久々に料理します。
翌朝、目覚めると、今日も隣にシエーナの幸せそうな寝顔があった。
もちろん、二人とも真っ裸である。
二人でワインを二本空け、そのままベッドに入った。
二人とも結構酔っていたし、ディープなキスをシエーナがしてくると、そのまま最後まで、と言った感じに、終始シエーナのペースだった。
意外に、したたかな女なのかも知れない。
こないだの視察から、直情的で欲求に逆らわないタイプだと思っていたが、あんな芸当もできるのだ。
「シエーナ。」
なんとなく、呼んでみた。
起きる気配はない。
普段より少し早いような気もするが、ずっと寝転がってるのも暇なので、そろりとベッドを抜け出し、身繕いして俺は部屋を出た。
浴場でサッパリしてから、厨房に顔を出す。
昨日の夕方から、今日の昼までサラを始めとする使用人の半数ほどは休みをやってある。
残りの半数は、今日の夕方から明日の昼まで休みだ。
住み込みの者も多いが、それぞれに銀貨三枚ほど渡してあるので、みんな出かけるだろう。
今日と明日は、普段より屋敷は静かになる。
厨房は、誰もいなかった。
久々に、料理をしたい。
今日は丸一日、俺も休みである。
昨日はうちの家臣達のほぼ全員が休んでいる。
俺に書類をあげてくるやつがいないので、俺に仕事がないのだ。
例外として働いていたのは、ローフェンぐらいか。
あそこは正月も何も、魔物相手に激戦を繰り返しているので、休む暇などない。
正月休みが終わってすぐ、マンシュタインが最低限の調練を施した一千が、補給物資と共に送り込まれる。
城郭を築く為の石材も、ローヌから送られる事になっているし、冒険者ギルドの建設も始まっている。
今年中には落ち着くと思うが、あそこを拠点とする冒険者がそれなりの数になるまで、ローフェンは張り付いていなければならない。
あの一帯で他に手強い魔物と言えばロックボアぐらいなので、今年の秋あたりから移民団を入植させ、幾つか衛生都市を作る計画もある。
いっそ、彼にそれらの管理を任せてしまっても良いかもしれない。
話した印象では、それほど視野は狭くないし、分別もある。
軍付きの事務官を数人送り込めば、案外上手くやるような気がしてきた。
そんな事を考えながら、厨房に隣接する食料庫を物色する。
冷蔵の魔道具を使った高性能な食料庫である。
作るのに結構な金がかかったし、維持するのに必要な魔石も結構な量になるが、うちに魔石は大量にある。
他に無駄な金を使ったのは、地下のワイン庫ぐらいか。
家具なんかもかなり良いモノを揃えたが、それは侯爵として当然なので、あまり気にしてない。
生ハム、鶏卵、キャベツ、トマト、ジャガイモ、人参、タマネギ、バター、パンを食料庫から取り出す。
サラダとスープ、トーストに茹で卵。
そんなもんで良いだろう。
料理とは呼べないかもしれないが、リハビリには丁度良い。
中華や日本料理を作るには調味料が足りないし、そもそも結構な期間作ってないので味付けに不安がある。
要は、自分で作ったものを自分で食えればそれで良いのだ。
切った野菜を厨房に残っていた鶏ガラスープにぶち込み、塩と胡椒で味付けして煮込んでいる間にサラダを作ってしまう。
後は、食べる前に卵を茹で、パンを焼いたら完成である。
ドレッシングは、サラのお手製が食料庫にあるので、作る必要はない。
「あら、アルマンド様。」
メイドが厨房に入ってきて、驚いていた。
俺は椅子を引っ張り出し、自分で紅茶を入れてちょっとぼんやりしていた。
何十年ぶりかに自分で入れた紅茶は、ちょっと濃過ぎて苦かったが、新鮮だった。
今の生活では、誰も俺にこんなものは出さない。
「おはよう。すまないな。勝手に使わせてもらってる。」
いや、全部俺の財布から出てるんだが、この世界での厨房は女のテリトリーである。
男のシェフも多くいるが、そういった例外は別として、男が厨房に立つ事を嫌う女性は多い。
