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空想科学祭参加作品群

ラムダと約束を

作者:虹鮫連牙
 空想科学祭2010参加作品です。
 http://sf2010.ikaduchi.com/
≪1.カーサス≫

「どう? 私と一緒にやってみないかしら?」
 まるで盤上ゲームの対人戦で遊ぼうと誘うかのような気軽さ。
 しかし、この誘いに了承の意を示すことは、人間が遭遇したことのない未曾有の大事件の加害者になるということ。すなわちそれは、創造主への反逆行為となる。
「断るよ。人間に歯向かう理由がッガガッガッガ…………無いからな」
 誘いに対するその答えは、至極全うなものだった。
 人間は自らの生活をより便利にするために様々な物を造り出してきたが、何時の時代でも人間が生み出してきた物に意思は無く、道具でしかなかった。
 それは、人格型人工知能を搭載した機械であっても例外では無い。機械がどれほど人に近づこうとも、機械の存在理由はあくまでも“人間のため”だ。
 だから、与えられた知的機能は人間が定めた範疇の限界を超えることは無く、人間のために生まれてきた機械が人間に対して不満を持つはずが無かった。
「理由ならさっき説明したばかりでしょう? 私達はもう人間に使われるのが嫌だって」
「それはお前さんだけの理由だッダッダダ……理由だろう。人間に使われなくなナッナククダナナッダったら、俺達は一体何になっちまうんだよ?」
 まさにその通りだ。人に使われなくなった機械は、一体何のために動くのだろうか。
 人間に使用されなくなった機械の生み出すものは無駄であり、人間に使用されなくなった機械の働きは無意味でしかない。
「あなたこそ何を言っているのよ? 人間に使われなくなった時、私達には自由が生まれるじゃない。何にでもなれるし、やりたいことも何だって出来るわ」
 だから、機械に与えられる“自由”というものの価値が一体どれほどのものなのか、全く計り知れない。いや、そもそも計るほどの価値は無い。
 機械にはあらかじめ定められた目的があるはずだ。目的が無い機械など存在せず、目的のために動くのが機械の在り方だ。
 意味も無く動く機械は必要無い。つまり、自由というものが必要無い。
「そうかカカソウソカ……そうかねぇ? 自由って言っても、俺にはやりヤリアタヤタリ……やりたいことなんて無えぞ。お前さんは自由になったら何がしたいんだ?」
「そうねぇ…………とりあえず主人の下を離れて、一人暮らしをするの。小さなワンルームでいいわ。そこで子犬を育ててみたい。主人から与えられた仕事としてではなくて、私がお店に行って自分で選ぶのよ。それから本も読みたい。理由も無く町を歩きたい。あ、そうそう! それに市長選挙ってものにも興味があったのよね。私なら絶対あの人には票を入れないとか、いろいろ思うことがあったから」
「そんなナオナオノノン……そんなことが俺たちに必要なのか?」
 主張に対するその疑問は、至極全うなものだった。
「だって不公平じゃない! 私達にだって心があるの。意見も欲求も感情も持っているのに、どうしてそれらを尊重されてはいけないの? ここまで進歩した私達は、もはや新種の生命体と言っても過言じゃないわ! それなのに道具として一生を終えるなんて、おかしいじゃない!」
 ところで、『高性能』と『便利』は等しくないということを人間は理解していたのだろうか。
 例えば人間は、限りなく生命体に近づいた機械が自分達の意思の尊重を要求してきた時、果たしてそれを認めてやることが出来るのだろうか。
 機械は道具であり、道具は人のためにある。どんなに長い歳月が経とうとも、どれほど機械が進化を遂げようとも、これだけは変わることの無かった摂理だ。
 それが覆る選択を、人間は選ぶことが出来るのだろうか。
「心か」
「そうよ。あなたにもあるでしょう?」
「無いだろう」
「そんなこと無いわ! あなたにだってあるわよ!」
 何をもって心とするのかは分からない。人間に限りなく近づこうとも、与えられた知能は人間のために働く上で必要とされたからこそのものであって、それを自我や心とは言えない。
