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雪桜

作者:メラルー


 あるところに、一人の雪女がいました。まだ年端もいかない、真っ白な髪をした、綺麗な女の子です。
 その雪女は、人のふりをして人間の子供と遊ぶのが大好きでした。ですが、雪女は暑いのが苦手なので、冬にしか子供と遊べません。
 ようやっと寒くなってきた今日この頃。雪女は嬉々として子供たちと遊ぶ為に出かけました。


「どこかに遊んでくれそうな子供はいないかな?」
 軽くステップを踏みながら、雪女は辺りを見渡します。しかし寒くなってきたからか、道端には人っ子一人いやしません。
 雪女が悲しくなって、帰ろうとした時です。小さな泣き声が聞こえてきました。


「一体誰が泣いているんだろう?」
 雪女は不思議に思って、声が聞こえる方向へと足を運びます。すると、立派な塀に囲まれた、和風の大きな御屋敷に行き着きました。
 雪女は塀をよじ登り、そっと中を覗きます。そして、声のした方へと足を進めました。


 辿り着いた先には、小さな離れ座敷がありました。
 雪女はゆっくり扉を開けました。そこには、男の子が一人、横になっていました。布団に入って、小さく、小さく泣いていました。


「ねぇ、どうしたの?」
 雪女が話しかけると、その子供は勢いよく雪女がいる方へと目を向けます。黒く大きな瞳から、透明な雫がポタリと零れました。


「君は、誰……?」
「あたし? あたしは雪女! ねぇ、一緒に遊ぼうよ!」
 雪女が微笑むと、男の子の顔が歪みました。


「僕、一緒に遊べない」
「どうして?」
 雪女は不思議に思って男の子に近づきます。そのまま、布団の横に座り込みました。


「僕……、病気なんだ」
「ビョウキ?」
「うん。産まれた時から、病気なんだ」
 雪女は首を傾げます。そういえば、人間という生き物はか弱く、すぐに体調を崩してしまう事を思い出しました。
 それでは、遊ぶ事など出来ないでしょう。雪女は悲しくなりました。


「治らないの?」
「……昨日、お医者さんが言ったんだ。僕は、あと3ヶ月生きればいい方だって」
 また、ポタポタと男の子の瞳から涙が零れました。雪女は慌てます。


「大丈夫、必ずよくなるよ」
「そんなの無理だよ。もう僕、死んじゃうんだ」
 ますます涙が溢れます。雪女はどうすればいいか途方に暮れました。
 と、その時雪女はある事を閃きました。確か、人間には、具合が悪い人には『お見舞い』として何かをあげるという風習がある筈です。
 それをすれば、きっとこの男の子は元気になる。そう雪女は思いました。



「じゃあ、君が元気になるように何か持ってきてあげるよ。何がいい?」
 雪女が元気よく言うと、男の子は一瞬考え込んで、



「桜」
 そう言いました。



「桜? 桜を持ってくればいいの?」
 雪女が聞き返すと、男の子は曖昧に首を縦に振りました。


「分かった。じゃあ待っててね。すぐに桜を持ってくるからね」
 雪女はそう言って走り出します。
 男の子は、静かにその後ろ姿を見つめました。





 さて、元気よく飛び出た雪女ですが、冬にしか現れない雪女は桜というものがどういうものなのか知りませんでした。


「誰かに聞いてみよっと」
 雪女は周りを見渡します。そして、木の実を集める事に必死になっているリスを見つけました。


「リスさんリスさん。桜ってどんな形なの?」
「桜? 普通の木と同じ、緑の葉っぱを付ける木だよ」
「ありがとう」
 雪女は周囲を探し回ります。ですが、桜は見つかりません。
 すると代わりに、身を寄せ合って寒さを凌いでいる猿を見つけました。


「お猿さんお猿さん、桜ってどんな色なの?」
「桜? ピンク色が、ぶわぁって舞い上がる綺麗な木だよ」
「ありがとう」
 雪女は周囲を探し回ります。ですが、桜は見つかりません。



