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短編

鈴科春という女の子について

作者:空伏空人
 夢をみた。
 落ちる夢をみた。
 どこかから落ちる夢をみた。

***

 目を覚ますと、僕は女になっていた。

「……誰だ!?」
 ベットの上で自分(?)の顔を触りながら叫ぶ。
 すると部屋の外から階段を駆け上がる音がして、勢いよくドアが開かれた。

「なに不審者!? 不審者がでたのお姉ちゃん!」
「いや、僕からしてみたらお前の方が不審者なんだけど」
 叫び声一つで金属バットを片手に突撃してくる妹なんて僕は知らない。
 というか、僕には妹なんていないぞ。
 どういうことだ?
 女子の体になっているっていうだけでも驚きなのに、さらには知らないうちに妹ができていたというのか?

「僕? お前?」
 金属バット片手に突撃してきた妹(仮)はきょとんとしている。
 あ、そうか。今僕は女子なのだから一人称が僕なのはおかしいのか。
 ええと、じゃあなんだ。シンプルに私でいいのか?
 まさかまさかの俺っ子だったりしないよな……。

「え、あー。えっと」
 そうだ、口調も変えておかないと今のままじゃあ男っぽすぎる。
「ちがいますわよ、夢ですわ夢!」
「わよ!? ですわ!?」
 妹ちゃんは目を見開きながら驚いた。
 あれ、女子の話し方ってこんな感じじゃなかったか?

「どうしたのお姉ちゃん、熱でもでたの、頭イカレたの?」
「そこまで言わなくてもいいでしょ!?」
「あ、戻った」
「冗談よ、冗談。嫌な夢をみて思わず叫んじゃったの」
「夢?」
「夢」
「なーんだ、私てっきりお姉ちゃんの体に知らない人がのりうつって驚きの声をあげたのかと思ったよー」
「…………」
 鋭い。
 ムダに鋭い。
「まあいいや。お姉ちゃんが自分で起きるなんて珍しいこともあるものだ。もうすぐ朝ごはんだからはやく着替えてねー」
「はいはい」
 妹ちゃんは金属バットを振り回しながら出ていった。
 あぶねえよ。

「……さて、と」
 僕はベットからおりて部屋の中を見回す。
 なんというか、ザ・女の子の部屋って感じだ。
 全体的に可愛らしいというか。至るところに置かれているテディベアが愛らしいというか。女の子の部屋特有の甘い匂いがするというか。
 長時間いたらくらくらしてしまいそうだ。
 デジタル時計を見る。
 9月12日(木)
 7:12
 と、表示されていた。
 九月の十二日。
 なんだっけな、なんかひっかかる。
 誕生日だっけ? いや、多分違う。
 時計から視線をうつして、姿見をみる。
 そこにうつっているのは、やはりというかなんというか女子だった。
 少なくとも男ではない。
 体の線は細く、曲線的だ。
 中学生にはみえないし、多分高校生だろうか。
 腰の辺りまでよく手入れされた黒髪を流している。
 少しぶかぶかのパジャマパジャマしたパジャマを着ている。
 パジャマのボタンは途中で閉じるのをやめていて、胸元がよくみえる。
 デカい……。
 ズボンははいていなかった。
 すーすーする。
 女子って着ないものなのか?
 分からない。
「やっぱり女子だ」
 頭を抱える。
 記憶の中を探ってみても僕が女子だった記憶はない。
 なんど思い返しても男だ。
 男だった。
 そのはずだ。
 ……というか。

「僕が、誰だ?」
 この子ではない。それだけは確かだ。
 この部屋も僕の部屋ではないし、あの妹ちゃんも僕の妹ではない。そもそも妹はいない。
 僕は男で、僕は彼女ではない。
 ただ、僕が分からない。
 この鏡にうつる女子の正体同様、僕が分からない。

「まさか、のりうつったのか。僕は?」
 ははは。そんなまさか。
 しかしそうだとしたら困ったぞ。この女子が何者なのかも分からないし、それに僕の体は一体どうなっているんだ?