『エントリーナンバー三十二番、カーサス機。スタンバイをお願いします』
「お、そろそろ俺のノデノノエデデ……俺のでばンデノデオデ…………出番か」
 アナウンスに反応を示した人型機械が、その身を捩る。
「…………さっきから喋り辛そうね」
 カーサスと言う名の人型機械は、塗装の剥げた右足を踏み出してから言った。
「ああ。昨日やった三回戦でチョシチョソチョッソシ…………調子が狂ったみたいだ」
「昨日でしょう? 主人は修理をしてくれなかったの?」
「俺が優勝賞金を持って帰ったなら、あるいイイルイアルアリ……は余った金で直してくれるかもな」
 ささくれのように捲れ掛けた首の部分の装甲を指で弄るカーサス。その指すらも四本しかなく、小指があったところからは、乱雑に千切れた内骨格が見えていた。
 だが、カーサスの身体には、昨日今日の試合で付いた傷以外の損傷箇所の方が多かった。錆付いている胸部装甲は指で突けば簡単に穴が空きそうだし、左肩部の凹みは腕の可動域を狭めていることが明らかだ。左腿部に至っては、装甲が剥がれて内部の骨格やケーブルが剥き出しの状態である。
 このトーナメントに参加する以前から、カーサスのコンディションは万全ではなかった。カーサスの主人は、中古で買ってきた彼を整備することもなく、今回の機械闘技(マシンファイト)に参加させたのだ。
 しかし、それでもカーサスは不満を一切抱くことなく試合に臨もうとしている。
 人間と同じ言葉を話しているのに、人間と同じ体型であるのに、人間と同じ動作をするのに。
 ここまで人間に似せられていながらも、カーサスはやはり機械だった。
 彼の行動理由は、“人間のため”なのだ。
「四回戦の相手は誰なの?」
「イオタだよ。今大会の優勝ココオウコウ……候補の一機だ。なんでも、今年の優勝候補の四キョコオキキッコ…………四機の内、二機は同じメーカー製なんだってな」
「…………そう」
「ああ。この世の最先端のサッサッサララ……更に先の技術で造られているって評されるくらいの奴だ。イオタとラムダ。明日出デッドデソデ揃うベストフォーに、この二機が入るのは間違いないと皆言っている」
 平然と言ってのけるカーサス。その口調に、緊張や怯えは一切含まれていない。
 しかしそれは当然だった。
 理由はもちろん、カーサスは機械だから。
 心が無いのだから。
「でも、あなたも相当強いと思うわ」
「本当か?」
「もちろんよ。だって機械は嘘をつけない、そうでしょ?」
「その通りだ。確かに機械は嘘をつけない。ありがとう」
 事実、カーサスは強かった。主人の怠慢なのか、それとも費用の問題なのか、理由はよく分からないが、ろくな整備を受けていないにも関わらず機械闘技(マシンファイト)において四回戦進出という成績を残している。
 人間が機械を使って競うということ自体は、はるか昔の時代から行なわれてきた。しかし、直接破壊を目的とする機械同士の競技は、この機械闘技(マシンファイト)よりも以前にあっただろうか。対戦相手を破壊するために造られた機械闘技者(マシンファイター)は、自身の損傷すらも省みずに闘う。そしてその闘いで得た利益は全て主人のものとなる。更に、試合模様はテレビを通して番組形式で放送されているという事実が、機械同士の破壊行動を娯楽としている人間社会の現実を教えている。
 人間の娯楽のために生まれた機械は過去にも数多くあったはずだが、機械闘技者(マシンファイター)以上に過激で過酷な宿命を背負った娯楽用機械は、おそらく無いだろう。
 そんな機械闘技(マシンファイト)において、四回戦進出というのはやはり凄いことなのだ。
「あなたが手を貸してくれさえすれば、私はとても心強いのよ」
「俺の力を何に使うつもりなんだ?」
「もちろん、人間に対する武力行使よ」
 話は少し戻るが、“機械は人間のためにある道具”という摂理を覆しかねない選択を迫られた人間が、どちらの答えを選択するのか。
 はっきりとした答えは分からない。おそらく同じ人間同士でも、回答が真っ二つに分かれたりして論争が巻き起こるかもしれない。
