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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
第二章 〜食糧確保と町造り〜
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幕間 シエーナ・ローラン

アルマンドを愛してしまった。


エンリッヒ家の事情は聞いていたし、貴族にありがちな政略結婚に限りなく近いモノだと了解していたけれども、一度抱いたこの感情は、中々消え去ってはくれない。


それどころか、日を追う毎に想いが募っていった。


はっきりと、それを自覚したのはいつだったか。

私の部屋で、少しワインを飲んだ後、彼に抱かれた。

聞いていたほど快感は強くないし、自分が大きく乱れる事もない。

淡々としたもので、まさに子供を作る為にしています、と言うのが正直な気持ちだった。


そんな情事が終わった後、彼はベットを出て、窓の外を眺めた。

月明かりに照らされた顔は、不吉さを感じるほど陰を帯びていて、ゾッとすると同時に、奇妙な息苦しさを胸の奥に感じさせた。

多分、あれが最初だった。


始めは、『氷の侯爵』とまで言われるアルマンドが怖くて仕方なかった。

狡猾で冷酷無比、父の死すら利用して侯爵に登りつめた男、アルマンド・エンリッヒ。


嫁いでみると、それはただの噂だったと、すぐにわかった。

確かに、それは彼の一面ではあるけれども、他にもたくさんの顔を持っていた。

人に対して臆病で、情けないほど小心で、どうでも良いような事に熱をあげるし、貴族の決まり事には無頓着なのに、領地や家の事になると途端に厳しくなる。


そして、切なくなるほど優しかった。


あの夜、私はすぐに寝てしまったけれど、あの時の彼の顔はハッキリと覚えている。

とても、辛そうだった。

何がそんなに辛いのか、その時は私にはわからなかったけど、今ならわかる。

彼は、孤独の中で、喘いでいる。

前の奥様だけじゃない。

誰にも弱さを見せられない臆病さが、彼を次第に追い詰めている。


それから、何かとアルマンドが気になった。

彼は、いつも領民の口に入る麦の事ばかり気にしてたけど、それは飢えがどれだけ苦しいか、知っているからだと、私は感じた。

私も、元は最底辺に近い生活をしていたし、よくわかる。

飢える事は、苦しくて、恐ろしくて、惨めだった。

今も、時々に夢に見る。


他にも、余り表には出さないけれど、家臣や使用人を大切にしているのが、よく見ているとわかった。

彼らもそれを感じているのか、誰もアルマンドの悪口を言わない。

普段はむっつりしていて、横柄な口調だけど、貴族らしさを意識してそうしてるんだと、フィリップが教えてくれた。

アルマンドの父親が、そんな感じだったらしい。


そして、アルマンドは他の誰よりも仕事を抱えていた。

疲れがハッキリと顔に出ていたけど、彼の口から辛いだとか、疲れたなんて言葉を聞いた事がない。

彼の仕事の事なんて、私には一切わからないけれど、そうまでして働く彼には、きっと大事な理由があるんだと思う。


その頃には、もっと一緒にいたいと思う気持ちが、ただただ強くなっていった。


貴族としての作法も、いくらかはきちんと出来るようになった。

初めは、私は貴族だから、と思っていた筈なのに、いつの間にかアルマンドの横に居たいから、と思っている自分がいた。

そう思うと、頑張れた。


それに、アルマンドは自分でも気づかないまま、疲れきっている。


結婚してから一年も経たないのに、頬がこけているのが、はっきりわかるぐらいに痩せ、怒りっぽくなり、落ち込みやすくなった。

落ち込んでいた次の日には、ケロリとしていたけど、たまにだったのが、少しずつそうなる日が増えていった。

私が無理矢理視察について行った時から、もっと増えた気がする。


少しでも、彼を助けたい。

早く、同じ道を歩きたい。


その為に、フィリップ達に色々助言してもらったし、アルマンドと一緒にいられる時間は私から会いに行った。

作法だけじゃなく、色んな作物の事をサルムートに教えてもらったし、歴史を勉強して昔の政策や軍略についての講義も、フィリップにしてもらっている。


どぶネズミと蔑まれた頃とは、違う。

私は、『氷の侯爵』アルマンド・エンリッヒの妻なのだ。


例え、嫌われたくないと怯えて誰にも愚痴一つ言えないほどに小心で、皆に心配されるほどに疲れているのを自分一人が気付かない程鈍感でも、私は彼が愛おしい。


その為になら、なんだってする。


私には、彼しかいないのだから。

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