「お姉ちゃーん。はやく朝ごはん食べないと遅刻しちゃうよー」
「は、はーい」
 妹ちゃんの声に僕は慌てて返事をする。
 声が高くて、なんだかなれない。
 まるで自分の声じゃないみたいだ。
 いや、実際自分の声じゃあないんだけど。
 今日は木曜日。祝日ではない限り学校があるはずだ。はやく着替えないと……。
 はた、と僕は眼前にある危機に気づいた。
 学校に行かないといけない。
 それはつまり、制服に着替えないといけないというわけで・
 思わず視線を下に移動させる。
 己の存在を主張する双丘が目に入った。
 ……どーしよ。

***

 目隠しして着替えました。
 これがもし女体化であるのならそこまで気にしなかったけど、憑依、つまり他人の体なのである。
 それを許可もなしに勝手にみるというのは良心が痛む。
 下着とか一体どうやってつけるんだよこれ……。
 そんなわけで四苦八苦しながら目隠しで着替えた。
 途中で様子を見にきた妹ちゃんに目撃されて。
「お姉ちゃんが変態だ!?」
 と言われてしまった。
 ひどい言い様だ。
 けど目隠ししながら床を這い回るように着替えているさまは、まごうことなき変態だと思う。
 変な性癖を疑われても仕方ない。
 体の持ち主に悪いことをしてしまったな。
 これ以上家族に怪しまれても困るし、制服に着替えたら僕はそそくさと家をでていった。

「うーむ、スカートはすーすーして気持ち悪い。と聞いたことがあるけど、本当だな」
 歩きやすくはあるけど。防御力が低すぎてちょっと不安になるなこれ。
 なれていないからそんな感想になるだけか?
 周りの女子は気にせずに歩いているし、自分からスカートを短くするし。
 ううむ。分からない。
 しかし、このまま学校に行くべきなのだろうか。
 どう考えても学校に行くような状況じゃあないよな。
 もしかしたら僕の体の方に彼女がのりうつっているかもしれないし。

「おっはよー鈴科すずしな! 今日ははやいねー!」
「わあっ!?」
 後ろから抱きつかれた。
 いや、これは体当たりか?
 柔らかい。これは明らかに女子だ!?

「いつもなら寝坊してもっと遅いのにねー」
 よく寝坊する子なのか、この子は……。
 目の前にいるのは金髪の女の子。
 着ている制服は彼女が着ている服と同じデザインだ。
 気さくに話しかけてくるし、多分同級生の友達……?

「お、おはよう……(ごにょごにょ)ちゃん」
「うん、おはよう!」
 金髪の子ははきはきと答える。
 元気のある子だ。
 しかしなるほど、彼女は鈴科というのか。

「今日は髪をおろしてるんだ。うん、それも中々いいね! 似合ってる! 顔がいいだけあるね!」
 金髪はサムズアップする。
 そうなのか、いつもは結っているのか。
 こういうところでも怪しまれたりしそうだ。気をつけなくては。

「あ、ありがとう」
「うむうむ。さて、せっかく合流したわけだし一緒に学校にいこ!」
「ごめん。あの、今日は学校サボろうかなって……」
「あ゛?」
「そんな睨まれるようなことかなあ!?」
 睨まれた。
 ガンを飛ばされた。
 恐い、恐いよ女子!?

「どうしたのさ、遅刻をすることはあっても絶対学校はサボらない良い子ちゃんな鈴科がさ」
「え、そうなの?」
「え?」
「あ、こっちの話」
「? まあいいけど」
 訝しむ目を向けられてしまった。
 まあそこから中身が代わっていることに気づくことはないとは思うけど……ボロはださないように気をつけないと。

「なに日守ひのもりの影響でも受けちゃった?」
「日守……う、ううん。違うよ違う」
「あれ、いつもならすくなって呼び捨てにするのに」
「少の影響なんて受けてないよ!?」
 危ない危ない。
 というか誰だ、日守少。
「じょ、冗談だよ、冗談」
「ならいいんだけど」
 くそう、喋れば喋るほど墓穴を掘っているような気がするよ。
 僕探しをするよりもまず、彼女について知っておいた方がいいのかもしれない。
 まだ僕、苗字しかしらないからな。
 あとは寝坊癖があって遅刻はよくする子で、這い回るように着替えたりはしない子。ぐらいか。
 全然知らないなあ。
 仕方ない、ここは一旦学校に行くとしよう。

「ほら、はやく学校に行こう(ごにょごにょ)ちゃん」
「あれ、鈴科ってそんなに学校好きだったっけ? 『行きたくなーい』とか言いながら学校にいくタイプだったよ――」
「あーあ、学校行きたくないなー!!」
 どういう性格をしているんだよ、この子は!!