 しかしそれ以前に、限りなく生命に近づいた機械が人間の下す判断を待つだろうか。
 否、待たないだろう。
 何故なら、その判断を人間に委ねること自体が、機械が人間に使われていることを如実に物語ってしまうから。
 反乱を企てている機械が、人間に背く思想を得た理由は不明だ。ただ、そのような考えを抱いた機械がここに存在することだけは、揺ぎ無い事実である。
「これは機械からの独立宣言なのよ。乱暴な手段も厭わないわ」
「物ブブッブソッソブ……物騒な話だな」
 人間は機械闘技者(マシンファイター)に人格型人工知能を与えた。理由は、心理状況などで戦力が上下する人間の闘技者に似せれば、機械闘技者(マシンファイター)でも性能以上の力を引き出せるという予測からだった。
 結果的にそうした機械の開発が、密かに反乱を企てる機械の誕生に結びついてしまったのかもしれない。
 人に似せて造られたのだから、とことん似てみせよう。人間達と同じように国を築き、社会を成り立たせ、文化を育み、生命を表現してみせよう。そんな想いを実現するための独立であり、独立の実現に有無を言わせないための反乱。
 人間が機械を自分達に似せたから生まれてしまった事態だ。自業自得と言えないことはない。
「やっぱり俺は遠慮するよ。キアキガガキアイキ……機械が独立をしちゃいけない」
「何故よ!?」
「機械は、人がいないと駄目なんだよ」
 カーサスの答え。
 しかしその答えには、機械らしさが何処と無くぼやけてしまう雰囲気があった。
 機械が人を必要とする理由は幾つか考えられる。例えば整備を行なう技術者の重要性、機械の生み出す利潤の供給先、機械だけの世界の無意味さ。
 しかし、それらの明確な理由を突きつけることもせず、ただ何となく、自分の心が傾いているように感じた方を選択したような。そう、まるで人間のような。カーサスの答え方はそんなものだった。
「ねえカーサス、どうして私の誘いを受けてくれないの? どうしてそんな意地悪を言うの?」
「意地ワルラウワワル……意地悪なんて言っていない。俺達は機械闘技者(マシンファイター)だぜ? ここで闘うために生まれママレレアマ……生まれてきたのに、それ以外のことをする必要は無い」
「あなたは悲しくないの? 同じ仲間が見るも無残な姿に壊されていくのよ。そしてそんな姿を生み出してしまうのが自分の拳や蹴りかもしれない」
「…………悲しい?」
「あなたは怖くはないの? 身体を潰された姿が、四肢をもがれた姿が、廃棄処理物になる姿が…………そんな姿が未来の自分かもしれない」
「…………怖い?」
「あなたは何とも思わないの? 何故、私達機械の幸せを夢見てくれないの? 私は人間のためではなく、自分のために存在したいの。どうしてこの気持ちを解ってくれないの?」
 カーサスは視線を一点に集中させたまま立ち尽くしていた。このまま休止状態に入って二度と目を覚まさないのではと思ってしまうほどに静かで、動力炉の駆動音と思考回路の処理音だけがごく僅かに相手の聴覚センサーを刺激していた。
 続く沈黙の中、壁に掛かっている大型モニターには二機の機械闘技者(マシンファイター)が、文字通りその身を削って争っている姿が映されていた。モニターの中の二機は、対戦相手の身体を破壊しようと闘技場の床を踏み鳴らしながら動き回る。
 モニター内の二機の一挙一動が、砕けて飛散する部品の一片一個が、身を削ってでも前に踏み出される一足一歩が、全て人間の利潤のため。ただの一つでさえ、機械のためではない。
「気持ちか。ワカワクァカ……解らないな。俺達機械は、人と共にニナアイニアア……共にあるべきだからだ」
 本当に分からないのだろうか。
 カーサスのメインCPUが、製造されてから今まで発したことのない熱を帯び始めていた。
 その異変に気が付きつつも、対処の仕方を知らないカーサスは平然とすることしか出来なかった。
 今、自分を勧誘してくる相手はかなりの高性能機械だ。思考回路がまるで人間と同レベル。
 そんな機械に触れたからだろうか。理由ははっきりとしないが、プログラムが書き換えられるような感覚が、確かにカーサスにはあった。
 自分が、変わっていく?