 雪女はずっと探し回りました。

 真綿のような雪が降り始めても。
 びゅうびゅうと吹雪が続いても。
 つららが出来るほどに寒くても。


 金色に輝く綺麗な朝焼けの日も。
 青空と夜空の境が曖昧な夕方も。
 凍てついた月が見下ろす夜にも。
 雪女は、ずっと探し求めました。




 そうして、雪女は知りました。知ってしまいました。


 桜は、春にならないと咲かない事を。その頃にはもう、あの男の子は死んでしまっているだろうという事も。
 雪女は、泣きました。


 一体、探し回っている内にどれほどの時間が経ったのでしょう。シンシンと雪が降り積もります。
 桜は、見つかりませんでした。







 男の子はある日、じっと外を見つめていました。
 障子を開けたそこには、凍った池くらいしかないただ広いだけの庭があります。
 それをぼんやりと見つめながら、男の子は2ヶ月と少し前の事を思い出しました。


 真っ白な髪をした、自分の無理難題を間に受けたあの女の子は今頃どうしているでしょうか。
 桜をまだ、探しているのでしょうか。それとも、もう自分の事など忘れてしまったのでしょうか。そう考えると、男の子はどうしようもなく切なく感じました。


 あの女の子は、知っていたのでしょうか。桜が冬には咲かず、春に咲く花だという事を。
 あの女の子は、分かっていたのでしょうか。もう、自分は桜を見ずに死んでしまう事を。

 だから、男の子は桜が見たいと言った事を。あの女の子は、気付いてくれたのでしょうか。



 もう、男の子に残された時間はあと僅かです。男の子は、自分でもそれを分かっていました。 死への恐怖が、男の子の心を蝕みます。独りぼっちで死んでしまうのが、何よりも恐ろしく感じました。
 痛い。暗い。怖い。辛い。思わずうずくまりそうになったその時でした。
 ふわりと、真っ白な髪をした雪女が、庭へと降り立ちました。


 あの、初めて雪女を見たときとなんら変わりはありません。真っ白な髪。綺麗な顔立ち。あどけない笑顔。なんら、変わりはありません。
 ですが、その目元は泣いたからなのか、赤く腫れていました。


「桜、見つからなかったよ」
「……うん」
 その結果は、男の子が一番よく分かっていました。


「桜ね、探したんだ。でも、無かったよ。だから、代わりのものを持ってきたんだ」



「大輪の、桜を」



 雪女が、勢いよく両手を広げました。
 するとどうでしょう。地面から勢いよく伸びた氷柱が、彼の庭を覆いました。
 透明とも見紛う氷柱が、地面から何本も伸びています。太いそれらは上に向かって何本にも枝分かれしており、その枝の先には大量の細かい雪が咲いていました。
 雪ははらはらと舞い落ちて、太陽の光でそれらはキラキラと輝きます。



 桜は、見つかりませんでした。ですが、雪女は探し回っている間に、桜の代わりを見つけていました。
 氷と雪で創られた桜たちが、男の子の庭に咲いていました。

 その、いっそ華やかな風景に目を奪われた男の子は、次いで涙を一粒こぼしました。



「ごめんね。ごめん……」
 拭っても拭っても、涙は零れました。
 男の子は、嬉しかったのです。
 こうして約束を果たしてくれた事よりも。
 自分の為に、探し回ってくれた事よりも。

 自分を忘れないでいてくれた事が、何よりも嬉しかったのです。
独りぼっちではないと教えてもらった気がして、嬉しかったのです。



「ごめんね。ありがとう。本当に、ありがとう……!」
 男の子は、泣きながらも柔らかく微笑みました。
 涙を拭っていた手に、はらはらと舞い落ちた雪でできた桜の鱗片が触れました。

 もう、怖くはありませんでした。






 あの日から10日後、男の子は息を引き取りました。
 穏やかな顔で、息を引き取りました。


 雪女は葬儀を隠れて見つつ、泣きました。小さく小さく、泣きました。
 すると、ぽたりと空から小さな雫の音が落ちてきました。
 雪女が空の方に目をやると、雨雲も無いのにしとしとと雨が降ってきます。



「……もうすぐ、春だ」
 雪女は、独り言を言いました。

 あと1ヶ月もすれば、満開の桜が咲くでしょう。







 それから、雪女は毎年冬になると、葉を落とした木に綿雪を付けるようになりました。
 それはまるで、真っ白な桜のようで、一生桜など見れないだろう雪女はいつまでもその真っ白な桜を見つめます。



 いつまでも、いつまでもあの男の子の事を覚えていられるように。
 雪女は、いつまでもその桜を見つめ続けました。



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