***

「あ、おはよう鈴科さん!」
「おはようすずしなっちー!」
「髪おろしたの? かわいいー」
「おっはー。今日ははやいねー!」
「今日もかわいいねー鈴科さん」
「すずちゃーん。昨日はありがとねー」
「鈴科さん」
「鈴科さん」
「鈴科さん」
「あ、ははは……」
 墓穴掘らないの、ムリそうです。
 鈴科の特徴その五(一、かわいい。二、寝ぼ助。三、金属バット持った妹がいる。四、学校イヤイヤ組)。
 人気者モテモテ
 廊下を歩いているだけなのにこんなに話しかけられることってあるんだな。普通は教室に入ってからだろうに。
 しかしこれだけの人と仲がいいとなると、むやみやたらに話しかけることもできないぞ。けど、話しかけないのも怪しまれるし……。

「あ、あはは。み、みんなおはよー……」
 だからとりあえず愛想笑いを浮かべながら手のひら振るだけに留めておいた。顔は絶対ひきつっていたと思う。
 教室の中に入る。
 席がどこなのか分からない。
 おお、困ったぞ。
 どうすればいいんだ?

「ね、ねえ。私の席ってどこだったっけ?」
「えーなに、またど忘れしちゃったのー?」
 金髪は笑いながら彼女――鈴科の席を教えてくれた。
 鈴科の特徴その六。結構抜けてる。
 言われた席に座る。ちょうどタイミングよくチャイムは鳴った。
 ぞくぞくと戻ってきたクラスメイトたちが席を埋めていくが、隣の席だけは一向に埋まる気配がなかった。

「……?」
「なにー、そんなにダンナのことが気になるー?」
「だっ、だだっ!?」
 僕の前に座っている金髪がとんでもないことを言ってきた。
 ダンナ? なにこの子、彼氏いるのか!?

「あははー、すぐ慌てちゃって。幼なじみのことが好きなことなんて、みんな知ってるんだよ?」
「お、おさな。じみ……?」
「ねーみんなー」
『ねー(なー)』
 口をパクパク動かしながら周りを見回す。
 クラスメイト全員が肯定していた。
 鈴科の特徴その七。好きな子がいる。皆にバレバレ。
 うわあ、うわあ。
 なんだこれは。めっちゃ恥ずかしい。
 もちろんその好きな人というのは『僕』の好きな人ではない。
 彼女の――鈴科の好きな人だ。
 だから僕が恥ずかしがる必要なんてないんだけど、でも、やっぱ恥ずかしい。
 顔が真っ赤になっているのが鏡をみなくても分かる。
 頭じゃあなくて体のほうが反応しているとでもいうのだろうか。

「ううう……」
「いやーかわいいねー初心うぶいねー。まったく、こんなにかわいい子に好かれているっていうのに、どうしてああも捻くれているんだろうね、日守」
「日守死ね」
「ん?」
「あ、いや。そんなんじゃあないよ、そんなんじゃあ!」
 両手を前に少しつきだしながら否定する。
 鈴科の特徴その八。初心。
 追記。日守は死ねばいい。
「こらお前らー、なに騒いでるんだー。ホームルームはじめるぞー」
 先生がやってきたおかげで、この話は途中で終わってくれた。
 火照った顔を隠すように両手で挟みながら机につっぷす。
 ああ……恥ずかしかった。
 一日他人のまま過ごすっていうのはやっぱり疲れるものだ……。
 僕は朝までの疲労感でこのままずっと机の上につっぷしたい気分になったりした。
 だけど、それじゃあいけない。
 学校の中にだって『僕』のヒントがあるかもしれない。
 頑張らないと。
 僕は心の中で拳を握りながら気持ちを改める。
 しかし、結果から言えばその指針は甘かったという他なかった。
 僕(鈴科)の受難は、これからが本番だった。

***

 一時間目。数学。
「宿題のノートは授業終わりに提出するよーに」
「な、ん、で、一ページもやってないんだよっ!!」
 鈴科の特徴その九。宿題やらない。

 三時間目。体育の着替え中。
「どうしたの鈴科。目隠しなんてしちゃって。もしかしてなつかしの目隠し早着替えをみせてくれるの?」
「妹ちゃん……姉ちゃん、変態だったよ……」
 鈴科の特徴その十。変態。