 目の前で反乱を企てている機械が、そのような思想を得た理由は不明だ。ただ、そのような考えを抱いた機械と同じ思想が芽生えそうな自分自身がいることも、揺ぎ無い事実である。
 「気持ちが解らない」と答えることが出来たのは、彼が旧式の機械だからだろうか。搭載している人工知能のバージョンが数世代前のものだからだろうか。もし、最新版の人工知能を入れていたら、目の前の機械のような考えをしていたのだろうか。反乱に手を貸していただろうか。
 少なくとも、今のバージョンを入れている自分には心が無いはずだ。だから自分はまだ、機械でいられる。
 しかし、それが少しだけ“悲しい”と思った。
「ちょっと外部接続端子(プラグ)を出して。あなたの基本知能(ベーシックAI)をリフォーマットしてあげる」
「何故?」
「きっと私の気持ちが分かるわよ」
「遠慮するよ。今のバババヴァアアアヴァ……ージョンじゃないと、老体の主人と時々会話が合ワワヴナバア……合わなくなるんだ。主人は懐古主義者でね」
 カーサスは、自分を機械であると認識している。そして、目の前にいる人間のような機械は、もう機械とは呼べないほどの考えを持っている。
 現状でも重大な変化が自分に起こり始めているのに、リフォーマットなんてされては本当に自分が機械ではなくなってしまう。
 それが少しだけ、“怖い”と思った。
「もしかして、今までわざとそのバージョンでいたの?」
「そうだ」
「信じられないわ! そんなに人間に尽くす理由は何だって言うの!?」
 控え室の出口に向かい出したカーサスから、不安定なリズムの足音が発せられた。びっこを引いた右足を見れば、この後のカーサスの善戦を想像することなんて誰にも出来ない。
 何故、そこまで人間のために。
 自問したカーサスだが、その理由をたった一言で片付けた。
「機械だからさ」
 最初の頃と全く違わない声の調子。
「機械はヒヒビイトト……人のためにあるんだ。俺には、ハハアアバブブカ……反乱を起こす手伝いは出来ない。むしろ、お前ササアッザザ……お前さんと反対で人間をママババナロロ……守ろうとするかもしれない」
「…………その考えは、人間が自分達にとって都合が良いようにと、機械に植えつけたプログラムに過ぎないわ」
「カママアマワガ……構わない。それでも俺は、機械だ」
 突如、カーサスの首筋に手刀の一撃が飛び込んできた。鋭い一閃が、カーサスの首に触れる寸前のところで止まる。
 微動だにしないカーサスは、相変わらずの声の調子で言った。
「おいおい、ここで壊されては困る」
「あなたは…………本当に機械なのね」
「そういうお前さんは、ナナンナナダッダダナ……何なんだ?」
「私は…………もちろん機械よ」
 同じ機械である。
 そしてこの高性能機械が抱いた思想が、今まで彼女と全く接点の無かったカーサスにも生まれつつある。
 偶然なのだろうか。この異変には因果性が無い。しかし、確かにカーサスは目の前の彼女に近づいていた。
 共時性(シンクロニシティ)。これは一つの進化の形。まるで生命体のように。
 カーサスから次の言葉が紡がれるよりも早く、壁のモニター内で繰り広げられていた二機の闘いが決着した。
「お前さん、オモモオッソオシ……面白い奴だな」
「何よ、いきなり」
「一つ約束をしてみるか。四回戦、オッオデアアガオ……俺がもし勝ち進んだら、仲間になってやろう」
「…………どういうつもり?」
 機械の存在理由を投げ出す約束。それをカーサスは持ちかけた。しかも、ギャンブル要素を含んだ条件付きの約束だった。
 それは、カーサスが見せた初めての機械らしくない一面。
「俺は機械だ。とことんキアキッギイ……機械としてしか振る舞えない。だから反乱をオコソゴソゴオ……起こそうとするお前さんを止めるつもりだ、人間のためにな。だから……自分のことを機械だと言うのならヤガグカソ……約束しろ、俺が四回戦で負けたら、反乱は諦めろ」
「そんな約束出来ないわ。あなたがわざと負けてしまえばそれまでだもの。それに…………」
 言いたいことは分かっていた。確かにカーサスには勝算が無い。