エリーゼは、俺と料理するのを楽しんでいたが、俺と彼女は色んな意味で特別だった。
「それはかまいませんが、どうしてお茶など飲んでるんです?」
前世からの癖のようなものだ。
何か家事をする時、一々休憩を挟まなければ、やる気が続かない。
紅茶を飲み干したら、後片付けをするつもりだった。
「久々に朝食を作ってみてね。ちょっと休憩中。」
「あら。珍しいですね。スープと、サラダですか。この卵は?」
「茹で卵にするつもりだ。悪いが、シエーナとエルロンドを起こして来てくれないか。シエーナは、俺の部屋にいる筈だから。」
言うと、メイドはニヤっと笑った。
エリーゼがいた頃からうちにいる使用人は、割と俺に容赦ない。
エリーゼが俺の事を言いふらし、エリーゼは俺に使用人たちの事を毎日喋っていたので、自然と距離が近くなったのだ。
最近は、仕事が忙しくて余り話す機会もなかったが、今でも顔を見れば名前は浮かぶし、どんなやつだかすぐに思い出せる。
「さっさと行け。後片付けは頼むぞ。」
ニヤニヤ笑ったままメイドは、きちんとお辞儀をして厨房を出て行った。
確か、シェルティだったか。
二十二か三で、護衛騎士の一人と結婚している。
容姿も性格も、どこにでもいる女性のそれだが、王都に屋敷を構えた時からうちにいるメイドの一人だ。
フィリップとハリーの教育を受けているので、大抵の家事はこなせるしメイドとしての礼儀作法も完璧だ。
特に得意なのは掃除で、趣味は裁縫だったと思う。
うん。覚えてるな。
別に覚えておく必要はないんだが。
そんな事を確認してから、卵を茹で、パンを焼いて、それぞれを器に盛り付けて、無駄にでかい食卓に運んだ。
宴会にも使うので、デカイものにしてあるが、普段使いするには大き過ぎた。
それぞれ別に部屋を作っても良かったのだが、うちではそういった事をするのは稀なので、結局作らなかった。
「おはよう。アル。」
シエーナが眠たそうに目をこすって入ってきた。
また、寝間着である。
こいつ、フィリップの説教喰らっても学習しないのか。
見上げた根性だ。
「おい。昨日やらかしたばかりだろう。」
「良いじゃない。昨日は昼だから怒られたけど、朝なら誰もいないでしょ?」
ダメだこいつ。
「そういう問題じゃない。」
「フィリップだって、昼にもなって寝間着のままなんてどうのこうの言ってたもの。食べたらちゃんと着替えるから。」
あぁ、シエーナ。
君が中々作法を覚えられなかった理由がわかった気がするよ。
「おはようございます。」
きちんとした服を着たエルロンドが続いて入ってくる。
当たり前の事をしているだけの筈だが、エルロンドがかなりしっかりした子供に見えるのは、気のせいだろうか。
「おはよ。エル。」
「また寝間着のまんま?怒られるよ。フィリップに。」
言われてやんの。
「大丈夫よ。」
何というか、こいつホント図太い。
シエーナのストレス耐性には、きっと誰も敵わないだろう。
「スープが冷めちゃう。早く頂きましょ。」
言って、シエーナはさっさと席についた。
なんか、なんか釈然としない。
これで良いんだろうか。
「今日のご飯、父上が作ったんですよね?」
エルロンドも席につく。
もういいか。
さっさと食ってしまって、今日は読書でもして過ごそう。
去年の暮れから、発掘成果のまとめをする為に、執務の合間に色んな本を読んでいるのだ。
今日はたっぷり時間があるので、王国の起こりからの歴史書に目を通すつもりだ。
「久しぶりだから、味に保障はないがね。まぁ、不味くはない筈だよ。」
言って、俺も席につき、トーストにバターを塗りたくった。
シエーナとエルロンドはスープに口をつけている。
「うん。普通ね。」
「思ったより美味しいですよ?」
そうか。そりゃ良かった。
俺は応えず、トーストにかじりつく。
貴族でなければ、ごく普通の家族としての朝食だった。