 三時間目。体育。
「おら、頑張れ鈴科。今日こそは五十メートル走十秒切るまで走り続けるんだろう!!」
「がんばれ鈴科ー!」
「あれえ、この子思ったよりも自分に厳しいぞ!? というか足遅いな!」
 鈴科の特徴その十一。自分に厳しい(宿題やらないくせに)。
 鈴科の特徴その十二。足が遅い。体力もない。

 昼食。
「ちわっす姐さん今日も焼きそばパン十個持ってきました!!」
「姐さん!?」
 鈴科の特徴その十三。なんか舎弟いる。
 鈴科の特徴その十四。授業中はよく寝るらしい。
 鈴科の特徴その十五。古典のやる気なさが教科書の落書きで分かる。
 鈴科の特徴その十六。ムダに絵がうまい。
 鈴科の特徴その十七。偉人の額に『肉』を描くタイプ。
 鈴科の特徴その十八。見た目にそぐわず案外お茶目?
 鈴科の特徴その十九。書道はうまい。なんか腹立つ。
 鈴科の特徴その二十。水のペットボトルを買えるタイプ。
 鈴科の特徴その二十一。男女関係なく気さく。
 鈴科の特徴その二十二。だから勘違いする人も多いらしい。
 鈴科の特徴その二十三。告白された。好きな人がいるとフった。
 鈴科の特徴その二十四。帰宅部。
 鈴科の特徴その二十五。仲の良い友達と街にくりだすのが常。
 鈴科の特徴その二十六。音ゲー得意。特に洗濯機。
 鈴科の特徴その二十七。財布の中はみんなで撮ったプリクラだらけ。
 鈴科の特徴その二十八。一枚だけ男と撮ったやつがあった。
 鈴科の特徴その二十九。鈴科の特徴その三十。鈴科の特徴その三十一。鈴科の特徴その三十二。鈴科の特徴その三十三。その三十四。その三十五。その三十六。その三十七。その三十八。その三十九。その四十……。
 五十二。魅力的かどうかと言われたら、魅力的。
 五十三。だから日守は死ねばいい。

「つ、つかれた……」
 空は朱に染まっている。
 カラスが飛んでいる。
 僕の魂も飛んでいる。
 ああ、このまま元の体にとんでいったりしてくれないかしら。
 誰かの振りをしながら一日過ごすのは本当に心労がつきない。
 特に鈴科みたいな一瞬一瞬に驚きに満ちているようなやつだと特に。
 ビックリすることしかないし、目を瞠ることしかない。
 わお、びっくりだぜ!
 とか、言う暇すらないぐらい瞠目する一日だったよ……。
 ただまあ、この子についてはこれで沢山知ることができたと思う。
 けっこうぬけていて、元気で、バカ正直で、嘘がつけなくて、自分に甘かったり厳しかったり、友達たくさんで、誰にでも手を差し伸べる魅力的な子。
 ああ、なんかそう考えると日守にムカついてくる。
 僕探しは一旦置いといて、日守探しでもしようかな。
 ともかく。
 ようやく友達づきあいも終わって、自由時間だ。
 これから僕探しにのりだすと……なんかもう、疲れたな。
 さっさと帰って寝ちゃおうかな。
 明日もあるんだし――。

「あ。あれ、日守じゃあない?」
 まず日守のつらを拝んでからにしようかな!
 帰ろうとしていた体をどうにか引き止めてから振り返る。
 そこには沢山の人がいた。人波があった。
 その中に一人、男がいた。
 猫背だった。
 体はそこまで高くない。というか低い。
 癖のある黒色の髪は、手入れが全くされていない。
 目は虚ろで、なにも見ていなくて――しいて言うなら地面を見ている。
 人の足を見ている。
 下を見ている。
 日守少ひのもりすくな
 自信なんてなくて、自慢なんてなくて。
 嫌いなことは全部。
 好きなことはない。
 努力が叶ったことがなくて、報われたこともない。
 夢はない。希望もない。
 プロフィールはないだけで埋め尽くされるような、幸先不安な男だ。
 なにもない。なんでもない。
 だから、生きる意味も、ない。

