ただ自然に、そこに立っている。予測しできない分、攻めにくい。
 再びの沈黙があった。彫像のように動かない孔飛連と対峙して、李聖鬼もまた動かない。動かぬまま、互いに探り合う。 無機物――この街にいて、生を手放して、機械仕掛けのように殺すこと。無気力に、何も考えないように、自らを彫像の如くに追いやる民工達と同じように、息を潜めて生きていた。
 今は違う。攻勢をかけるため、動かず、水面下で攻め――息を潜める。
 無言で圧する、互いに牽制する。何も語らず、何も主張しない。
 風鳴りの音だけが、響いていた。
 一歩飛び出す――二人、同時だった。李聖鬼の左脚が空間を刈り、孔飛連の剣が伸びやかに突き込まれた。
 交差。
 大きく、傾いだ。李聖鬼の胴に剣が突き立つ。刃を引き抜く、血飛沫舞う――黒い狼煙。
 膝を折る。
 剣先が伸びる。李聖鬼、体を丸めて前に踏み込む。刃をやり過ごす。地面を転がり、銃に――ブローニングに手を伸ばした。
 左の人工操作手――人差し指をトリガーガードに引っかけ、拾い上げる。銃把に親指を掛けた。不十分。砕けた腕で、銃身を支える。
 孔飛連が振り向く。剣が伸びた。
 発砲――孔飛連の脚を狙う。射撃とともに銃身が暴れ、それを右肘で押さえつけた。遊底が上下して、薬莢が舞い、銃火が顔の横で瞬く。灼熱を帯びる。さらに射撃、銃身が暴れた。
 鋼刃弾の一つが、孔飛連の膝を砕いた。孔飛連――驚愕。想定外のオペレーション。孔飛連の体が崩れた。
 間髪入れず、前蹴りを放つ。孔飛連の胴を捉えた。足裏で、肋骨がたわむ感触を得る。孔飛連が前のめりに、倒れ込んだ。
 孔飛連の刺突。左腕を差し出す――剣は、機械義手を貫いた。李聖鬼、すかさず右腕を振り上げ、突き出した。
 砕けた腕の、チタン骨の先端を、胴体に突き刺した。
 膚を突き破る――右胸の、肺に到達した。肺胞――硬い風船を破る感触。空気が爆ぜ、瞬間、孔飛連の体が電撃を帯びたように痙攣――貫く衝動。
 腕を引き抜くと共に、頽れる。孔飛連――前のめり。膝をかいこみ、左脚で蹴った。
 叩きつける。孔飛連の体。頭蓋を打った。斃れこみ、地に伏す孔飛連の体。灰の中に倒れ、黒い血溜まりが、拡がった。
「強いですね、あなたは」
 孔飛連が呟く。空気が洩れるような音。李聖鬼は首を振った。 
「十年経って、答えもなく、もがいている。それが強いわけはないだろう」
「少なくとも、わたしにはとても、真似できません。足掻いている分、あなたの方が強い」
 孔飛連が微かに笑った。
「自分の弱さを自覚出来る人が、弱いことはない。この街のものは皆、弱さを隠して生きている。わたしも、おそらくあなたも」
 自分の行く末を全て手放した、それでいて敗者の惨めさを感じさせない。寧ろ清々とした、笑み。
「それでも、わたしを殺そうと向かってきたあなたは、なかなかに良い表情でしたよ。迷いが消えたというような」
 最後に洩らす――吐血した。孔飛連は眼を閉じ、微笑みを象ったまま、力尽きる。亡骸を、灰が包みこんでゆく。  
 背を向けた。
 玲花がいた。左眼から流れる血――涙のように写る。白い膚に、真紅。拭ってやろうにも、両腕は既に、無い。
「銃すら、握れなくなったか」
 李聖鬼、崩れ落ちた。膝をつく。
「聖鬼」
 玲花がしゃがみ、覗き込んでくる。指を失った義手で、玲花を抱き寄せた。衝動的に。
「痛いの?」
 玲花が訊く。細腕を、李聖鬼の背中に回して。
「痛みなどない」
「でも、腕が」
 首を振る。玲花を抱き寄せた。
「たとえ銃が撃てなくとも、お前を抱くことが出来れば良い。痛みなど、どれほど在ったとしても」
 金属の腕に、体温は感じられない。より強く、引き寄せ、身体ごと少女の温もりを感じ取る。二度とは得られない、刹那を掴まえるために。
 灰が、降り止んでいた。
オンライン小説/ネット小説検索・ランキング-HONなび


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。