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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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折れた心。

「アル。しっかりして。」


俺は新年会の会場となった屋敷のホールの隅で、休んでいた。

始まってからずっと傍にシエーナがいる。

震えが、止まらない。


何故か、人に恐怖を感じる。

家臣達やシエーナ、エルロンドは大丈夫なのだが、招待した商人なんかは駄目だ。

彼等への対応は、フィリップやキートス、マンシュタイン達に任せて、俺はほとんどいないも同然だった。

いくらか怪訝な視線を向けてくる者もいたが、予めシエーナが手配したのか、家臣のフォローが入る。


「すまない。」


あの後、シエーナは何かを察してくれたのか、人も呼ばずに俺が吐いた胃液の後始末をしてくれ、ずっと傍にいた。

正直、かなり助かった。

俺一人だと、多分ここに来れなかっただろう。

今も、できる事なら自室に引きこもりたい。


「もうちょっとだから。それに、何か食べないと。」


昼過ぎに吐いてから、俺は何も食っていない。

吐くのが、怖い。

身体から、胃の中身だけでない何かまで出ていきそうで、どうしても食べる気にはなれない。


「食欲がない。」


言うと、シエーナは困り果てたように、眉を寄せた。

わかってる。

これなら、急病と言う事にして欠席した方がマシだろう。


だが、ここで仕事を投げ出すと、どうにもならなくなるような気がした。

前世で、一度だけ経験がある。

三年も続けたアルバイトに、ある日突然行けなくなったのだ。

飲食店のアルバイトだったが、店長がだらしなく、自分に責任が降りかかるようなミスをしたアルバイトは怒鳴り散らされ、ろくに研修もされていない新人は苛めの対象でしかなかった。

当然、人の入れ替わりが激しく、俺のようなベテランは他に一人しかいなかったし、週に五回はシフトに入ってた。

俺がいなければ、店が回らなくなるのは簡単に想像できた。


あの時は、何故だかわからないまま、何をする気にもなれず、本を読んだり動画を見たりして、大学にも行かず一月ほど自宅に引きこもった。

卒論で忙しい筈の先輩が俺の部屋に来て、引きずるようにして大学に連れてってくれなければ、俺は多分ずっとあのままだっただろう。


社会人になってから、たまにその時の事を思い出す時があった。

あの時の俺は、耐えられなくなったんだろう。


新人や、高校生のアルバイトを先に上がらせ、残った仕事を片付けた後、更衣室に向かうと、目を腫らして帰る子を何度も見かけた。

休憩時間が終わってキッチンに戻ると、店長の説教のおかげで、仕事の一切が進んでなかった事もある。


俺は、何度も仕事内容を教え直したり、店長にそれとなく進言したりしてみたが、環境は変わらなかった。


見て見ぬフリをする事は、出来なかった。


次第に、他人の仕事まで肩代わりするようになり、悪い結果だけ言えばミスが増えた。

当然、店長の罵声が飛ぶ。

求めてなどいなかったが、当然誰も助けてはくれない。

時折、他の社員が労いの言葉をくれたが、基本的には皆見て見ぬフリをする。


それを、一年ほど続け、心が折れた。


自分にどれだけの負担になるか、深く考えもせず手を出した俺が悪い。

完全に自業自得だった。


あの頃の感覚と、今の感覚は似ている。

人が恐ろしくなるような事はなかったが、この無気力感はよく似ていた。

自分に何が起きているのか、俺は理解している。

きっと、大丈夫だ。


「アル、聞いてる?」


シエーナが、俺の顔を覗き込んで来る。

近い。


「いや、考え事をしていた。」


「もう。そろそろ、体調が優れないとか適当な事言って、部屋に戻りなさい。酷い顔してるから、みんな納得してくれるでしょ。」


あんまりな言い様だが、それはそれで助かる。

口調とは逆に、シエーナは少し泣きそうな顔をしていた。

心配させているのだろう。

申し訳ないが、どうしようもないのが、正直な所だ。

自分の事以外、考える事すら、億劫だった。

思考が、あちこちに飛ぶ。


「そうさせてもらう。後は、頼む。」


「私だって、こういう所苦手なんだからね?」


それはよく存じ上げております。

と言うか、何気にフィリップの教育成果が出ているのか、あのシエーナが今日は大きな失敗をまだ一つもしていない。

普段はアレだが、きちんとできない訳ではなくなったようだ。


「すまない。」


言って、俺は思わず目を伏せた。

普段の俺は、きっとこんな事は言わない。

こんなに弱々しく見られるような事は、間違ってもしないよう心がけていた筈だ。


やはり、何処かがおかしくなっている。

身体の、ではなく、心のほうだ。

自覚はあるが、どうしようもない。

臨床心理学や精神医学なんかの領域なのだろうが、俺には縁がない分野だった。

こんな固有名詞を覚えているだけでも、大したもんじゃないだろうか。


「後で、部屋に行くから。」


言って、シエーナは微笑んだ。

明るい笑顔には程遠いが、胸に何かが刺さるような感覚を覚えた。

痛みはない。

不思議な、感覚だった。


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