「……っ!!」
「あれ、日守どこに行ってるんだあれ。あそこの建物ってもう使われていないはずだよね――って鈴科!? どこに行くのーー!!」
 思いだした。
 思いだした。思いだした。思いだした!!
 九月十二日。どこかでみたことがあると思ってたんだ。
 つい最近、どこかでみたことがあると思ったんだ。
 昨日・・だ!
 昨日見たから見たことがあるんだ!
 僕は、九月十二日を二回過ご(・・・・・・・・・・)しているんだ(・・・・・・)!!
 建物の入り口にはいって、エレベーターを見る。
 デジタルの数字は着々と最上階へと昇っていく。
 僕はそれが止まるまで見送ったりはせずに、非常階段をかけあがる。
 最上階は十四階だ。
 分かっている。だって、昨日昇ったんだから。
 エレベーターで昇ったのだから。
 面白くなかった。
 つまらなかった。
 この先一体なにがあるのかはさっぱり分からなくて。
 この先一体なにがないのかもさっぱり分からなくて。
 どうしようもなくて。
 どうにもできなくて。
 だから僕は。だから日守は。
 落ちることを選んだ。
 昨日も確か鈴科もここをかけあがっていたはずだ。
 飛び降りたとき、あいつも屋上にいたのだから間違いない。
 あいつは良いやつだ。僕のようなやつにさえ手を差し伸べるやつだ。
 昨日も僕に手を差し伸べてくれて――僕は彼女を巻き添えにしてしまった。
 後悔した。僕なんかのせいで彼女みたいなやつが一緒に死んでしまうのは、ダメだと思った。
 やり直したい。
 今度は失敗しないように、今度は巻き込まないように。
 そう願った。
 だから――僕は今ここにいる。
 どういう訳か、鈴科の体の中に入って。
 ここで残された選択肢は二つ。

 僕が死ぬとき、彼女を巻き込まないようにここに近づけさせない。
 僕が死ぬとき、昨日と同じように僕を助ける。

 屋上の扉を開く。
 日守は落下防止用の安全柵の向こうにいた。
 どうする。どうする。僕はどうする?

「待てこのバカ野朗がああああぁぁぁぁ!!」
 僕は、また手を伸ばしていた。
 今度は落ちないように、下半身に力をこめながら。
 落としてやりたかったが、そんなことをしたら鈴科こいつが悲しむだろう!
 魅力的な彼女が、悲しむだろう!
 僕の中身はなにもないけれど、そんなやつでも好きだというやつがいるのなら消えてはいけない。
 自分だからって、自分を自分勝手に使っていいわけじゃあない。
 僕は落ちようとしている僕の手を掴む。
 すると視界は揺れて、気がつくと、鈴科を見ていた。
 鈴科はきょとんとした顔で僕を見ている。
「あ、あれ。どうして私はこんなところに? というか、少は柵の向こうにいるの!? 危ないよ!?」
「ん。ああ、ちょっとな。気になったものがあってさ……あの、手」
「手? え、ええ!? どうして私たち手を繋いでるの!?」
「うおあっ、ここで手を離すな落ちる落ちる!」
「あ、ご、ごめん!」
 この少し抜けている感じ。
 うん、いつも通りの鈴科だ。
 僕は柵をまたいで鈴科の前に立つ。
 鈴科は握っていた手を見ながらぼーっとしていた。
 昨日までの僕なら『そんなに僕と手を繋ぐのがイヤだったのか……?』とか考えたりしていたんだろうなあ。
 僕は少し視線をそらす。

「えっと、なあ。はる
「ひえっ!?」
「ひえってなんだよ、ひえって」
「いや、だって少が私のことを名前で呼ぶのって小学生以来だから、ビックリしちゃってさ」
「ははは。ビックリしたのはお互いさまだよ」
「んい?」
「色々あったんだよ、色々」
「ふむ……?」
「それで、なんとなく名前で呼ぼうかなって思ったんだ……いいか?」
 鈴科は少し顔を赤くしてから。
「い、いいよ」
 と答えてくれた。

「じゃあ、えと」
 僕は頬をかきながら言う。
 これからだ。
 これから僕は、少しずつでもいいから、なんでもあるような人間になろう。
 魅力的な彼女に似合う、人間になろう。
「これからよろしくな。春」
 今日はとりあえず、一歩だけ。

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