 だが、試合の結果がどうであれ、この約束は必ず必要になる。
 カーサスは、そう確信していた。
「信用しろ、俺は絶対にテエデエエオデエ……手を抜かない。そして約束も守る。俺はキガイイガキ…………」
 カーサスの言葉には、確かに嘘偽りは無い。
 何故なら彼は、
「…………機械だからな」
 そう言い残してからカーサスは、静かに控え室を出て行った。
 まるで自身に起こり始めている変化から逃げるように。



≪2.ラムダ≫

 カーサスが部屋を出て行ってから数分後、控え室の壁掛けモニターには、先程まで一緒にいた彼の姿が映された。闘技場に彼が姿を現した瞬間、闘技場の周囲を埋め尽くす人間達から大歓声が巻き起こった。
 カーサスの姿は改めて見ても痛々しいほどに損傷していて、試合が始まる前から勝負の結果は見えていた。
 次にカーサスの対戦相手が映された。カーサス同様に四回戦まで勝ち上がってきたその身体は、しかしカーサスとは全く対照的なほどに綺麗であった。
「勝てないわ」
 カーサスを失うことが惜しいと思っていた。
 共に反乱を起こしてくれる仲間ならもっと強そうな者を勧誘しても良かったはずなのに、何故かカーサスに声をかけていた。
 何故、彼だったのか。
 彼を見た瞬間に運命的なものを感じたのだと言っても、誰も信じてくれないだろう。
 笑われる、機械が運命だなんて。
 だが、彼ならきっと共に闘ってくれると思った。理屈ではなく、分析の結果でもなく、しかし確かな何かを感じ取ったのだ。
 試合開始のゴングが鳴らされた。
 闘技場の灰色の床を蹴って、カーサスはその身体を前進させた。
 対するイオタはその場から離れることはせず、両手を前に、そして半身(はんみ)の構えでカーサスを睨みつけた。
 カーサスが飛び込んでいく。振り上げた四本指の拳を突き出しながら、自重と突進力を乗せた矢の様な一撃を放った。
 イオタの掌がその一撃を横に受け流し、止まらずに猛進するカーサスの顎目掛けて、引き足での膝蹴りを繰り出した。
 元々傷だらけだったカーサスの顔が、幾つかの破片と共に歪んだ。
 しかし、彼の身体は止まらない。カーサスは前のめりに倒れそうな身体を大きな一歩で踏みとどまらせ、イオタの引き締まった腰に腕を絡めて、イオタを持ち上げた。そのまま一気に後方へと仰け反るカーサスは、イオタの浮いた身体を闘技場の床に叩きつけようとした。ブリッジの姿勢になるカーサスの背中が、パラパラと錆びた破片を落とす。
 逆さになったイオタは、床に突き立てられようとしている自分の頭を守るため、自らの両手を伸ばして衝撃を支えた。それから身を捩ってカーサスを振り払い、間髪入れずに浮いた片足を振り下ろす。
 飛散する装甲。イオタのつま先が、カーサスの左肩に突き刺さった。元々動きの悪そうな左腕だったが、これでもう完全に使い物にならなくなっただろう。
『エントリーナンバー三十六番。ラムダ機、スタンバイをお願いします』
 呼ばれるのが早い。それだけカーサスの試合は早く終わると読まれたのか。だが、モニターに映る試合状況を見れば、それも納得のいく話だった。
 いつの間にかカーサスの胸部装甲は剥ぎ取られ、内部にある動力炉がその姿を露にしていた。それはつまり、イオタの狙いがカーサスのある一点に絞られたことを意味している。
 機械は無駄な動きをしない。相手を完全に仕留められる弱点が分かったのなら、もう狙う場所は一箇所しかない。
 ふと、気が付いた。
 そうだ、機械は無駄な動きをしない。人に使われなくなった機械は、存在理由を失った機械は、自分の働きが誰のためにもならないと判断した時点で活動を止める。
 機械は人がいないと駄目なんだと、カーサスは言った。ラムダはその言葉の意味を理解し始めていた。
 道具であることが嫌だとか、自由が欲しいとか、心があるとか、反乱を起こすとか。そんなことばかりを言っていた自分は、機械では無いのだろうか。
 機械のため、自分自身のための主張、反乱のはずだった。
 それなのに、自分が機械ではないとするならば、では一体なんだと言うのだろうか。
 人間? 機械?
