新年明けまして
目覚めると、隣にシエーナがいた。
朝日が照らすその顔は、幸せそうな寝顔だった。
いつもより、優しく抱けたと思う。
何故、そうなったのかはわからない。
ただ、普段とは比べられない程、俺もシエーナも乱れたのは覚えている。
しばらく、シエーナの寝顔を見つめていると、シエーナは薄っすらと目を開けた。
「おはよう。アル。」
寝ぼけた声で言って、シエーナはだらしない笑みを浮かべた。
なんとも隙だらけである。
まぁ、真っ裸だし、隙もクソもないんだが。
「おはよう。シエーナ。」
言うと、シエーナはだらしない笑みのまま頷き、また目を閉じた。
まだ眠るつもりらしい。
一度、シエーナの頭を撫で、俺はベッドを出て服を着た。
エルロンドとの約束がある。
昼食までには終わらせれば、屋台で遅めの昼食をエルロンドと楽しめる。
「アル?」
また、シエーナが目を覚ましたようだ。
俺がいない事に、眠りながら気づいたのかも知れない。
「俺は、もう行くよ。シエーナ。エルロンドと約束があるからな。」
振り返ると、シエーナは頭だけ起こしてこちらを見ていた。
「いってきますのキス。」
頭を起こしたまま、シエーナが目を閉じる。
「調子に乗るな。」
唇を重ねる。
「いってくる。」
「いってらっしゃいませ。旦那様。」
シエーナは、目を閉じたまま、また幸せそうな笑顔を浮かべて、ベッドに頭を預けた。
今日一日、彼女は一切の勉強やらそういった拘束される系の事は一切おやすみで、外出も自由である。
元旦だからな。
シエーナは寝て過ごす気のようだが。
部屋を出ると、フィリップが桶を持ったメイドを二人連れて、こちらに向かって来る。
俺を認めて、会釈する。
「おはようございます。アルマンド様。」
「おはよう。」
「シエーナ様は、お部屋に?」
「あぁ。もう少し、寝かせてやってくれ。」
フィリップの後ろに立っているメイド達は、少し驚いたようだ。
普段は、俺がシエーナの部屋に通う事になっているからだろう。
俺の私室に入った事があるのは、フィリップ、シュナ、パウロぐらいのものだ。
「湯をお持ちしたのですが。」
「すまない。俺は浴場に行ってから、執務室に入る。こっちには適当な時間に、誰か寄越してやってくれ。」
かしこまりました、とフィリップが軽く頭を下げると、メイドもそれに倣い頭を下げる。
ちなみに、王国民にとって、入浴する事はごく普通の事だ。
もっとも、大衆浴場を利用するか、屋敷に個人用の浴場があるかと言う差はあるし、奴隷や貧困層は大衆浴場の利用を断わられるのが普通だ。
うちの屋敷には、俺と俺の家族用の浴場と、使用人用の男女別浴場が一つずつ計三つの浴場がある。
三つ共、結構広い。
この屋敷では数少ない贅沢な施設の一つである。
風呂はさっさと済ませ、執務室に入った。
年始と言う事もあり、領内関連の書類は極端に少ない。
騎士団からの細かい報告書がいくつかと、ラドマンが南の開墾地に到着した事ぐらいだ。
対して、渓谷の向こう側からの年賀状は結構来ていた。
あたり障りのない挨拶文に目を通し、返信が必要なものと、必要ないものに分けてゆく。
その作業が終わると、薄い冊子を持ったキートスが入ってきた。
普段は仕事漬けのキートスも、今日ばかりは休ませている。
「どうした?」
「どう、と言う事もないのですが。少々時間を持て余しているので、アルマンド様にご挨拶しておこうかと。」
ちょっと情けなさそうに、キートスは笑った。
細い眼に、少しこけた頬。
一時期に比べれば、顔色は随分と良くなったが、やはり疲労が滲み出ていた。
「明後日に、皆で飲むじゃないか。その時で良かっただろ。」
俺は苦笑していた。
仕事しかしてこなかった男から仕事を取り上げると、こんなにも弱々しく見えるのか。
覇気の欠片もなく、どこか不安げだ。
細い眼の奥で、静かに炎を燃やしている普段の姿は、仕事があってこそのモノなのだろう。
「妻帯もしていませんので。久しぶりに家に帰っても、する事がないのですよ。」
キートスも、苦笑する。
まったく、クソ真面目と言うか、不器用と言うか。
まぁ、キートスがいるおかげで、うちの連中は皆よく働いてくれるところはある。
彼のおかげで、計画に大きな修正をかけねばならない事がほとんどないと言うのは、誰がどう見たとしても否定出来ない事実だ。
「祭りでも、見に行って来たらどうだ。まだ少し早いだろうが、自分の眼で見ると書類とはまた違ったモノが見えるかもしれないぞ。」
キートスは普段、役所の自室に篭りっぱなしで、現場を見る機会はほとんどない。
元旦ぐらいなにもせず、のんびりと過ごせば良いものだが、それができないのだろう。
少しでも、仕事を絡んでいれば、それでキートスも安心できるかもしれない。
「かも、しれませんね。後で、見に行って来ます。現場の者たちに見つかると、いらぬ気を遣わせてしまいそうですが。」
キートスの言葉に、思わず胸を衝かれた。
昨夜の俺を見ているような、そんな錯覚を起こしそうになる。
キートスは寂しげに笑っていた。
俺も、こんな風に笑ったのだろうか。
「キートス。」
「なんでしょう。」
「昼飯を食っていかないか?今からでも、サラに言えばどうにかしてくれるだろう。」
「よろしいのですか?」
「まぁ、たまになら良いだろう。エルロンドも、きっと喜ぶ。」
言うと、キートスはまた寂しそうに笑い、頷いた。
昨日の、おかしな気分が蘇りそうになる。
「すまないが、使用人を誰か捕まえてきてくれないか。」
「わかりました。あぁ、これは昨年の農作物や鉱山などの生産物と量をまとめたモノです。どうぞ。」
持っていた冊子を俺に手渡し、キートスは執務室を出て行った。
身体の内側から、寒気のようなモノが広がりそうになる。
俺は、それをなんとか抑え込もうと、冊子を捲って各項目の数字に意識を集中させた。
余談だが、昼食の場にシエーナがすっぴんに寝巻きと言う姿で現れ、キートスは苦笑され、エルロンドに叱られ、耳まで真っ赤になった挙句、それをフィリップに見つかると言う事件が発生した。
俺たち五人だけの秘密にしてほしいと、新年早々シエーナはDOGEZAする羽目になった。
自業自得だが。