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創作していて思ったことを、徒然なるままに 作者:ルーラー
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『運』は肯定派、『偶然』は否定派

初出:2006年11月12日
『運』は実力の一部のような気がします。それに対して『偶然』は実力とはまったく関係ない気がします。
まあ、重要なのは『運』は論理に組み込んでも成り立つけれど、『偶然』は論理に組み込めない、というところなのですが。

だって、そうでしょう? 『運』がよければこの策は成功する、という状況があったとして、当然その策が実行されるまでにはひたすら論理的に考えを巡らし、最後の最後で『運』に委ねることになるわけです。これは『運』を味方につけるために努力をしている、といっていいでしょう。

しかし『偶然』は少し違います。『偶然』は、それが発生することを予定して策を練るわけではありません。『偶然』が起こってから、それを起点として策を巡らせることが出来るようになるわけです。
これは実力とは言いがたい気がします。まあ、稀に『前もって予測できる、起こるかもしれないいくつかの偶然』を計画に取り入れている作品があったりしますが(『プロバビリティーの犯罪』なんかがそうです)、それは貴重な例外だと僕は思っています。

また、僕は『運命は人間の意志で変えられる』というのを前提に小説を書いています。
それは一見すると『偶然』が作用して運命が変わったように見えるかもしれませんが、僕は多くの存在(人物と書かないところがポイントです)がそれぞれに策を巡らし、『運』を味方につけたとき、運命を変えることが出来る、という考えを持っています。どんなに頑張ってもやはり『運』の要素は強いのです。心を持つ存在を論理だけで縛るのは限りなく不可能に近いのですよ。
まあ、この場合だと『運』を『偶然』に置き換えても成立してしまいますので、ただの詭弁きべんかもしれませんが。

そうそう、ここで誤解されがちな『事実』をひとつ明かしておくとしましょう。
僕の作品において『多くの存在が運命に立ち向かっている』ということは、これまでの文で分かることと思います。

じゃあ『スペリオルシリーズ』に登場する、『大規模な自殺願望』を持っている『魔族』――主人公たちの敵である存在はどうなのかといいますと。
究極のところ、『魔族』とは運命に迎合することを選んだ存在です。運命を変えることを最初から諦めている存在なのです。
また、滅びたい、すべてを滅ぼしたいという欲求が自然に湧いてくるだけで、別に悪意を持って『誰かを殺してやりたい』と考えているわけではなかったりします。厄介なことに。

『魔族』が人間を殺すのも、すべてを滅ぼそうとするのも、一種の『仕方ないこと』なのです。もちろん罪悪感も抱いてません。
この辺り、誤解があるかもしれなかったので一応弁護しておきました。

実際、皆さんが肉や魚を食べるとき、それらに悪意を持っているでしょうか? 不幸にしてやろうと思って食べているのでしょうか? 
そうではないでしょう?
また、罪悪感を抱きもしないでしょう?
『魔族』が人間を殺すというのは、いわば、それと同じことだったりするのです。

まあ、もっとも。
同じくくりにするのは少々乱暴で、問題がある気もしますけどね。
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