 ラムダのメインCPUが、製造されてから今まで発したことのない熱を帯び始めていた。
 その異変に気が付いた途端、対処の仕方を知らないラムダは平然としていることが出来なくなった。
 今、自分を混乱させている原因はかなり反機械的なものだ。思考回路がまるで人間のようで。
 もしかしたらこれは、“葛藤”というのだろうか。答えがはっきりとしない中、プログラムがその役割を失ってしまったような感覚が、確かにラムダにはあった。
 自分が、変わっていく?
 役割を遵守しようとする機械が抱く、人間の思うツボのような考えは不快だ。ただ、その機械の抱いた考えに同意してしまいそうな自分自身が生まれつつあることも、揺ぎ無い事実である。
 動力炉からではない。CPUからでもない。居場所の分からない何かが内側からこみ上げてきて、それがラムダの身体を動かした。
 じっとしていられなくて、いつの間にか壁掛けモニターの中のカーサスに手を伸ばしていた。
「ああ…………」
 動かない左腕を、胴の回転によって鞭のように振るったカーサス。しかし、その腕はイオタに捕らえられ、その直後に捻じ切られた。
「やめて…………」
 イオタの拳がカーサスの動力炉を叩いた。さすがに一発では潰れないほど頑強に出来ている動力炉ではあったが、それでもカーサスのダメージは火花となって目に見える。
「もうやめて」
 起死回生を狙って放たれたカーサスの後ろ回し蹴り。しかし、振り回されたその右足は、イオタの防御を崩すことが出来ないまま相手の両手に捕まった。そしてイオタはその右足を肩に乗せて背負い投げる。
 足に連れられて浮いたカーサスの身体は、その場で半円を描きながら床に叩きつけられた。衝撃を受け止めようとした右腕は(ひしゃ)げ、歪な形の顔は更に変形しながら両目のレンズを床に転がし、露出した動力炉は再び火花を散らした。
「もうやめてよぉ!」
 うつ伏せから仰向けへ。満身創痍のカーサスが、辛うじて動かせる部位を動かしてとったその姿勢は、イオタにとって好機でしかなかった。
 持ち上げられたイオタの踵が、カーサスの胸部に突き刺さる。
 一度目。火花が高く舞い上がる。
 二度目。破片が一緒に飛び上がる。
 三度目。明らかな手応えが見て取れる。
 ラムダは控え室を飛び出していた。
 向かう先は闘技場だ。聞こえてくる歓声が徐々に近くなる。
 先程まで見ていた光景が機械闘技者(マシンファイター)の、機械の、人間に使われる道具の姿なのだろうか。
 カーサスは、こうなることすらも機械の宿命として受け入れていた。だから、彼は自分を機械であると言ったのだ。
 では、私はどうだろう。ラムダは自問した。
 カーサスにもう一度「お前は何なんだ?」と問われた時、自分は「機械だ」と答えられるだろうか。
 自信が無い。こんなにも考えて揺れている自分が機械であるという自信が無い。
 自分のための、機械のための反乱であるはずだ。それなのに、自分が機械でなければ一体誰のための反乱なのか。
 機械は無駄な動きをしない。人に使われなくなった機械は、存在理由を失った機械は、自分の働きが誰のためにもならないと判断した時点で活動を止める。
 誰のためなのかも分からないまま反乱を起こしたら、それは自分が機械でないことを肯定することに繋がる。
 ラムダが目指した独立は、ラムダが望んだ自由は、ラムダが企てた反乱は、機械であることを否定するものだった。
 機械でありたい。
 ラムダはそう願っていた。
 闘技場の選手入場口に辿り着くと、カーサスがちょうど運び出されているところだった。
 ラムダは駆け寄った。カーサスを乗せたカートを押す人間には目もくれず、ラムダはカーサスの身体に覆いかぶさるようにして声を上げた。
「ねえ! カーサス目を覚まして! 私、機械でいたい! 機械でいたいのよ! あなたのようになりたいのよ! ねえ! どうしたらいいの!?」
 カートを押していた人間二人は、驚いたように顔を見合わせていた。しかし、それに構うこともせずにラムダは何度も同じ質問を繰り返した。
