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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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破綻。

目覚めると、俺は一人でベッドに寝ていた。

人を呼んで、アイラはどこに行ったのか聞いてみると、何人か使用人を連れて街に買い物にいったそうだ。

今はもう昼前らしい。


昨夜の事は、よく覚えている。

何故、自分があんな風になったのか、理解できない。したくもない。

最近、そういう事が増えている気がする。

感情の波が激しくなる時が、よくあるのだ。

躁鬱、と言う言葉が頭に浮かんだが、わからない。

この世界に精神科の医者など、どこを探してもいないのだから。


俺は身繕いをして、屋敷に戻った。

使用人が、慌ただしく働いている。

今日の夜には、家臣やその有力な部下、領内の有力な商人などを呼んだ新年会がある。

シエーナはもちろん、アイラやエルロンドも出席するし、総勢で百名ちょいは来る筈だ。


アイラは、身を飾るものでも買いに行ったのかもしれない。

首筋に、いくつか痣がある筈だから、それを隠す何かもいるだろう。


「おや、お久しぶりです。アルマンド様。」


使用人に混じって、サルムートが麻袋を担いでいた。


「なにやってんだ。サルムート。」


「嫁に狩り出されたんですよ。報告したい事がありますので、後で伺います。」


「休みは、きちんと休め。」


「嫁に言って下さい。」


言って、サルムートは笑った。

良い歳のはずだが、若々しく見える。

窮屈な場では大人しくしている事が多いのだが、こういった仕事の方が好きなのだろう。

楽しそうだ。


いや、違うな。

仕事が楽しいんじゃない。

生きる事を、楽しんでいる。

サルムートは、溌剌としていた。


「アル?」


声がした方に目だけ動かすと、いつの間にかシエーナがいた。

流石に今日は、きちんとした服装をしている。


「どうしたの?」


麻袋を担いで屋敷の奥に去って行くサルムートの背中を見つめながら、俺は涙を零していた。

何故だかわからない。

俺の左頬を、伝っていく。


「わからない。」


本当に、わからない。


「大丈夫?」


シエーナに目を戻すと、少し焦ったようにそわそわしている。

俺は、大丈夫なのか。

わからない。

今世で、そんな事を俺に聞いたやつは誰もいない。


「大丈夫そうには、見えないか?」


「それは、泣いてるもの。どうかしたの?」


そうか。

そうだよな。

そりゃそうだ。

こんな所で泣いてりゃ、大丈夫には見えないよな。


「なんでもない。」


駄目だ。昨日から、少しおかしい。

とりあえず、部屋に戻ろう。

落ち着いてから、少し寝て、新年会に耐えれば、今日は終わる。

きっと、明日には治ってる筈だ。


「そんなわけないでしょ。」


立ち去ろうとした俺の腕を、シエーナが掴んだ。


「アイラと何かあったの?」


知ってたのか。

いや、部屋にいなけりゃ気づくな。

いくらシエーナでも。


「何もなかった訳じゃないが、多分それじゃない。」


「どういう事?」


「わからない。」


「話してくれないの?」


「話せないんだ。話さないんじゃない。」


「話せるようになったら、話してくれる?」


「多分。」


「多分じゃダメ。ぜったい。」


「約束は、できない。」


「どうして?」


「わからないんだ。本当に、何も。」


自分ではない誰かが話している気分だ。


「頼む。一人にしてくれ。」


「ダメ。逃げないで。」


逃げ、だと。


いや、確かに、これは逃げだ。

それは、わかる。

全てを投げ出したい。

ずっと、何処かでそう思ってはいなかったか。


「夜には、顔を出すから。」


言って、俺の腕を掴んでいる手を振り払って、俺は立ち去った。

シエーナの、ひどく切迫した目が、怖かった。

全て、見透かされてるんじゃないか。

ふと、そう思ってしまったのだ。


早足で部屋まで戻ると、俺は大きく深呼吸して、ソファーに腰を降ろした。


部屋を見渡す。


見事に、必要最低限のものしかない。

貴族にしては、殺伐な部屋だ。

前世で俺が住んでいた八畳一間の部屋は、もっと色んなモノがあった。

テレビやDVD、ゲーム機も二種類ほど持っていたし、小説やビジネス書用と漫画用の本棚が一つずつ、小さな黒のテーブルに座椅子が二つ、それとボーナスで買ったちょっと贅沢なシングルベッド。


今も、はっきりと思い出せる。


滅多になかったが、何も予定がない休みがあると、コンビニでお菓子を買い込んで、読みたかった本をベッドで読みながら摘まむのが好きだった。

そんな日は、自分で飯を作らず、近所の中華屋で済ます。

休みの日だから贅沢しようと思って行くのに、毎度メニューを見ると、安く済むよう計算して注文していたのも覚えている。


仕事は、ただ仕事だった。

毎日淡々とこなし、余程な事がない限りは残業などせず、さっさと定時で帰った。まぁ定時でも11時間ほど働いてたが。

給料は手取りで20万をちょっと越えるぐらい。

ボーナスは年に二回だが、大した額ではない。

休みは週休二日、起業に向けてのセミナーや人脈作りにほとんど費やし、たまに学生の頃の友人や仕事仲間と飲みに行っていた。


そんな事も、思い出せる。

本当に、恵まれていたと思う。


戻りたいとは思わない。

戻れる訳がないのだ。


あそこにいた俺は、確かに死んだのだから。

今でも、前世の思い出と共に、横から途轍もない衝撃と同時に意識が飛ぶ瞬間を覚えている。

あの世界に、俺はもういないのだ。


どうしようもなく、身体が怠い。

いや、気力が萎えている。


今まで、自覚する瞬間はあったのに、気づかないふりをしていたモノが、一度に襲いかかってきた気分だ。


エリーゼに、もう一度会いたかった。


なのに、シエーナを愛し始めている自分がいた。


日に日に成長するエルロンドが、恐ろしかった。


書類をめくるのが、酷く億劫だった。


フィリップやキートス、マンシュタインやパウロ、そして戻ってこないハリー。


自分は、彼らの主に相応しいのか。


豊かになりつつある領地を、どうしたら良いのかわからない。


ラドマンがあぁなったのは、俺が出しゃばったからじゃないのか。


マンシュタインも、ローフェンもそれに気づいていなかったか。


フィリップやキートスに、こんな俺を気づかれていないか。


アイラには、酷い事をした。


いや、俺の妾になった事自体、彼女の不幸じゃないのか。


他にも様々な事が頭を巡る。


不意に、胃が軋んだ。

軋みは、すぐに痛みになった。


堪えきれず、その場で吐いた。

胃液しか出てこない。


水差しから、グラスに水を注いで、飲み下す。

それも、すぐに逆流してきた。


なんだ。


これは。


おかしくもないのに、笑いそうになった。


シエーナが心配して部屋を訪ねて来るまで、俺は必死に笑いを堪えていた。


笑うだけで、俺は死ぬんじゃないか。


そんな恐怖が、全身に鳥肌を立てていた。

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