見えない光。
新年会以来、俺は部屋に引き篭もった。
仕事は、やっている。
一日に一度、フィリップが自室に運んでくれる。
年末までと比べると量は少なくなっていた。
きっと、フィリップや他の家臣達が、肩代わりしてくれているのだろう。
申し訳ない気持ちはあるが、その分もやる、とはどうしても言い出せなかった。
量が減った分、暗くなる前に書類の束がなくなるようになった。
それが、逆に俺の心を締め付ける。
夜になっても机に向かっている家臣達に、申し訳ない。
そして、何をしたら良いのか、わからない。
こちらに来てから、俺は朝から晩まで領地の事にかかりきりだった。
前世の頃からこれと言った趣味がなかった上、娯楽が少ない世界である。
多過ぎる時間を、俺はただ持て余した。
十日ほど、そんな生活を続けて、俺は空いた時間に酒を飲むようになった。
日に日に、量が増えていく。
食事の前にワインをグラスで二杯だったのが、一本に。
一月も経つ頃には、酩酊して夕食の場に行く事も珍しくなくなった。
逆に、食事の量は、かなり減った。
フィリップは、何も言わない。
哀しんでいるのは、わかる。
もしかしたら、自分を責めているのかも知れない。
シエーナは、書類を片付けると、俺の部屋に現れるようになった。
彼女も、何も言わない。
時折、俺の酒の相手をしながら、どうでも良い話しをする事はあったが。
アイラには、新年会以来会っていない。
新年会で、挨拶に来ただけだ。
特にこれといった言葉も交わさなかった。
いや、交わせなかった。
声が、言葉にならなかったのだ。
エルロンドが、俺をどう見ているのかは、わからない。
エルロンドはいつも通り、俺に接していた。
ただ、俺が余り喋らなくなっただけだ。
それでも、エルロンドは一生懸命、俺に色んな事を話す。
俺は、抜け殻になった気分だった。
酒量が増えてから、特にそれが強くなってきた。
考えるのが、酷く億劫で、俺はただ目の前にある事を淡々と片付ける毎日だ。
奴隷の頃に、似ている。
ある晩、酔いの中でまどろみながら、ふとそう思った。
毎日毎日、何も考えずに穴を掘っては埋める日々。
飢えに耐え切れず、地面に這いつくばって草や木を探す日々。
大人達に、寄ってたかって蹴られ続ける日々。
あまり、思い出に恐怖はない。
もう、終わった事だ。
よほどの事がない限り、俺があそこに戻る事はないだろう。
それでも、俺の全身に鳥肌が立っている。
本能のどこかに、奴隷だった過去を恐れる何かが残っているのかも知れない。
俺が、震えているのに気付くまで、しばらくかかった。