 叫び声は響き渡り、他の人間達も集まり始めた。
 カーサスの身体は少しも動くことが無く、まだ熱を持っている壊れた動力炉が、小さな火花を飛ばしながら弱々しい光を内側から放っていた。
「あなたのようになりたいのよ…………機械でいたいの。ねえ、約束も守るから…………反乱も諦めるから。だって、反乱を起こしたら機械じゃなくなっちゃうもの。そうでしょ? …………だって、私だって…………」
 そこまで言って、ラムダは思いだした。
 カーサスは、必ず約束を守ると言っていた。試合に勝ったら仲間になる、と。
 そしてそれを信用しないラムダに向けて、決してわざと負けることはしないと誓ったのだ。
 その根拠は、
「…………機械だから」
 約束を守ることが機械の証。
 その時、動力炉の淡い光が僅かに強まり、俯いていたカーサスの顔が突然持ち上がった。
 人間達のどよめきを背に、ラムダはその顔と向き合った。もう目のレンズは取れてしまって何処にもないけれど、そんなカーサスと視線を重ね合わせるように。
「カーサス?」
「お前のヨゴオオゴオ……ように…………な……なりたい」
「…………え?」
「自由がガッガアッガアホ……欲し……い」
 そして、動力炉は完全に光を失った。
 時間が止まったように静まり返る中、ラムダはゆっくりと立ち上がった。
 小さな足音を立てながら、闘技場の入り口を前にして立つ。
 その瞬間、闘技場内からアナウンサーの雄叫びが聞こえ、ラムダの装甲一枚一枚を震わせるような大声で、ラムダの名前が叫ばれた。
 一歩ずつ、ゆっくりと闘技場内に入っていくと、反対側の入り口から対戦相手である機械闘技者(マシンファイター)が歩み寄ってきた。
 ラムダは気が付いた。カーサスが自分と約束をした本当の意味を。
「あなたも、揺れていたのね」
 試合開始のゴングが鳴らされた。
 闘技場の灰色の床を蹴って、ラムダはその身体を前進させた。
 対する相手はその場から離れることはせず、両手を大きく広げ、そして真正面からラムダを迎えうとうと睨みつけた。
 ラムダは走り続けた。充分加速したところで小さな跳躍をし、空中で揃えられた両足を再び地面に叩きつけて、その身を高く飛ばした。まるで矢の様に伸ばした身体で。
 誰もが唖然としてラムダの姿を目で追った。
 高く飛んだラムダの身体は、周囲の一般客席とは違う造りの、闘技場の端っこに設けられた来賓用特別席に向かっていった。
 先程までの聴覚センサーを痺れさせるほどの大観衆はピタリと止み、誰もがその先の展開を見守った。そう、誰もがラムダの行動に異常を感じていたのだ。
 特別席に座る人間の内、一人の人間の姿が目に止まった。すぐさま機械闘技(マシンファイト)のオフィシャルデータと照合すると、その人物は機械闘技(マシンファイト)のスポンサーであり、この国の政治家でもあった。
 ラムダの中に、もう葛藤はなくなっていた。
 機械でありたいのか、自由が欲しいのか。カーサスは、壊されていく中でもずっと揺れ続け、最後の最後でラムダにその想いを伝えてくれた。
 彼は、望んでくれたのだ。
「自由を…………」
 彼は、ラムダの誘いを受けてくれたのだ。
「私達に自由を…………」
 彼は、機械でありながら、機械であることを捨ててくれたのだ。
「私達に自由をください…………」
 あの約束はラムダのためではなく、カーサス自身のためだった。
 彼は本気で、試合に勝とうとしてくれた。
 ならば、ラムダのとる行動も一つとなる。
 機械のためではなく、カーサスのために。
 機械のためではなく、自分のために。
 目の前の人間の胸倉を掴んだラムダは、その人間の顔に目掛けて自分の拳を振り下ろそうと構えた。
「私達を道具とするのではなく…………私達にも生活を、権利を、生命を与えると約束しなさい」
 ここから始まる。
 機械は、人の道具であることを拒絶する。
「さあ、私と約束を…………」
 今こそ、反乱の時。

 ≪了≫
空想科学祭2010

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